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夢をデザインする―夢の世界の住人―

明晰夢を見るためには―入眠前

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。


明晰夢を見るという目的に向かって、これまで、前提となる睡眠と夢の関係を確認し、寝る前に見たい夢のイメージ化と阻害要因の除去をすること、普段から五感を研ぎ澄ますこと、そして明晰夢見る人のパーソナリティと夢の中に登場しやすいテーマについてもみてきました。いよいよここからは明晰夢を見る実践編に入ります。夢は皆さんご存じのように、睡眠中の脳内の情報処理のプロセスを、記憶として目覚めたときに思い出したものでした。睡眠中の情報処理は日中の情報処理と連続性があるので、我々が普段からよく使う五感や感情や考え方が夢の特徴として現れやすいということです。夢に作用するためには、まずは質の良い睡眠をとる、ひいては質の良い睡眠をもたらすような日中の生活を送ることが必要です。

明晰夢は一生に1回見られる人が約半数、週1回以上見られる人はわずか7%という調査もあるように、一般的ではない稀少な現象です。まったく見ずに人生を終える人もいるくらいですが、古今東西、一部の(マニアックな)人々は、明晰夢を見ようと努力してきました。なぜ明晰夢を見たいのでしょうか?それは、夢とは思えないくらいリアルで感動的な体験だからです。現実でもなかなか体験できないことが、睡眠中に楽しめるなんてお得な感じがしますよね。また前にお話ししたように、明晰夢は夢の結末を変えることができるので、悪夢を克服することを助けます。そもそも夢を見るレム睡眠中は、記憶の整理や固定をするので、知識の再整理と獲得の促進や、学習した動作スキルの改善ができます。ということは、明晰夢では、思いもかけない創造的な問題解決法を見出したり、イメージ上で素晴らしい身体的能力を発揮したりすることが出来ることからも明晰夢を見たい人が多いのです。

「明晰夢」という現象の存在を生理学的に確認したのは、アメリカの精神生理・心理学者スティーヴン・ラバージ博士でした。明晰夢中にサインを送ってもらうことで実証したのです。その後、博士は学習によって明晰夢が見られる可能性を高める方法を1980年代以降いくつか提案しています。これについては次回詳しく述べることにしますが、これらのスキルは継続して行う必要があり、止めると明晰夢の頻度も低下するようです。ここでは、今まで連載で学んだことを生かして、明晰夢を見る可能性を高めるポイントについて、まとめていきたいと思います。


普段の生活の中で心掛けること

明晰夢をよく見る人の性格の特徴は「開放性」の高さでした。開放性とは具体的には、知的な好奇心をもっていろんな経験を眺める、新しいことに挑戦し、美意識が高く想像力が豊かで、アイディアに溢れた独創的な性格の傾向です。しかし、パーソナリティは時間をかけて熟成されたその人の個性であるので、急には変えることはできません。そのため、少しでも開放性を高めるために普段の生活の中で五感を研ぎ澄まし、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚、運動感覚、内臓感覚等の中で、自分がイメージの中で再現しやすいポジティブな感覚をリハーサルする。または、イメージの中で空想を楽しむなどを心掛けると良いでしょう。これらは見たい夢の内容の意識化にも貢献すると思います。



睡眠環境を整える

明晰夢に繋がる良い眠りを実践するにあたって、まずは睡眠環境を整え良い夢を見る確率を高めましょう。健康づくりのための睡眠の指針は厚生労働省からも出ています。良質な睡眠は、日中の適度な運動や活動に支えられています。身体的にも精神的にも疲れすぎている時は、明晰夢にトライするのには不適かもしれません。また昼寝が必要な場合も短時間にとどめ、睡眠リズムが乱れやすい人は、起きる時間を一定にし、寝る時間で調整するのが良いようです。

寝室は睡眠を重視した間接照明などが用意された寛げる空間で、ある程度外部からの光や音を遮ることができた方が良いです。布団も重すぎず、布団の中がちょうどよい温湿度に保てるものを準備しましょう。布団に入る前にはトイレに行っておきます。膀胱に尿がたまる感覚によって早朝覚醒しないようにするためです。

寝る前には、簡単なリラクセーション法が有効です。これは明晰夢に限らず、入眠をスムーズにするためにも有効で、睡眠心理学の分野でも活用されています。リラクゼーションの方法は、呼吸法と筋弛緩法を組み合わせたもので、力を入れて筋肉を緊張させ、自分が安心できるリラックスした状態で自然な鼻呼吸をしながら、脱力させる動作とともにその脱力感をじんわり味わいます。ヨガや太極拳などに親しんでいる方は、自分がリラックスしやすい方法で良いと思います。寝る前には、好きな音楽やゲーム(興奮しすぎないものが良いと思います)を楽しみ、アロマなど好きな香りを焚くのも良いと考えます。つまり、寝る前に心地よい睡眠のためのルーティンを自分なりに作ることが大切です。

たっぷり睡眠時間をとり、何度寝かできる余裕があること

明晰夢にトライするのは、スケジュールがあまりタイトではなく、比較的たっぷり眠れて、途中でまどろみまた再入眠できる日にした方が良いでしょう。スケジュールが詰まっていて段取りが気になる、何か心配事や対応しなければならない案件がある場合には、夢に出現しやすくなりますので、初心者は一度それらを棚上げしておくことをお勧めします。まあ明晰夢を自在にみられるようなベテランになれば、途中から筋書きを好転させることもできますので、あまり気にしなくてもよいかもしれません。

入眠前に行うこと

近年ビジネスパーソンに人気のストレスコントロール法、マインドフルネス瞑想も入眠前に実施することは良いと思います。頭の中をよぎる様々な思考やイメージをそれとなく意識して受け流し、自分の呼吸に注意を戻しながら、瞑想によって思考やイメージと距離をとります。見たい夢に関するイメージのみに焦点をあて、その他のイメージを受け流していくことにも役立ちます。そして、見たい夢の意識化を図っていきます。今晩見たい夢に関するキーワードを上げ、ストーリーのポイントをイメージします。見た夢を書き留める夢日記帳に、イラストを描ければなお良いですし、見たい夢の詳細を書いていきます。この方法は、脳内に浮かんだキーワードとイメージに関連する記憶が実際に夢に出てくる割合を高めるようです。入眠前にイメージに関連する刺激に触れるのも有効です。写真・画像をゆったり眺める、楽しかった記憶を思い出すというのも良いでしょう。自分の頭の中の記憶情報へのアクセシビリティを高めます。そして、「今日は絶対に明晰夢を見る」「この(見たい)夢を今晩みるのだ」「だから自分は夢を見ていることがわかる」といった自己教示もしっかり行いましょう。

弱い夢の記憶をしっかり覚えておく起き方

夢の記憶は繊細ではっきり固定できる状況にないことが多いので、夢を見た後の目覚め方も重要です。目覚まし時計は、あまり大きい音にすると、それまで見ていた夢の記憶を掻き消してしまいます。小さい音にするか、バイブ機能やスヌーズ機能を使って、まどろみ、再入眠、再覚醒できるようにしてみましょう。また、さわやかに目覚めるためには、音ではなく光の目覚まし時計が良いと思います。起きたい時間までに徐々に明るくなるよう設定するのもいいかもしれません。

その日の疲労状況によっても、ノンレム睡眠とレム睡眠のサイクルは崩れますが、平均約90分周期のサイクルがあるので、入眠からレム睡眠になりそうな時間帯に目覚ましを設定する工夫もできそうです。サイクルを繰り返し睡眠時間の後半になるほど、レム睡眠の占める割合が上がり持続時間も長くなるので、たっぷり眠ることは明晰夢のチャンスを高めます。再入眠するときには、直前まで見ていた夢を思い出し、その夢の続きをみられるように意識して眠ります。

また、脳の生化学的な機能に関する研究からは、夢の記憶が儚く覚醒とともに雲散してしまう特徴を一般的に持つのは、近時記憶に不可欠な脳内科学システムが、レム睡眠中は活動停止するからだということもわかっています。記憶に関する脳内科学システムを大まかに説明すると、レム睡眠中は脳内に遍在するアミン作動性ニューロンの発火(情報伝達のスイッチ起動)が止まり、「この体験を記憶するな」という状態になります。記憶を固定するには一旦目を覚まし、アミン作動性ニューロンを活性化させ記憶システムを立ち上がらせないといけません。そのため、悪夢は情動の強度が高すぎるがゆえ覚醒を引き起こすので、その内容を記憶できると考えられます。そういった意味では、過剰に鮮明で詳細に想起できる夢は、通常の夢ではなく特殊な夢といえます。

特殊な夢である明晰夢も、レム睡眠中のその時に覚醒しないと、さっきまで明晰夢を見ていたということにならない(明晰夢を見ていたのに見ていたことに気付かず起きてしまう)ですし、そのまま寝入ると次の普通の夢に干渉されてしまい、もはや鮮明に思い出して味わうことができないかもしれません。それはもったいないですので、明晰夢を味わうためにも、普段の生活の送り方と、寝る前にできる準備、目覚めるときの条件について今回はお話しました。次回はラバージ博士の方法を中心に、寝ている最中と起きた後に行うことをお話ししたいと思います。

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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