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夢をデザインする―夢の世界の住人―

今、夢を見ていると分かっていながら見る夢

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。

 

今、夢を見ていると分かっていながら見る夢 ―明晰夢―

日中起きている時に、私たちは「今、自分は目覚めているのだ」と自覚することは少ないものです。眠気が増した時や、集中力がアップしていわゆる頭脳明晰になる時など、意識レベルが変化した後に、時たま気付くくらいでしょう。また、寝ているのだという意識も寝ている最中にはなく、目が覚めた後「寝ていたのだな」と気付きます。同様に、夢を見ている時にも「今自分は夢を見ているのだ」という意識がなく、目覚めた後で「夢を見ていたのだ」と気付きます。ただし、まれに明晰夢といって、「自分が今夢を見ていることと自覚する夢」があることを前回お話ししました。明晰夢となるための前提条件は、「夢を見ている自分を客観視し、それを自覚できること」でした。心理学では、これをメタ認知の機能の現れと捉えます。その条件をクリアした明晰夢には、夢を見る人の意志に基づいて、夢の内容または夢見そのものをコントロールできることもあります。今回はこの明晰夢の特徴について、もう少し詳しくお話ししましょう。

一般的な夢の特徴として、夢の内容をコントロールすることはできずに非論理的に夢のストーリーが展開します。しかし夢をみている最中は論理的におかしいと、その奇怪さに疑問を持ちません。夢の中では推論が難しいのです。それはレム睡眠中には、脳の表面部分である大脳皮質のうち、記憶や認知・判断に関係する背外側前頭前野と、未経験の出来事への判断を司る前頭極[1]という部分が不活性化し、メタ認知機能が低下するためとわかっています。そのため夢の中では、批判的思考や意志によるコントローラビリティが制限されます。したがって、目が覚めた後に夢の内容を思い出すことができると「(夢の中ではおかしいとは思わずに)なぜかこうなっていた、あるいはこうしていた」と、なることが多いでしょう。

[1] dorsolateral prefrontal and frontopolar cortex


明晰夢はこのような一般的な夢とは異なる特徴を持ちます。さらに夢をみる人の特性やその時のコンディションによって、自覚、批判的思考、意志によるコントローラビリティにも差がみられるのです。よって、「今自分が夢を見ていると知りながら夢を見続けることができる」「夢と覚醒時との事物や人物の違いに気づく」「その後の夢のストーリー展開をコントロールできる」など、明晰夢にも階層があるのです。脳の解剖学的研究によれば、明晰夢を見る頻度が高い人は前頭極の灰白質(大脳皮質の表層に近い神経細胞があるところで、情報処理を行なう)の容積量が多いことも指摘されています。

ネオン

夢は、脳が情報処理タスクを行なっている最中

夢は自分だけの個人史を上映する映画のようなものと、前回お話ししました。夢を構成する要素となるものは、基本的に「私たちのこれまでの人生で得た記憶情報」になります。明晰夢の場合もこちらは同様です。どう展開するか予測不可能な映画をイメージの中で体験している一般の夢とは異なり、ストーリーをコントロールできる明晰夢の場合には、自分自身が映画のプロデュースしているような感じになりますね。納得のいく結末で終えることも可能になるでしょう。

前回お話した脳の構造や機能から夢を研究した第三世代では、夢を見ている最中に脳では「情報の整理や定着」をしていると考えられています。受験勉強で覚えたことなど、しっかり長期記憶に定着させたい場合には、十分に睡眠をとった方がよいことを示す研究は沢山あります。夢を含む睡眠は、私たちがこの世の中で生きていくために不可欠な「学習」を支えています。心理学では、学習とは「経験することにより、行動に持続的な変化が生まれること」と定義されます。我々は新生児としてこの世に生まれてから、学習を積み重ねて今の自分に至っています。その意味で、夢は自分史ともいえる自分にまつわる資料をおさらいする貴重な心理現象と言えるのです。

夢の記憶情報の処理については、毎日インプットされる膨大な情報から記憶に定着すべき情報を分類し、不要なものを消去して、脳の機能を適正に保つという仮説(不要情報消去仮説)から、必要なものを再処理するという仮説(再処理仮説)、将来に必要そうな情報をもとにイメージ上で対処をシミュレーションするという仮説(シミュレーション仮説)など様々な説があります。人が見た夢を可視化して記録するなどして、それぞれの夢が第三者でも確認できる客観的指標にならない限りは、どの仮説が正しいかを検証することは難しいものがありますが、いずれにしても、夢みることは私たちがこの世の中をより良く生きるために重要な機能を持つと考えられています。

印象深い出来事が夢のトリガーになる

特に夢の引き金刺激となるのは、その中でも印象深かったものが多いようです。現実にあった出来事が、その日の晩に夢に出てくることもあれば、2、3日から一週間ほど経ってから出てくることがあります。夢と現実の出来事を日記に併記しておくと、何がトリガー(引き金)となってその夢を見たか、どんな記憶がミックスされてその映像になったかがわかってきます。慣れてくると、夢の内容を思い出した瞬間に、何と何が結びついてこの夢になったのか、瞬時にわかります。多少「夢がなくなる」かもしれません。

茶髪

今回は、私が見た夢をもとに、現実の出来事がどう夢に取り込まれるか、夢に表れる情報の連鎖と、明晰夢をみるヒントをお話したいと思います。

私は毎週5時限に3年生と4年生の専門ゼミナールをしています。実際にファッション業界に内定をもらっている女子学生Xさんの髪が就職活動中とは一転して、鮮明なオレンジ色に変わったことについて、本人と言葉を交わしました。その晩に見て、翌朝思い出した夢は次の通りです。

「Xさんがつやつやの黒髪で(オレンジでないなと思った)、うつむいている。何か心配事かと声をかけると、子どもを妊娠したという。3年生なので休学した方が良いかどうか、本人にどう声をかけたら良いか考えているうちに、Xさんが4年生だったと気づいた。Xさんにどうしたいのか尋ねると、本人は産む覚悟をきめていた。「4年生だから何とかなるよ」と本人を励まし、「相手はこのこと(妊娠)を知っているのか?」と問うと、「彼はこれから大学院受験だからまだ言っていない」という。相手の男子学生を紹介してもらったが、これまでに面識がない学生と気付いた。その青年は、溌溂として体育会系のような短髪で、友人も多く何の悩みもないような好青年だった。私はXさんのことを応援すると心に誓ったところで目が覚めた」


この夢の引き金刺激は、「ビビットなオレンジ色の髪」です。しかし夢の中ではつやつやの黒髪でした。この時点で、これは現実とは異なるのでおかしいと気づき、そこで目を覚まさずに、自分は今夢をみているのだと自覚しその夢を見続けられることができれば明晰夢になります。またXさんが4年生である、青年の顔は見たことがないと確認し、覚醒時の生活の状況を思い出せています。明晰夢の条件には至らないですが、メタ認知機能がわずかながら働いており、明晰夢に転じる可能性が多いにあった夢でした。

そして、この夢を見た時に、専門ゼミナールの時に一瞬頭をよぎった、4年生の進路に関する不安を思い出しました。ビビットなオレンジ色の髪となり、厳しいファッション業界への進路を決めたXさんの他、大学院入試の結果を待っている学生のこと、卒業が心配な学生のことなどの情報がひっぱり出されました。そして夢の後半の展開は、人生には逆境はつきものですがそれを乗り越えて、それぞれが決めた道で満足のいく生活を送ることを信じて送り出すしかない教員の気持ちが良く表れていると自己理解しました。

次回は、見たい夢の意識化についてお話しましょう。

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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