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南国科学通信

渡り鳥を率いて

 

世紀の変わり目、西暦2001年の年の暮れ、抜けるような青空と純白のビーチで知られるフロリダ州ペンサコラ郊外での出来事であった。住民たちは奇跡のような光景を目にした。北の空から、グライダー様の飛行体にひきいられた7羽の美しいアメリカシロヅルが、見事なV字の編隊へんたいで、町に隣接する自然保護区を目指して飛んできたのである。このようなシロヅルが冬ごとに渡って来た、70年以上も昔の少年時代をおもいだす老人もいた。

 

Whooping Crane
U.S. Fish and Wildlife Service Headquarters
Photo credit: USFWS

 


街はずれの路傍ろぼうでジープをとめて道に立ち尽くした初老の紳士が一人、あふれる涙のまま空を見上げていた。彼の名はビル・スレイデン博士、渡り鳥を研究する動物学者である。まさにこれが彼のプロジェクト、「渡り鳥作戦」の記念すべき成功の日であった。シロヅルたちは二ヶ月前、早い冬の訪れたウィスコンシンの湿地公園をあとにしていた。軽飛行機に率いられて、米大陸二千キロをはるばる南下して来たのである。グライダーのような軽飛行機を操っているのは、博士の友人、ウィリアム・リッシュマンである。

リッシュマンの少年時代の夢は空を飛ぶことであった。カナダ空軍に入ったものの、色盲が判明してパイロットの試験に落ちた。オンタリオの父の農場に帰った失意の彼は、夢をあきらめることができず、農場を手伝うかたわらグライダーの操作を覚えた。超軽量の簡易式軽飛行機を飛ばせたジョン・ムーディーの話をききつけた彼は、さっそく自分のグライダーを独力で改造して、軽飛行機に仕立て上げた。

転機は映画館で訪れた。かもの群れをボートが率いているシーンを見たのである。鳥たちに混じって飛行する少年時代の夢がよみがえった。モーターボートで可能ならば、モーターグライダーで鳥を率いることだって出来るはずではないか!

1988年、リッシュマンはついに、12羽のカナダガモの編隊を率いて農場の上空を周回することができた。その様子を自ら撮影した映画で、彼の評判は徐々に広まっていった。スレイデン博士に話が伝わったのは1992年のことである。

当時ビル・スレイデン博士は、アメリカのヴァージニア州エアリー鳥獣研究所で、絶滅危惧種のアメリカシロヅルの再生に取り組んでいた。かつて秋ごと春ごとの、北米の空の風物詩であったこの鶴も、今世紀になって急激に数を減らし、一時個体数が20を下るまでになっていた。彼の研究は壁につき当たっていた。ツルの人工孵化ふかには成功していた。しかし人間の育てた鳥は、親から道を教わる自然の鳥とちがって、渡りの技を覚えない。それで北アメリカの厳冬の環境に残されても、そこを生き抜くこともできない。一方フロリダの湖沼こしょう地帯に放ったアメリカシロヅルは、夏場の繁殖期、他の鳥との生存競争に耐えるのが困難で、なかなか定着しないのであった。

 

アメリカシロヅル
Grus Americana Alba, The hooping Crane
Catesby, Mark, 1683-1749
"The natural history of Carolina, Florida, and the Bahama Islands"
The New York Public Library

 


スレイデン博士は、軽飛行機に率いられた鳥の編隊の話を聞くと、即座に膝を叩いた。この飛行青年に、シロヅルを率いて大陸を南北にを渡ってもらおうではないか。

それから9年、最初はカナダガモ、ついで類縁種のハイイロヅルによるフィールドテストが繰り返された。特に難しかったのが、鳥が人にれないままの状態を保ちつつ、飛行機に付き従うことを教えることだった。野性を失ったツルたちは、渡りの練習を何度も途中で放棄して、学校の校庭に降り立っては子供たちと交歓こうかんするのだった。本来決して人を寄せつけないこの気高い生き物が、餌をねだって子供たちを追い回す姿を見て、スレイデン博士の目はくもるのだった。度重なる失敗を度重なる新機軸しんきじくで乗り越えて、2001年の晩秋がきた。リッシュマンとアメリカシロヅルによる、2ヶ月の本番飛行の時であった。

ペンサコラの路傍に立ち尽くしたスレイデン博士のすぐ真上を、美しい羽を誇るように広げて、リッシュマンとシロヅルの隊列が通ってゆく!

先頭を行くモーターグライダーから、飛行服にゴーグルのリッシュマンが手を振った。スレイデンを認めての挨拶であろうか、シロヅルたちの一斉にく声が野原一帯に響き渡った。


後日、なぜ鳥たちに渡りを教えたいと思ったのか、との新聞記者の質問に答えてリッシュマンは語っている。

人間は鳥から飛行を学んだのだから、飛べなくなった鳥に飛行を教えるのは、われわれの義務なのではないかと感じたんです。

古代アメリカの伝説によると、太陽が毎朝のぼってくるためには、人間の気高い行いの奉納が絶えず必要なのだという。リッシュマンやスレイデンのような人々の営みも、あるいは地球が廻り続けている理由の一つなのかもしれない。 

 

Whooping Crane Reintroduction
Wisconsin Department of Natural Resources

 

 

本連載はこれにて一旦終了いたします。改題・加筆のうえ、12月に小社より本として刊行する予定です。どうぞよろしくお願いいたします。――編集部

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著者略歴

  1. 全卓樹

    京都生まれの東京育ち、米国ワシントンが第三の故郷。東京大学理学部物理学科卒、東京大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了、博士論文は原子核反応の微視的理論についての研究。専攻は量子力学、数理物理学。量子グラフ理論本舗/新奇量子ホロノミ理論本家。ジョージア大、メリランド大、法政大等を経て、現在高知工科大学理論物理学教授。
    http://researchmap.jp/T_Zen/

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