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グググのぐっとくる題名

第10回 題を付け続ける

小説や演劇、映画、音楽、漫画や絵画など、あらゆる作品の「内容」はほとんど問題にせず、主に題名「だけ」をじっくりと考察する本連載。20年前に発売された前著『ぐっとくる題名』以降、新たに生まれた題名や、発見しきれていなかったタイトルを拾い上げます。
第10回に取り上げるのは、歴代の劇場版『名探偵コナン』の副題と、長年読み継がれているコナン・ドイルのデビュー作、デビュー45周年を迎えた今も活動を続けるアイドルの曲、気鋭の新世代歌人のエッセイ集の題名です。(編集部)


料理を作る人は、それ自体の労以上に「今日なににするか決める」ことの辛さを吐露する。筆者も料理をするようになって痛感している。自分だけの食事ならともかく、複数人の料理を毎日考えるときは大変だ。子供の給食のメニューを月に一度みて、昼の給食と夜ご飯をかぶらないようにしているが、みるたびに感心してしまう。毎日、違う品を予定しているということそれ自体に。題名もだ。今回は題を「付け続ける」ことの難しさと、続けていることからみえてくるものとあるはずだ、という話。

劇場版『名探偵コナン』の副題を考察する

常々思うのだが、『名探偵コナン』の映画の副題は「次」を予想できるんじゃないか。

No. 

副題 公開年        
1 時計じかけの摩天楼 1997    15 沈黙の15分(クオーター) 2011
2 14番目の標的(ターゲット) 1998    16 11人目のストライカー 2012
3 世紀末の魔術師 1999    17 絶海の探偵(プライベート・アイ) 2013
4 瞳の中の暗殺者 2000    18 異次元の狙撃手(スナイパー) 2014
5 天国へのカウントダウン 2001    19 業火の向日葵 2015
6 ベイカー街(ストリート)の亡霊 2002    20 純黒の悪夢(ナイトメア) 2016
7 迷宮の十字路(クロスロード) 2003    21 から紅の恋歌(ラブレター) 2017
8 銀翼の奇術師(マジシャン) 2004    22 ゼロの執行人 2018
9 水平線上の陰謀(ストラテジー) 2005    23 紺青の拳(フィスト) 2019
10 探偵たちの鎮魂歌(レクイエム) 2006    24 緋色の弾丸 2021
11 紺碧の棺(ジョリー・ロジャー) 2007    25 ハロウィンの花嫁 2022
12 戦慄の楽譜(フルスコア) 2008    26 黒鉄の魚影(サブマリン) 2023
13 漆黒の追跡者(チェイサー) 2009    27 100万ドルの五稜星(みちしるべ) 2024
14 天空の難破船(ロスト・シップ) 2010    28  隻眼の残像(フラッシュバック)  2025

 (総集編などを除く)

……こうしてみると多いな。さすが人気シリーズ!

なにしろ大ヒットしているので、ファンならずとも、どの題にもどこか馴染みがあるのではないか。観て知っているわけでなくても、なんつうか「コナンの映画の題名ぽさ」を感じ取るはずだ。副題同士に共通点がいくつもあるからだ(それで、共通項を抑えつつ、これまで使われたモチーフや手法を避けていくと、次の副題が絞り込める気がするのである)。共通点をみてみよう。

a. 助詞「の」で繋いでいる
まず、ほぼすべての題名で、二つの単語が助詞「の」を挟む形式だ(「への」「の中の」もあるが、やはり「の」で単語を接続している)。
「放浪編」とか「細腕繁盛記」みたいなすっぱり一単語の副題はない(台無しだよ!)。これは「のび太の〇〇」でほぼ統一された「大長編ドラえもん」シリーズの副題にも似ている(映画版『クレヨンしんちゃん』の副題も似たムードの副題がつく)。

これら人気アニメ作品の公開がほぼ「年に一度」という定点的リズムを持つからそうなるのだろう。あ、今年もアレの季節だなと、作品というより「風物」のように思ってもらうためには、リフレインを同じ調子にして「同じ過去」を思い出させた方がよい。よいというか、得だ。

いずれも安定してヒットしているから無理に手法を動かさなくてもよいというか、ある形式をルーティンさせることで安定感を印象づけようとしたのかもしれない。

たとえば同じアニメでも『宇宙戦艦ヤマト』の続編ごとの題の変遷はこうだ。

 No.  題名 公開年
1 『宇宙戦艦ヤマト』 1977
2 『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』 1978
3 『ヤマトよ永遠に』 1980
4 『宇宙戦艦ヤマト 完結編』 1983
             〜
5 『宇宙戦艦ヤマト 復活編』 2009


『コナン』の一連と比べて、非常に(題が)バタバタしているのが分かるだろう。
4→5を除き、題の付け方のルールは一作ごとまるで異なっている。
まず2作目にして「さらば」と完結を匂わせている。(ちゃんと観たことないので)えっ、そうなの? と驚いた。てっきり2が最終作かと思った。
5回も続いているが「続き続ける」意識が作り手には常にないことが分かる。その都度、次はない(かも)と思っているのと、前と同じに出来ないというマンネリ打破の意識とが感じ取れる。
「さらば」「永遠に」「完結編」と三度も「終わり」を匂わせたことでいささか開き直ってか(かなり年月が空いたこともあってか)5作目でやっと、4作目の題のフォーマットを「踏襲」した。
(コナンの時代と違ってアニメの歴史は浅く、アニメ映画の地位も低かった中、恒常的に続編がヒットするという見込みを持たなかったのも自然なことではある)。

とにかく、コナンは二単語を「の」でつなぐ副題を奇麗に並べている。
題名における助詞「の」の効用については拙著『増補版 ぐっとくる題名』でも語ったことと重複になるので簡単に説明すると『無能の人』『ゲゲゲの鬼太郎』という題名は、意味的には「無能な人」「ゲゲゲな鬼太郎」でもよいはずだ。
二者をつなぐ際「〇〇な××」のほうが直接的に意味をつなぐが、「〇〇の××」でつなぐことで意味深になる

たとえば(「〇〇な」ではない例えだが)『青い珊瑚礁』という曲名は『青の珊瑚礁』と言い換えることができる。この場合「青い」の方が素直で原曲のイメージに似合っていると思うが、青「の」とすることで「珊瑚礁の色を青とみなす」ことの比喩性が強まる(青「い」だと比喩かもしれないが、実体もまた総じて青色の珊瑚礁なのだろうという受け止めになる)。

意味深ではない、素直な「の」(でつなぐ題名)もある。
それこそ『のび太の恐竜』『のび太の絵世界物語』などがそうだ。「のび太の飼っている恐竜」「のび太が体験したところの絵世界物語」ということで、他に含みはない。

名詞のような二単語である場合と、片方が抽象的、修飾的な単語である場合とで、含みの有無が決まるといえるだろうか。

コナンの副題における「の」は、意外にも(?)素直な接続もある。
「探偵たちの鎮魂歌」「ハロウィンの花嫁」「11人目のストライカー」なんかはごく普通だ(サッカーにおけるストライカーは一チームに何人もいないことと、一チームの人数が11人であることを思うと、かなり混乱させる、捻った題ではある。ストライカーが10人いる時点で変なのだ)。

だがその多くは含みを感じさせる。
「戦慄の楽譜」「業火の向日葵」など、比喩というか省略がある。
「ハロウィン」「花嫁」「11人目」「ストライカー」などと比べて、「戦慄」や「業火」は実態のない(もしくは感じにくい)イメージの言葉だ。
「戦慄(させるものであるところ)の楽譜」「業火(を思わせる感じ)の向日葵」で、意味深にする「の」の効果をあげている。

b. 修飾語→主体の順だ
それら二単語、「楽譜」と「戦慄」、「向日葵」「業火」とあるうち、ほぼすべての題で、修飾的な語が前に、主体的な単語がボトムに配されている。
たとえば『ゴジラの逆襲』『(機動戦士ガンダム)逆襲のシャア』という題名があるが、コナンの副題はほぼすべて後者の並びだ。

その並びにどんな意味があるか。
それぞれ『シャアの逆襲』『逆襲のゴジラ』としてみよう。
どうだろう、並びによってイメージが大きく変わることに気付くはずだ。

逆襲が後につく題名で、伝わるのは彼らの行為だけだ。
主体があとにつくと、彼らが「逆襲」状態をまとったというか、バーサークした感じになる。逆襲そのものにシンボル化(?)し、そうすると具象的には描けない(つまり本編で描けない)、題名のときだけの「ムード」を獲得する。
漫画『葬送のフリーレン』なんかもそうで、これを『フリーレンの葬送』にしてみると、やはりなんだか短編漫画の題になる。
『フリーレン』もだが、フィクションの世界で「麦わらのルフィ」とか「雲のジュウザ」とか「5番アイアンのお祈」みたいな名前を「二つ名」と呼ぶ。
修飾語→主体は、題が「二つ名」化しているわけだ。

コナンも、ほぼすべての題が二つ名状態で、逆にすると一気に神秘性を失ってしまう。単語を逆にして「の」で接続すると意味が通りにくく、語呂が悪くなる題も多い(『から紅の恋歌』→『恋歌のから紅』としてみると分かる)。
(もっとも、なんでも二つ名の順がよいという意味ではない。あらゆる効果には必ず逆効果がある。『逆襲のゴジラ』など、ゴジラがキザにみえてしまっていけません)。

c. 凝った色の名前が多用される
紺碧、漆黒、から紅、紺青、緋色など、コナンの副題は途中から色がどんどん出てくる(銀翼も色を示している)。そのいずれも、サクラクレヨン12色セットとかには入っていない色名である。
赤や青や緑ではバカ丸出し……とまでは言わないがミステリーの「題」に映えないのだろう。うす桃色や芥子色やえんじ色もダメだ。ミステリアス感がない。こってりした色を、凝った呼び方で用いる。
このとき「青い」を「青の」とする「の」の意味深な使用が、さらに効果をあげることになる(もっとも「黒」が多いのは、作品本編に登場する敵のイメージと関わっているのだろうし、「緋色」についてはコナンの名の元ネタにもなったコナン・ドイル『緋色の研究』のイメージあってのことだろうが)。

コナンに限らず、色の名は題名に向いている
『青のオーケストラ』『青の祓魔師(エクソシスト)』『ブルーピリオド』など、昨今の漫画界は青ブームと言われているが、題名は「文字だけでしかない」手段なので、視覚イメージを借りるのが単純に有効だし……変な言い方だが、とても「題名ぽく」なる。



こうして並べると、下に行くにしたがって「題名ぽさ」がみるみる増していく。下に行くほど良い題名、ということではもちろん、ない(悪夢というストレートな二字が効果をあげる場合がもちろんある)。
よりデコラティブなものに対し人は「題名らしさ」をみるという話だ。なぜかというと題するという行為それ自体が装飾だからだ。

書類を作っても、我々は題名の文字は大きくし、太字にしたり白抜きにしたりときにイタリックにしたりとさまざまに工夫する。
表彰状の紙は、額装する前から月桂樹模様の枠みたいなものに囲まれている。題名はその枠と同じ「装飾物」として、なにがしか「機能する」ことを期待される

d. カタカナの当て字がなされる
だから、ときにハッタリのような過剰さで装飾することになり、それでコナンの副題は、当て字をカタカナで読ませるものがとても多い。
当初は「十字路(クロスロード)」「魔術師(マジシャン)」と直訳のものが多いが、子供の名にキラキラネームと呼ばれるものが増えていったのと同調するように、当て字もかなり凝ったものになっていった。
題名は「一行」しかないものなので、そのわずかな中に、レイヤーを重ねるようにして、イメージをどん欲に詰め込もうという強い意欲を感じ取るし、世間も強引な当て字を受け入れる素地ができていったのだ。

さて、使われていない単語、使われていない凝った色、使われていない凝った当て字で、従前のフォーマットを満たす題名はなんだろう。今回、冒頭で「次」を予想できるんじゃないか、と書いた。最後に、なんか変な副題を提案してオチをつけようと思ったのだが……これが難しい!
思いつこうとしてみて気付いたのは、これを命名するのはかなり恥ずかしいということ。けれんを引き受ける度胸が必要だ。映画のような大人数のプロジェクトでないと、個人では題を引き受けられないんじゃないか(単に小心なだけか)? 

「麦わらのルフィ」 漫画『ONE PIECE』(尾田栄一郎・著/集英社)の主人公の二つ名。
「雲のジュウザ」 漫画『北斗の拳』(原哲夫・著/集英社)の登場人物の二つ名。
「5番アイアンのお祈」 大映ドラマ『プロゴルファー祈子』(1987~1988年)の主人公の二つ名。

1.『緋色の研究』コナン・ドイルの小説の邦題


『緋色の研究』コナン・ドイル・著/延原謙・訳(新潮文庫)

そんなわけで今回の「ぐっとくる題名」だが、そもそも最初に「緋色」といった人、凄いねという話である。
原題は「A Study in Scarlet」(日本語で初めて『緋色の研究』と訳されたのは1931年、延原謙氏による)。スカーレットをスカーレットという語のまま提示しても、当時の日本人には「はて、なんのことですかな?」という感じだったかもしれない。
この時代は別に意味深さを狙ったのではなく、素直に原文に近い日本語の色名を当てただけなのだろう。それでも雑に「朱色の」とか「赤い」とはしなかった。その丁寧さで、令和の意味深時代にもレトロなムードをまとって「映える」題として、ヒット映画の副題に引用さえされている。

ウィキペディアを読むと、最初の翻案からして面白い題の変遷があることが分かる。
また「study=研究」も「習作」が正しいとされて最近はその訳の版も出ているらしい。
「緋色の習作」では、意味深な「の」がいくぶん、素直になった(絵画かな? と思える)。誤訳だとしても個人的には「研究」との取り合わせで生じる意味深さを採りたい気分だ。

2.『小麦色のマーメイド』松田聖子の曲名


『小麦色のマーメイド』松田聖子

これも古い題にはなるが、今回のテーマ「題を付け続ける」行為で生まれた名題名として、どうしても挙げておきたい。
松田聖子の10枚目のシングル曲だ。それまでに色のついた曲として『青い珊瑚礁』(1980年)、『白いパラソル』(1981年)、『赤いスイートピー』(1982年)があった。
彼女のヒットは色の曲だけではなかったものの、青白赤というメジャーかつ基礎的な色名のヒットを連発していたわけだ。
せっかくのそのイメージを大事にしたいし、そのイメージから飛躍もしたい。欲張りな考えが、色選びに少しの転調を選ばせた。緑色や黄色を選ばなかったことに、保守と革新の両方を考え抜いた色選定があった(と筆者はみる)。「日焼け」と言わずに肌をイメージさせる絶妙さと相まって、彼女の当時一番のヒットではないが、長く愛される曲にもなった。

3.『地球と書いて<ほし>って読むな』
上坂あゆ美のエッセイ集の題名


『地球と書いて〈ほし〉って読むな』上坂あゆ美・著(文藝春秋)

そして、さんざんコナンの題名を考察しておいてなんだが、最近出たこのエッセイの題名には痛快なものを感じてしまった。

単純な指摘ではあるのだが、とてもクリティカルに響くのは「題名で」それを言ったから余計に、かもしれない。題名に限定しての話ではないのだろうが、それでも書店で、題名が題名にメンチを切ったという感じがした。
絶対に「読む」ものである題名の中で、「読む」ことの禁止を訴える珍しさも新鮮。
担当編集から教わった上坂さんのネット配信『私より先に丁寧に暮らすな』も実にぐっとくるもので、題名的にも要注目の人だ。

コナンの副題におけるけれんやハッタリがダメなわけではなく、それはそれで好きだし、なによりコナンの場合、続けていることの面白さが生じている。
とにかく、言葉の意味深さや題自体の装飾性を「自覚」していることが大事、と思う次第だ。


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著者略歴

  1. ブルボン小林

    1972年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。
    00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。
    著書に『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』(ちくま文庫)、『ゲームホニャララ』(エンターブレイン)、『マンガホニャララ』(文藝春秋)、『増補版 ぐっとくる題名』(中公文庫)など。
    『女性自身』で「有名人(あのひと)が好きって言うから…」連載中。小学館漫画賞選考委員を務める。

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