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答えは風のなか

タケオの遠回り(その1)


 最初は、コスモスを見たいからという理由だった。
 僕〔ぼく〕たちの小学校の学区内には、広い河原〔かわら〕のある川が流れている。その河原の一角がコスモス畑になっていて、花の盛〔さか〕りの時季はあたり一面が赤紫〔むらさき〕色に染〔そ〕め上げられて、とてもきれいなのだ。
「ヒロシ、見に行こう」
 タケオに誘〔さそ〕われた。
「まだ咲〔さ〕いてるかなあ」と僕は首をひねった。コスモスが咲きはじめるのは九月の初めで、いまはもう十月の下〔げ〕旬〔じゅん〕だった。
「だいじょうぶだよ、行こう行こう」
 僕とタケオは六年三組のクラスメートの中でも一番の仲良しで、家が同じ方角にあるので、学校の帰り道はいつも一緒〔いっしょ〕だった。
「じゃあ、一回ウチに帰ってから……」
「そうじゃなくて、帰りに行こう」
「寄〔よ〕り道?」
「うん、だってウチに帰ってまた出かけるのって、面倒〔めんどう〕くさいだろ」
「でも……」
 河原〔かわら〕に寄るのは、ずいぶん遠回りになってしまう。
 学校を出て、タケオと別れる三〔さん〕叉〔さ〕路〔ろ〕まで、ふだんは商店街を通って帰る。一年生の子もいる朝の集〔しゅう〕団〔だん〕登校では歩道のある別の道を使っているけど、帰りは商店街を通ったほうが近道なのだ。でも、河原を回ると、三角定〔じょう〕規〔ぎ〕の二辺を歩くような格好〔かっこう〕になってしまう。十分足らずですむはずの道のりが、二十分……三十分以上かかるかもしれない。だったら一度ウチに帰ってから自転車で出かけたほうが早いし、楽だ。
「そうしない?」
 時間がかかるのを説明してから、もう一度訊〔き〕いてみた。
 ところが、すぐに納得〔なっとく〕して、賛成〔さんせい〕するだろうと思っていたタケオは、急に不〔ふ〕機〔き〕嫌〔げん〕になって、「じゃあいいよ、オレ一人で行くから」と歩きだした。
「わかったわかった、付き合う」
 あわてて追いかけた。びっくりした。ふだんのタケオはこんなに短気じゃないし、ワガママでもない。なにかオレ、怒〔おこ〕らせるようなこと言ったっけ?
 学校を出ると、タケオはあっさり機嫌を直して、むしろふだんより元気におしゃべりをした。いつもとは違〔ちが〕う道を歩くのがすっかり気に入ったみたいで、「へえ、こんなところにパン屋さんがあったのか」「ここの公園、遊びやすそう」と声をあげた――もっとも、パン屋さんも公園も、学校帰りは初めてでも、自転車では、その前を何度も通りかかっていたのだけど。
 河原〔かわら〕のコスモスは、ピークの時季ほどではなかったけど、まだたっぷり咲〔さ〕いていた。
 もっとも、コスモス畑として区切られた一角を除〔のぞ〕くと、あたりはセイタカアワダチソウの黄色い花が咲き誇〔ほこ〕っていた。セイタカアワダチソウは、「セイタカ」という名前どおりに背〔せ〕が高い植物だ。コスモス畑を管理する市役所は、畑の周〔しゅう〕囲〔い〕をレンガ敷〔じ〕きにして、せっかくのコスモスの花がセイタカアワダチソウに隠〔かく〕されないように工夫していた。
「コスモス、きれいだよな。やっぱり来てよかっただろ?」
 タケオはうれしそうに、ちょっと自〔じ〕慢〔まん〕するみたいに言った。
 僕〔ぼく〕はうなずいて、「でも――」と言った。「セイタカアワダチソウ、邪〔じゃ〕魔〔ま〕だよな」
 あの黄色い花がなければ、きっとコスモスの花の赤紫〔むらさき〕色は、もっと鮮〔あざ〕やかに見えただろう。「知ってる?」と、僕は少し前にお父さんから聞いたばかりの話をタケオに伝えた。



 セイタカアワダチソウは外来植物だった。明治時代にアメリカから持ちこまれた。とても生命力が強かったので、この国の気候風土にしっかり馴染〔なじ〕んで繁〔はん〕殖〔しょく〕した。
 さらに、セイタカアワダチソウは、まわりの植物が育つのを邪魔する力を持っている。根っこから、他の植物の生長を邪魔する化学物質〔ぶっしつ〕を分泌〔ぶんぴつ〕するのだ。だから、もとからある草花をどんどん追い払〔はら〕って、自分たちの縄〔なわ〕張〔ば〕りを広げていく。河原〔かわら〕や空き地、耕〔たがや〕す人のいなくなった田畑は、そんなふうにして、いまではすっかりセイタカアワダチソウの天下になってしまったのだ。
「お父さんの子どもの頃〔ころ〕は、この河原も、もっとススキが生えてたんだって。でも、セイタカアワダチソウが来たら、どんどん枯〔か〕れていっちゃって……」
 生存〔せいぞん〕競〔きょう〕争〔そう〕に負けたんだ、とお父さんは言っていた。動物でも植物でも、自然の世界は、僕〔ぼく〕たちが思っているよりもはるかに生きていくのが厳〔きび〕しいのだという。
「セイタカアワダチソウって、よそ者のくせに生意気だと思わない?」
 理科の得〔とく〕意〔い〕なタケオだから、絶対〔ぜったい〕に興〔きょう〕味〔み〕を持つと思って話したのに、反応〔はんのう〕は鈍〔にぶ〕かった。しゃべっている僕ではなく、河原のほうを見たまま、「うん……」と相槌〔あいづち〕を打って、それっきりだった。
 なにかヘンだ。絶対にヘンだ。いつものタケオとは違〔ちが〕う。気になっても「どうしたんだよお」と軽くは訊〔き〕けない、訊いたら本気で怒〔おこ〕りだす、そんな雰〔ふん〕囲気〔いき〕が横顔や背〔せ〕中〔なか〕から感じられる――それが、なによりも、いつものタケオとは違うところだった。
 帰り道は予想以上に時間がかかって、三〔さん〕叉路〔さろ〕に着くまでに四十分以上もかかってしまった。まあ、一日だけならいいか……と思っていたら、別れぎわにタケオは「明日もコスモスを見に行こう」と言った。
「じゃあ、明日はウチに帰ってから自転車で行こうよ」
 今度もだめだった。タケオはまたムスッとした顔になって「帰りに寄〔よ〕る」と言い張〔は〕ったのだ。「嫌〔いや〕だったら来なくていいよ」
「……べつに嫌じゃないけど、寄り道したら帰りが遅〔おそ〕くなるし、自転車のほうが楽だろ」
「もういい、オレ一人で行くから」
 怒って帰ってしまった。
 どうしたんだろう。僕〔ぼく〕たちは幼〔よう〕稚〔ち〕園〔えん〕の頃〔ころ〕からの付き合いだけど、いつものタケオはほんとうに、もっと明るくて、おおらかで、自分の意見を無理やり押〔お〕し通すようなヤツじゃないのに……。

 次の日の放課後、タケオはやっぱり「河原〔かわら〕を回って帰ろう」と誘〔さそ〕ってきた。迷〔まよ〕ったけど付き合うことにした。コスモスはどうでもいい。タケオがどうして急に寄〔よ〕り道をするようになったのか、理由を探〔さぐ〕りたかった。
 学校を出るとタケオは昨日と同じようにご機〔き〕嫌〔げん〕になって、寄り道の途〔と〕中〔ちゅう〕で目にする建物や街〔がい〕路〔ろ〕樹〔じゅ〕を「うおおっ、豪邸〔ごうてい〕! 億万長者のウチじゃないの?」「イチョウの樹〔き〕だろ、これ。ギンナン拾えるよ、すげーっ」と、大げさすぎるほどほめたたえた。
 さらに、その次の日も――。
 三日続けて付き合っても、タケオが河原にこだわる理由はわからないままだった。しかも、コスモス畑をあとにして土手道を歩いているときに「明日も行こうぜ」と誘われた。
 三〔さん〕叉路〔さろ〕で別れるときに、思いきって訊〔き〕いてみた。タケオは「コスモスがきれいだから見たいんだよ」と言って、「文〔もん〕句〔く〕あるのか?」とにらんできた。
 さすがに僕〔ぼく〕もアタマに来て、にらみ返して言った。
「明日は用事があるから、行かない」
 タケオは一〔いっ〕瞬〔しゅん〕、途〔と〕方〔ほう〕に暮〔く〕れた顔になった。なにか言いたそうに口が動いたようにも見えた。でも、声にはならない。代わりに「べつにいいよ」とだけ言って、ダッシュで帰ってしまった。
 ちょっと待ってくれよ、どうしたんだよ、なにかあったのか――?
 僕〔ぼく〕の訊〔き〕きたかった言葉も声にはならずに、まるくなったタケオの背〔せ〕中〔なか〕が遠ざかっていくのを、ただ見送ることしかできなかった。 
 
∗
 
 もう、四十年以上も前のことになる。
 遠い昔の思い出話だ。
 僕〔ぼく〕の幼〔おさな〕なじみの少年と、子ども好きで気さくな惣菜〔そうざい〕屋〔や〕さんについての話でもある。
 
∗
 
 次の日、つまり四日目の昼休み、給食当番だった僕〔ぼく〕は、コンビを組んだマサヤと二人で、食器のカゴを教室から給食室まで運んだ。その途〔と〕中〔ちゅう〕、マサヤが「平〔へい〕和〔わ〕銀〔ぎん〕座〔ざ〕の看板〔かんばん〕と貼〔は〕り紙、どう思う?」と訊〔き〕いてきた。「すごいよなあ。昨日見て、びっくりしちゃったよ、オレ」
 僕とタケオがふだん学校帰りに通っている商店街のことだ。戦後間もない頃〔ころ〕にできたから、もう二度と戦争はしたくないという思いを込〔こ〕めて「平和」と名付けられた。
「看板、って?」
「知らないの? ヒロシ、いつも平和銀座を通ってなかったっけ」
「うん……そうだけど、ちょっといま、別の道を通って帰ってるから」
 マサヤは理由まで詮索〔せんさく〕することはなく、話を先に進めた。
 平和銀座のお店は、まとまりのよいことで知られている。みんなでお金を出し合って空き店〔てん〕舗〔ぽ〕を事務〔じむ〕所〔しょ〕として借り上げ、しょっちゅう寄〔よ〕り合いを開いて、商店街全体のセールやお祭り、新聞広告〔しんぶんこうこく〕などを決めるのだ。
 その事務所に、新しい看板〔かんばん〕が掲〔かか〕げられた。
『明るく健全な平和銀座を守る会』
 ワケがわからない。
 明るく健全な――あらためて言われなくても、そうだと思う。
 平和銀座を守る――ということは、いま、なにかのピンチなの?
 きょとんとする僕に、マサヤは「じゃあ教えてやるよ」と言った。クラスで一番勉強のできるマサヤは、おとなの世界の話にもくわしい。
「でも、食器を運んだあとだな。廊〔ろう〕下〔か〕で大きな声でしゃべると、誰〔だれ〕に聞かれるかわからないし」
「聞かれるとだめなの?」
「人によっては、けっこうまずいかも」
 マサヤはそう言って足を止めた。
「念のために確認〔かくにん〕するけど、ヒロシの名前とか苗〔みょう〕字〔じ〕って、ホンモノ?」
「……はあ?」
 口をぽかんと開けた。もっとワケがわからなくなった。
 でも、その反応〔はんのう〕がむしろ正解〔せいかい〕だったのか、マサヤは安心したみたいに笑って、「あとで教えてやるから」と歩きだした。

 両親によると、平〔へい〕和〔わ〕銀〔ぎん〕座〔ざ〕は僕〔ぼく〕が赤ん坊〔ぼう〕の頃〔ころ〕まではけっこう栄えていたらしい。でも、小さな個〔こ〕人〔じん〕商店がほとんどなので、品揃〔しなぞろ〕えや安さでは大手のチェーン店に太刀打ちできない。駅前にデパートやアーケード街ができると、遠くから来るお客さんをあっけなく奪〔うば〕われてしまい、よく言えば地元密〔みっ〕着〔ちゃく〕型〔がた〕、正直に言えばさびれた商店街になってしまった。
 実際〔じっさい〕、空き店〔てん〕舗〔ぽ〕を取り壊〔こわ〕したあとの更〔さら〕地〔ち〕が、この一、二年で何ヶ所も増〔ふ〕えた。学校帰りに通りかかっても、どの店もたいして繁〔はん〕盛〔じょう〕しているようには見えない。
 ただ、そのぶん雰〔ふん〕囲気〔いき〕がのんびりしていて、お店の人たちもみんな親切で気さくだった。毎日学校帰りに通っていると、名前は知らなくても顔なじみになって、「おう、お帰り」と声をかけてくれる人がたくさんいる。『コジマ薬局』のおばさんには夕立のときに傘〔かさ〕を借りたこともあるし、お弁当〔べんとう〕やおかずを売っている『やまちゃん』のおじさんは、ときどき僕〔ぼく〕とタケオを呼〔よ〕び止めて、「揚〔あ〕げすぎちゃったから、おやつにしろよ」と、イカのすり身を小さく丸めて揚げた名物料理の『やまちゃんボール』をごちそうしてくれる。
 そんな平和銀座で、もうすぐ大がかりな工事が始まる。更〔さら〕地〔ち〕に挟〔はさ〕まれたお店を買い取ってできた広い土地にビルが建つことになったのだ。
「でも、それで大騒〔おおさわ〕ぎになったんだ。商店街はみんな猛反対〔もうはんたい〕して、市議会の議員さんに相談したりして」
 教室のベランダからグラウンドを眺〔なが〕めながら、マサヤが言った。
「なんで反対するの?」
 僕は首をひねって訊〔き〕いた。「新しい店が増〔ふ〕えるのはいいことじゃないの?」
「中身によるだろ」
「中身って?」
「そのビルに入るの、どんな店だと思う?」
「……本屋さん、とか」
 個〔こ〕人的〔じんてき〕な願望を込〔こ〕めて言うと、マサヤは「そんなのだったら誰〔だれ〕も反対なんかするわけないだろ」と苦笑して、答えを教えてくれた。
 十八歳〔さい〕未満、立ち入り禁〔きん〕止〔し〕――。
 昼間よりも夜、それも遅〔おそ〕い時間のほうがにぎわう――。
 きれいな女の人を相手に酔〔よ〕っぱらいたい人や、勝負ごとで景品やお金を稼〔かせ〕ぎたい人が通い詰〔つ〕める――。
 新しく建つビルには、そういう店が何軒〔なんけん〕も入る。
「商店街のみんなが怒〔おこ〕って反対してる理由、わかるだろ?」
「うん……」
「まあ、反対するのは自由だし、ウチの母ちゃんも学区の中にそんな店があるのは迷惑〔めいわく〕だって言ってたから、べつにいいんだけど」
『明るく健全な平和銀座を守る会』の看板〔かんばん〕のまわりには、〈絶対〔ぜったい〕反対!〉〈風〔ふう〕紀〔き〕を乱〔みだ〕すな!〉などと大きな文字で書かれたチラシも、事務〔じむ〕所〔しょ〕の外壁〔そとかべ〕を覆〔おお〕い尽〔つ〕くすようにたくさん貼〔は〕られていた。中には、ビルの建設〔けんせつ〕計画を進めている会社がいかにいままで悪いことをしてきたかを書いたものまであった。
 社長の名前もあった。
〈○○○こと、△△△社長は――〉
「名前が二つあるんだ。一つが、ふだん使ってるニセモノの名前で、もう一つが、みんなには秘〔ひ〕密〔みつ〕にしてるホンモノの名前」
 マサヤのお母さんはそれを見て、びっくりしていたらしい。
「あの会社、あっちの人がやってるんだ……って」
 あっち――。
 隣〔となり〕の国のことだと、マサヤが教えてくれた。
 この国には、隣の国から移〔うつ〕り住んできた人が何十万人もいる。
「市内にも意外とたくさんいて、いろんな仕事をしてるんだ」
 でも、その人たちの多くは、隣の国の言葉を使ったホンモノの名前を隠〔かく〕しているのだという。
「だから、なかなかわからないんだけど……けっこう身近なところにもいるんだって。みんな似〔に〕たようなニセモノの苗〔みょう〕字〔じ〕を使うから、慣〔な〕れれば見分けられるって、父ちゃんが言ってた」
 僕〔ぼく〕はなにも知らなかった。
 だからすぐに「なんで?」と訊〔き〕いた。「なんで名前を隠してるの?」
「差別されるからだよ」
「なんで?」
「だって――」
 マサヤは言いかけた言葉を呑〔の〕み込〔こ〕み、急にばたばたとしたそぶりになって、「あとは自分の父ちゃんとか母ちゃんに訊けよ」と早口に言った。「オレがしゃべったってこと、絶対〔ぜったい〕に誰〔だれ〕にも言うなよ、いいな!」
 なぜ口止めするのかわからないまま、僕はマサヤの剣幕〔けんまく〕に気おされて、うなずくだけだった。

 その日の放課後、タケオは僕〔ぼく〕を誘〔さそ〕わず、一人で河原〔かわら〕のほうに向かった。
 僕も一人で帰った。平〔へい〕和〔わ〕銀〔ぎん〕座〔ざ〕を通ると、ビル建設〔けんせつ〕反対のチラシは事務〔じむ〕所〔しょ〕だけでなく、一軒〔いっけん〕一軒の店先や電柱にも貼〔は〕ってあった。同じ言葉のチラシはどれも文字の形が揃〔そろ〕っているので、コピーを取っているのだろう。
 マサヤが言っていたとおり、社長の二つの名前を書いたチラシもある。それを見たとき、ランドセルを背負〔せお〕った肩〔かた〕がキュッとすぼまり、思わず「うそ……」と声が漏〔も〕れそうになった。
 社長がふだん使っている苗〔みょう〕字〔じ〕は、タケオの苗字と同じだったのだ。
 偶然〔ぐうぜん〕だよな、と肩〔かた〕の力を抜〔ぬ〕いて笑った。だってタケオのお父さんは会社勤〔づと〕めだし、市内に親戚〔しんせき〕がいるという話も聞いたことないし。
 でも、歩きだしてしばらくすると、昼休みにマサヤから聞いた言葉がよみがえった。
 みんな似〔に〕たようなニセモノの苗字を使うから――。
 肩がまたこわばってきた。

 次の日、僕〔ぼく〕はまたタケオに付き合って河原〔かわら〕に回った。はっきりと仲直りしたわけじゃなくても、タケオが「オレ、またコスモス見て帰るけど」と言って、「じゃあオレも」と僕が応〔こた〕えれば、それで元通り――僕たちはずっと、そんなふうに友だち付き合いをしてきたのだ。
 平〔へい〕和〔わ〕銀〔ぎん〕座〔ざ〕のチラシの話は、僕からはなにも言わなかった。タケオも言わない。そもそも平和銀座の話題そのものを、まったく口にしなかった。
 タケオは河原を通る道をすっかり気に入って、「ここ、いいよ」「やっぱり川は景色がきれいだよな」と何度も何度も繰〔く〕り返す一方で、僕がわざと「平和銀座、先週から全然通ってないな」と口にすると、たちまち機〔き〕嫌〔げん〕が悪くなってしまった。
 だから、やっぱりそうなのかなあ、と思った。
 タケオはチラシを見たくないのだ。
 ということは、つまり……。
 そこで考えるのをやめた。ドアをバタンと閉〔し〕めるように、思いを巡〔めぐ〕らせるのを止めた。これ以上踏〔ふ〕み込〔こ〕んではいけない。
 マサヤが急に話を切り上げた気持ちも、なんとなくわかった。よけいなことまで話してしまった、と気づいたのだろう。やめればよかった、と悔〔く〕やんで、怖〔こわ〕くなったのだろう。
 僕も怖くなった。失敗したあとで「いまのノーカン、ノーカン」と取り消すみたいに、最初からなにも聞かなかったことにしたい。
 なぜそう思うのか。理由は、よくわからなかったけれど。
 
∗
 
 液〔えき〕晶〔しょう〕テレビの画面に、隣〔となり〕の国の人たちを口〔くち〕汚〔ぎたな〕く罵〔ののし〕りながら歩くデモ隊の様子が映〔うつ〕し出される。
 日曜日の夜のニュースだ。
 この日もまた、都内の大通りでヘイトスピーチが撒〔ま〕き散らされた。濁〔にご〕った憎〔ぞう〕悪〔お〕や澱〔よど〕んだ悪意が、休日の午後の青空をズタズタに切り裂〔さ〕いてしまう。
 デモ隊で目立っているのは若者〔わかもの〕たちだったが、それはカメラの撮〔と〕り方のせいかもしれない。悪びれもせずに隣の国の人たちを虫けら呼〔よ〕ばわりする若い連中の背〔はい〕後〔ご〕には、驚〔おどろ〕くほど多くの中高年の姿〔すがた〕が映〔うつ〕り込〔こ〕んでいた。
 僕〔ぼく〕と同世代の人は何人参加しているのだろう。もしかしたら知り合いがいるかもしれない。絶対〔ぜったい〕に、断〔だん〕じて、なにがあってもいない――とは言えないのが、悔〔くや〕しくて、哀〔かな〕しくて、情〔なさ〕けなくて、怖〔こわ〕い。
 我〔わ〕が家の息〔むす〕子〔こ〕と娘〔むすめ〕は、すでに成人して社会に出た。この国と隣〔となり〕の国との歴〔れき〕史〔し〕も、国民同士の感〔かん〕情〔じょう〕も、隣の国からこの国に移〔うつ〕り住んだ人たちの置かれた立場も、移り住むにあたっての事情の数々も、一般〔いっぱん〕常〔じょう〕識〔しき〕の範〔はん〕囲〔い〕内〔ない〕ではあっても理〔り〕解〔かい〕しているはずだ。
 間〔ま〕違〔ちが〕ってもヘイトスピーチをする側に回るような人間にはなっていない――と、信じている。
「子どもたちには見せたくないね、こういうの……」
 妻〔つま〕がため息交じりに言うそばから、テレビカメラは、デモ隊を反対側の歩道から見つめる幼〔おさな〕い女の子を映〔うつ〕し出した。まだ小学校に上がる前だろうか。おびえた顔をして、お母さんの腰〔こし〕に抱〔だ〕きついていた。
「いまの子、もし隣の国の子だったらすごくかわいそうだし、そうじゃなくても、心の傷〔きず〕になっちゃうような気がする」
「うん……」
 僕〔ぼく〕はうなずいたあと、心の中で続けた。
 でも逆〔ぎゃく〕に、見せられたために、わかることもあるのかもしれない――。
 四十数年前の、ランドセルを背負〔せお〕った僕が浮〔う〕かぶ。なあ、そうだよな、と声をかけると、あの頃〔ころ〕の僕は黙〔だま〕ってうなずいた。
 
∗
 
 タケオの遠回りは続いた。僕〔ぼく〕も毎日タケオに付き合った。
 半月ほどすると、河原〔かわら〕のコスモスの花はさすがにほとんど枯〔か〕れてしまって、「コスモスがきれいだから見に行こう」という遠回りの理由がキツくなってきた。
 すると、タケオは「どんぐりがたくさん拾えるんだよ」と、途〔と〕中〔ちゅう〕に小さな雑〔ぞう〕木〔き〕林〔ばやし〕がある別の道を見つけてきた。今度の道も、平〔へい〕和〔わ〕銀〔ぎん〕座〔ざ〕を避〔さ〕けた遠回りだった。
「たまたまだよ、たまたま通って見つけたんだ」
 何度も「たまたま」を強調していたからこそ、わかった。いったん帰〔き〕宅〔たく〕したあと、一人で自転車に乗って出かけて、新しい道を探〔さが〕したのだろう。
 さっそく二人で寄〔よ〕り道をして、雑木林でどんぐりをたくさん拾った。ミノムシも見つけた。



「どうだ? いいだろ、この道」
「うん、いいな」
「明日からもこっち通ろうぜ」
「うん……わかった」
 このルートなら河原に寄るほどの時間はかからない。秋が深まって陽が暮〔く〕れるのが早くなったので、助かる。僕も付き合いやすい――いや、たとえ川を渡〔わた〕ってしまうような、もっと長い距〔きょ〕離〔り〕の遠回りになったとしても、僕はタケオに付き合っただろう。
 六年三組の教室では、タケオについてのウワサ話が、タケオのいないところで広がっていた。
 平和銀座のトラブルは、もうみんなが知っている。ビルのオーナーの社長に名前が二つあることも、ニセモノの苗〔みょう〕字〔じ〕がタケオの苗字と同じだというのも、ひそひそ声で教室中に伝わっていった。
 でも、誰〔だれ〕もタケオには直〔ちょく〕接〔せつ〕訊〔き〕かない。「もしかして、タケオ、もう一つ苗字があったりする?」「タケオって、ほんとは隣〔となり〕の国の出身なの?」――算数の授〔じゅ〕業〔ぎょう〕でわからないところを質問〔しつもん〕するより、ずっと簡単〔かんたん〕なのに。
 マサヤは「ヒロシが訊けばいいんだよ」と僕〔ぼく〕に押〔お〕しつけてくる。「だって帰りはいつも一緒〔いっしょ〕だし、他のヤツがいないときのほうがタケオも正直に言いやすいんじゃないか?」
 正直に、という言葉にムッとした。タケオが嘘〔うそ〕をつくかもしれないと疑〔うたが〕っている。なんだよそれ、と文〔もん〕句〔く〕をつけようとしたら、マサヤは先回りして話を続けた。
「まあ、でも、正直に言うと損〔そん〕するから、言わないかな……」
 一人で答えを出して、「それはそうだよな、ふつう言わないよなあ」と一人で納得〔なっとく〕して、「訊〔き〕くとかわいそうだもんな、タケオが」と笑った。
 正直に言うと損する――。
 訊くとかわいそう――。
 息苦しくなった。胸〔むね〕の入り口に蓋〔ふた〕をされたみたいだった。
 この国と隣〔となり〕の国が昔どういう関係で、いまはどういう関係なのか、僕はまだしっかりとわかっているわけではない。
 でも、それぞれの国の人たちが相手に対してどんな感〔かん〕情〔じょう〕を抱〔いだ〕いているかは、もう、なんとなく、わかる。
 だから、最近タケオのことを考えると、息が苦しくなってしまう。
 頭で知っていることに心が追いつかないせいなのか。それとも逆〔ぎゃく〕に、頭が理〔り〕解〔かい〕できていないのに心が揺〔ゆ〕れ動いているからなのか。どっちなのだろう。
 マサヤに言われるまでもなく、僕〔ぼく〕だって学校帰りに何度も訊〔き〕こうとしたのだ。確〔たし〕かに二人きりのときだとタケオも話しやすいだろうし、なにより、僕たちはクラスで一番の仲良しなのだ。
 でも、訊けない。「あのさ、タケオ……」と話しかけるところまではできても、「なに?」と振〔ふ〕り向いて返されると、目をそらして、まったく違〔ちが〕う話をしてしまう。
 答えを知るのが怖〔こわ〕い。
 怖いと思うことがそもそも間〔ま〕違〔ちが〕いなんだと、頭では知っているのに心が追いつかない。
 どうして怖いと思ってしまうのだろう。説明できない。二つの国のことを僕はまだ知らなすぎる。頭では理〔り〕解〔かい〕できていないのに、心は激〔はげ〕しく揺〔ゆ〕れ動いて、止まらない。
 こうなったら、いっそ、タケオが自分から言ってくれればいいのに。やつあたりめいたことを思って、ふと気づく。
 もしもタケオが隣〔となり〕の国の出身なんだと打ち明けたら――。
 僕はどんな顔をして、どんな返事をすればいいのだろう。
 頭でも、心でも、わからない。

 ビル建設〔けんせつ〕をめぐるトラブルは、なかなか収〔おさ〕まらなかった。商店街の始めた反対運動は、近所の町内会や小中学校のPTAまで巻〔ま〕き込〔こ〕んで広がっていった。
 チラシが何種類もつくられて、街のあちこちに貼〔は〕られたり配られたりした。ほとんどは生活環〔かん〕境〔きょう〕を守ろうと訴〔うった〕えたり、子どもへの悪影〔あくえい〕響〔きょう〕を心配したりする内容〔ないよう〕だったが、中にはひどいものもある。
 十一月の半ばに郵便〔ゆうびん〕受〔う〕けに入っていたチラシは、ビルのオーナーになる会社の社長が隣の国――「あっち」の出身だというのを、いかにも後ろめたい秘〔ひ〕密〔みつ〕を持っているように書いて、だからあの会社は悪いんだと決めつけていた。
 会社から帰ってきた父がそれを郵便受けから取り出して、居間〔いま〕に入るなり怒〔おこ〕った声で言った。
「反対運動は大事だけど、こういうやり方はだめだ、絶対〔ぜったい〕に」
 母は「貼〔は〕り紙にはもっとひどいのもあるのよ」と言った。「今日PTAの見回りで見つけて、大変だったんだから」
 僕〔ぼく〕はテレビに見入っているふりをしながら、両親の話に聞き耳を立てた。
 母たちが見つけた貼り紙も、ひどい内容〔ないよう〕だった。社長の国籍〔こくせき〕と、ニセモノの名前を使っていることを、とんでもない悪事を暴〔あば〕き立てるように書いたうえに、太いペンで〈早く出て行け!〉と書き殴〔なぐ〕ってあったのだ。
「さすがにPTAでも問題になって、商店街の事務〔じむ〕所〔しょ〕に申し入れたのよ。こんなのを子どもたちが見たらどうするんですか、って」
 すると、事務所の人も困〔こま〕り顔になって、内幕〔うちまく〕を教えてくれた。
 商店街の何人かが、「あっち」に特に悪い感〔かん〕情〔じょう〕を持っていて、事務所に無〔む〕断〔だん〕でチラシをつくっている。そのチラシがとにかくひどい。ビルの計画に反対するという目的も忘〔わす〕れて、ひたすら「あっち」を罵〔ののし〕り、社長だけでなく「あっち」から来た人すべてを誹〔ひ〕謗〔ぼう〕中傷〔ちゅうしょう〕する。〈早く出て行け!〉どころか、危〔き〕害〔がい〕を加えると脅〔おど〕したチラシまであるのだという。
「おい、そんなの脅〔きょう〕迫〔はく〕だぞ。こっちのほうが警察〔けいさつ〕に捕〔つか〕まるんじゃないか」
「事務所の人も困って、その人たちと話をしてみたんだって」
「どうだった?」
「……だめだった」
 諭〔さと〕すどころか、反論〔はんろん〕された。
「あっち」の出身者が昔からいかに悪いことをしてきたか、自分たちがどれほど迷惑〔めいわく〕をかけられ、騙〔だま〕され、裏〔うら〕切〔ぎ〕られてきたか……。切々と訴〔うった〕える人もいたし、怒〔ど〕号〔ごう〕でまくしたてた人もいた。話す途〔と〕中〔ちゅう〕で悔〔くや〕しさが募〔つの〕って号泣してしまった人までいたらしい。
「同じ商店街の身内でも、お互〔たが〕いに初めて聞く話ばかりだったみたい。戦争の前も、戦争中も、戦争に負けてからも、『あっち』とはいろいろあったから……言いたくなかったんだって。でも、商店街に乗り込〔こ〕んでくるんだったら、もう黙〔だま〕っていられない、って」
「いや、でも、その会社と直〔ちょく〕接〔せつ〕揉〔も〕めたわけじゃないんだろ?」
「うん、それはそうなんだけど」
「だったら関係ないだろ。どこの国だっていい人もいるし、悪いヤツもいる。ひとまとめになんかできるわけない」
「まあ、正論〔せいろん〕を言えばそうなんだけど……」
 グループの一人は、「このまま甘〔あま〕い顔をしてつけあがらせると、商店街を乗っ取られるぞ」とまで言って、「あっち」の出身者を、セイタカアワダチソウに重ねた。もともと河原〔かわら〕の主役だったススキが、外国からやって来たセイタカアワダチソウに追い払〔はら〕われてしまったように、平〔へい〕和〔わ〕銀〔ぎん〕座〔ざ〕もこのままだと……。
 母の話に、息が詰〔つ〕まりそうになった。タケオと初めて河原に寄〔よ〕り道をした日、僕〔ぼく〕もセイタカアワダチソウの話をしてしまった。タケオはなにも言わなかった。でも、胸〔むね〕の奥〔おく〕ではどんなことを思っていたのだろう。
 結局、問題になったチラシは商店街総〔そう〕出〔で〕で回〔かい〕収〔しゅう〕したり剥〔は〕がしたりして、今度からは事務〔じむ〕所〔しょ〕が認〔みと〕めないチラシは公共の場所に貼〔は〕らないことになった。
「でも、自分の店に貼るって言うのよ、そのグループは。自分の店の中なんだから文〔もん〕句〔く〕ないだろう、って」
 事務所の人たちも、それ以上は強く言えなかった。
「あそこの商店街、パッとしなかったけど、みんな仲が良かったじゃない。でも、今度のことでバラバラになっちゃって……事務所の中でも、そのグループに同〔どう〕情〔じょう〕してる人もいるし、そうじゃない人もいるし、ビルの計画が取りやめになったとしても、ずーっとしこりが残っちゃうような気がするけど」
 父は「こういうのは、いろんな価値〔かち〕観〔かん〕がぶつかり合うからな」と言いながらも、最後の最後に釘〔くぎ〕を刺〔さ〕すように付け加えた。
「でも、考え方はどうであっても、『出て行け』って言われたほうはつらいよ。自分が言われるほうになったら……って、少しは考えればいいのになあ……」
 
∗
 
 父は、この国が「あっち」を併合〔へいごう〕していた時代に生まれて、父親――つまり僕〔ぼく〕の祖父〔そふ〕の仕事の都合で、幼〔おさな〕い頃〔ころ〕に「あっち」に移〔うつ〕り住んだ。でも、この国は戦争に負けてしまい、父の家族もこのまま「あっち」で暮〔く〕らすわけにはいかなくなって、両親やきょうだいとともに何ヶ月もかけて、大変な思いをして、この国に帰ってきた。
 当時の父は十二歳〔さい〕だった。いまの僕と変わらない歳〔とし〕だ。五人きょうだいの二番目で、「あっち」から戻〔もど〕ってくる途〔と〕中〔ちゅう〕、末っ子の妹を栄養失調で亡〔な〕くしてしまった。
 その頃のことを、父はほとんど話さなかった。自分から切り出すことは決してなかったし、母や僕が訊〔き〕いても、断片的〔だんぺんてき〕にしか答えてくれない。食い下がって訊くと、「もう忘〔わす〕れた」で話を終えてしまう――七十歳〔さい〕で生〔しょう〕涯〔がい〕を閉〔と〕じるまで、ずっと、そうだった。

(「タケオの遠回り」その1、了。その2につづく)

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著者略歴

  1. 重松 清

    1963年生まれ。早稲田大学教育学部卒。出版社勤務を経て執筆活動に入る。ライターとして幅広いジャンルで活躍し、1991年に『ビフォア・ラン』(ベストセラーズ/幻冬舎文庫)で作家デビュー。1999年『ナイフ』(新潮社)で坪田譲治文学賞、『エイジ』(朝日新聞社)で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』(新潮社)で直木賞、2010年『十字架』(講談社)で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』(新潮社)で毎日出版文化賞を受賞。
    著書に『流星ワゴン』(講談社)、『疾走』『とんび』『木曜日の子ども』(KADOKAWA)、『みんなのなやみ』(理論社/新潮文庫)、『その日のまえに』(文藝春秋)、『きみの友だち』『青い鳥』(新潮社)、『希望の地図』(幻冬舎)、『赤ヘル1975』(講談社)、『ひこばえ』(朝日新聞出版)など多数。2013年に『きみの町で』(ミロコマチコ氏との共著)を小社から刊行。

  2. ミロコマチコ

    画家・絵本作家。1981年大阪府生まれ。生きものの姿を伸びやかに描き、国内外で個展を開催。絵本『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で第18回日本絵本賞大賞を受賞。『てつぞうはね』(ブロンズ新社)で第45回講談社出版文化賞絵本賞、『ぼくのふとんは うみでできている』(あかね書房)で第63回小学館児童出版文化賞をそれぞれ受賞。ブラティスラヴァ世界絵本原画ビエンナーレ(BIB)で、『オレときいろ』(WAVE出版)が金のりんご賞、『けもののにおいがしてきたぞ』(岩崎書店)で金牌を受賞。その他にも著書多数。第41回巌谷小波文芸賞受賞。
    展覧会『いきものの音がきこえる』が全国を巡回。本やCDジャケット、ポスターなどの装画も手がける。2016年春より『コレナンデ商会』(NHK Eテレ)のアートワークを手がけている。2013年に『きみの町で』(重松清氏との共著)を小社から刊行。
    http://www.mirocomachiko.com

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