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ちょっと隣の芝を見に──職業イヤイヤ探訪記

探偵はここまで泥臭い。宮岡さん、失敗談を語る

新聞に興味深い記事を見つけた。実際の「探偵」が、尾行対象を見逃してしまったときの経験を活かし、「ストーカーからの逃げ方」を伝授するガイドブックを作ったというのだ。やっぱり探偵も尾行に失敗することってあるんだ。というか、そもそも探偵ってどんな仕事なんだろうか? 実際に話を聞いてみた。

話を伺った人

宮岡 大さん 1989年東京生まれ。探偵。大学卒業後に探偵事務所に就職。修行期間や留学を経て2016年、北千住に探偵事務所「(有)JCI」を設立。ストーカートラブルに対応するための探偵ネットワーク「SAVE ME」の運営も行っている。

JCI: http://japanci.com/
SAVE ME: https://saveu.jp/


自営業がしたくて探偵に

──まず、宮岡さんはどうして探偵になったんですか?

祖父も父も自営業を営んでいたので、自分も「自営業がしたい」って思っていたんです。大学は経営学部だったんですけど、卒業のタイミングで始められて、ニーズが途絶えないものはないかといろいろ考えていました。

事務所にて。宮岡さん、とてもさわやかでまったく探偵に見えません……! 

──最初から探偵を目指していたわけでもなかったんですね。

弁護士をしている父の事務所で、裁判資料を整理するアルバイトをしていたときに、探偵が撮影した証拠写真があったんです。そこで初めて「あ、探偵って本当にいるんだ!」って。純粋に面白そうだなって思いました。そして、「情報へのニーズはなくならないんじゃないか」と。

──実際、探偵業を始めるにはどうすればいいのでしょうか? 必要な資格などは……?

必要なのは営業所だけです! 最寄りの警察署で探偵業の届出書をもらってきて、必要書類と一緒に提出するだけで探偵業者として登録される。謄本とか出さなきゃならないんですけど、依頼が来てから急いで準備しても間に合います。

 探偵業届出証明書

──ちなみに、探偵になったときの周りの反応は?

両親は協力的でしたが、「人の悪いところを探すような仕事はやめたほうがいい」って言ってくる親族もいましたね……。探偵に良くないイメージを持ってる人も多いので。あと、「猫探すんでしょ」とか、「コナン君みたいなことするんでしょ」なんていうのは聞き飽きてます(苦笑)。

──探偵の仕事って、知っているようで全然知りませんからね……。実際に探偵になってみてどうでしたか?

最初のかっこいいイメージとは全然違いましたね。かなり泥臭い仕事でした。


探偵事務所に在籍する「調査員」という人々 

──宮岡さんは探偵として独立する前に修行期間があったんですよね。

はい。大学を卒業してすぐ、父の紹介で入った新宿の探偵事務所で2年くらい修行しました。

──土地柄、スリルがありそうです! そういえば、堂々と店を構えている探偵事務所って見たことないような……。

繁華街なんかには、大手の事務所はけっこうありますよ。エステサロンみたいな感じで、全国に店舗を構えてます。とはいえ、ほとんどは個人や中小です。全国に5500ヵ所あるって言われてます。

──そんなにたくさんあるんですね。宮岡さんがいた事務所はどのくらいの規模だったんですか?

事務所にいたのは僕と上司のふたりです。探偵事務所ってちょっと特殊で、社員とは別に業務委託契約をしている「調査員」がいるんです。だから彼らを含めると、確か6人くらいいたのかな。

──あれ? ならもしかして、私たちが探偵の仕事だとイメージしていることって、実は調査員がやっているんですか?

基本的には探偵って依頼者の相談から調査まで行うんですけど、調査は調査員に丸投げする人もいますね。

──探偵事務所の調査力の差は、調査員の実力の差だったりするんですね。

それはめちゃくちゃあります。調査員によって得手不得手があって、車両尾行が得意な人やバイクの運転がうまい人は重宝されますね。探偵の間でも噂になります。
この業界は意外と、横のつながりがものすごく強いんですよ。仕事の依頼って本当に突発的で、「明日やってください」とか「今日の夕方から始めてください」っていうのも来るから請けきれないことがある。そういうときは、他事務所に登録している調査員に協力をお願いしています。

──協力しながら依頼を請けていくんですね。

そうやって、みんなで飯を食ってます。依頼にもいろいろありますが、浮気調査でいえば1件あたり30〜100万円くらいが調査料の相場です。

──金額の差はどうやって生まれるんですか?

調査員って基本は時給制なんです。例えば旦那さんが浮気した証拠が必要でも、調査してる日に浮気するかどうかわからないじゃないですか。それで不貞行為を確認するまで時間がかかってしまうと金額が上がっちゃう。必要な調査員の数が増えてしまって、調査費がかさむことも多いです。

──依頼者側がどれだけ粘るかにもよるんですね。

探偵の調査は「行動調査」と「データ調査」の2種類

──調査って、実際どのようなことを行っているんですか?

大きく分けて「行動調査」と「データ調査」の2種類です。行動調査は他人の日記をつけていくようなもの。この人は何時に家を出て、何時にどの電車に乗ってどこで降りて、どの道を通って、誰に会って……というように、1日の行動を調べる。

──尾行や張り込みをするんですね。

「尾行時にはビデオで行動を記録します」と、気づかれにくいカメラの持ち方を伝授。
みなさんは参考にしないでくださいね〜!


データ調査は学歴とか住所とか、情報を引っ張ってくる作業です。

──それは探偵のネットワークだから閲覧できるデータも?

いえ、あまり知られていないだけで、公開情報で調べれられることはけっこういっぱいあるんですよ。例えば「ある会社の社長の住所」が知りたいなら、会社の登記簿に載ってます。あとは、対象者が40歳以上だったらけっこう有効なんですけど、名簿屋っていうのがあって。

──名簿屋!?

合法のサービスです(笑)。いろんな名簿を集めている会社で、卒業名簿の情報もあるので、実家の住所とか調べれるんですよね。あとは昔の電話帳をたどるとか。グレーなやつもありますが……。

──依頼ってどんなものが多いんですか?

個人からの依頼で言うと、浮気調査が7割って言われてます。企業からだと、採用予定者の経歴を調べる「信用調査」があります。ヘッドハンティングで最初から高い役職につけようとするときや、候補が2人になってどちらを採用しようかっていうときに。

──いろんな依頼があります……。


40時間の張り込みで痔に!

──尾行や張り込みは、何がどう大変なのか教えてもらっていいですか?

一番しんどいのは待ち時間なんですよね。張り込み時間が行動調査の8〜9割を占めてます。例えばラブホテルに入ったのを見たら、出てくるところも押さえなきゃならない。でも3時間経って、終電もなくなっちゃったのに出てこないと「もしかしたら見逃しちゃってるんじゃないか?」とか。

──メンタルが追い詰められますね……。

でも、だいたいは肉体的なつらさです。例えば住宅街だと、道に車を置いとけなかったりするじゃないですか。そうすると炎天下のなか何十時間も立ち続けるとか、暑さ寒さがすごくしんどい。案件によっては、お客さんにお金が無くて単独で調査しなきゃいけなくなったりするんですよ。1人だと調査途中にトイレに行けないので、前日の夜から水を飲まないことも。

──ええ〜〜っ!? お金が無いお客さんにはそういう対応をするんですね。

まあ、状況によります。無理なこともありますけど。普通の会社員の尾行とかだったら、いけるもんですね。けっこう。

──普通は尾行は何人くらいで行うんですか?

基本的は2人です。ただ、対象者が大手の企業に勤めていて会社の出入り口が4つあるとか、物理的に不可能なときは応援を呼びます。あと相手が警戒していて何度も振り向いてくる場合は、顔がバレないように4人ローテーションで尾行したり。


            
探偵業を極めるため、ポートランドの大学へ留学し「表情学」を勉強していたことも


──「あれはきつかったな」っていう張り込みはありましたか?


40時間以上、連続でっていうのがありましたね……。さすがに交代で2時間ずつ仮眠をとりながらでしたけど。車でずっと身を潜めて、あのときは痔になっちゃいました。

──そんなに長い間、いったい誰を……。

詐欺師の監視です。事前のデータ調査で詐欺の立証はできていたんですけど、証拠を警察に提出してもすぐに逮捕してくれるわけじゃないんですよ。だから警察が動く前に夜逃げしないように張り込んでおいてくれっていう、企業からの依頼でした。犯人がどこか出かけるようならそれにも着いていく必要があって。

──それはかなりヘビーな……。それにしても張り込みって、近所の方からの視線が痛くなりません?

なりますね。だから僕は探偵だってことを近所に言っちゃいます。

──言っちゃうんです!?

よく使うのは「家出した子供さんを探してて、ここをよく通るって聞いたんで張り込んでるんです」みたいな。名刺も渡します。

──ちなみに行動調査をするときのファッションはどういう?

驚きだったんですけど、修行時代に「黒は着るな」って言われたんですよ。黒ってシルエットがはっきりしてしまうので、グレーとか紺みたいなぼやっとする色がいいんです。あと絶対に上着は持っておく。人って顔ではなく、色で相手のことを覚えるんですよね。だから上着の色を変えるだけで尾行がバレにくいし、調査してる側も気づかれることへの恐怖心ってすごく強いので、気が楽なんです。「ジャケット着たしバレねーな」みたいな。

──尾行中は動画で記録することも多いから、盗撮と間違われる危険もありますよね。

場所は本当に気をつけています。階段周辺はスカートの中を撮ってると誤解されるから、ダメですね。細かくルートを記録するときは、レコーダーに「何時何分、どこを通過」と吹き込んでおけば、時間も残ります。

──撮影するときに、怪しまれないポジション取りのコツはあるんですか?

基本的に斜め後ろがいいんですけど、状況によって違います。対象者を実際に見たことがあればとシルエットでわかるけど、初回の調査でFacebookの写真しかその人を特定する情報がないときなんかは、かなり近づく必要があるので。

──目が合っちゃったら大変ですよね。

あ、別にそれくらいだったら大丈夫です。

──意外と気づかれにくいんですね。

いままで2回だけ尾行がバレたことがあって、そのうちの1回が車両尾行でした。車両尾行って技術が必要で難しいんですよ。車に乗るときって自然とミラーで後ろを見るじゃないですか。でも、対象車との間に別の車を1台でも挟むとどんどん入られたり、信号で停まって離れちゃうかもしれないんで、すぐ後ろを走る必要がある。相手の視界に入りながら尾行しなければいけないんです。
そのときは、尾行を開始してものの10分で対象車が路肩に停車して。さすがにこんなにすぐ気付かれるはずないから、飲み物でも買うのかな?と思って、自分の車も少し前方に停め、ぼーっと運転席で待ってたんです。それで数分後、人の気配がしてはっと外を見ると、尾行していた相手がすぐドアの横に立っていて、窓をゴンゴン叩かれて。助手席に座っていた上司の「(車を)出してください!」という声で我に返って、慌ててアクセルを踏みました。修行時代、初めて車両尾行したときの話です。あれは寿命が縮みましたね……。その調査自体は続けて、なんとか完了させましたけど。

──ひぃい……その辺の怪談話よりもはるかに怖かったです!
ちなみに、街中で自分と「お仲間だろうな」という人はわかるものですか?

動きでわかりますね、探偵には独特の雰囲気があるので。『24 -TWENTY FOUR-』のジャック・バウアーみたいな人が腰あたりでカメラを持っていたら……。

──それはさすがに怪しすぎませんか!

探偵ってすごい怪しいんですよ(笑)。張り込み中って、対象者だけじゃなく周りにも気遣ってなきゃいけないので、いつも警戒してるみたいな。

──ああー……。ずっと周りを気にする生活を何年も続けていると、独特の緊張感を身にまとってしまうんですね。

事務所の看板犬、くうちゃん(14歳・♀)

探偵をやっていて、疲れない?

──張り込みや尾行がドラマみたいで楽しいとか、そういう感覚はありますか?

始めて3カ月くらいの間だけでしたね。目的を達成するための作業になっていくので、いまは何とも思いません。浮気はとくにどのケースも代わり映えがなく、職場を出るところから尾行して、大事なのはラブホテルのような密室空間に行くかどうか。肉体関係がないと不貞行為にならないので、そこを押さえるのが僕たちの目的であり、ゴールです。

──もっと楽しいものかと思ってました! 

職人芸みたいなものなので、極めてる人は楽しいんでしょうね。僕は詐欺とか、証拠を掴みにくい案件のほうが面白くて。かっこよく言えば、対象者の情報が名前と住所しかない状況から、新聞の記事や、手に入る公開情報をばーっと集めてきて、そこから細かい話を周囲に聞き込みしたり。バラバラだった点の情報が線になっていくのが、すごく気持ちいい!

──宮岡さんは大学を卒業してすぐ探偵になったわけですが、人を信用できないとか、嫌いになることはありませんでしたか?

探偵って2カ月くらいで辞めちゃう人が多いって言われてて、その理由が人間不信らしいんですよ。だから若い人ってあんまり業界にいないんです。僕はそうはならなかったですね。

──つねに人を疑ったり、負の側面と接していると疲弊してしまうのかなって思うんですけど……。

詐欺事件なんかは、騙されてしまった人のために働いている実感があるので、つらくありません。たぶん、探偵を早々に辞めてしまった人は、現場しか見てないからつまらないんでしょうね。お客さんとのやり取りがあればやりがいのある仕事だってわかるんですけど。
浮気調査をしていて思うのは、人ってけっこうシンプルだなってこと。40〜50代の不倫カップルって学生みたいな顔してるんです(笑)。純愛だな〜って思いますね。別れ際とかすごい寂しそうにしてんな、この人。子供もいて、旦那さんも家で待ってるのにって。人間の純粋さを垣間見ることができて、案外おもしろいですよ。

 

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著者略歴

  1. いつか床子

    インタビュアー、ライター。仕事でも趣味でもインタビューを行っている。人の話を長々聞く口実を手に入れたいあまり、別人になりすました参加者にインタビューを行う「別人屋」を始めた結果、最近はモグラや石ころなどとも対話している。

    Twitter:@ituyuka /note: https://note.mu/ituyuka

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