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何を読んでも何かを思い出す

夏期講習と向田邦子

 向田邦子『思い出トランプ』をはじめて読んだのは、中学三年の夏だった。休暇中の課題図書として、国語教師が挙げたいくつかのうちの一冊だったと記憶している。

〈指先から煙草が落ちたのは、月曜の夕方だった。〉

 巻頭に収録された「かわうそ」の冒頭で、ここからは大人の世界だと、線を引かれたような気がした。煙草というアイテム、それが指先から落ちるという現象の言い知れぬ不穏さ。縁側と庭のある一戸建てという設定には、今よりもまだなじみがある時代のことだ。あなたにはまだわからないと、物語そのものが放つ静かな圧から逃がれるように少しずつ読むと、ある一行にゆきあたった。

〈写真機のシャッターがおりるように、庭が急に闇になった。〉

 それがこの短編の終わりだった。息をのんだ。〈写真機のシャッターがおりるように〉という、現代ならひょっとすると伝わらないかもしれない直喩の鮮やかさと、〈庭が急に闇に〉なるという感覚を物語の終焉とともに、自らの身でたったいま、体験したような気がしたのだ。

 はじめて通う塾の帰り、隣駅のなじみのないロータリーでバスを待ちながら、延々とこの短編集を読んでいたことを覚えている。希釈した果汁のような日暮れが来て電線は影になり、数本バスをやり過ごすと、電線は闇になった。ようやくすべての作品を読み終えたとき、こんなにも鋭く生々しく、物語は現実を写しとることができるということに、ただ慄いた。一つ一つの物語は20ページに満たないほどの短さなのに、そのどれもに自分のもつ狡猾さや潜在的な後ろめたさが、きれいに暴かれているような気がした。「かわうそ」の厚子の夏蜜柑の胸、「だらだら坂」のトミ子のあかぎれの目、「大根の月」で英子が見上げなかった昼の月に、自分の一部がまぎれていると思った。

 以来、機会がないためにあまり公言していないが、憧れの人はと問われたら向田邦子の名を挙げている。脚本家としてのキャリアに加え、随筆の時代性や華麗な佇まいに言及が集まりがちだが、表現のために言葉が果たす役割を向田邦子の小説をとおして知り、心を奪われた者としては、彼女の小説の魅力を文学として公正に評する試みはいま、改めてなされていいと思っている。そして多くの人と同じように、直木賞を受賞してからわずか一年で、彼女が突然去ってしまったことを、たびたび悔しく思ってきた。没後40年となった昨年、向田邦子の親友であるノンフィクション作家、澤地久枝が語ったインタビューによれば、向田邦子は自分の父親を題材にした、長編小説を書こうとしていたと言う。端正で艶やかな短編ばかりでなく、長編のリズムに苦しむ姿も、スランプかもと思えるような駄作も、なんなら目にしてみたかった。年老いた彼女の声を聞いてみたかった。

 

 向田邦子が書く人間の弱さや狡さは、彼女のなかにも少なからずあったはずだ。古いセーターの毛羽立ちがどこか生身のその人をあらわすように、本当は彼女の完璧でない、美しいばかりでないところも知りたいのに、気がつくと毛玉はすっかり摘まれ、影を潜めてしまっている。弟の保雄氏が長姉を描いた随筆、『姉貴の尻尾 向田邦子の想い出』でふりかえるように、向田邦子にはたくさんの「尻尾」があって、相手や状況により、自分の「尻尾」の見せ方を家族にさえ違えていた。たぶんそのどれもに大きな嘘はなく、どれもが少しずつ自分だったと思うのだが、向田邦子がどうやって数々の「尻尾」に整合性をもたせていたのか、はじめからそんなものはもたせようとしてはいなかったのか、同じような性質の長女の自分は、彼女についての残された言葉から、なんとなくそれを探ろうとしてしまうところがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『何を読んでも何かを思い出す』 大塚真祐子

言葉で何かを思い出すとき、目の前の日常は意識の裏に隠れるけれど、消えたわけではない。ただ、自分の身体がどの地点にあるのかわからなくなって、ふたたび言葉を手がかりにする。日々はそうしてめぐる。読むこと、書くこと、女性として生きるということなど、言葉をとおして見えた景色を綴ります。

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著者略歴

  1. 大塚真祐子

    文筆家・元書店員。毎日新聞文芸時評欄、出版社「港の人」HPにて「まばたきする余白ー卓上の詩とわたし」連載中。
    執筆のご依頼はこちら→ komayukobooks@gmail.com

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