朝日出版社ウェブマガジン

MENU

『一人飲みで生きていく』 吉田類さん×稲垣えみ子さんトークレポート

おいしいお酒を飲むために、毎日腹筋1000回!!

稲垣 そういえば、コロナの間はどうされてたんですか?

吉田 もっぱら家飲みをしてたんですけど、なんとなく、それも中継されていて(笑)。

稲垣 逃げ場がないですね!

吉田 宮崎からの帰りの飛行機で隣の方に、「いやー家飲み最高ですね〜」と話しかけられたりもして。みんなけっこう喜んで見てくれてるんだ〜と。家飲みなので大きな声じゃなくてぼそぼそ一人で喋ってただけなんですけど……だからまあこっちが楽しんでりゃ、それが伝わるみたいですね。

でも、この本は男の人が読んでも絶対楽しいですよ。

稲垣 一度ハードルが越えられたら、やり方はどこでも同じなんですけどね。やっぱり類さんはあまり自分をどう見せようかと思ってらっしゃらないのが、人気なところですよね。

吉田 下町に行くと、地元のおじいちゃんとかのなかに交ざって飲む訳ですよ。そしたら「あれ吉田類だよ」と喋ってるのが聞こえて。「知ってるか、あれ天皇陛下の次に偉いんだぞ」って言っていたんです(笑)。

稲垣 すごい(笑)! 吉田類さんが天皇陛下の次に偉いって思える人が国民の8割を占めたら、日本は確実にいい国ですよ。まさに類さんの著書のタイトル『酒は人の上に人を造らず』じゃないですけど、類さんがお酒を飲んでるだけで、みんなが幸せになるっていう。

吉田 あのおじいさんにとっては、ということなんでしょうけど。

稲垣 でもその言葉、思っていないと、なかなか出てこないですよ。今は旅先で、一人でふらっと飲んだりもするんですか?

吉田 いえ、すぐにバレちゃうんで……たとえば、北海道の端っこにある町のセイコーマートのように、いるはずがない場所ですら、店に入った途端にわかっちゃって。そこにいるのが不思議と思われないんですから。

稲垣 どこでばれるんでしょう。変装はしないんですか?

吉田 うーん、ハンティングを変えたりとか(笑)。まあ、無駄な抵抗ですね。

稲垣 子供さんにも声をかけられるとか。

吉田 小学生が多いですね。家族で見て……ってことでしょうけど。大きくなったらああいう風になりたいという子もいますね。先日和歌山へ行ったとき、小学生の男の子が会いに来てくれて、じゃあ、大きくなったら乾杯しようね、って一言で泣いちゃったりして。

稲垣 えええっ 本当になりたいんですね! でも、「将来の夢・吉田類」って素晴らしい。

吉田 僕のモットーはやっぱり、健康でありたいっていうことですね。宮崎の有名な大酒飲みに若山牧水という人がいますが、素晴らしい歌人だけど、最後はお酒でぼろぼろになっちゃうんですよね。アルコールが体内から抜けると意識がなくなるので、点滴に入れてたらしいです。静岡県沼津市にある彼の記念館に行くと、1日何百グラムお酒を点滴したっていう、当時の主治医のカルテが残っています。そこまで行っちゃうとちょっとまずいよなって。

稲垣 壮絶ですよね。若山牧水って、お酒飲みの間では理想的に語られることが多くて、お酒にちなんだ有名な美しい句(白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり)があるんですけど、作家の嵐山光三郎さんの、文豪と食のかかわりを描いた『文人暴食』という本で、若山牧水さんのことがくわしく調べて書いてあって。仙人のように幸せに酒を飲んでいるイメージとは裏腹に、本当に苦しみ抜いて亡くなったと知り、すごいと思いつつショックを受けました。

吉田 最後まであんなに美しい詩を生んでいるのはすばらしいですけどね。

稲垣 でも、類さんの口から「健康」っていう言葉が出てくるなんて、多少驚いたんですけど……どんなふうに気をつけているんですか?

吉田 気持ちよく、今日もおいしい酒が飲めるぞっていう、目の覚め方を目指してます。

稲垣 私も、若い頃はむちゃくちゃ飲んでも大丈夫だったんですけど、今飲みすぎると、気がつくと翌日が消えていたりするんですね。朝起きて気持ち悪くて、ちょっと横になっていると昼になっていて、もう少し横になっているともう夕方で、1日消えた!という悔しい経験が……。翌日に持ち越さないって、大事ですよね。

吉田 まあ、究極の二日酔いの対処法ってあるんですけどね。

稲垣 え、なんですか?

吉田 迎え酒です。

稲垣 わかります! あれって本当に大丈夫になりますよね。ほんとなんですよ!

吉田 ぜひみなさんもやってみてください。責任は持ちませんけど(笑)。

稲垣 それやりだすと、若山牧水になっちゃいますけどね。類さんって飲んだ翌日によく山に登られてますよね。

吉田 それでバランスがとれてる部分もあると思います。山に登るから、体重を増やせないんですよ。そのための努力もしています。お腹を動かすんです。

稲垣 お腹を動かす?

吉田 軽い腹筋ですね。毎朝30分ほど、1000回。それで体型を維持してるんです。

稲垣 1000回!! たしかに全然お腹が出てない。それって、内臓にもいい刺激がきますか?

吉田 はい。ヨガでお腹の筋肉を動かすと、内蔵をマッサージする効果がありますよね。それに近いかなと思っています。

稲垣 じつは私もヨガをするんです。だから今のお話はすごくよくわかります。内臓を動かして、洗濯機みたいに回すことができるんですが、あれの応用系ですね。ちなみにそれは吉田類さんマニアのなかでは有名な話ですか?

吉田 いや、これはまだ発表してないです(笑)。

稲垣 今日はいい話を聞きましたね。やっぱりおいしいお酒を飲むためには、健康でないと楽しく飲めないですもんね。類さん、飲まれるお酒の種類は?

吉田 ワインでもビールでもなんでも。最初はワインから始めたんですが、最近は日本酒のいろんな蔵を応援していることもあって、日本酒が多いですね。ただ、日本にもビールやジンのブリュワリーがたくさんできてきたので、それを巡るのも楽しいですよね。

稲垣 類さんは高知県のご出身ですよね。記者時代に高松支社に勤務していたことがあったので、四国はいろいろなところへ行ってまして。類さんが高知の方だって知ってすごく納得したんです。高知の飲み方ってほんとにハッピーなんですよね。でまた、女の人もめちゃくちゃ飲みますよね。奥さん連中も夫や子供に遠慮せず飲みに出かける。

吉田 夜中12時すぎて、バーなんか行くと大体女性のほうが多かったりしますよね。女性の社長も多いし、自立しているんでしょうね。自由民権運動も高知発祥だし、女性の参政権を最初に取得したのも高知県なので。そういう歴史があるからか、離婚率がずっと全国1位だったんですよ。むしろ、そう聞いて自慢に思いましたけどね。

稲垣 なんていうか、お酒の強さと自立って、ちょっと関係しているような気がしますね。

吉田 あると思います。

稲垣 どこでも堂々と飲んで、自分で払う。誰かに連れてってもらうんじゃなくて、自分でずんずん行く力を感じます。

吉田 東京の下町と違うのは、大衆酒場そのものがはなから平等なんですよね。女性だから奇異な目で見られるということが少ない。だから飲みやすいんじゃないですかね。

稲垣 高知には飲み飽きないお酒も多いし。

吉田 赤岡っていう漁師町で、稚魚の豊漁を祈願して行われる「どろめ祭り」には「大杯飲み干し大会」があるんですけど、大杯に一升を注いで一気飲みするんです。残してもこぼしてもいけない。

稲垣 一般の方が参加されるんですか?

吉田 そうです。それなりに鍛えてる人ですけど。飲む練習は水でしているみたいです。早い人で12秒とかそんなで飲み干すんじゃないですかね。

稲垣 秒ですか!? 分かと思いました。

吉田 一気にいきますからね。

稲垣 類さんは参加されたことあるんですか?

吉田 あります。取材に行ったときに、舞台の前をうろうろしていたら、「上に上がってください」と言われちゃって。今から取材で他へも飲みに行かないといけないからそんなに飲めないと言ったら、じゃあ女性は5合だからそれならいいでしょう、ということになって。それで10秒くらいで。

稲垣 ええー!

吉田 当時はですよ。今はそんなバカなことしませんよ。実を言うと、僕はそのときもう酔っ払ってたんです(笑)。だからいけたんでしょうね。素面であんなことできるわけない。

稲垣 飲むお酒は決まったものなんですね。

吉田 はい。すごい美味しいお酒です。今日、お土産で持ってきました。

稲垣 あ、あれですか! 今日ね、類さんからお土産をいただいて。私なんて手ぶらできちゃったのに。そういう気遣いが、酒飲みとしての差だなーと思って、反省しました。じっくりいただきます。あと高知と言えば、みなさん穴の空いたおちょこって知ってます?

吉田 べく杯ですね。底がとがっていて下に置けないから、飲み干さなきゃいけないおちょことか。

稲垣 途中まで飲んで置いて、ってことができないので、注がれたら飲んで、しかも手に持ってなきゃいけないんで、すぐに注がれるっていう。

吉田 返杯っていうんですよ。同じ杯で、いろんな方と挨拶代わりに返杯していく。いまはコロナでできないでしょうけど。前に100人以上とやったことがありますね。

稲垣 え、一度に!?

吉田 小さい杯なんですよ。だからスッとあけられる。高知ではお酒をちびちび時間をかけて飲むと「ウジが湧く」って言われるんです。だからクッとやらないと、高知の飲み方ではないので。僕もけっこうビッチが早いのですが、そういう飲み方が普通なんですよ。

稲垣 相手が100人いて、順番に? 将棋で複数人を相手に打っていく「多面指し」ってありますけど、そういう感じですね。そりゃ相手の方はうれしいですよね、天皇陛下の次に偉い方と返杯できるっていうのは(笑)。高知のお酒を飲むときのハッピーなメンタリティが、類さんの原点なのかなあと。

吉田 そうでしょうね。ただ基本は、旅で覚えた一人飲みのやり方と同じことですよね。一人飲みと言ったって、お店で口をきかずに飲めるわけがないじゃないですか。必ずお店の人に注文しなきゃいけないし、常連さんだっているし。飲んでると、人とうまくコミュニケーションがとれる技術が自然に備わってくるんでしょうね。慣れてくるというか。

稲垣 はい。それの最大の敵が「スマホ」だと思うんですよ。私もですけど、手持ち無沙汰とか、孤独感がでちゃってドキドキしたときに取り出して、つい見たくなっちゃう。一人飲みしてると、そういうお客さんをよく見かけるんですね。本には、スマホは取り出さないほうが、一人飲みの楽しさを味わえるよって書いたんですけど、別のトークイベントをしたときに、お客さんから「なぜスマホを見てはだめなのか。スマホがあるからこそ一人飲みしやすくなったんじゃないか」という質問をいただいて。ちょっと押されてしまって、「あ、個人の自由です」って答えちゃったんですけど(笑)。 類さんはスマホについてどう思われますか?

吉田 僕自身は飲み屋に行ったら使わないです。酔っ払って忘れて帰るくらいですから。でも側から見ていて、それほどカッコ良くはないですね。ちょっと異物感が出てしまいますよね。

稲垣 私、「個人の自由です」って答えた自分がくやしくて、一晩考えたんですけど、スマホを取り出したときに、まわりがこの人には話しかけちゃいけないのかなと思っちゃうんですよね。そうすると店の温度が2℃くらい下がる感じがするんです。別に迷惑かけてるわけじゃないけど、その人自身もやっぱり楽しくないはずなんですよね。「酒場放浪記」の撮影で、みんなすごく楽しかったと言っていたのは、類さんがいて、店のムード全体が盛り上がっているから、みんなが楽しいから自分も楽しいっていう、基本ですよね。

バックナンバー

著者略歴

  1. 稲垣えみ子

    1965年愛知県生まれ。87年朝日新聞社入社。論説委員、編集委員を務め、原発事故後にはじめた「超節電生活」を綴ったアフロヘアの写真入りコラムが話題となる。2016年に早期退職し、現在は築50年の小さなワンルームマンションで、夫なし、子なし、定職なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの「楽しく閉じていく人生」を模索中。近著に『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)など。

  2. 吉田類

    1949年高知県出身。イラストレーター、エッセイスト、俳人。酒場と旅をテーマに執筆活動を続ける。BS-TBSの人気番組「吉田類の酒場放浪記」に出演中。著書に『酒場詩人の美学』『酒は人の上に人を造らず』(どちらも中央公論新社)など。

ジャンル

お知らせ

ランキング

閉じる