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答えは風のなか

おっきくなるということ


「子どもたち、大広間に全員集合ーっ!」
 みんなと庭で遊んでいたら、ふみおばさんが縁側えんがわから声をかけてきた。
「お年玉タイムでーす!」
 二つならんだ広間のふすまをはずしてつくった何十じょうもある大広間では、おとなたちが新年会をしている。ウチのお父さんの実家の、おじいちゃんの代から続く恒例こうれい行事だ。おじいちゃんはわたしが生まれる前にくなっていたけど、いまは長男のけんろうおじさんが、おくさんの文恵おばさんと一緒いっしょに取り仕切っている。
 四人きょうだいの末っ子のお父さんは、きょうから遠くはなれた東京でお母さんと結婚けっこんして、わたしが生まれた。大晦おおみそ元旦がんたんは東京でごすのが習わしだったけど、一月二日の新年会には家族そろって顔を出す。早起きして飛行機で田舎いなかに向かい、宴会えんかいが終わるとその日のうちに最終便で東京にもどるのだ。
 実家は商売をやっていて、親戚しんせきも多いので、宴会には三十人近くが集まる。お客さんが連れてくる子どもも、上は高校生から下はようえんまで、毎年十人以上はいた。「この子はイトコのなんとかちゃん」と名前や続柄つづきがらをすぐに言える子もいれば、顔と名前は知っていても、どういう関係なのかわからない子もいるし、初対面の子だって毎年一人か二人はいる。
 一人っ子ということもあって、わたしはそのにぎやかさが大好きだった。NHKのたいドラマに出てきそうな田舎いなかの古くて大きなおしきも、たまに遊びに来るならテーマパークみたいで面白い。
 うんとおさなころのことは覚えていないけど、小学生になってからは、新年会をいつも楽しみにしていた。おばあちゃんとひさしぶりに会えるし、イトコたちとも遊べる。それになにより、お正月といえばお年玉だ。おとながたくさんいれば、お年玉もえる。一人ずつの金額きんがくは少なくても、かわいい絵のついたポチぶくろが何まいも集まるというだけで、うれしい。
「お年玉タイム」は、おとなたちがきん新年の乾杯かんぱいをして、宴会えんかいり上がってきたタイミングで始まる。
 子どもたちもその頃になると、もうすぐだな、とそわそわしてくる。
 ふみおばさんがびに来ると、待ちに待ったお楽しみの時間の始まり――
 の、はずだった。
 でも、今年のわたしは、他の子のように「はーい!」と元気よく返事をすることができなかった。
 みんなは一斉いっせいに庭から玄関げんかんに向かったけど、わたしは遊び道具の片付けを口実に、最後まで庭にのこった。大広間に行きたくないなあ、と庭の落ち葉をぼんやり見つめて、ため息をついた。
 わたしは小学五年生になっていた。
 低学年のころにはわからなかったことも、五年生になれば、少しだけのぞける。
 ポチぶくろを集めるのは、今年は、いいや。
 お年玉、しくない。
「どうしたの?」
 なかに声をかけられて、り向いた。
 中学生ぐらいのおねえさんが縁側えんがわすわっていた。初めて会う人だった。さっきから縁側で一人で本を読んでいた。
「あの……行かないんですか?」
 ぎゃくにわたしがくと、「なにが?」と返された。そっか、初めてだから知らないんだ、と気づいて、「お年玉タイム」のことを教えてあげた。
 でも、おねえさんは「ふーん」とうなずくだけで立ち上がろうとはせず、読みかけの本に目をもどした。
「行かないんですか?」
 同じ質問しつもんり返すと、あっさり「うん」と答える。
「なんで?」
「だって、べつにしくないもん」
 すごく簡単かんたんであたりまえのこと――「1たす1は2」「お日さまは東からのぼって西にしずむ」という話をしているような口調だった。
「そっちは?」
 ふたたび、質問がこっちに戻ってきた。
 不思議だった。
 さっきまでは、みんなより少しおくれても大広間に行くつもりだった。本音では行きたくなくても、しかたない。お年玉をもらったら、去年までと同じように、にっこり笑って「ありがとうございまーす!」とお礼を言って、さっさとひきあげようと思っていた。
 でも、おねえさんと短い会話を交わしたあとは、急にそれがばからしく思えてきた。
「わたしも行かないんです」
「そうなの?」
 さすがに、おねえさんもちょっとおどろいた様子で「お年玉、いらないの?」と続けた。
「はい……しくないから、いりません」
 自分の声を自分で聞くと、なんだか自信がいてきた。だいじょうぶ。ちがってない。
 おねえさんは「ふーん」とうなずいた。さっきはそっけない「ふーん」だったけど、いまのは、もっと温もりがあるというか、わたしにきょうを持ってくれた相槌あいづちだった。
「ここすわる?」
 自分のとなりを指差した。
「……はい」
 うなずくと、座り直してわたしの場所を広げてくれた。ダウンジャケットのポケットから出した『のどあめ』を口に入れて、わたしにも一つぶくれた。レモン味の飴はすっぱくて顔がキュッとすぼまったけど、のどがうるおったおかげでしゃべりやすくなった。



「あーあ、早く帰りたいなあ……」
 おねえさんは庭をながめてつまらなそうに言って、「って思ってる?」と不意にいてきた。いたずらっぽい笑顔だった。いまのつぶやきはおしばだったのだろう。
 正直に言うと、そこまでは思っていなかった。でも、おねえさんのさそいに乗せられて「ちょっと……」と答えてしまった。
 おねえさんはまた笑って、「わたしはすごーく思ってる」と言った。「もう、さっきから、帰りたくて帰りたくて、死にそう」
 今度もおしば――かどうか、わからない。
 でも、いいや。口の中であめを転がして、前歯の裏側うらがわにカチカチ当てた。すっぱさが広がっていく。
「おねえさんは、だれ一緒いっしょに来たんですか?」
「あ、わたしはちがうから」
「違うって、なにが?」
「来たんじゃないの。いるの、ずっと」
「ここに?」
「そう、ここにずーっといるの」
 うそだ。この家に住んでいるのは、おばあちゃんとけんろうおじさんとふみおばさんと、大学生の息子二人――たくくんとかいくん。それ以外にはだれもいないはずだ。
 でも、おねえさんは「こういう家って、いるんだよ」と言った。「田舎いなかの古くて広いおしきって、なんか、いそうでしょ? わたしみたいな子」
 それって、つまり……。
 聞いたことがある。
「ザシキワラシ?」
 思わず声が出た。自分でしゃべったくせに、ひやっとして、こしきそうにもなってしまった。
 おねえさんはだまって、読んでいた本の表紙をわたしに見せてくれた。
『日本の民話・昔ばなし集』
 これがタネ明かしだったのだろう。
 ザシキワラシとは、この地方に古くから伝わる子どもの妖怪ようかいで、古いお屋敷に住みついている。ザシキワラシのいる家はお金持ちになるし、ザシキワラシを見た人には幸運がおとずれる。でも、イタズラが好きで、たとえば「人数を数えたらたしかに十一人いるのに、お菓子かしを配ったら十で行きわたった」とか、そのぎゃくに「何度数えても十人なのに、十個のお菓子を配ると一つ足りなくなってしまう」といったことがあるのだという。
「小学生でザシキワラシを知ってるって、すごいね。勉強できるでしょ」
 こんなふうにほめてもらっても、うれしくもなんとも……でも、やっぱり、うれしいかな……。
 はにかむと、おねえさんも笑い返して、「お年玉がしくない理由、よかったら教えてよ」と言った。
 わたしはうなずいて、あめ舌先したさきで軽くつついた。

 半月ほど前、ウチの両親がケンカをした。ふだんから仲良しの二人は、たとえケンカになっても次の日にはケロッとしている。でも、そのときは仲直りするまで三日ぐらいかかったし、ほんとうはいまでも百パーセントの仲直りはできていないんじゃないか、という気もする。
 ケンカの原因げんいんは、新年会のことだった。
 もう行きたくない、とお母さんが言いだしたのだ。
 急にそう思ったのではない。何年も前からいやだった。去年は行きの飛行機の中でいたくなったし、帰りの機中では痛薬つうやくんだ。今年はなんとかまんして出かけたけど、もう限界げんかいで、できれば、これからもずっと、行きたくない――
 お父さんはお母さんのうったえを、気持ちはよくわかるよ、と受け止めた。言いたいことはわかるし、申しわけないとも思っているけど、どうしようもないんだから我慢してくれないか、とたのんだ。でも、お母さんはがんとして聞き入れず、お父さんもだんだんはらを立てて、ちゅうからは新年会の話はそっちのけで、ふだんの生活の不満をぶつけ合うことになってしまったのだ。
 もちろん、両親は、わたしの前でケンカをするわけではない。そこはしっかりと考えていて、夜おそく、わたしがたあとで口論こうろんをする。翌朝よくあさ、起きてきたときには、おたがいになにごともなかったかのように「おはよう」と挨拶あいさつしてくれる。
 でも、2LDKの賃貸ちんたいマンションでは、話し声はどうしても聞こえてしまう。
 夜九時に「おやすみなさい」を言ってリビングから自分の部屋にひきあげても、低学年のころのように、ベッドに入ったとたんに、こてんと寝入ってしまうわけでもない。最近は十時頃までベッドの中で本を読んでいるし、物語にちゅうになって十一時前まで起きていることもある。
 いったん部屋の灯りを消しても、うとうとしているところに両親の言い争う声が聞こえたら、目がえて、もうねむれなくなる。しかも、低学年の頃とちがって、いまのわたしはおしばだってずいぶん上手い。お母さんが部屋に入ってきて、ハナをすすりながらとんけ直してくれるときも、「泣いてるの?」と声をかけたいのをグッとこらえてたふりができるようにもなっていた。
 何日かたつと、お母さんが新年会に行きたくない理由も、お父さんが、その理由をわかっていながら「まんしてくれないか」と説得せっとくする理由も、だいたいわかってきた。
 そして――
 言われてみればたしかに……と、思い当たることが次々によみがえってきたのだ。

「どういうこと?」
 おねえさんにかれて、ふとわれに返った。
 え、なんで、とおどろいた。
 わたしはなぜ、こんなことまで、初対面のおねえさんに話しているんだろう。お父さんもお母さんも、だれにも知られたくないはずで、それはわたしもよくわかっているのに。
「なにがあったの?」
 おねえさんは静かに訊いた。やさしそうに微笑ほほえんでいた。
 わたしは、のどあめすするようになめた。すっぱさにあまさがじる。
 まあいいか、とわたしは話を続けた。

 新年会はいつもにぎやかだったけど、大広間から聞こえてくる笑い声は、ほとんどが男の人のものだった。
 けんろうおじさんの声が一番大きくて、しゃべる回数もダントツ――テレビのバラエティ番組でいうなら、司会とメインゲストとひなだんの芸人さんを、まとめて一人でやっているようなものだ。
 もともと声が大きくて、よくしゃべるおじさんだけど、お酒が入るともっと元気になって、男の人の中では一番年上なのに、だれよりもたくさんお酒を飲んで、明るくっぱらって、はしゃぐ。
 小学一年生や二年生のころは、健太郎おじさんのことが面白くて大好きだった。わたしが手をたたいて笑うと、おじさんもよろこんで、り切って、ますますおしゃべりの声が大きくなっていった。
 でも、おじさんはほんとうに面白いことをしゃべっているわけではなかった。大広間にいるみんなが、おじさんに気をつかって笑っているだけだった。しかも、おじさんの話は、ほとんどが、その場にいる人の間抜まぬけな失敗をし返したり、だれかのみつをいきなりみんなにばらしたり……言われた側があせってしまうと、それをさらにからかって笑うのだ。
 大広間にいない人の陰口かげぐちは、もう、きりがない。低学年の頃はたんじゅんに大笑いしていたけど、今年は「あれ?」と思ったのだ。「本人がいないところで、そんなこと言っていいの?」と心配になったし、言われた人がかわいそうにもなった。
 気になったのはほんのいっしゅんのことだ。帰りの飛行機ではすっかりわすれていた。でも、両親の言い争いを聞いてそれを思い出すと、すごくいやな気分になってしまった。
 お母さんは「けんろうさんが自分の力をいばりたいだけなのよ」と言った。「みんなに気をつかわせて、ビクビクさせて、本人だけがゴキゲンになって……そんなのおかしいと思わない?」
 お父さんは、「まあ、でも、長男で、店もいでるわけだから……」と言う。声しか聞こえなくても、苦しそうにしゃべっている顔が目にかぶ。四人きょうだいの一番上の健太郎おじさんと末っ子のお父さんは、としの差が十五もある。一緒いっしょに遊んだことはないし、赤ちゃんのころはおじさんにおしめをえてもらったこともあるらしい。だから、たとえおかしいと思っても、おじさんにはなにも言えない。
あとりとか、長男とか、本家とか分家とか、よめとかなんとか……もう、ばかみたい」
「うん、まあ、そうなんだけど、田舎いなかだからしかたないっていうか……」
「あなたはそれがいやだから、東京に出てきたんでしょう? じゃあ、もういいじゃない、実家のことなんて」
「そういうわけにはいかないって」
 むずかしい話はよくわからない。
 ただ、新年会には男の人の席はあっても、女の人の席はおばあちゃんにしか用意されていない。ふみおばさんをはじめ、親戚しんせきの女の人はみんな、宴会えんかいのお酒を運んだり料理をつくったりでおおいそがしで、ひと息ついてお菓子かしをつまむときも、大広間ではなく台所の近くの部屋を使う。
 お母さんに言わせれば、そのきゅうけい時間も――むしろ、そっちのほうがつかれてしまうらしい。みんなが文恵おばさんに気をつかって、お世辞ばかり言う。文恵おばさんにり合えるのは健太郎おじさんの妹の三津子みつこさんだけで、その二人の意見が食いちがったときには、まわりはどちらにつけばいいのかこまってしまう。遠い東京から日帰りで来るお母さんは、としわかいし、田舎いなかの方言もよくわからないし、とにかく一年に一度か二度しか会わない人たちばかりなので、話を合わせるだけでも気疲れでぐったりしてしまう……。
 そんな愚痴ぐちを聞かされたお父さんは、「こっちだって大変なんだぞ」と言い返す。
 大広間で宴会えんかいをする男の人たちも、ごちそうを食べてお酒にっぱらえばいいというものではない。たとえば、すわる席は最初から決められていて、とこの間をにした健太郎おじさんが一番えらい人の席で、そこからもうの番付みたいに席がられている。末っ子で、実家の商売とは関係ない仕事にいていて、さらに田舎いなからしているわけでもないお父さんは、いつも下っの席――親戚しんせきと、仕事の関係で参加している人の間になる。
「気をつかいどおしで、仕事の接待せったいよりもキツいんだからな」
「会社では主任しゅにんさんでも、田舎に帰ると、みそっかすあつかいだもんね」
「なんだよ、その言い方」
「だってそうじゃない。ゆうろうさんにも三津子みつこさんにも、ずけずけ言いたい放題に言われてるじゃない、あなた」
「……しょうがないだろ、としはなれた末っ子なんだから」
 実際じっさい、お父さんはきょうだいから子どもあつかいされどおしだ。お父さんの名前は「幸四郎」という。東京のが家の表札を見ると古風なまでに堂々どうどうとしているけど、田舎でおじさんやおばさんから「コウちゃん、ちょっと来て」「おい、コウ、もっと飲め」とばれるのを聞くと、いかにも子分みたいだ。健太郎、雄次郎、三津子、幸四郎――生まれた順番の一、二、三、四は、そのままえらい順になってしまい、ぎゃくてんすることはありえないのだろう。
 おさなころは、ふだんはイバっているお父さんが「ちゃん」付けされるのが面白かった。おじさんやおばさんにキツいことを言われるのも、ツッコミを入れられたりイジられたりしているんだと思って、たんじゅんに笑っていた。でも、こまった顔でぎごちなく笑い返すお父さんを見ていると、たしかに今年は、ちょっとかわいそうにも感じていたのだ。もしも同じ光景を来年も見たら――こんなのイジメじゃん、と思うかもしれない。
「まあ、いろいろとかたせまいところはあるからな、こっちも」
「だからもう最初から行かなきゃいいじゃない。きょうだいも親戚しんせきもたくさんいるんだから、ウチが無理して行く必要ないでしょ」
「いや、でも、そういうものじゃないんだよ、正月の集まりっていうのは」
「あなたやわたしがいなくてもだれも気にしないし、かえって、遠慮えんりょなく悪口が言えて、みんなよろこぶんじゃないの?」
「……そんな言い方するなよ」
 知らなければよかった。
 知りたくなかった。
 わたしはずっと、お父さんもお母さんも、お正月に田舎いなかに帰るのを楽しみにしているんだと思っていた。日帰りで大変でも、親戚みんなが集まる宴会えんかいが好きだから、毎年、わくわくしながら飛行機のチケットを取っているんだ、都合さえつけばほんとうは一泊いっぱくして、もっとゆっくり楽しみたいんだろうな……とまで思いんでいたのだ。
 でも、ほんとうはそうではなかった。
 お父さんもお母さんも、しかたなく、嫌々いやいやながら、まるで一年に一度の義務ぎむをこなすように、お正月に日帰りしていたのだ。
 両親のケンカは、最後の最後は、こんなふうにまとまった。
来年からのことはまた考えるにしても、とりあえず来年は一緒いっしょに来てくれ」
 お父さんが言った。「新しいマンションのこともあるんだし」
 お母さんも、その言葉でひるんだように、「まあ、お世話になってるのはたしかなんだけど……」とこたえた。
「だろう? なんだかんだ言って、けんろう兄さんも、最後はオレのことを考えてくれてるんだから」
「大きなしをつくったと思ってるだけなんじゃないの?」
「おい、そういう考えって……」
「はいはい、わかりました」
 その後、途切とぎれ途切れに聞いた話をまとめて、なんとなくいきさつがわかった。
 ウチは来年、わたしが中学に進学するタイミングで引っしをする予定だった。賃貸ちんたいではなくぶんじょうで、もっと広いマンションにうつるのだ。両親は「来年はモデルルームをたくさん回って、一番いい物件ぶっけんを選ぼう」とり切っていて、わたしもすごく楽しみにしていたけど……どうやら、マンションを買うにあたっての頭金は、ウチの貯金ちょきんから出すだけでなく、健太郎おじさんにも助けてもらっているらしい。
 がっかりした。いままで楽しみにしていたぶん、新しいマンションに引っ越すというゆめが急に色せてしまった。
 知らなければよかった。
 知りたくなかった。
 お母さんは去年よりだいぶおくれて、往復おうふくの飛行機のチケットを取った。
 その報告ほうこくを受けたお父さんは、ほっとして、言いわけがましく言った。
「まあ、毎年、凜々花りりかも楽しみにしてるんだしな……よかったよ」
 凜々花――わたしのこと。
 お母さんも「そうね」とこたえた。「リリちゃんもみんなに会いたいだろうしね」
 わたしのために、お父さんもお母さんもまんしてくれたの? わたしのせいで、お父さんもお母さんも、行きたくない宴会えんかいに行かなくちゃいけないの?
 知らなければよかった。
 知りたくなかった。
 ほんとうに。

「しかたないよ」
 おねえさんが言った。「それが、おっきくなるっていうことなんだから」
 わたしは、こくん、とうなずいた。自分でも意外なほどなおなしぐさになった。
「知らないままのほうがよかった?」
 少し考えたけど、答えられなかった。
「じゃあ、ずーっと知らないままでいい?」
 今度は首を横にった。
 理由をかれたらこまるなあ、と心配していたら、まるで頭の中をのぞんだみたいに、おねえさんは言った。
「理由なんてわかんないよね。わかんなくていいから」
 よかった。びっくりするよりも、ほっとした。
 口の中であめを転がした。だいぶけて小さくなった飴が、カチン、と前歯のうらに当たる。
 最初のうちはレモンのすっぱさしか感じなかったのに、いまはほんのりとしたあまさが口に広がる。
 おねえさんは「リリちゃんって、いま言われて思いだした」となつかしそうに笑った。「わたし、あなたと新年会で会ったことあるよ。リリちゃんってばれてた子がいたの覚えてる」
「……いつですか」
「四年前、わたしが来たの、それが最後だったから」
 小学一年生の新年会――まだなにも知らなくて、「お年玉タイム」が楽しみでしかたなかったころ
「リリちゃんはちっちゃかったから覚えてないと思うけど、お年玉をもらうとき、けんろうおじさんをおこらせた子がいたの」
 そうだったっけ。あわてて思いだしてみたけど、なにもかんでこない。
「その子って……」
 わたしの質問しつもんちゅうでさえぎって、おねえさんは自分を指差した。
「五年生だったから、いまのリリちゃんとちょうど同じ」
 そう言って、「いままで知らなかったことを、どんどん知っちゃう頃なんだよねえ、五年生って」と、しょんぼりしたおしばをして笑った。

 けんろうおじさんは、えこひいきをする。
「お年玉タイム」で子どもたちをならばせて、順番にお年玉をわたすときも、お気に入りの子とそうでない子は、はっきりと分かれている。
 おじさんのポチぶくろには渡す子の名前が書いてある。他のおとなたちは並んだ順に配るだけなのに、おじさんは、この子はこのポチ袋、と決めているのだ。
「リリちゃんは知ってた?」
「うん……」
 おととし、三年生のときに気づいた。
「それってどういう意味だと思う?」
 去年、四年生のわたしは、行列にならんでいるときに、もしかしたら……と考えたのだ。
「中に入ってるお金がちがう、とか」
 おねえさんは「ピンポーン」と言った。正解せいかい。でも全然うれしくないし、おねえさんの「ピンポーン」の声も、ちっともはずんでいなかった。
 小学生と中学生で差をつけるのなら、よくある話だし、必ずしもちがってはいない。でも、おじさんの差のつけ方はとしによるものではなかった。
 去年の「お年玉タイム」のあと、また庭にもどって遊びの続きをはじめようとしたら、中学生のイトコが三人集まって、金額きんがくくらべていた。ゆうろうおじさんと三津子みつこおばさんのウチの子どもだから、みんな近所に住んでいて、健太郎おじさんとも親しい。二人は男子で、どちらも中学一年生。一人は女子で、中学三年生。
 そこまで話すと、おねえさんは「わたし、答え、わかるよ」と言った。
「……言ってみて」
「女子が一番少なくて、男子の二人は、はきはきして元気で明るい子のほうがたくさんもらえたんじゃない?」
 すごい。みごとに大正解だいせいかい
「昔からそうなんだよね。全然変わってない。どんなときでも男が一番で女は後ろに下がって、子どもは元気でニコニコ笑うのがあたりまえ……」
 健太郎おじさんだけでなく、新年会に顔を出すおじさんたちは、ほとんどみんな同じ。おねえさんはそう言い切って、「あそこまでわかりやすく差をつける人は、あのおじさんしかいないけどね」と苦笑した。
「おねえさんは、どういう関係なんですか。親戚しんせきとか、あと、仕事の関係とか……」
「だからさっき言ったでしょ、ザシキワラシだって」
「……まじめに教えてください」
「まじめだってば」
 おねえさんはすまし顔で言って、ぺろりとしたを出した。舌の上には、あめっている。不思議だった。おねえさんはわたしと一緒いっしょに飴を口に入れたはずで、わたしの飴はもうずいぶん小さくなってしまったのに、おねえさんの飴は最初のサイズのまま――よく見てみようと思ったら、おねえさんはまるでそのタイミングを待っていたように舌を引っめ、いたずらっぽく笑った。
 その笑顔を見たしゅんかん、消えていたおくがよみがえった。
 わたしが一年生のときの新年会で、健太郎おじさんにお年玉をもらってもちっともよろこばず、お礼も言わなかった女の子が、たしかにいた。
 大広間の光景がかぶ。あざやかすぎるぐらいくっきりと。
 彼女かのじょは行列の真ん中あたりにいた。わたしは後ろのほうだったので、彼女のなかしか見えない。
 自分の順番が来ると、彼女は名前をげた。声は聞こえなかった。おじさんはトランプみたいに束にして持ったポチぶくろの中から、同じ名前の書かれた袋をさがして、わたした。
 彼女かのじょだまってお年玉を受け取り、小さくしゃくしただけで、おじさんの前からはなれようとした。
 おじさんは「おい、お礼がないぞ、お礼が」とび止めた。笑ってはいたけど、明らかにムッとしていた。
 すると、彼女は、おじさんにもわたしたちにも背中を向けたまま言った。
「わたし、えこひいきってきらいだから」
 え――
 そこまで、言う?
 自分で思いだしているのに、だれよりも自分がおどろいた。おくがよみがえるというより、これ、新しい出来事なんじゃないの――
 思いがけない一言に、おじさんはぜんとするだけだった。
 そんなおじさんに、彼女はやっとり向いた。わたしにも顔が見えた――わたし自身の、いまの顔だった。
 おかしい。絶対ぜったいにおかしい。これ、ゆめというか、まぼろしというか、ありえない……。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」
 おねえさんの声が、目にうつる光景をぷつんと消した。まるで、シャボン玉にはりしてしまったみたいに。
「あ……うん、どうぞ……」
 寝起ねおきのときと同じ、ぼうっとした感覚に包まれた。おねえさんが立ち上がって家の中に姿すがたを消すのも、ぼんやりと、実感のないまま見送っただけだった。

 おねえさんを待っているうちに、小さくなっていたあめが、けきった。レモンの香りのするつばむと、ほんのりしたあまさと、もっとかすかなすっぱさが、最後に口の中をすべって、消えた。
 縁側えんがわに出てくる人の気配がした。
 おねえさんではなかった。
「ちょっと、リリちゃん!」
 お母さんだった。「みんな待ってるのよ、なにやってるの!」
 大広間からけてきたのだろう、息があらい。あせっている。
けんろうおじさんも、凜々花りりかちゃんはどうした、って。早くお年玉を渡したくて、楽しみにしてるんだから」
「……うん」
「おととしだっけ、その前だっけ、お年玉をもらったときにレベランスしたでしょ」
 言われて思いだした。そうだ、バレエ教室に通っていた二年生のとき、お父さんからバレエの話を聞いたおじさんにリクエストされて、片脚かたあしを後ろに下げて白鳥のポーズでおじぎをした。それをおじさんはとても気に入って、大よろこびしていたのだ。
「おじさん、また見せてほしいんだって」
「……えーっ?」
 思いきりしかめっつらになってしまった。
「そんなの言われてもこまる。バレエ教室、三年生でやめてるし」
「でも、レベランスぐらいはできるでしょ。まだ覚えてるよね?」
「それはそうだけど……」
 もう、おじさんの前でそんなポーズは取りたくない。でも、いまのお母さんの様子だと、そのリクエストにこたえるかどうかでおじさんのゴキゲンが決まってしまいそうだし、それは、おそらく、今日の新年会のことだけでは終わらないのだろう。
 早く早く、とせかされた。お年玉なんていらないとは、とても言えそうにない。
 知らなければよかった。
 知りたくなかった。
 ほんとうに、まったく、心の底から。
 おねえさんはまだ姿すがたを見せない。最初は時間かせぎをしておねえさんを待つつもりだったけど、もうもどってこないのかもしれないな、と思い直した。
 しかたなく立ち上がり、お母さんのあとについて大広間に向かった。
 ちゅうで一つだけ――
「ねえ、わたしが一年生のときの『お年玉タイム』で、けんろうおじさんをおこらせた女の子がいたの、覚えてない?」
 お母さんはきょとんとして「そんなことあった?」と言った。
「なかった?」
「うん……だって、もしそんなことがあったらわすれるわけないし、健太郎おじさんを子どもが怒らせるなんて、ないないない」
 手振てぶり交じりに打ち消したお母さんは、「あ、でも――」と足を止めた。「一年生のときよね? あの年は、ちょっとヘンなことがあったのよ」
「どんな?」
「お年玉のポチぶくろが足りなかったの」
 新年会の前に子どもたちの数を確認かくにんしてポチ袋を用意した。行列にならぶ数も数えたし、ポチ袋の数もちゃんとたしかめた。だいいち、ポチ袋には名前がついているのだから、ちがって別の子にわたすようなことはありえない。
「でも、最後に一まい足りなくなったの。不思議だなあ、おかしいなあ、って……結局そのときは、おじさんがっぱらって数え間違えたんだろうってことで終わったんだけど」
 お母さんはそう言って、「でも、考えてみると……」と首をひねった。「最初はふみおばさんが用意したわけだし、やっぱりヘンよねえ」



 もっとも、すいめぐらせている時間のゆうはなかった。お母さんは「ま、いっか」と歩きだす。わたしも、薄暗うすぐらい天井のはりを見上げ、クスッと笑ってから、あとを追う。
 おねえさんの言葉がよみがえる。
 しかたないよ。それが、おっきくなるっていうことなんだから――
 大広間が近づいてきた。おじさんたちの笑い声が聞こえる。あいかわらず健太郎おじさんはおしゃべりの中心にいるようだ。お父さんも、いつものようにかたせまい思いをしているのだろう。
 お母さんはわたしの耳元で早口に言った。
「レベランス、いやだったら嫌でいいからね」
 わたし自身、まだどうするか決めていない。
 でも、台所にもどるお母さんに「だいじょうぶ、ありがとう」と笑ってこたえたら、かたの力がすうっとけた。
 大広間のふすまの前で立ち止まり、しんきゅうをした。鼻のおくに残っていたレモンの香りがむねいっぱいに広がって、消えた。
 ふすまを開ける。大広間のにぎわいと明るさにたじろぎながら、わたしはゆっくりと歩きだした。


(第5回『おっきくなるということ』了。第6回につづく)

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著者略歴

  1. 重松 清

    1963年生まれ。早稲田大学教育学部卒。出版社勤務を経て執筆活動に入る。ライターとして幅広いジャンルで活躍し、1991年に『ビフォア・ラン』(ベストセラーズ/幻冬舎文庫)で作家デビュー。1999年『ナイフ』(新潮社)で坪田譲治文学賞、『エイジ』(朝日新聞社)で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』(新潮社)で直木賞、2010年『十字架』(講談社)で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』(新潮社)で毎日出版文化賞を受賞。
    著書に『流星ワゴン』(講談社)、『疾走』『とんび』『木曜日の子ども』(KADOKAWA)、『みんなのなやみ』(理論社/新潮文庫)、『その日のまえに』(文藝春秋)、『きみの友だち』『青い鳥』(新潮社)、『希望の地図』(幻冬舎)、『赤ヘル1975』(講談社)、『ひこばえ』(朝日新聞出版)など多数。2013年に『きみの町で』(ミロコマチコ氏との共著)を小社から刊行。

  2. ミロコマチコ

    画家・絵本作家。1981年大阪府生まれ。生きものの姿を伸びやかに描き、国内外で個展を開催。絵本『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で第18回日本絵本賞大賞を受賞。『てつぞうはね』(ブロンズ新社)で第45回講談社出版文化賞絵本賞、『ぼくのふとんは うみでできている』(あかね書房)で第63回小学館児童出版文化賞をそれぞれ受賞。ブラティスラヴァ世界絵本原画ビエンナーレ(BIB)で、『オレときいろ』(WAVE出版)が金のりんご賞、『けもののにおいがしてきたぞ』(岩崎書店)で金牌を受賞。その他にも著書多数。第41回巌谷小波文芸賞受賞。
    展覧会『いきものの音がきこえる』が全国を巡回。本やCDジャケット、ポスターなどの装画も手がける。2016年春より『コレナンデ商会』(NHK Eテレ)のアートワークを手がけている。2013年に『きみの町で』(重松清氏との共著)を小社から刊行。
    http://www.mirocomachiko.com

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