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夢をデザインする―夢の世界の住人―

知らないものは夢には出てこない

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。

 

夢を見ているレム睡眠中は、記憶情報の定着や整理をしていることをこれまでに述べてきました。今回は「夢に出てくる情報と記憶の関係」についてお話したいと思います。


赤ちゃんの頃のレム睡眠が脳の神経細胞をつくる

私たち人間がより良く生きて行くために必要不可欠な条件は学習です。物事や人物を記憶する、計算する、練習によって向上を図るなどの学習を支えるシステムには、脳の神経細胞間の「シナプス」が重要な役割を果たしていると考えられています。生まれた時の大脳皮質の神経細胞の数は140億個、シナプスは125兆個とも推計されていますが、シナプスはその人がおかれた環境での体験の影響を受け、数も構造も機能も変化するため、個人差は大きいと言えます。生まれたばかりの新生児は、一日に占める睡眠時間も長く、うち割合としてはレム睡眠・ノンレム睡眠がそれぞれ約50%です。二~三歳の幼児になるとレム睡眠が約30%、ノンレム睡眠が約70%、児童期にはレム睡眠が約25%、ノンレム睡眠が約75%と、睡眠時間の短縮とともに割合も変化し、その後青年期以降初老期までは、レム睡眠が約20%、ノンレム睡眠が約80%で維持されていきます。


乳児から幼児までのあいだに脳の神経基盤を整えることは生存のために重要で、この大事な時期に割合と量が多いレム睡眠は、シナプスの形成に大きな役割を果たすと考えられています。そして、シナプスは神経伝達物質と呼ばれる化学物質を媒介して、情報伝達や保存とその調整を行っています。例えば、眠れない時に服用する睡眠改善薬は鎮静・抗不安作用を持っており、心や体を整えるための服薬も、シナプスが放出する化学物質も調節しているので、睡眠のみならず実は夢にも影響している可能性があります。最近眠りが浅いな、嫌な夢ばかり見るなという場合は、心や体の病気・怪我の治療で服用している薬を見直してみましょう。

ノート

生存のために重要なことは、必要な情報を長期的に保存し不要な情報を忘却することです。記憶は大まかには、①記銘 ②保持 ③検索の3つのプロセスを経ます。そして保持時間の長さに応じて、心理学では記憶は感覚情報保持・短期記憶・長期記憶の3つに分けられます。感覚保持は、視覚・聴覚・触覚などの記憶で一瞬にして忘れ去られます。短期記憶には容量があり、それを超えると情報が記憶されずに漏れていきます。長期記憶は永続的な記憶です。夢に出てくる情報は、基本的には容量が無限大の長期記憶から検索されて、ひっぱり出された情報を前頭前野(思考や判断を元に行動を司る)でまとめ上げたものです。

しかしレム睡眠中は、記憶を固定するための脳内の化学物質が不足しているため、夢の内容の一部は忘却していきます。前の回でも触れましたが、明晰夢を頻繁に見られる人は、メタ認知を司る前頭葉の一番前にある前頭極の灰白質の容積量が大きいことも、脳の解剖学的研究からわかっていましたね。さらに目覚めた後にその夢を思い出す(dream recall)ことも記憶の働きによるもので、忘却せずに記憶に残るインパクトの強い情報が想起されます。

いつもと違う考えが夢でヒントとして現れることも

前回述べた夢を用いた情報処理のお話でも、不要情報消去仮説や重要な情報の再処理仮説がありましたね。不要情報消去仮説は、あえて思い出さないようにするという人間が生きやすくなる工夫のプロセスかもしれません。知らないものは夢には出てきません。夢は、私たちが生まれてから今現在までの大事な情報から、構成されていると言えるでしょう。今抱えている懸案の事項や関心の高い情報は、頻繁にアクセスされる記憶情報ですから、優先的に夢に出現するのは理にかなっています。

そのため、研究者や商品開発者がふだん常に考えて取り組んでいる課題のヒントを、かえって意識的に思考をコントロールしにくい夢の中で得ることなども起こります。ミシンの開発者は、糸を通す針の先端の仕組みを夢で思いつき、ベンゼン環の構造も研究者が夢でみた蛇の形から思いついたそうです。私は執筆前に、論文のよいロジックを夢で思いついた!と感動しますが、起きてみると一部を忘れてしまったり、覚えている箇所はありきたりであったりして、熱心さが足りないのかもしれません。

火花

一方で、すぐに忘れ去ってもよい比較的重要度の低い情報は、短期記憶から長期記憶へと保存はされませんし夢にも出現しません。自分にとって重要人物だけれど、夢に配偶者が出てこないというのは、関係性が安定している証拠でしょう。もっともうたた寝や目覚める間際の浅い睡眠の最中に、つけっぱなしのテレビの音や、救急車のサイレン、お母さんが朝ごはんに準備している焼き魚の匂いなどが、夢に取り込まれることもあります。

消防車や救急車のサイレンなどは安全性から重要度の高い情報ですが、それほどでない情報が浅い睡眠中に取り込まれるのは、覚醒時の情報処理と類似した覚醒への移行期の特徴といってよいでしょう。小川を素足で歩いている夢を見た時に、タオルケットから足が出ていて冷えていたなどの、強い身体感覚が取り込まれることは、皆さん経験があるのではないでしょうか。記憶の保存、固定にはノンレム睡眠が重要な役割を果たしています。よく受験生から一夜漬けの効果を聞かれることがあるのですが、明日試験なのに全く勉強していないなど、インプットする情報がない場合には徹夜で勉強をせざるを得ませんが、その記憶情報を使えるのは直後の試験のみで、受験まで長期的に持続する記憶を得るためには、学習の後きちんと睡眠をとることが重要です。

デジャビュはサブリミナル下の古い記憶の新しい組み合わせ

時に夢には、これまでに見たことのない人や物が出てきます。前回の夢のエピソードでは、夢に出てきた実在の学生の「架空の彼(面識のない学生)」との対面場面がそれに相当します。夢に登場したのは、事実として記憶にはない未知の人ではありますが、その正体は既知の情報の新しい組み合わせであるかもしれません。顔の合成などをイメージするとわかりやすいかもしれませんね。見たことはないが、どこかで見たような印象を持ちます。例えば、作詞作曲家が夢の中で新しく歌詞やメロディーを思いつく時にも、その素材は既に情報として貯蔵されているのですが、思いもよらない新しい組み合わせで出てくることがあるのです。そこには、しばらく検索をしていなかった情報も混じっているかもしれません。

不可思議な夢をみたときも同様です。一度も見聞きしたことがないのにどこかで見聞きしたように感じるデジャビュ(既視感)を、夢で経験することもあるでしょう。実際の記憶はなくとも近しい知覚があったり、他の経験がミックスされるデジャビュも同様のメカニズムで起こると考えられます。あるいは類似の情報が既にストックされていて、しばらく検索していなかった情報、あるいは意識的な認識はないが、サブリミナル下で貯蔵された情報から起こっていると考えます。

オレンジ

明晰夢の体験は、夢と自覚することが条件ですから、夢を見ている自分と現実と夢の違いをメタ認知する機能がレム睡眠中でも起こっていることが必要です。この点に関しては、脳の機能活動を画像化したf-MRIを使ったニューロイメージング研究では、前頭前野と側頭葉の連携が強いことがわかっており、このことが夢の自覚や、情報を積極的に統合して、筋書きのコントロールが起こりやすいことに関わっていると推測されています。

いずれにせよ、思いもよらなかった情報の組み合わせの新しさを楽しんだり、現実にはあり得ない組み合わせを創造する喜びは、明晰夢の中で味わい、また起きた後思い出すことでまた味わえるということです。

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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