木ノ戸 スウィングでは、本当に一銭も生み出さない表現をしている人がいるんですが、ずっと続けていると、それが彼の「仕事」だと、まわりの誰もが疑わなくなるんです。例えばKAZUSHIくんという人は、芸能人のコラージュを年中作ってるんですけども……中井貴一さんとか、松下由樹さんとか、観月ありささんとかの……。
うちのともだち(中井さん)がジェットブレードで飛んでいる!/KAZUSHI/2018
稲垣 だいぶ……絶妙な人選ですよね。
木ノ戸 正直、何の意味もないでしょ(笑)。それでもこれが彼の仕事なんだって、僕たちは認識していて。
稲垣 仕事の定義って「お金が発生するかどうか」だと思われているので、スウィングの人たちがしてることって趣味じゃないの?っていう人もいると思うんですが、木ノ戸さんの言う仕事の定義って何でしょう。
木ノ戸 スウィングの出発点は、「まとも」の幅がどんどん小さくなっていく今の社会の、しんどさを和らげていきたいなってことなんです。だから、よりたくさんのお金を得られる仕事のほうが当たり前に偉いという認識に、異を唱えるというか。仕事についてよくよく考えたときに僕が思ったのは、人間の最大の仕事は「息をすること」なんじゃないかと。生きてないと、ほかのどんな活動もできないじゃないですか。
稲垣 確かに、息しないで仕事してる人って知らないです!
木ノ戸 僕もです(笑)。呼吸が最高の仕事じゃんって考えると、仕事のハードルが一気に下がります。息さえしてれば、あとはおまけですよね。だからサボってる人は基本的にいなくて、みんな一生懸命仕事してると考えると、お金がどうとかってあんまり問題じゃなくなってくるんですよね。
稲垣 私も会社を辞めるときに、生きてるだけじゃだめなのかなって思ったことがよくありました。辞めると言うと必ず、「辞めて何するの?」って言われるんです。一応、朝日新聞社っていう大企業にいたので、辞める人ってたいてい、華麗なる転職をするんですよ。ニューヨークタイムズとか何とか……まあイメージですが(笑)。だから「いや、とりあえず無職です」と私が答えると、すごく不満そうで。大会社に長く勤めていると、会社と自分が段々一体化してくるので、それを捨てるってことは、思ったよりハードルが高くなってしまう。不祥事を起こしたわけでもないのにいきなり辞めて、しかも無職ってありえなかったんですよね。でもそのとき私はまさに、生きてるだけで何が悪いのかと思って。
「肩書き問題」には続きがあって、今でも「肩書き=無職」は絶対許されないんですよ。「情熱大陸」って番組に出たときにも絶対ダメって言われて、「フリーランサー」っていうよく分からない肩書きをつけられたりして(笑)。肩書きとは一体何かと言うと、結局はお金を稼いでる手段って意味なんですよね。
木ノ戸 名刺の裏にたくさん肩書きが書いてあると、で、結局あなた誰ですか、って思いますね。
稲垣 いっとき、「暇人」っていう肩書きはどうだろうと考えたこともありました。日本酒が好きで、各地方の酒蔵に知り合いがいるんですが、どこも人出不足なんですよ。繁忙期だけ働ける人が欲しいと。そういうときに、「あ、私ヒマなんで」と手伝いに行ったら、けっこう感謝されるんじゃないかと思って。お金はもらえなくても、きっとごはんくらいは食べさせてくれるし。そんなこんなで、会社を辞めて「ヒマでーす」と公言していたらなんか仕事がたくさん来ちゃって、意外と暇じゃなくなってしまいました(笑)。きっと昔の日本って、特に地方なんかは、忙しい時期はお互いに手伝っていたと思うんです。季節によって様々な仕事をして生きていたのが当たり前だった。結局、肩書きにこだわるのって、お金至上主義社会ですよね。
木ノ戸 さてここで、お配りした詩集の話に戻ろうと思うんですが。
稲垣 あ、そうでしたそうでした(笑)。さっきこの詩集を渡されて、もうすごい衝撃を受けた作品があって……。「大きな古時計」。このストーリー、どこかで見たことがあるような気がするんですけど……。
大きな古時計/四宮大登/2018
木ノ戸 これは四宮大登くんの作品ですね。ちなみに彼、こんな俳句を詠んだりもしています。
テロリスト危険だね/四宮大登/2018
五・七・五で何か作ってみよう、と言ったところすぐに書いてもってきてくれたものなんですが、まず……五・五ですよね。さらにこれがすごいのは、読んだ全員が共感するところ。こんな正しいことはない。そうだよね、オレも思ってた!としか言いようがないことを表せるっていうのはすごいなあって。テロリストをこんなに軽く扱った人ってかつていないでしょうね(笑)。
稲垣 山頭火でも五・五はなかったんじゃないですか(笑)。
木ノ戸 あと、「灯」も彼の作品です。
灯/四宮大登/2018
稲垣 私は自然に近い生活をしてるので、灯と虫の関係についてはけっこう言いたいことはあるんですが。灯をつけたら虫が寄ってくる、というところまでは共感してたのに、最後、また灯をつけるんかい!っていう。だいぶ動揺しました(笑)。
木ノ戸 この詩が不思議なのは、主語が分からないことなんですよね。誰に言ってるんだろうって。前半の「灯をつけましょう」は詩を読んでいる僕たちに言っている気がします。でも最後の「灯をつけますよ」っていうのはね、よくよく考えてみると、「虫」に言ってるんだと思います。つまりこの詩は、途中で主語が変わってるんです。
稲垣 なるほど! 読み手側の気持ちとして「虫が寄ってきちゃうじゃん」って思ってたけど、そう読み解けばしっくりきますね。
木ノ戸 大作「大きな古時計」も「できたっ!」って持ってこられて。
稲垣 ここまで詳細に書かれると、記憶を辿って確認していってしまいます。
木ノ戸 これは彼が、スマホを見ながら一字一句書き写したものです。それを自分が書いた詩だって言う根性がね……。
稲垣 「灯をつけますよ」と同じように、何かの転換じゃないですか?
木ノ戸 いや、これはただの盗作です!(笑) でも本人は盗んだ気もなくって、完全に自分の詩だって思っている。このように、スウィングでは何を書いてもいいんだっていう安心感はありますね。
稲垣 詩はみなさんどんなふうに作っているんですか?
木ノ戸 人それぞれで、年中書いてる人もいます。あまりにも多作なので、表に出せるのは1%くらいですね。表現っていう意味では優越ないですけど、作品として喜んでもらえるようなものは、あまり生まれない。
稲垣 その1%を木ノ戸さんがチョイスしてるんですか?
木ノ戸 そうですね。一般性があるなと思うものを選んでいます。
稲垣 私、「ひらめき」っていう詩も大好きで。
ひらめき/向井久夫/2018
何か書こうとしたのに忘れちゃったっていうのは、常に自分の悩みでもあるのに、それを書こうとしたことは一度もなかった! だから衝撃でした。