朝日出版社ウェブマガジン

MENU

続・銀河の片隅で科学夜話

若松英輔さんご書評(共同通信配信)

『銀河の片隅で科学夜話』にはたくさんのご書評をいただきました。そのなかから、ご許可をいただき、若松英輔さん(共同通信配信)のご書評を公開いたします。(編集部)

 

 

 

 科学者の文章は、独特の詩情を宿していることがある。数理の光によって世界の深みを照らし出すのである。本書もそうした稀有(けう)なる一冊だ。冒頭、作者は科学と世界のかかわりを次のような端的な言葉で語っている。


 「科学に触れず現代を生きるのは、まるで豊穣(ほうじょう)な海に面した港町を旅して、魚を食べずに帰るようなものである」


 その通りなのだろう。だが、それを感じながら「科学」への憧ればかりが大きくなって、緊密な関係を築けなかった人も少なくないのではあるまいか。この本はそうした読者を科学の世界へと温かく迎え入れてくれる。


 「永遠」を科学はどう捉えられるのか。月の土地を所有することは可能なのか。あるいは世評というものに人はなぜ縛られるのかを描き出した文章もある。どの作品もあまり大きくはない。書名に「夜話」とあるように4、5ページほどで紡がれた小品が22編収められている。


 なかでも私が強く引き付けられたのは、「ベクレル博士のはるかな記憶」と題する作品だった。ベクレル博士の名は知らなくても、多くの人は放射能の数値「ベクレル」は知っているだろう。作者が描き出す光景はベクレルがいかにして放射能を発見したのかではない。むしろ、私たちが放射能と呼ぶ、ある目に見えない働きが、ベクレルという人間をいかに用いたか、なのである。


 奇妙なことをいう、と思われるかもしれない。しかし、私の曲解でなければこの本で作者は一貫して、人間から見た世界(宇宙)ではなく、世界のなかにいる人間を描こうとしている。科学は今、世界に甚大な影響力を持っている。だが、だからこそ見えなくなったものもある。作者は現代人の死角から世界を眺める。


 「不都合を正すにはことがらの正確な理解が前提になる」とも作者は書いている。この素朴な警句がどれほど大きな意味を持つか、私たちは、今、まさに体験しつつあるのではないだろうか。(若松英輔・批評家)

2020年4月23日 共同通信配信

 

 

『銀河の片隅で科学夜話』好評発売中

 

 

 

バックナンバー

著者略歴

  1. 全卓樹

    京都生まれの東京育ち、米国ワシントンが第三の故郷。東京大学理学部物理学科卒、東京大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了、博士論文は原子核反応の微視的理論についての研究。専攻は量子力学、数理物理学。量子グラフ理論本舗/新奇量子ホロノミ理論本家。ジョージア大、メリランド大、法政大等を経て、現在高知工科大学理論物理学教授。
    http://researchmap.jp/T_Zen/

ジャンル

お知らせ

ランキング

閉じる