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【発売記念】『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』(辻山良雄)

はじめに

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』(辻山良雄・著)は、新刊書店Titleを開いて8年を迎えた店主の辻山さんが、全国で同じように本屋を営む「少し偏屈な、でも愛すべき」仲間たちを訪ね、本や本屋、本屋としての生き方や働き方を思う存分語り合った旅の記録です。
発売を記念して、「はじめに」を全文公開いたします!(編集部)

 はじめに

 この本は、個人で本屋を営んでいるわたしが、全国で同じように本屋を営んでいる九人の仲間に会いに行った、約一年間の旅の記録です。そう聞くとみなさんの中には、「なぜわざわざ、本屋が本屋に会いに行くのか?」といった疑問を持たれるかたがいるかもしれません。この旅はもともと、次のような動機からはじまりました。
 長いあいだ同じ仕事を続けていると、いつの間にか踊り場のような場所に立っていて、自分の仕事がわからなくなることがありますが、旅に出る前のわたしがまさにそうでした。だからほかの誰かの話を訊き、この仕事を見つめ直したいと思った。さらに同じ仕事をしているもの同士が存分に語ることで、その仕事の本質まで辿り着くことができるのではないかと考えました。本屋をめぐる話はこれまでにもたくさんありましたが、わたしはその仕事をしている当事者として、そこにはまだ十分に語られていないことがあると思っていたのですね。
 でもそうした「会いに行く」ことを続けているうち、当初の動機は大した問題ではなくなっていました。本屋という仕事は大抵はいつも同じ場所にいて、そこから世界を見ている定点観測。そうしているあいだにも、語られなかったことばはその人の中に蓄積されていきます。だから同じ仕事をしているわたしが前に座ることで、「この人には遠慮もタテマエも要らない」と、熟成された本音の言葉が、何の前置きもなく溢れ出す……。つまり、彼らの話が掛け値なしに面白かったということなのですが。
 みな長年この仕事を続け、その人オリジナルの仕事をつくり上げている人たちですから、話には自然と思想や哲学のようなものが含まれます。だからわたしはこの本で、彼らの声を一本の糸のように縒り合わせるだけでよかった。そして旅が終わるころには、わたしはずいぶんと明るくなっていました。振り返れば二〇二〇年から人と会う機会も減り、自覚はありませんでしたが、鬱々としていたところもあったのかもしれません。やはり誰かと話すことには力がある。この本は、そうした回復の記録でもあります。


 みなさんご存知の通り、本屋というものはいま旗色が悪そうだ。でもそれは仕方がありません。わたしたちは人口が減少していくかつてない時代を生きている一方、居ながらにして新刊の情報が流れてきては、注文すれば翌日家までその本が届く、便利な時代を生きていますから。
 しかしそんな時代でも、個人で本屋をはじめようとする人の数は増えています。そのことにはいつも驚かされますが、この旅を続けてみて、出会った人の言葉から気づかされたこともありました。たとえばこの本に登場する長谷川稔さんは次のように語っています。
 「いま世界は、間違いなく困難な方向に向かって進んでいると思うんですけど、おそらくこれだけ愚直というか、淘汰されつつある働きかたには、ますます価値があると思っています」
 わたしは最初この言葉を聞き、「ますます価値があるって、いったいどんなコペルニクス的転回だよ!」と思いましたが、実はわたしも心の底で、似たようなことを考えていたのですね。でもそれはこうした鮮やかな言葉にはなっていなかったから、長谷川さんの話には感動したし、ハッとさせられました。
 思うに人間は便利な社会をつくったけど、それで幸せになった人が増えたかといえばそうでもない。むしろよのなかにある幸せの総量は減っているというのが、いまを生きる多くの人の実感ではないでしょうか。あまりに便利すぎるよのなかでは、生きる手ごたえというものが、人から逃げていくのかもしれません。
 だから愚直なこの仕事を続けている人たちは、そうした世界に対して「ノン」と言いたかった人たちなのかもしれない。大体が自ら好んで本屋をやろうとする人は、ある意味とても変わっていて、偏屈で、それはいまのよのなかを覆っている効率や生産性といった価値観とはまったくそぐいません。でも、みなそれぞれのやりかたでこの世界をよいものにしよう、豊かなものにしようとしている、しぶとくて人間臭い人たちです。そしていまのよのなかにはそうした仕事こそが求められていると思いますから、わたしはこの本で、旗色の悪そうな本とか本屋とかいうものの価値を、あらためて問うてみたかったのですね。


 この本はもともと、スタジオジブリが発行している『熱風』という雑誌で、「日本の『地の塩』をめぐる旅」として連載されていた文章に手を加えたものです(本の随所に「地の塩」という言葉が出てくるのはそのためです)。すべての場所には、菊池拓哉さんという若い編集者が同行してくれました。中に収録された写真はすべて菊池さんが撮影してくれたものですが、この旅には菊池さんの視線もどこかに含まれているものと思います。
 どのような仕事でも、自ら考え、自分の足で立って行われた仕事には、すべての道に通じる普遍がある。この旅で話を訊いた彼らの仕事や生きかたは、行き詰まっているこの社会で自分らしく生きていきたい人への、ひとつの灯りになるのではないかと思っています。

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著者略歴

  1. 辻山良雄

    辻山良雄(つじやま・よしお)
    Title 店主。1972 年、兵庫県生まれ。大手書店チェーン「リブロ」勤務を経て、2016 年1 月、東京・荻窪に新刊書店「Title」を開業。
    著書に『本屋、はじめました』(苦楽堂、ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚 新刊書店Title の日常』(幻冬舎)、nakaban との共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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