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夢をデザインする―夢の世界の住人―

眠りの深さと長さが夢の中身を形づくる

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。


前回は夢と睡眠にまつわる頭と身体の状態と、そのバランスの崩れについてみてきました。レム睡眠時には、眼球運動以外は脱力するからこそ、どれだけリアルな夢を見て、夢の中で暴れまわっても、寝ている身体はビクともせずに安全に夢が見られるということでしたね。明晰夢は正常なレム睡眠時の夢見ですから、体は動かず健康的に夢を楽しめます。しかも、明晰夢はシナリオを思い通りに描けるにもかかわらず寝ている感じがあまりなく、脳の中だけで体を現実世界の様に自由自在に動かせます。その不思議な感覚をぜひ味わってみたいと、見られることは稀であっても(第五夜)明晰夢を楽しみたいという人が多いのです。

しかし、頭と身体のバランスが崩れた際の睡眠時は不思議な現象が色々起こります。睡眠リズムが乱れた入眠時に起こる「睡眠麻痺、いわゆる金縛り」は、不規則な生活パターンや過労などによって起こりやすかったですね。またレム睡眠時に、脱力しないで夢に合わせて体が動いてしまう「レム睡眠行動障害」は、初老期に起こりやすいこともお話ししました。それとは対照的に、子ども期に起こりやすい「睡眠時遊行症」と「夜驚症」は、ノンレム睡眠の時に体が動き、目も開いて時には話したりすることもお話ししました。

これら寝入りばなや睡眠中や目が覚めるときに起こる睡眠の異常を、睡眠医学の世界では「睡眠時随伴症」といいます。睡眠時随伴症の代表例には悪夢障害があります。悪夢への対処法の一つとして、悪夢を見た時に「これは夢だから」とシナリオを描きかえる明晰夢のトレーニングも用いられています。トラウマがもたらす悪夢は決まったパターンがあるので、これはいつもの悪夢だと気づきやすいかもしれません。今日は睡眠障害を切り口に、悪夢と明晰夢について取り上げていきたいと思います。


快眠から遠いさまざまな眠りと悪夢

睡眠障害の診断と分類を行う一つの基準として、アメリカ精神医学会の精神障害の診断および統計マニュアル第5版(DSM-5)を取り上げましょう。DSM-5では睡眠―覚醒障害群として、大まかに「不眠症」、「過眠症およびナルコレプシー」、「呼吸関連睡眠障害」、「概日リズム睡眠―覚醒障害」、「睡眠時随伴症」のカテゴリーに区分されています。

この中でも代表的な「不眠症」は、寝てもよい状況であるのにもかかわらず眠れない睡眠障害です。第四夜で述べたように、我々にもありうることですが、仕事や家事、介護、学業で寝る時間がとれないくらい忙しく、結果的に短時間睡眠となっている場合は、強制的短時間睡眠として不眠症とは区別しています。またどうしても気にかかる出来事がストレスになっていてそこのことが頭から離れないといった場合も不眠症になりがちです。不眠症も強制的短時間睡眠も結果的に心と体に負担をかけることは同じで、第九夜で話したように「夢なんか覚えていないくらいぐっすり寝る」ことも心と体の健康にとって大事なのです。不眠の中でも眠りにつきにくいのではなく、睡眠が細切れになって頻繁に目が覚めてしまう場合は、夢の記憶を固定する機会が多くなるため、結果として嫌な夢を思い出すことが多くなると思います。

一方、「過眠症」は日中にいつも強い眠気におそわれるという若い年代の人でみられる睡眠障害です。つまり、覚醒を維持できないということです。過眠症は第四夜で紹介した「ロングスリーパー」とは区別します。ロングスリーパーはたっぷり眠ることですっきりして、日中頭と身体は適正に働きますが、過眠症はたとえたっぷり寝たとしても日中の眠気はとれません。日中の耐え難い眠気があるという点では、「ナルコレプシー」という睡眠障害も同様です。




浅い睡眠が多いナルコレプシーは明晰夢を見やすい

過眠症は一度に長く寝てしまい、ナルコレプシーはある程度眠ると眠気がとれますが、頻繁に脱力発作を起こし、覚醒から一気にレム睡眠に入ってしまいます。そのためナルコレプシーの患者さんは、睡眠麻痺をよく経験します。睡眠麻痺自体は先に述べたように、健康な人でも生活の状況によっては経験しやすく、おそらく皆さんも経験があると思いますが、体は動かず、声も出ず、そこに何かに体を押さえつけられているような、足をつかまれたり、首を絞められたりなど怖いイメージがあります。これを入眠時幻覚といいます。いわゆる生々しい恐怖の夢が睡眠麻痺の時には起こりがちです。パニックを起こしがちですが、一般的に呼吸をゆっくりする、体の一部、指先などを動かせると、急速に睡眠麻痺がとけます。

これら長時間の睡眠を必要とするタイプの過眠症とロングスリーパーは睡眠サイクルを繰り返す中でレム睡眠が長くなるので、明晰夢を見やすい条件が整っています。またナルコレプシーの患者さんは、ノンレム睡眠のステージ3や4の深い睡眠が少なく、入眠時レムを含むレム睡眠やステージ1・2の浅いノンレム睡眠が多いので(第一夜)、トレーニングなしに明晰夢をみられる達人集団かもしれません。ヨーロッパの夢研究者グループが、臨床神経学分野で最も権威ある国際的学術雑誌である『Neurology』に最近発表した「夢と悪夢の睡眠障害と神経障害に関する総説論文」では、ナルコレプシーの患者さんの77~78%が自然に明晰夢をみて、悪夢をコントロールができるといっています。

しかもナルコレプシーの患者さんは昼間に強い眠気があるため、MRIを使用したうるさい環境下の実験でも眠ることができて、とても良い実験協力者だとほめています。ナルコレプシーの患者さんは生々しい悪夢もよく見るが、明晰夢もよく見られるということですね。明晰夢を見やすい人のパーソナリティについても、「創造性が高い人」と第五夜でお話ししましたが、やはりナルコレプシーの患者さんはそうでない人のグループ(統制群)に比べて創造性が高く、睡眠中や夢の間に独創的なアイディアを発明する人と表現されています。なぜそうなのかは今後解明が待たれるところです。

悪夢と明晰夢は表裏一体

最近日本でも有名になってきた「睡眠時無呼吸症候群」も、呼吸関連睡眠障害にカテゴライズされます。同居する家族が、他の家族のメンバーが大きないびきをかきながら寝ている途中に、たびたび呼吸が止まっているのに気づきます。睡眠中に気道が塞がれ呼吸が止まると一瞬目が覚めてしまいますが、本人は気づいていないことが多いです。顎や首の周りにたっぷりお肉がついている、顎が小さい人などはなりやすい傾向があります。一晩に何十回も、多い人では100回以上も短く小刻みに目が覚めている状況になるので、朝起きても疲れがとれません。睡眠時無呼吸の患者さんは悪夢を見やすく、不安や暴力的な夢が多いそうです。確かに窒息する感覚は怖いですから、そのような身体的状況が夢に反映されているのかもしれませんね。

そこまでではないけれど似たケースでは、水泳部の高校生がいつもプールでおぼれる夢をみて怖いというので、部活動のストレスかと思ったのですが部活動は楽しいそうで、さらに聞いてみると慢性的に鼻炎に悩んでいるとのこと、案外鼻づまりなど睡眠中の身体の状態も悪夢に影響しているかもしれませんね。睡眠時無呼吸症候群の治療は、気道を塞がないように空気を送るCPAPなどの療法が使われていますが、睡眠中の呼吸を補助すると悪夢が減ることがわかっています。心地よく楽しい明晰夢を見る確率を上げるためには、身体の状態も問題なく、リラックスしているような状況が必要になりますね。

初老期にみられる、夢とともに身体が動いてしまうレム睡眠行動障害では、攻撃的な夢が多いことは前回お話ししました。先の『Neurology』の論文では襲われると思って、蹴ったり、殴ったり、跳んだりするほかは、犬やライオン、蛇、馬、牛など動物の夢を見ることが一般的だそうです。これもなぜそうなのかは不明ですが、体が大きいあるいは襲われる危険性のある動物をイメージするのでしょうか?レム睡眠行動障害の患者さんでも攻撃的でない夢を見る場合もあり、その場合には夢をみる人の社会生活にそった普通の夢(スポーツ、食事、仕事など)が多いそうです。




前回お話ししたように、レム睡眠行動障害が前駆症状としてみられる神経疾患には、パーキンソン病とレビー小体認知症があります。パーキンソン病患者さんの60%とレビー小体型認知症患者さんの50~80%にレム睡眠行動障害がみられるそうですが、治療に使用される薬物療法によっても副作用で悪夢が増えることもわかっています。

認知症の中でもアルツハイマー型認知症では、レム睡眠行動障害はみられません。全般的に認知症の患者さんは、夢の記憶を思い出すことは少なくなりますが、レビー小体型認知症には悪夢があるので、夢からも認知症の種類を区別できそうです。アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症の進行を抑える治療で使用される記憶改善薬は、レム睡眠も長くなり悪夢も増やしてしまうけれど、一般の健康な人を対象にした実験ではレム睡眠が長くなって夢の中の感覚が鮮明になり、夢が複雑化し明晰夢も増えるようです。

悪夢を引き起こしやすい治療薬が、同時に夢の感覚を増幅させ明晰夢も増えることからも分かるように、明晰夢と悪夢は、前者は楽しみにされ後者は嫌がられるなど、一見対照的な夢にみえますが、鮮明性という点ではきょうだいのような関係かもしれません。一方、子ども期に一過性でみられる睡眠時遊歩症と夜驚症はノンレム睡眠でみられる現象でしたが、見る夢は短く、脅威や不運や危険から逃れる夢が多いようです。このように見る夢のタイプから、様々な病気の違いがわかるということも面白いなと思っています。

 

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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