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夢をデザインする―夢の世界の住人―

眠っている時のあたまの中とからだ

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。


前回は私たちが見る夢の内容にみられる典型的なテーマを取り上げてきました。今回は、夢にかかわる睡眠中の病気について取り上げたいと思います。

夢の内容は見た本人が語ることによって、はじめて人とその内容を共有できます。明晰夢や悪夢を見る人はそれらのイメージがとても鮮明なので、ご本人もありありと夢を体験し、その夢の語りも明瞭です。レム睡眠が確認されている動物では、典型的には鳥類や哺乳類は夢を見ていると考えられていますが、その夢の内容を人間が理解できる言語で語ってくれることがないので、どんな夢を見ているかはわかりません。ペットを飼っていらっしゃる人は、可愛い家族がどんな夢を見ているか想像したこともあるのではないかと思います。今は餌を食べている夢なのかな、今度は遊んでいる夢なのかなと推測しますが、本当のところは不明です。見た夢を翻訳して言語化する、あるいは可視化して記録することができない限りはよくわかりません。

夢で未来のシミュレーションをする

そもそも夢には記憶情報の整理をすることで、我々がより良く生活するための「学習」に貢献していると考えられていること、また夢の機能にはいくつかの説が推測されていることを第二夜でご紹介しました。そして、「追われる」「間に合わない」「襲われる」など典型的な夢と悪夢にはテーマの重複が多く、そもそも人の記憶に残るのは不安や焦りなどの感情を伴う夢が多いことを第八夜でお話ししました。

ここで思い出していただきたいのは、人が寝ている間に膨大な記憶を処理しているのは、将来に必要そうな情報をもとにイメージ上で対処をシミュレーションするからという仮説(シミュレーション仮説)です。日中あった出来事に関する記憶情報を整理しながら、未解決の課題やこれから起こると予想される課題について、イメージの中でトライして失敗する、あるいは成功するといった対処のシミュレーションをしている、と考えるとわかりやすいのではないでしょうか。

人がよく見る夢の内容に、生命や身体の安全の確保など生存にかかわる夢(「落ちる」「自分が攻撃や暴力を受ける」「災害に遭う」「他人が攻撃や暴力を受けるのを目撃する」「自分が危害を加える」)や、自分の社会的な存在価値を傷つけて貶めるような事態や孤立する事態に関わる夢(「遅刻する」「学校、教師、学ぶ」「大切な人が死ぬ」「家族や恋人と別れる、縁が切れる」)が多いことも、シミュレーション仮説と考えると納得です。夢のイメージの中では、これらの事態への対処に失敗した時点で目が覚めるか、何とか乗り切って目が覚めるかによっても、目覚めたときの気分は大きく違いますが、明晰夢を習得すると、ストーリー的に劣勢であっても最後の結末をポジティブに変えることができるので目覚めの気分を改善できますね。

この「シミュレーション仮説」は、フランスの大脳生理学者ミッシェル・ジュベが提唱したものです。レム睡眠中には全身の筋肉の動きを抑制するように指令を出している部位が脳にあるのですが、ジュベは猫を使った動物実験で、この部位を実験的に機能しないようにして、レム睡眠中でも筋肉の動きを抑制しないようにしたところ、猫からは何かを威嚇するしぐさや、捕食をする仕草が観察されたそうです。自分を襲う相手を威嚇する、食事を確保するというのは、生命の維持や身体の安全の確保に関する重要事項ですね。よって、ジュベは日常生活の中で重要な行動のシミュレーションを夢の中で実行していると考えたわけです。


身体が動かないから思いきり夢を見れる

このジュベの実験はつまりのところ、実験的に夢を体現することで、第三者に夢が見えるように可視化したわけです。第一夜でお話したように、私たちが一晩のうちに体験するレム睡眠は、最初は入眠から90分後、その後波のように断続的に訪れるのですが、ぐっすり眠っている最中なので、この体を休めるレム睡眠時の脱力にはほとんど気づきません。しかし、まれに体験することもあります。寝入りばなに体が沈み込む感覚、落ちていく感覚などの経験はないでしょうか?仕事、勉強、部活、介護などで睡眠不足が続いていて、とても体が疲れていてでも頭はさえて興奮状態にある時などは、睡眠のリズムが乱れて、レム睡眠が寝入りばなに来ることがあります。体が動かないのに、頭は半分目が覚めていて半分夢をみている状況を「睡眠麻痺」といい、一般的には金縛りといわれている現象です。睡眠麻痺の状況では、体が動けないからこそ怖いイメージを伴うことが多いようです。しかし、夢を見ているときに体が動くのは別の意味で怖いのです。

仮に我々が実際に夢を見ているときに、体が動いたらどうなるかとイメージしてみましょう。凶暴な動物から必死に逃げる夢を見ていたら、ベッドから飛び出して壁にぶつかってしまうかもしれませんね。脱力して体が動かないことによって、毎晩安全に夢を見ることができているわけです。

一方で、実験同様に夢とともに体が動いてしまう病気があり、これを「レム睡眠行動障害」といいます。50代・60代の中高年期、初老期に発症することが多い病気で、睡眠時随伴症の1つです。中途覚醒すると速やかに意識が鮮明になり、多くの場合レム睡眠時に見られる攻撃的行動や叫ぶ、泣くなどの寝言は夢の内容と一致しています。レム睡眠が終わると落ち着きますが、追いかけられたり襲われたりする悪夢を見ているのが一般的ですので、夢の中で逃げようとして家具にぶつかりケガをしたり、襲われると思って同床の家族に反撃してケガをさせてしまったりということも起こりかねません。レム睡眠行動障害の場合には、脳腫瘍、パーキンソン病、レビー小体認知症などの発症初期や前駆症状として知られており、脳の病気のため投薬による医学的治療をうけることになります。もし夢を見ているときの行動が気になるご家族がいらっしゃる場合には、早めに睡眠外来に一緒にご相談してはいかがかと思います。

類似の睡眠時随伴症には、子ども期にみられることの多い「睡眠時遊行症」と「夜驚症(やきょうしょう)」があります。前者は睡眠中に動いてしまう症状で、後者は叫ぶ症状が中核にありますが、これらはレム睡眠行動障害と異なり、起こそうとしても寝ぼけてなかなか目が覚めず、朝目覚めたときにはその記憶がありません。「睡眠時遊行症」と「夜驚症」はともに、発達途上にある子どもの脳の発達に付随する問題として起こることが知られていますが、成長とともに一過性で終わることが多いため、経過観察となり特に医学的な治療は行われないのが一般的です。お子さんの場合はあまり心配し過ぎず、安心するような声かけで見守るのが良いかと思います。

今回は夢にまつわる睡眠障害についてみてきましたが、しっかり睡眠をとれることは何より幸せなことです。夢を見ないくらいぐっすり寝るということも、日々追われる生活の中では大事なことですね。夢は毎晩いくつか見ていますが、それが記憶に残るほどの内容ではないことは、睡眠中に適正に情報処理が終わったということだと、私は捉えています。明晰夢をよく見ることができる人は、イメージの中で遊べてうらやましい面もあるのですが、夢イメージが鮮明なだけに疲れることもあると思います。明晰夢を自在に見られる女の子が以前、「この夢の展開はこういう結末にすればいいのだけれど、それも面倒だからもう起きちゃおう」と夢を中断させて目覚めたエピソードを教えてくれました。なるほど……残暑が厳しく寝苦しい季節が続きますが、楽しい夢とともに快眠が得られることを願っています。

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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