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『一人飲みで生きていく』 吉田類さん×稲垣えみ子さんトークレポート

コロナ時代の酒場の正しいコミュニケーション

吉田 そうですね。簡単なのは「乾杯」なんですよ。今、グラスを合わせることができなくても、ちょっとグラスを上げて「乾杯」ってやると、ちょっとした挨拶になります。

稲垣 あ、乾杯……! それ、本に書くの忘れてました(笑)! しかも私、あまりしたことがないです。たしかに番組で、類さん、やってますね……!

吉田 やってます。

稲垣 それって、お店の方と、隣の方に?

吉田 そうですね。けっこう全員としたりもするので、乾杯の回数でいうと、多分ギネス記録になるんじゃ……(笑)。

稲垣 対抗する敵がいないと思いますよ!

吉田 ヤフードームでのトークショーで乾杯とかすると、大体1万人くらいと乾杯することになりますから。

稲垣 いや、それ完全に忘れていました。でも、最初に行った店でって、ちょっと勇気が要りますよね……。

吉田 うん、それは空気を読むべきですね。目が合ったら、軽く、みたいな感じで。

稲垣 急に大きい声で「かんぱ〜い!」とかは、びっくりしちゃいますもんね(笑)。集団で行くと、一緒に行った人以外とは話さないことが多いと思うんです。でも一人だと全方位に開かれているので、いろんな人とのふれあいがあるというのが楽しかったんですけど、コロナのせいで、いきなり話しかけるのがちょっと憚られる空気があるじゃないですか。どうしたものかと思っていたんですけど、最近「これだ」っていう出来事があったので、ちょっとご紹介しようと思うんですけど。

よく行く大衆居酒屋に、久しぶりに行ったんです。いつも混んでるんですが、その日は空いていて。アクリルの仕切り板がカウンター席の間にあって、隣との間隔も普段よりちょっと広く、隣の人もいるんですけど、みんな黙って食べてて。で、ちょうどシーズンの「秋刀魚があります」っていう短冊が出てたのですが、私、少食なんで、秋刀魚の大きさが心配で。食べ切れるかなあ、どうしようかなあと迷っていたら、隣の方が、「俺、秋刀魚!」って注文したんですよ。あ、頼んだ、って思って。出てきたらどんなもんかわかるじゃないですか。そうこうしているうちに秋刀魚が来て。あんまり見ると悪いなと思っていたら、「醤油取ってもらっていいですか?」と言われて、「どうぞどうぞ!」って渡したときにすかさず、じーっと。

吉田 見たんですね。

稲垣 はい。そしたらちょうどいい大きさだったんですね。で、思わず「秋刀魚、美味しそうですね」と言ったら、「そうでしょう」って。自分で焼いたわけじゃないのにね(笑)。「じゃあ、私も秋刀魚!」って頼んだんです。すると向こう隣にいた別のお客さんも「あ、僕も秋刀魚」って。私たちのやりとりを横で聞いてたんですね。で、3人で顔を見合わせてにっこりしたっていう。これ、コロナ時代の酒場での正しいコミュニケーションじゃないかと思ったんですが、どうでしょう?

吉田 それで十分だと思いますね! 楽しい要素になりますもんね。

稲垣 言葉じゃなくて、みんな久しぶりに飲みに来れてよかったね。といううれしい気持ちが通じたようで。

吉田 連帯感が生まれますよね。

稲垣 私もこれで、一人飲みの階段をまた一段上ったんじゃないかと思ったんですが。どうでしょうか、類さん。

吉田 はい、確実に。でももう、すでに相当なステージまでいかれてると思いますよ!

稲垣 ありがとうございます! その一言が聞きたくて。

ところで類さんは、山登りはそのままの格好で?

吉田 ちゃんと山登りの格好で行きますけど、新宿で朝まで飲んでいて、京王線で寝過ごして気が付いたら高尾山口駅で、そのまま登ったことはあります。登れるようなブーツ系を履いていたんです。

稲垣 それは、乗り越すこともあるだろうと思って履いていたということですか?! 新しい!

吉田 お酒も抜けるし、高尾山は酔い覚ましに最適なんですよ。それで登っていくと、茶屋があって、そこでまた飲むんです。

稲垣 すごい、本当に若山牧水だ。茶屋って何箇所かあるんですか?

吉田 登山客が休憩できるように、定期的にあります。軽食も食べられますし。高尾山から陣馬山までは道が続いていて、歩くと5時間かかるんですね。僕、あいだの茶屋で1軒ずつ飲み歩いて行って、8時間かかったこともあります。

稲垣 もう、修行のような……。それって健康との兼ね合いはどうなるんですか?

吉田 あんまり健康的とは言えないですね(笑)! でもまあ、山が好きで。

稲垣 豪快ですね……! ではそろそろお時間みたいなので、最後に何かご質問がある方、いらっしゃいますか?

 

会場からの質問①

Q.稲垣さんは二日酔いになったらどうしてますか?

稲垣 まずお湯を飲みますね。あとは梅干しかな。

吉田 効きますよね。

稲垣 梅干しを食べると胃が動き出す気がして。あとは二日酔いにならないようにしています(笑)。歳をとるにつれてお酒が弱くなってきた自覚があるので、冷たいお酒をあまり飲まなくなりました。あったかいお酒だと、飲み過ぎが少ないですよね。回りやすいので自分の酔い具合がわかって。でも、今でも年に3回くらいは二日酔いしちゃいますね。

 

会場からの質問②

Q.燗酒はどの銘柄がお好きですか?

稲垣 いい質問ですね。その前に私、唯一、思うところがあることがあるんですけど。いつも類さんは「ぬる燗」を頼まれるじゃないですか? なぜ熱くされないんですか?

吉田 私、猫舌なんです。

稲垣 あ、猫舌!?(笑) よかった、疑問が解けた!!……あ、銘柄ですよね。日本酒は、作り手の側が、お燗して飲んでというお酒と、冷やして飲んでというものがあるので、まずはそれに従うのが大事です。お燗向きのお酒を作っている蔵は、山陰地方に多いんですよ。鳥取、島根がいちばん多いかな。なのでよく山陰のお酒を飲みますね。酒屋さんも、燗酒推しのところと、冷酒推しのお店があるんです。燗酒好きな酒屋さんへ行くと色々と教えてくれるので、酒屋さんと仲良くなるのはおすすめですよ。あと、知らない土地でおいしいお酒が飲みたいときによくやるのは、地元の酒屋さんにおすすめの居酒屋を聞くこと。お店にお酒を卸しているので、おいしいところをよく知っているんですよね。

吉田 僕は夏でもぬる燗を飲みますね。適温でのお燗は香りも飛びませんので。東北では、長く飲むために熱燗でアルコール分を飛ばしていたから燗酒が多かったという説もあるようです。

稲垣 類さんは長く置いておかずに飲まれるので、ぬる燗だといいですね。ちなみに「燗ざまし」と言って、冷めていく過程の味の変化が楽しめるお酒っていうのもあります。

吉田 お酒って種類が豊富ですからね。でもこの本のおもしろさは、酒自体の飲み方のテクニックというよりも、描かれている稲垣さんの人生の哲学がおもしろいですね。結局なんのために飲むかというと、やっぱり自由を手に入れるために飲むんだと、まったくその通りだと思います。

稲垣 うれしい……もう1回泣いていいですか(笑)。 ありがとうございます。自由って、やっぱり相手に心から関心を持つとか、相手が楽しければ自分も楽しいということだと思うんですね。私はそれを勘違いしていて、自分がどれだけ偉い人間か周りがわかれば、「ははーっ」となって、自由に振る舞えると思ってたんですよ。SNSとかで素敵な暮らしをアピールしなきゃいけないような圧力もある世の中で、自分が素敵だとみんなが認めてくれるって思い込みがちだと思うんですけど、そうじゃなくて、自分を大きく見せても周りは楽しくない。興味を持って、共感を持ってお店に入っていくだけで、相手は受け入れてくれる。そこで初めて自由が生まれるっていう。今日、類さんのお話でそういうことが聞けてよかったです。あとは、「乾杯」。いただきます、という挨拶ですよね。

吉田 酒場は公共の場ですからね。一人で誰とも喋らず飲むんだったら、家で飲めばいいから。

稲垣 そうですね。一人飲みの楽しさは、心を通わせる、共感の楽しさですね。やっぱり、スマホを見るっていう選択肢はないと思います。

吉田 その経験を積み重ねていくと、ちょっと違う自分になれるということですね。

稲垣 今日は、吉田類さんに会うという人生の夢が叶いました。どうもありがとうございました!

吉田 こちらこそ、ありがとうございました。

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著者略歴

  1. 稲垣えみ子

    1965年愛知県生まれ。87年朝日新聞社入社。論説委員、編集委員を務め、原発事故後にはじめた「超節電生活」を綴ったアフロヘアの写真入りコラムが話題となる。2016年に早期退職し、現在は築50年の小さなワンルームマンションで、夫なし、子なし、定職なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの「楽しく閉じていく人生」を模索中。近著に『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)など。

  2. 吉田類

    1949年高知県出身。イラストレーター、エッセイスト、俳人。酒場と旅をテーマに執筆活動を続ける。BS-TBSの人気番組「吉田類の酒場放浪記」に出演中。著書に『酒場詩人の美学』『酒は人の上に人を造らず』(どちらも中央公論新社)など。

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