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夢をデザインする―夢の世界の住人―

悩みは夢でシミュレーションする

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。


前回は睡眠障害と様々な夢の形についてみてきました。様々な夢との付き合い方を理解することは、自分自身とのよき対話をすることにつながる、と私は考えています。今回はそれが顕著に現れる悪夢を取り上げ、悪夢との付き合いや活かし方についてお話していきましょう。私たちが夢と呼んでいるものには、実は様々な種類があります。悪夢ではない夢には、快の感情を伴う夢、明晰夢のように自由自在に楽しめる夢、ノンレム睡眠時で見られるような思考が中心の淡々とした夢があります。いわゆる寝覚めが悪い、起きた後に悪夢と振り返る夢には、実は「不快な夢(dysphoric dream)」と「悪い夢(bad dream)」と「悪夢(nightmare)」に分かれます。この違いは、主としてその夢の恐怖度によるものですが、その結果として睡眠からの中途覚醒が引き起こされるかどうかが一番のポイントになります。「不快な夢」は、ばく然とした不安・焦り・怒りなどを伴う夢、「悪い夢」は不安や恐怖を伴う夢ではあるものの、中途覚醒を引き起こすまでではなく両者とも予定された睡眠時間を確保できます。もっとも恐怖度の高い「悪夢」だけ、中途覚醒してがばっと飛び起きるものとなります。

今の悩みごとが悪い夢から分かる

精神医学の立場から悪夢研究について世界的にリードしている北米の研究者レヴィンとニールセンは、「悪夢」をさらに細かく分類しています。その分類によれば「悪夢」は、生活上の心理社会的ストレスが原因の「特発性の夢(idiopathic nightmare)」と「トラウマ性の夢(posttraumatic nightmare)」に大別されます。両者の違いは、トラウマとなるような体験の有無によって区別されます。「特発性の夢」は、悪夢の筋書きがその日によって異なり、さらに悪夢がもたらすストレスの度合いによっても「苦痛度の低い夢」と「苦痛度の高い夢」に分類されます。一方、「トラウマ性の夢」はいつも同じような筋書きになります。トラウマの深刻度によって、トラウマとなる出来事に関連した悪夢やトラウマとなった場面そのものを再現する悪夢となります。例えば、事件に巻き込まれた季節、時間帯、場所、登場人物など近い場面で、誰かわからないけれど襲われるような悪夢や、トラウマのショッキングなシーンそのものを示す悪夢です。強烈な悪夢は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状としても知られています。トラウマの再現そのものは、目覚めている時に起こると「フラッシュバック」という症状になります。

普段私たちは、区別することなく悪夢と言っていますが、実はこんなにバリエーションがあるのです。そのうえ、朝、悪夢を見て不快な気分になっている人の精神的苦痛度にもバリエーションがあります。悪夢はたかが夢だからと軽んじられやすい傾向がありますが、実は治療の対象にもなるほどの症状でもあるのです。悪夢の治療では、悪夢を見る頻度の確認だけでなく(毎晩のように悪夢にうなされるなんて大変なことですが、さらに一晩に何度も目が覚めるという方もいらっしゃるのです)、同時に、悪夢がもたらす苦痛度が日常生活に支障をきたしているか等について、細かくヒアリングして確認することが重要といわれています。悪夢を見た後の目覚めの悪さはもちろんのことですが、悪夢をみることが苦痛で寝るのが怖くなる、悪夢の内容が思い出されて頭から振り払えなくなる、何か悪いことが起こるのではないかと不安になってしまう人もいるのです。ですから、その人がどの程度悪夢を苦痛に感じているかを把握して、医学的治療や心理学的支援につなげるかを判断することになります。


なぜ悪夢を見るかその理由については、特発性の悪夢にみられるように目前に対処すべきストレスがあるからです。夢のシミュレーション機能からも推測できるように、迫りくる締め切りや試験・コンテスト・試合など、上手く行かせたいと思う時によく悪夢を見ます。しかしそのイベントが過ぎた後は、タスクを乗り越えているので悪夢を見なくなります。あるいは回避した、解決した、対処できたなどの結果が出た後には、そのテーマを夢に見なくなります。結果が満足のゆく“成功”なら尚更です。これは、やはり夢には生活する上で大事な事柄の再処理や将来のシミュレーションなど、進化的な価値があると考えられるからです(第二夜)。よって、臨床心理学的には悪夢を見ることは、現実世界でのストレスを捉えそれらへの対処可能性を高めることから、人間にとって意味があると考えます。

さらに悪夢には、不安だけではなく罪悪感も関わっていると感じます。例えば、仕事中に不意に交通事故の場面を目撃した人が、被害者を助けられなかった場合では、自分には何か出来たのではないかという責任感と罪悪感が、悪夢を見させていると考えます。人を助けることが務めの警察官、消防官、自衛官には、惨事ストレス(通常のストレス対象方略が機能しないような非常事態に直面したときのストレス)の反応の1つとして悪夢があります。「コロナ・パンデミック・ドリーム」として知られている悪夢も医療従事者であれば一層起きやすい環境にいることかと思います(第六夜)。

悪夢は心のクリーニング

つまり、悪夢は自分からの信号(世界の見方)であり、より良く現実世界を生きようとする奮闘を示していて放棄ではないのです。そのため悪夢は、私たちが困難のある世の中で、頑張って生きようとする証とも言えます。嫌な悪夢を見た時ほど、自分が何に恐れや罪悪感を抱いているか分析し、その困難に対しての生活の中での対処行動をいくつか考えるといったことが、悪夢を減らすのに有効でしょう。

同じようなストレスフルな出来事を経験しても、悪夢を見やすい人とそうでない人もいます。これはその人にとってのストレスの度合いが、繊細な性格かどうかで異なるからです。つまりその人がその出来事をどう捉えるか、世界をどう捉えるかという主観性に関わっています。悪夢を見やすい人は、神経症傾向が高く外向性の低い人でした(第六夜)。主要な神経症傾向などの性格には、ある程度遺伝子的要因の影響が大きいことが知られています。悪夢に関する行動遺伝学の研究は少ないのですが、遺伝的要因の影響は強く、その他の家庭・生活環境の要因を100%から除くと、青年期では45~51%、成人期では37%の説明率とする研究もあります。悪夢を見やすい人は、家族にも同じような人がいる確率が高そうです。

また一方で子ども期に悪夢は多く、老年期になるにつれて少なくなるといった年齢的な要因もあると考えられています。これは日常生活で直面する心理社会的なストレスへの対処スキルが年齢とともに高くなることや、大人になるにつれストレスへの耐性がつくこと、加齢による夢を思い出す(夢想起)頻度そのものの低下が関わっていると考えられます。まだ幼い子どもにとっては、世界というのは混沌とした、どう対処すればよいかわからない怖いものなのかもしれませんね。また生涯を通して、夢想起頻度も悪夢の頻度も、男性より女性の方が多い性差があることもわかっています。

それでは悪夢を見た場合にはどうすればよいのでしょうか? アメリカ睡眠医学会は薬理学的な治療と心理学的な治療に分けて、成人に効果のある悪夢治療をガイドラインで提案しています。その一つに「薬物による緩和」があります。薬物の服用は、脳内の科学的情報伝達物質に直接的に作用することで、夢見を変えるので、悪夢を見なくなるようにするものもあれば、他の病気の治療で使用している薬の副作用で悪夢が増えるものもあります。ちなみに夢の鮮明性を高め、明晰夢をもたらす作用があるものに、コリン作動薬とドーパミン作動薬があります。

悪夢の台本の書き換え

このほか、薬の使わない対処方法もあります。心理学的な治療では、「明晰夢」も悪夢の治療方法として挙げられていますが、レム睡眠中に夢の筋書きを変える明晰夢を見られる人が少ないので、治療としてのエビデンスの検討がさらに必要といわれています。明晰夢を見ることで夢の筋書きを変えられるのならば、目覚めの悪さを抑えられることも、寝ることが怖くなくなることも想像できますよね。

明晰夢よりも効果的な方法として挙げられているのは、「イメージ・リハーサル・セラピー」です。目が覚めた後、悪夢の恐怖イメージをあえて思い出し、イメージの中で夢の筋書き、結末を変えてしまう治療法です。カウンセラーに見た悪夢の内容を全て伝え、それを実際に自分でシナリオのイメージの中で書き変え、そのシナリオを繰り返し眠る前にリハーサルするのです。トラウマとなるような体験は無かったことにはできないけれど、その記憶をイメージ上で変えて保存しなおすことを想像していただくと良いでしょうか。明晰夢は、悪夢に対峙する夢のなかで直接書き変えを進めていきますが、こちらは目を覚ました後に再現し、現実世界で悪夢のイメージを作り変えていくという方法です。イメージ・リハーサル・セラピーでよく出てくる筋書きは、自分でその困難を乗り越えるものや、誰かが助けてくれるというものです。こちらを子どもの悪夢にも適用する精神科医の先生もおられます。

悪夢の怖さに慣れていくものに、伝統的な行動療法の一つである「エクスポージャー(暴露)法」もあります。エクスポージャーは恐怖を感じるものに向き合っていかないといけないので、勇気はいることですが、不安を低減させるのに役立ちます。これらは専門家とともに行うのが原則です。そこまで恐怖度の高くない「悪い夢」や「不快な夢」の場合は、夢を思い出しながら人に話すことで安心するので暴露法的にお勧めです。また悪夢や不快な夢を見た朝には、明晰夢まで見られなくても、布団でまどろみながら、その夢の続きをイメージするのも楽しそうですね。

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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