朝日出版社ウェブマガジン

MENU

『一人飲みで生きていく』 吉田類さん×稲垣えみ子さんトークレポート

酒飲みは世界を救う?!

『一人飲みで生きていく』刊行を記念して昨年に行われた、吉田類さんとの対談の模様をお届けします。ご長寿人気番組「吉田類の酒場放浪記」の初回秘話、酒場でまわりと楽しく飲む裏技など、「一人飲み」を楽しむお二人の視点が知れるトークです。

 

 

稲垣えみ子さん(以下、稲垣) 今日は、日本の酒飲みのなかで、間違いなく一番有名な方をお招きしてます。吉田類さん、どうぞよろしくお願いします! こんな機会は滅多になので、今日は是非、類さんの一人飲み道について教えていただきたく。

吉田類さん(以下、吉田) よろしくお願いします。僕の一人飲みの原点って、じつはヨーロッパなんです。ずっと旅をしていた時期がありまして、毎日食事のためにどこかしらの店へ入るんですが、どの店にもワインが置いてあったので。今思えばものすごくアウェーでしたね。

稲垣 ヨーロッパのどのあたりですか?

吉田 フランスは行きましたし、スペインやイギリスも。稲垣さんの本を読ませていただいて、本当に一人飲みっていうのは、人間を作るということのきっかけなんだなと、改めて思いました。

稲垣 うれしい! ちょっと泣いていいですか……! 私、今はテレビのない生活をしているんですけど、テレビを持っていた時はもちろん、『吉田類の酒場放浪記』はよく見てまして。あのダラダラした、酒を飲むだけっていう番組は癒しのひとときでした。で、私、鳥取のお酒が好きで、鳥取の酒蔵さんや酒屋さんに知り合いがたくさんいるんですけど、番組で「鳥取編」がありまして、そのとき類さんが行かれていたお店が、私も一度連れて行ってもらったことのある店で、、なんとそこに映っていたお客さん、全員私が知ってる人だったんです(笑)! で、その人たちに後で聞いたら、みんな類さんのことを大絶賛。本当に楽しかったって、大ファンになっていて。でも、何が楽しかったかって聞かれると、正直よくわからないと(笑)。でも、それが一番大事なことじゃないかと思って。ふらっと飲みに行って、みんなを楽しくしたら、自分も楽しくなると思うんです。

吉田 そうそう、それが基本ですよね。

稲垣 ヨーロッパに行かれていたのはお若い頃ですか?

吉田 はい。とにかく好奇心旺盛で。必ずその地域のディープなところに入って行くんです。差別を受けることなんてほとんどなくて、どこに行っても楽しかったですね。だから、違う国の人たちと毎晩乾杯してました。

稲垣 それは、一言で言って「人徳」じゃないですか?

吉田 自分では意識してないんだけど……言葉とかは全然わからないんですけど、ハートでいけばいいやって感じで。僕自身がこの酒場はおもしろいなと興味らんらんで入っていくので、それが向こうに伝わるんですよね。大昔の話なので、当時はスペインの田舎町なんかに行くと、日本人なんて見たことがないっていうバーテンさんなんかもいて。こちらをじーっと見て、にこにこしながら応対してくれて。どうしても通じないことは絵を描いて見せると、もうピカソみたいな扱いを受けるというか。

稲垣 (会場のお客さんに)みなさん、今日はいいこと聞きましたね。まずは絵を習う、と……(笑)。じつは私、言葉が通じない外国の酒場にはまだ行けてないんです。海外でも、例えば市場とかでお店の人と心を通じさせるには、日本の酒場で習った、相手と呼吸を合わせるテクニックが通用するんですけど。酒場はちょっと敷居が高いんですよね。日本でも、ドアをガラッと開けて、常連さんが全員こっちを見た瞬間、あ、すみません……って帰りたくなるじゃないですか。海外では、観光客として入っていった時にちょっと警戒されるようなことはなかったですか?

吉田 あまりなかったですね。よそ者をブロックするっていうのは日本の特徴かもしれませんね。向こうはどんどん観光客を増やしたり、外国人を受け入れたりするっていう下地がありますから。

稲垣 移民も多いし、いろんな人種がいるのが当たり前ですもんね。私も外国の酒場制覇は今後やってみたいことのひとつなので、挑戦してみようと思います。

一つ疑問だったんですが、番組で行かれるお店って特別なグルメというわけではなくて、あくまで大衆的なお店が多いじゃないですか。あのお店はスタッフの方が選んでいるんですか?

吉田 今はそうですね。番組の初期のころは、自分で下町の店を選んでました。高い店に行かなくても、料理がすごく美味しいんですよ。そうでない店もたまにありますけど、これは自分の舌と合わないというだけなんですよ。まずいっていうことではないんです。だからお店選びで失敗することはあまりないですよね。

稲垣 当時は、そこまで顔が全国区に知られていたわけではなかったんですか?

吉田 そうですね。しかも、お店にはもちろん取材の了解を得ていますけど、お客さんは何も知らないなか、急に撮影クルーがどどっと店に入っていく感じでした。一晩で、お店が開いている時間内に何軒か回るので、時間も限られていて。だからお客さんとは5分で打ち解けて、仲良くならないといけないような状況だったんです。

稲垣 5分で! 私なんか、一人で行ってまわりと打ち解けるだけでもあれだけの修行が必要だったんですよ。それなのに番組のクルーも来ていて時間もないなか……って、かなり難しいですよね。

吉田 相当ハードル高いです。カメラも向いているし。でも、緊張しているお客さんはほとんどいなかったと思いますね。

稲垣 それは、やっぱり「類力」ですか?

吉田 わからないけど、僕はすでに「酒場放浪記」をヨーロッパで一人でやっていたので。それに比べれば言葉が通じるから、まだやりやすいわけですよ。だからパッと相手の心を掴むのを心がけて……。っていうのは、まだ酔っていないときの話です。要は、1軒目くらい(笑)。2軒目、3軒目は、そんなこと計算してません。

稲垣 2軒目、3軒目は、だいぶ酔っ払ってますか?

吉田 めちゃくちゃ酔っ払ってます! 顔にはあまり出ないほうなんですけど、舌は回ってないし足元はフラフラだし。そんな番組よく続いたなと思いますよね。

稲垣 私たちが見る映像では、類さんが何軒目かっていうのはわからないので、そこまでべろべろになっている感じはしませんでした。2軒目、3軒目は、なんとなく仲良くなっていると。

吉田 もう酔っ払って店に入りますから、どんな風に対応されても、気になんないです、こっちは(笑)。

稲垣 こっちも気になんないから、向こうも気になんないと。

吉田 かんぱ〜い、とか言うと、喜んで乾杯してくれますし。気づかないうちに、とんでもない方達の輪の中に入っていたこともありましたね。でも、映像にはちゃんと映っていましたね。

稲垣 そう聞くと、本当に酒飲みは世界を救う気がしてきます。酔っ払っている人って、心が開いているから。

吉田 それを女性がやるっていうのは、かなり難しいと思いますよ。そういう意味では、稲垣さん、尊敬してます。

稲垣 いやいや、吉田類さんに尊敬してるなんて言われると、困るんですけど……。類さんは絵を描いたり句を詠んだりされるアーティストで、言葉じゃないところで生きている方だから、ハートの部分で人とつながることがお得意なんじゃないかなって思いました。私は元新聞記者なので、言葉の人というか、人の目を気にしてしまいがちだったんです。だから一人で黙って飲んでいると浮いてるんじゃないかとか、私がいることで場の空気が乱れているんじゃないかとか気になってしまって、沈黙に耐えられず会話を繰り出して、場がしーんとしてしまう……。みたいなことを延々と繰り返してたんですよね。

一人飲みを始めたのは10年くらい前のことなので、女性客はさらに少なかったし、立ち飲み屋も、今みたいにカジュアルじゃなくて、本当にディープなお店ばかりでした。そこに行って、自分の心を開いてるふりをしても、そうでないことがバレバレで。その緊張で、自分もお店の人も固くなり、居心地が悪くなり……という悪循環だったと本にも書いたんですけれども。そこで、深呼吸をすることにしまして。お店とお客さんと息を合わせるっていう。これ、案外よかったです。少なくともやることがあるし、落ち着いてくるので。あとは、その店やお客さんにちゃんと興味を持って、「こいつら一人で飲みに来てダメ人間」とかじゃなく、私もこういう風に飲めるようになりたいな〜とか、前向きな気持ちで眺めてみると、気持ちが落ち着いてきて、何を喋るべきか、喋らなくていいかがわかってきたいう感じですかね。

あの、類さんは酒場の失敗談ってあるんですか?

吉田 もう、いーっぱいあって(笑)。 昔は、酔っ払って荷物をどこかに置いてきちゃって、帰りの電車賃もない、みたいなこともよくありました。酔いが覚めてから、荷物が見つかってないか警察に電話して。何回かやりましたが、ほとんど戻ってきましたね。一度だけ新宿で、パソコンとかカードとか、カバンの中身だけすっぽり抜かれていたことがありましたね。

稲垣 そういうのは気にしないんですか?

吉田 気にしないというか、なくすと新しい機材を買うじゃないですか。そのたびにバージョンアップできる。あのとき失くしたおかげで今いいものを使ってるんだ、そういう考え方ですかね。

稲垣 なるほど〜!(笑) みなさん、いいこと聞きましたね。たしかにそういうきっかけがないと、なかなか買い換えないですもんね。『ヘンゼルとグレーテル』みたいですね。石を置いていくように、荷物を一つずつ置いていって、最後は家に着くみたいな。

吉田 本当にね、当時はハンティングも眼鏡も置いて帰っちゃったりして……。

稲垣 やっぱり、くよくよしないことですね。

吉田 そうですね、お酒は飲んで楽しくなることが基本なので。

稲垣 失敗して落ち込むのはその逆ですもんね。

吉田 緊急事態宣言が解除されて、やっと地方にも行けるようになってきたので、昨日まで撮影で宮崎県にいたんです。最初はワインの店に行って飲んで、それからジンの蔵に行って、途中カヌーをやって……。

稲垣 え、カヌー?

吉田 はい。相当酔ってたので、こんなよろよろで……。

稲垣 落ちませんか?!

吉田 地元の方が紹介してくれたので、せっかくなので乗りました。カヌーはまあまあできるので、自信はあったんですけど……。後で写真を見たら、楽しそうに「ワーイ」とかしていましたね、酔っ払ってるから(笑)。 そのあと食堂に行って、また色々お酒をいただいて、最後はジンをガンガンいったみたいです。ホテルへ行って寝て、気がついたら朝だったんですけど、さすがにむかむかして……結局パンシロンを飲んでやっと落ち着きました。考えてみたら失敗ですけど、まわりの方が喜んでくれたんで、まあいいのかなと。

稲垣 もう、仏ですね! 自分はどうでもいいというか。みんながその時間が楽しかったら、覚えている必要もない、というような。

吉田 いやいや。でも、あれだけ飲んで食べてというのは、このコロナになってから初めてだと思います。

バックナンバー

著者略歴

  1. 稲垣えみ子

    1965年愛知県生まれ。87年朝日新聞社入社。論説委員、編集委員を務め、原発事故後にはじめた「超節電生活」を綴ったアフロヘアの写真入りコラムが話題となる。2016年に早期退職し、現在は築50年の小さなワンルームマンションで、夫なし、子なし、定職なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの「楽しく閉じていく人生」を模索中。近著に『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)など。

  2. 吉田類

    1949年高知県出身。イラストレーター、エッセイスト、俳人。酒場と旅をテーマに執筆活動を続ける。BS-TBSの人気番組「吉田類の酒場放浪記」に出演中。著書に『酒場詩人の美学』『酒は人の上に人を造らず』(どちらも中央公論新社)など。

ジャンル

お知らせ

ランキング

閉じる