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Empire State of Mind NYから英語小話

セックスは権利? 北米で「インセル」男性が逆襲中

*こちらは朝日出版社メールマガジン『英語を“楽習”しましょ』記事のバックナンバー連載です

 

ハリウッドに始まり、今やありとあらゆる分野の職場でセクハラをしてきた男性管理職が仕事を失う事例が多い「#MeToo」運動[注1]ですが、北米ではその反動ともいえる事象も出てきており、社会問題として認識されつつあります。

[注1]「#MeToo」運動:性的いやがらせ・性的暴力の体験を告白、共有するために、SNS上で使われた「#MeToo(私も)」というハッシュタグが発端。これに書名人から一般の人々まで、男女問わず多くの人々が共鳴し、さまざまな形で世界的な性的虐待撲滅運動へと発展している。


銃規制が有名無実のアメリカで次々と起こる自動小銃の乱射事件。あるいは車を暴走させてわざと人をはねる事件。犯人は白人男性であることが多いのですが、ときおりその動機として「魅力的な女性がふりむいてくれない」ことが挙げられます。セックスレスの期間が長く、ストレスを溜め、それが女性や一般の人に対する暴力へと昇華されてしまう悲劇です。

社会現象として認識される発端になったとされるのは、2009年に、もう10数年もガールフレンドがいたことがないと、嘆きをインターネットに書き込んでいた48歳の男性が、アメリカのピッツバーグ郊外のフィットネスセンターでエアロビクスのクラスを取っていた女性グループに向けて銃を乱射した事件です。この事件で、4人が死亡、15人が負傷し、犯人はその拳銃で自らを撃って自殺しました。最近ではまだ記憶に新しいのが、2018年にカナダのトロントで歩道にバンが突っ込み10人の犠牲者を出した事件でしょう。この際犯人のアレック・ミナシアン(25)は警察に追い詰められ、自分を撃つように言ったといいます。犯行の直前に犯人はフェイスブックに「インセル革命の始まりだ!」「最高の紳士であるエリオット・ロジャーを讃えよ!」という書き込みをしていたことがわかっています。

このインセル(incel)というのは involuntary celibate(不本意な独身者)の略であり、「Reddit」というネット掲示板などでグループを作っている「モテない」ことを嘆き合う男性たちです。NYタイムズの定義によると、「Incels are misogynists who are deeplysuspicious and disparaging of women, whom they blame for denying them their right to sexual intercourse. (インセルとは、女性に対して深い不信感を持ち、軽蔑的であり、彼らが性交渉する権利を否定しているとして女性を非難する人々)」ということです。

 

ネット掲示板「reddit」のマスコットキャラクター、Snoo(スヌー)

(写真:Eric Steuer / Flickr)

 

エリオット・ロジャーというのは、2014年にカリフォルニア州で自分が住むアパート内の住人を刺殺し、路上で銃を乱射して19人の死傷者を出した事件の犯人です。彼はまだ22歳の大学生で、ルックスも悪くなく、BMW車を乗り回すような男性でした。しかし自分がまだ童貞であること、思うように魅力的な女性と付き合えないことに怒りを抱え、犯行前には「エリオット・ロジャーの天罰(Elliot Roger's Retribution)」と題した映像をアップしていました。


このretribution(天罰) という裏には、自分がモテないのは自分のせいではなく、他の人種の男性がモテるのはおかしい、特に白人の女性は自分たちに従うべきだという、racism(人種差別)とmisogynism(女性蔑視)が見え隠れします。ネットでインセル のメンバーたちは、モテる男性を「Chad」、自分を相手にしない女性を「Stacy」、 そして自分たちのように女性に対して積極的になれない男性を「beta」という隠語を使って呼び、怒りをぶちまけています。

「#MeToo」運動のお陰で、レイプやセクハラなどで今まで性的に虐げられていた女性が、ようやく声を上げられる気運が高まってきたのと裏腹に、今度はセックスできないことを理由に、男性が新たな暴力を振るうようになるのかと思うと暗澹(あんたん)たる気持ちにもなりますが、「モテない」男性を切り捨てる前に、社会全体の問題として「セックスとは人間としての権利なのか?」「どうしたらもっと合意の上で誰もがセックスができる社会になるのか?」などを考えていく必要がありそうです。

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著者略歴

  1. 大原ケイ

    日本の著作を欧米の出版社に売り込む文芸エージェント。 自称・
    元祖帰国子女。講談社のアメリカ法人やランダムハウス・ジャパン
    など、ハイブリッドな出版社勤務の後、エージェントとして独立。
    著書に『ルポ電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)など。ブロ
    グサイトBooks Beyond the BrinyDeep(海の向こうの本の話)で海
    外出版ニュースを中心にあれこれ書いている。
    note→https://note.mu/lingualina
    ブログ→https://oharakay.com

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