アステカの月
古代メキシコのアステカ神話によると、太陽と月は、燃えさかる二柱の神が天に上ったものである。闇に包まれた世界に光をもたらそうと、神々の中から選ばれて自ら火に入ったのだ。最初の世界では夜は昼と同様に明るかった。これに不都合を感じた神々が、ウサギを投げつけて一方を暗くしたのが月なのだという。
この荒々しいウサギ文様の由来物語は、青白く
月のウサギ文様の実態は、「海」と呼ばれる火山性の溶岩台地である。これは「月の表」つまり我々にいつも見えている面にだけあって、地球からは隠れた「月の裏」にはほとんど見られない。表にだけ溶岩の海ができた原因には、有力な二つの説がある。
(上)月の表 (下)月の裏
月の地図(NASA)
第一説では、まだ地球のずっと近くにあった出来立ての月が、熱く沸騰する地球からの放射を受けたとされる。月の表では火山活動が誘発されて、噴出物が海になったというのだ。第二の説では、月は実は二つあって、地球に近い方の小さな月が、大きい方の現在の月に衝突したとされる。それによって月の表で火山活動が誘発され、噴出物が海になったという点は同じである。
いずれの説を採るにせよ、どちらもそれは「そもそも月がどのようにできたか」という問いに深くつながっている。
現代の標準的な理解では、月は「大激突」によって創られた。
今から45億年の昔、できたばかりの地球にむかって、大きさが地球の三分の一ほどの別な星が、進行方向斜め45度から激突したのだという。ぶつかってきた星は粉々に
激突時のエネルギーの一部は地球の中に
地球の海の満ち潮引き潮を引き起こしながら、時とともに月は地球から遠ざかっていった。地球表面では衝突当初の熱もおさまり、やがて生命活動が始まった。そして月はさながら地球の陰画のように、生気の少ない乾いた静かな星となったのである。
* * *
現在の月がほとんど変化のない静穏な星だとしても、地上の生物の視点で見れば、月は変化と律動の天体である。
夢みがちの恋人たちを白銀一色に染める満月。道を急ぐ旅人の上の荒れ模様の雲間を流れる
満月の夜に産卵する
East of the Sun and West of the Moon, illustrated by Kay Nielsen (1922 edition)
月の満ち欠けの周期は29.5日で、29日からなる小の月と30日からなる大の月を半々にまぜると、12ヵ月で354日が経つことになる。これが太陰暦の1年であるが、それでは四季を生み出す太陽の周期365.25日と齟齬するので、月と季節が年々ずれてしまう。このずれを打ち消して、毎年一月を冬に八月を夏に持ってくるには、おおよそ3年に1回、より正確には19年の間に7回、余計な
夜空を支配する月の輝きは、地球に生命を生み出し、その夜の周期を
* * *
現代の天文学では、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線といった可視光以外の光で宇宙を眺める。それによって初めて深宇宙の実相が人間に開かれてきたのである。2018年に新たに稼働し始めた「フェルミ ・ガンマ線望遠鏡」を用いて31 メガ電子ヴォルトの高エネルギー・ガンマ線で全天を走査したところ、一つの予期せぬガンマ線源がみつかった。それは月であった。ガンマ線で見た月の明るさは、太陽の明るさを超えていた。これは太陽がこのエネルギーのガンマ線をあまり放出しないのに対し、高エネルギー宇宙線を浴びた月表面が
ガンマ線で見た月(左上から2, 4, 8, 16, 32, 64, 128カ月露光)
Credits: NASA/DOE/Fermi LAT Collaboration
光のスペクトルの領域の広大さを考えれば、どの波長どのエネルギーの光で見るかによって、星々の相対的な明るさはいくらでも変化する。将来的にはガンマ線望遠鏡を用いることで、通常は
太陽と月とを同格の陰陽一対と
Aztec calendar stone; in the National Museum of Anthropology, Mexico City