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ちょっと隣の芝を見に──職業イヤイヤ探訪記

「働くことは救いになりますよ」。シルバー人材センター小川さんとのペットボトルの思い出

部屋を片付けるのが致命的に苦手だ。「いつか床子」というペンネームは、「いつか床が見える部屋に住みたい」という願望から来ているぐらいだ。
散らかった部屋にいるとどんどん能率が悪くなり、完全に行き詰まったのが昨年の初夏。どうしても誰かに助けてほしい、予算はあまりないけど。あちこち調べて行き当たったのが地域の高齢者が登録しているシルバー人材センター。そうして会員の小川さんがお掃除をしに我が家へやって来たのだった。
今回は小川さんを自室に招いて当時を振り返りつつ、シルバー人材センターについてのお話を伺った。

話を伺った人

小川セツさん 1945年東京生まれ。足立区シルバー人材センター会員。入会3年目。掃除や料理、事務、草刈り、介護施設の手伝いなど多方面の依頼を請け負っている。69歳まで一般企業の事務職に勤務。


その節はお世話になりました……。



──私は部屋の片付けが致命的に苦手で、そこからほかの業務まで滞るという、かなりヤバい悪循環に陥ってしまう性質があります。去年それで行き詰まってしまって、これはひとりではどうにもならないなと。藁にもすがる思いでシルバー人材センターに依頼メールを送りました。「果たしてひとり暮らしの20代が依頼していいものだろうか?」という不安や情けなさもありましたが……。

当時の依頼メール

──依頼したのは月2回程度の掃除と食事の用意。でも小川さんに最初に来ていただいた日、「この部屋は食事をどうこうする段階じゃない!」ということになったんですよね。

 「冷蔵庫にあるもので適当にごはん作って」って言われたら、それなりにはできます。でもあの部屋の場合、まずは整理整頓からでした。

──ちなみに、依頼メール送っているときの部屋はこんな感じでした。
※あまりの惨状のためぼかしを入れています

そうだったね、こんな感じだった(笑)。押入れのなかもダメだったよね。

──率直に、初めて私の部屋を見たときどう思いましたか?

「うわっ」て思ったのが正直なところ(笑)。どこから手を付けようかと思いましたよ。キッチン周りも、収納開けたら同じものがいくつも出てくる。 

──だしの素が5パックくらい見つかりましたね。小川さんは家に入った瞬間、まずは台所周りの整理から手を付けてくれました。「これからは絶対に、この部屋から出る牛乳パックとペットボトルは捨てちゃダメ!」という言葉はすごくインパクトがあってよく覚えています。

牛乳パックやペットボトルは冷蔵庫の整理をするのに便利なんですよ。細長い野菜なんかも入れられますし、汚れたら使い捨てできるじゃない。

──着いて早々、転がっていたペットボトルをハサミで切って小物入れに変えたときは衝撃でした。「ペットボトルの切り口は余ったお線香であぶれば危なくない」という豆知識も。小川さんは何をするにしても、「捨てるものはひとつもない」っていうのがキーワードでしたよね。


かつて床に転がっていたペットボトル。今はサラダ油入れとして使っています。

戦後の物のない時代を知っているからそうなるのよ。それにねいつかさん、運はきれいなところにしかやって来ないよ! 整理整頓が行き届いて、どこに何があるかわかっていればそのぶん仕事も早くなりますから。そうすると「ああ、あの子は仕事できるんだ」っていう評価につながるでしょ?

──すごく……染み入ります……。台所周りの次はクローゼットと玄関の整理整頓、最後は換気扇を掃除してもらって「卒業」宣言をいただきました。全部で3か月くらいでしたっけ。収納グッズが加わって前よりずっと片付けやすくなりましたし、何より「月に2回、小川さんが訪ねてくる」という程よい緊張感が本当にありがたかったです。知らない小娘の部屋を掃除させている申し訳なさもずっとありましたが。

う〜ん、それは別にいいんじゃない? 依頼される側は何にも考えてないと思いますよ。仕事があるから行く、そんだけ。私たちは対価をもらっているし、ほかの家事代行サービスを頼むと高いんだから。 

──本当に、シルバー人材センター以外はとてもじゃないけど申し込めませんでした(足立区の家事援助サービス料金:1000円/1時間+税。※取材当時)。実際のところ、お金はどれくらい還元されてるんですか?

時給は1060円分きっちり入ってます(※取材当時の額)。

──それでも安い……。 


お菓子の空き箱も収納に活用。蓋の裏にいらないビー玉を敷き詰めているので、なんと収納部分が回転します。

草刈り、ごはん作り、介護に掃除

──小川さんは週に何日くらい働いてるんですか?

とくに決めてないですね。今は定期的な依頼を並行して7本受けていて、空いている時間に臨時で依頼がきたらそれも受けてます。「いいよ〜」って。今日も朝から草刈りを3時間やって来ました。

──とんでもなくお忙しい! ほかの会員さんもそのようなハードスケジュールなのでしょうか

事務所に足を運んで積極的に「仕事ください」って言いに行かないと、むしろ仕事は来ないんじゃないかと思います。私も登録したばかりのときは全く依頼が来ませんでしたし。
一般のご家庭にも行きますよ。小さいお子さんがふたりいるお宅には週2で通ってます。朝の7時半に入って、朝ごはんの洗い物をしたあと洗濯物を干したり。もう1年くらい経つかな。仲良しなんですよ。とくにお腹のなかにいるときから知っている赤ちゃんは「ほかの親戚が来ても懐かなかったのに、小川さんには笑うね」って(笑)。

──完全に打ち解けている……。プログラマーさんの自室を配線から整理し直したという話もありましたよね。

最初はただ「掃除してください」って依頼だったんだけど、配線がごちゃごちゃしてると動きづらいじゃない? だから動線を作るところから始めました。私の基本は、入口の前に物を置かないこと。地震や何かのときに逃げるのが大変だから。あと、タオルとか衣類の収納の仕方も重要です。新しいのは奥に、古いのを手前に置けば、生地の傷みも均等になるでしょ。スーパーの品出しと一緒。

──その言葉、覚えがあります。私のような指導を受けた人がほかにもいるんですね。 

あと、コストコかなんかに行くと「オキシクリーン」って漂白剤ありますでしょ? 私は代わりに日本製の過酸化ナトリウムを使ってます。あれは本当に必要よ。

 ──買います(※買いました)。

60歳まで親の在宅介護をした経験があるので、介護施設での掃除や食事作りも行ってます。介護資格は持ってないけど、自分で講習を受けて認知症サポーターにもなりました。

──介護の経験がそのまま仕事にもつながっていくんですね。ちなみに、これまでに一番手強かったお仕事はなんでしょう? 私の部屋じゃなければいいのですが。

それこそ本当のゴミ屋敷。もう、ねずみのフンから何からすごかった! 20〜30代くらいの若い男性のひとり住まいで、会員ふたりで伺ったけど、階段にもゴミが溢れてて。
あとは、タバコの吸い殻の不始末で火事になったところにも行きました。清掃業者に断られたというので私たちが。あの家もゴミ屋敷だったんじゃないかな。

──草刈りに朝食作りに介護施設にゴミ屋敷。本当に幅広い依頼が届くんですね。

企業や役所に派遣されて事務や清掃作業をしていたこともあります。法人の仕事を受けるのは「官」、個人の仕事は「民」って言うらしいですよ。


 小川さんの手帳は、毎日スケジュールでぎっしり埋まっていました。

 

「この歳になってプライド持ってたら仕事できません!」

──そもそもの、小川さんがシルバー人材センターで働くようになるまでの経歴を教えていただけますか。

私は生まれも育ちも足立区で、高校は男女共学の、今でいうめちゃめちゃレベルが低い学校でした。昔は大学行く人は少なかったから、高校を出たらそのまま就職。東京オリンピックの年です。
八幡製鉄所の子会社の事務をしたけど、1年足らずで辞めちゃった。本当はタイピストになりたくて、高校のときに和文(タイピスト検定)1級と英文(タイプライティング検定試験)2級、かなは3級とったの。タイピストなら普通よりいくらか技術料がつくでしょ。でも結局、次に就職した工作機械の会社も事務職で、子どもができて辞めました。
そこからは家で子育てをしつつ、自分のお小遣いも欲しかったからミシンで内職してましたね。24、26、32歳のときに出産して、38歳になったときに子どもにお金がかかってきたのでまた外に出ました。

──下の子が小学校に上がる直前のタイミングですね。今度はどんなお仕事をされたんですか?

やっぱり事務です。そのまま38から69歳までずっと同じところ。正社員でずっと働けたので、私は運が良かったです。美容院用のシャンプーなんかを卸す会社でした。

──女性が子育てをしながら正社員として再就職するのは今でも大変なのに、小川さんの世代でそれができるのはすごいことのように思います。

むしろ昔のほうが就職率はいいんじゃないかしら? 今は契約社員って形態ができたから、契約期間が3か月とか半年ってことも多いって聞きました。「女性を起用する」って言いながら働きにくくなっていくの、おかしいよね。ごく一般的に考えて、女も仕事を持つべきなのに。

──そのころはむしろ、女性は家にいるべきという考え方が一般的だったのでは。

周りの友だちはみんな専業主婦でしたよ。でも私は昔から、女性だって財産を持ってなきゃダメだって思ってるんです。私が結婚したころは、旦那の給料は全部おばあちゃん(義母)が管理してました。それだと食べていくことはできるけど、余分なものが買えないじゃない。なら働かなきゃやっていけない。子供だっていつかは離れていくものです。
私が勤めていたのは幸い極小企業だったからお給料も減らずに69歳まで働けましたけど、「これ以上の年齢の人を雇ったことがない」という一言で終了でした。

──31年も働き続けてきたのにそんなにあっさり。

代わりはいくらでもいるってこと! この歳になってプライド持ってたら仕事できません。そのあと色々なところに履歴書を送ってみたけど、どこも年齢のせいでアウト。退屈だから包括センター(地域包括支援センター)に健康体操やりに行ったとき、居合わせた人に「歳だから働きたくても仕事がないのよね」って話していたら「仕事ならありますよ」と教えてもらって。それなら、と顔を出してみたのがシルバー人材センターでした。

シルバー人材センター

──シルバー人材センターに登録するときは、自分ができることを記入したりするんですか?

そうそう、事務職だとか、掃除とか、何種類かあるんですよ。

──では小川さんはやっぱり事務で。

そこは逆の立場で考えてみないと。事務ができると言ったって、70歳過ぎたおばさんを雇うわけがないと思いませんか。「だったらお掃除しかないでしょ!」って。
いつかさん、「家事えもん(家事芸人の松橋周太呂)」ってご存じ? テレビでお掃除とか料理をやってる人なんだけど、その人の本を買って読むようになりました。テレビでそういう家事が上手な人が登場するたびに「なるほどね」って思いながら見てます。
洗剤や掃除道具なんかも全部自分で勉強。掃除に行くときもまず自分の家で使い勝手を確かめます。普通の家庭の奥さんが、自分の家を掃除する気持ちでパッと派遣されても満足な仕事ができないと思うんです。

──これはもう、シルバー人材センターどうこうという話ではなく、小川さんがすごく努力家ってことだと思うのですが。会員向けの講習などはあるんですか?

ある意味おせっかいなんですよ、私は(笑)。接遇とかお掃除の基本のやり方についての講習は一応あります。でも、任意だからいつも決まった人ばかりですね。


小川さんのプロ意識と親しさのまじったハキハキした指導に助けられていました。

──とはいえめんどくさいなあとか思うことはないんですか? 朝早くからあちこちに出向いて、草刈りに料理、だらしない女の部屋の掃除まで……。

そりゃあ思いますよ、今日は行きたくないなあとか。でも行っちゃえばスイッチが入る。お金もらう以上はやらなきゃ。依頼する側の立場で考えてみてください。「自分は年寄りだから仕事は適当でいいや」なんて思わないでしょ。
それに人生どんなにつらくても、仕事を持っているってことは救いになる。仕事に集中すれば、周りの問題は考えなくていいから。親の介護中、通勤の往復時間に涙を流したこともありましたよ。だけども、手に職があるのは救いでした。

──小川さんは今、自分が何のために働いていると思いますか?

もちろんお金も理由だけど……自分はまだやれる、まだ誰かのために動ける。そこだと思う。相手から色々と吸収できるし、知識が増えるじゃない。相手変われど主変わらず。親しくなればこっちからもいろんな提案ができる。

──その提案のおかげで、私も部屋も、持ち直しています。どうもありがとうございました。 

 

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著者略歴

  1. いつか床子

    インタビュアー、ライター。仕事でも趣味でもインタビューを行っている。人の話を長々聞く口実を手に入れたいあまり、別人になりすました参加者にインタビューを行う「別人屋」を始めた結果、最近はモグラや石ころなどとも対話している。

    Twitter:@ituyuka /note: https://note.mu/ituyuka

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