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夢をデザインする―夢の世界の住人―

夢を見やすい眠りの長さ

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。

 

連載の第一回で夢をみる仕組みについて、睡眠のリズムからお話しました。今回は睡眠時間の長さや質が夢にどのような影響を与えるのか、また明晰夢にどのように関係してくるのかについて考えていきたいと思います。

睡眠の状態の脳の働きの違いによって、それぞれ見る夢の性質が変わってきましたね。レム睡眠の際にはストーリー性のある情報豊かな夢を、ノンレム睡眠時にはどちらかというと断片的な思考を反映した夢を見ます。では、明晰夢は、いったいどちらで見ることが多いのでしょう?1970年代にアメリカの心理学者スティーブン・ラバージ博士が睡眠実験室で、明晰夢をリアリティチェックによって確認したところ、レム睡眠の時に見ることがわかりました。リアリティチェックとは、明晰夢を見ている人が、実験者にまさにいまその最中であると知らせるサインを出してもらうことです。チェック方法は人によって異なりますが、左右に目を動かす回数を決める、呼吸を早くするあるいは止める、拳を軽く握るなどのサインが用いられています。映画『インセプション』でも、自分が今夢の中にいるのか現実にいるのかを見分けるために、レオナルド・ディカプリオがコマを回していましたね。

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レム睡眠の時に明晰夢を見るのであれば、睡眠におけるレム睡眠の時間を増やせば明晰夢が見えやすくなりそうですね。ノンレム睡眠からレム睡眠までのサイクルは約90分で起こるので、その日の睡眠時間から大体見た夢の数が推測できるのですが、実はこの約90分のサイクルの中で、明け方に従って、レム睡眠の割合が長くなっていきます。最初のレムは約5分と短いのですが、一晩かけてサイクルを重ねていくとレム睡眠の持続時間は30分から40分と長くなっていくのが一般的です。そのため、明晰夢はレム睡眠の時間が長い明け方に多いこともわかっており、まずはたっぷりと眠ることが明晰夢を見やすくする秘訣と言えます。一般的に成人のレム睡眠は、全睡眠時間の20%~25%で、レム睡眠時間が顕著に減るようになるのは80代になってからです。ですから、幅広い年代で明晰夢を見るチャンスはあるといえます。

そして、自分が思い描く夢を見たときに、しっかりと記憶するためには、うつらうつらとまどろみ二度寝するのも良いでしょう。ほんの一瞬の覚醒を挟むことで夢の記憶も固定でき、現実と夢の違いにも気づきやすい脳の活性化状態になることで、明晰夢を見られる可能性が高まることがわかっています。レム睡眠のたびに起きれば、夢の連作を記憶できるかもしれませんが、睡眠が細切れになっては不健康ですから、充分に寝た後に二度寝、三度寝が良いでしょう。楽しい夢の続きを見られるかもしれませんね。あるいは嫌な夢に続く筋書きを変えられるかもしれません。そのためにも翌日のスケジュールがびっしり詰まっている時よりは、時間も気持ちもゆとりがあって夢を楽しむ余裕がある方がよいでしょう。見た夢をボイスメモや枕もとのメモ帳に記録すると良いでしょう。最近では、睡眠を記録するアプリなどもありますから、まずは自分の睡眠の特徴をつかむところから、明晰夢をみる第一歩として準備を進めましょう。

ショートスリーパーかロングスリーパーか

どのくらいがたっぷりの睡眠かといっても、本人にとって適正な睡眠時間は異なります。「ショートスリーパー(short sleeper)」とは、短い睡眠時間でも心と体の健康を保っていられる人のことであり、短時間睡眠者とも言います。睡眠は短くとも質が良く、すっきりと目覚めて、日中の活動も十分にできる状態です。この場合、長く寝すぎることは逆に健康にマイナスとなります。これはもっと寝たいのだけれど、仕事や家事が忙しくて十分に眠ることができない場合とは区別し、その場合は「強制的短時間睡眠者」と呼びます。さらにこれらは、「不眠者」とも異なります。不眠は、もっと寝られる環境で寝る準備を整えているにも関わらず、結果として眠れず短時間睡眠になっている状態だからです。ナポレオンやエジソンはショートスリーパーとして知られていますが、どちらだったのでしょうね。

日本人の平均睡眠時間は、経済協力機構(OECD)の2019の調査では、7時間22分と調査対象国の中で最も短いのですが、ショートスリーパー、強制的短時間睡眠者、不眠者が混じった平均値ということです。年代差もありますので、働き盛りはもっと短いでしょう。2015年のNHK放送文化研究所の国民生活時間調査では、男女とも40・50歳代の平日の平均睡眠時間は6時間台です。ちなみに東アジア諸国は、世界的にみても短時間睡眠者が多いのですが、その中でも日本・韓国・台湾は短く、中国は長いことがわかっています。

本人の適正睡眠時間より短い睡眠時間しかとれないことが続くと……肥満になりやすい、血圧・血糖が上がりやすい、認知的能力が落ちて判断ができない・記憶が悪くなる、イライラするなど感情が不安定になりやすいのです。ですから、毎日頑張っている自分へのご褒美として、時々は夢を楽しむくらい長めに寝る機会を持っても良いのではないでしょうか。

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一方、心と体の健康を保つためにはたっぷりと睡眠を必要とする人もいて「ロングスリーパー(long sleeper)」、長時間睡眠者と呼ばれます。例えば、アインシュタインなどがロングスリーパーとして知られています。どれだけ寝ても眠い過眠症と異なる点は、その人が必要とする睡眠がとれた時には、昼間の眠気などの症状は訴えないという点です。一般的に芸術家タイプにロングスリーパーが多いと言われています。仕事や生活のスタイルに関わっているのかなどその理由は明確ではありません。単純に考えれば、ショートスリーパーよりは、睡眠時間の長いロングスリーパーの方が明晰夢を見やすそうです。ですが、ショートスリーパーにも明晰夢をみることができる人はいます。夢見中の脳の活性度が高く、夢を見たら現実との違いに気づきその夢の記憶を覚醒と同時に固定できる人といってよいでしょう。朝、目が覚めたら、夢を記憶するまで何度も夢を思い出す練習をしましょう。明晰夢を見るにしても、まずは自分の適正な睡眠時間を把握して、継続的にその時間を確保することが大切だと言えます。明晰夢を見ること自体が、「睡眠貴族の嗜み」だとも言えますね。

情報の多い夢を見ると眼球がよく動く

明晰夢の特徴として、感覚が非常に鮮明であることが挙げられます。明晰夢があるレム睡眠と、普通の夢をみているレム睡眠では、前者の方が、眼球運動や心拍数、呼吸数などの生理的指標の活性度が高い水準にあることがわかっています。これらは中枢神経系の活動のレベルが高いことを示しています。明晰夢は、夢を自覚している自分を自覚し、夢の内容を意識的に制御するのですから、高度な認知的活動を反映しています。

一般的に夢の鮮明性を測る生理指標の1つとして、「レム密度」があります。レム睡眠の夢見そのものはレム睡眠の時間に依拠しますが、レム睡眠の時間帯に、何回急速眼球運動が起こるか、その回数をレム睡眠の時間で割った比率です。私が昔行った睡眠実験では、普段から夢を記憶してよく思い出せる人と、めったに思い出せない人の違いを調べたところ、レム睡眠の時間には違いがなかったのですが、夢を記憶してよく思い出せる人の方が相対的にレム密度が高く、レム密度に差があったのです。夢には、記憶の整理(固定と消去)、感情処理の機能があるのではないかと考えられていますが、夢をよく思い出せる人の眼球の動きからそれだけ処理する情報量が多いのだと推測されます。明晰夢を見ているときのレム密度は高いのです。

夢の鮮明性を上げるには入眠前のイメージが大切です。満足度の高い見たい夢を見るためには、まず入眠前のインプットが大事ですね。見たい夢のイメージ化といいましょうか、登場させる素材に視覚的あるいは聴覚、嗅覚などの五感で触れ、夢の筋書き(プロトコル)をイメージしましょう。こうすることで、出てきてほしい情報へのアクセシビリティを高めます。入眠前に、素敵な夢をみるための阻害要因を取り除くことも重要です。例えば、気がかりで持ち越していることは、ひとまず明日はここまで対応するなど棚上げして、落ち着きましょう。入眠前の不安な事柄の反芻は、眠りそのものの質を低下させてしまいます。その素材が夢に取り込まれても、筋書きの始まりは予測もコントロールもできないのが通常ですが、そのあとの展開を明晰夢でコンロトールできるようになれば……寝るのがとても楽しみになりますね。

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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