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夢をデザインする―夢の世界の住人―

夢を見る、夢を聞く、夢を触る

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。

 


夢の中で体験する感覚

前回のテーマは、夢と感情についてでした。とりわけ明晰夢はポジティブ感情とネガティブ感情の両方を強く体験する夢で、鮮明性が高いという特徴を持っていることをお話ししました。感情と同様に夢の大切な構成要素となる「夢の中で体験する感覚」に今回は注目していきましょう。

「見る」以外の夢

感覚は、日常生活の中にあふれる物理的刺激を、我々の身体に遍在する感覚受容器(目や耳など)でキャッチして処理することで生じます。数ある感覚の中で代表的な感覚は、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・皮膚感覚のいわゆる五感です。その他にも、運動感覚・内臓感覚・平衡感覚などもあります。夢の中では夢に現れた刺激(事物や人物)をキャッチして感覚が生じるわけですが、「夢見る」と言うように視覚はほとんどの人の夢で体験する感覚のようです。いくつかの実験室で、レム睡眠中に覚醒させた時の夢と感覚のデータをレビューした論文では、夢で視覚があった体験率は85~100%、次に多いのは聴覚で53~76%、その次は運動感覚であるが8~75%とばらつきが大きく、触覚はさらに少ない1~26%の体験率でした。嗅覚、味覚、痛覚に至っては7%以下と、夢の中ではほとんど体験が稀な感覚であったと報告されています。

日本の大学生・短期大学生男女1267名を対象に、家の夢で感覚を体験する割合の評定を求めた日本の認知心理学者岡田斉(2000年)の調査でも、実験と同様の結果となっています。視覚(映像としてみえますか?)、聴覚(音や声がついていますか?)、運動感覚(自分が走る、歩くなど何かしますか?)が人々にとって体験の多い感覚で、皮膚感覚(触った感じ、痛い、熱い、冷たいなど感じますか?)、内臓感覚(空腹、満腹、のどの渇き、尿意、内臓の痛みがありますか?)の体験はうんと少なく、味覚(味を感じますか?)や嗅覚(匂いを感じますか?)はほとんど夢の中では体験しない感覚です。このようにばらつきはありますが、夢は「見る」ものだけには限らないのです。

メガネ


見えない、聞こえない人の夢

例えば、視覚に障がいがある人の夢はどうなのでしょうか?人生の途中で視覚を失った場合にはどうでしょう?夢に登場する事物や人物は、基本的に私たちの脳のライブラリーに貯蔵された記憶情報ですから、過去の視覚的記憶を引っ張り出すと夢では「見る」ことができるわけです。それでは、先天性の視覚障がいの人ではどうでしょうか?その場合もその人の心の中のイメージを夢に見ることはあるようです。そのイメージは視覚情報を元にした鮮明な映像ではないため、必ずしも外界の事物や人物とマッチしているわけではありません。そのため、一般的な見える夢とは異なります。しかしその一方で、普段の生活の中でより鋭敏に使っている音や手触りなど、視覚以外の感覚が含まれる夢を見ているようです。

先の岡田らが行なった聴覚障がいがある高校生とそうでない高校生とを比較した調査(2016年)では、聴覚の夢は少ないものの、先述の実験結果では低かった運動感覚、味覚、嗅覚、内臓感覚の体験率が高かったことを示す調査研究があります。さらに聴覚障がいがある高校生は、明晰夢も悪夢の体験も多く、鮮明性が高いということがわかりました。何かの感覚が少ないことで、他の感覚が鋭く増幅した夢を多くみているのだと考えられます。

夢で匂いや味がするのは食いしん坊?

味覚と嗅覚は密接に関連している感覚であり、夢の中での体験は実験によると稀のようですが、皆さんの夢ではどうでしょうか?いくつか味覚と嗅覚の夢を紹介しましょう。

講演会で味覚の夢を教えてくれた60歳代の女性は、「甘い飴をなめている夢」を見て起きた時に、よだれがでていて、家族に口をもぐもぐさせてたよと言われたそうです。もちろん口の中には飴はありません。とても可愛らしく楽しい夢ですね。睡眠実験室で味覚と嗅覚と聴覚が複合する夢を教えてくれた20歳代の女子大学院生は、「お肉がジュージュー焦げて、いい匂いがして食べたら脂が甘かった夢」を見ていました。実験が終わって起きた時に「お腹が空いたー」と言っていたので、空腹が夢の引き金刺激となっていたかもしれません。

明晰夢を見られる20歳代の男子大学生が、「ロマンスカーの中で、熱々のサーロインステーキと焼けたアップルパイにアイスクリームがかかった甘いデザート付きのお弁当がアテンダントさんから出された夢」を見て、夢の中で「これはロマンスカーで出るお弁当ではない」と自覚した夢を教えてくれました。熱々のステーキとパイに冷たいアイスといった温度感覚もあり、とても食いしん坊な彼ならではの夢と思いました。現実との違和感にいち早く気付いているので、普段から明晰夢に慣れ親しんでいるのでしょう。

普段、音楽に親しんで作曲をしている人は音楽の夢を見るでしょうし、体操の選手などは宙返りなどの運動感覚が現れている夢を見ていらっしゃるかもしれませんね。写真家などは夢の中の対象物の角度や光の射し方も覚えている方も多そうです。その人が日常生活でよく使う感覚が夢にも反映されていると考えてよいでしょう。運動選手や芸術家の他、食品や化粧品業界など、香りや触感に敏感な職業の人の夢もぜひ教えていただく機会があったら嬉しいなと思っています。

温度計

明晰夢では五感をフルに使う

明晰夢を見られる人は、夢の中での些細な違和感から夢だと気付くように、夢の中で物事をリアルに深く感じ取ることができます。夢の中で、起きている時と変わらず目、耳、鼻、指の器官を使って感じるのです。例えば、夢でイタリアンのレストランでカルパッチョがでてきました。じっとお皿をみると、赤身と白身のお魚が乗っています。お皿がよく冷えていて、一口赤身の方を口に入れると、ねっとりしたうまみと鉄分を感じます。白身魚は何かなとよく観察し、真鯛かなとか、かかっているソースの色は緑なので、バジルのソースなのかと匂いを嗅いでみます。このように物の重さ、色、香り、温度など感覚をフルに研ぎ澄まして対象物を夢の中でも深く知覚することができます。このように五感をフルに使う習慣を現実生活の中でも繰り返し、じっくり五感で対象物を観察する機会を意識的に持つことで、夢でも現実世界から延長してそれらを楽しむことができるようになる可能性が高まると考えます。

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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