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にがてしりとり

第0回 作文が得意な私は英検が苦手です 〜「にがてしりとり」とは何か〜

とにかく苦手なことが多い人生を送ってきたというエッセイストの古賀及子さんが、すごい特技を持つ人と、その苦手をつなげる遊びにがてしりとり」をはじめます。ゲームのスタートは古賀さんから。現在の特技である「作文」にたどり着くまでと、とりわけ苦手なことについてのお話です。(編集部)


からまったひもをほどくことから作文へ

 特技は「からまったひもをほどくこと」、だった。

 小学3年生か4年生くらいの頃、何に使うためのものだったか、母が学校に提出する書類に私のプロフィールのようなものを書いていた。氏名、生年月日、住所、登校にかかる時間といった一般的な事柄に続いて「特技」の欄は現れた。

 なんて書く? と聞かれて、困ってしまった。ふるえるほどに、なにも無い。

 五教科の成績はどれもふるわず、体育は走るのもぶのも投げるのも泳ぐのも苦手、とっさの判断ができず声かけにも俊敏に応じられないから球技はぜんぶ怖かった。音楽の授業でも、歌がうまく歌える様子はなく、どの楽器を演奏してもただ不器用を実感するばかり。書道も図画工作も、個人として手応えを感じることは薄くあっても、周囲に比べたら秀でるところはない。

 学外で何かしらの稽古事に邁進することもなかった。放課後は近所の子の家にあそびに行ってファミコンでよく『テニス』をやったのだけど、とにかく負けた。『スーパーマリオブラザーズ』は最初のクリボーでぶつかって以来、私は誰かの後ろで様子を見守る専門になって、そっちのほうがずっと楽しかった。ゲームと言えば、祖父母が私と妹のふたりを温泉に連れて行ってくれたとき、旅館のゲームコーナーでカーレースのゲームに挑んだところ、3歳年下の妹に圧倒的な差をつけられて負けたのには驚いた。3戦やって、みんな負けた。

 当時大流行した、ビックリマンシールの交換にはそれなりに張り切ったけれど、すべてのキャラクターの名前を暗記するような才覚は現さなかったし、購読した『なかよし』では『きんぎょ注意報!』を愛読するも、マニアになるほどではなかった。

 ぼんやりしてもったりとした時間を無感動に過ごす、覇気のない子だったのだ。

 「特技」と書かれたわら半紙の空欄を目の前に、なにかないかと、私は小学校中学年までのまだ短い生涯の経験から、どこかへ隠れた特技をかくれんぼみたいに探す。探す。探す。

 探すほどに、ぜんぶが苦手であることにむしろ驚いて、この時、私はちょっと堂々とした。

 特技が無いことがむしろ特技なのではないかという、逆張りという言葉はこのときまだ知らなかったけれど、無さにきらめきを見て、価値であると薄く感じた。特技が無いなんて残念なだけのことのはずなのに、不思議だった。

 それで笑いながら母に「からまったひもをほどくこと」というのはどうだろう、と提案したのだ。

 かくれんぼによって私は、“祖母や大叔母にもらった、イミテーションのネックレスがめちゃくちゃにこんがらがっているのを丹念にほぐしたこと”と、“ひもの形状をした、そのからまりを解く知恵の輪のようなおもちゃを分解した”記憶を見つけた。私にもできることがあるんだなあと、自分で実感したエピソードでありうれしかった記憶で、これは特技の無い私らしい特技なんではないかと思ったのだ。

 母は言われたとおりに書いた。私が世界に表明した、はじめての特技だ。

 そのまま、いわゆる一般的な特技らしい特技を得ることなく、誰かが特技の欄に記入するすべてのことをひとつひとつ軽やかに苦手としたまま、ずるずる大人にまでなった。

 これにはその後の話がある。私は縁あってライターの仕事を得て、そのままライターと編集の仕事に就き、仕事をしながらたくさん文を書いた。とにかく黙って、書きに書いた。修練により、子どもの頃には取り柄でもなんでもなかった、下手以前にほとんど書けなかった作文が、書けるようになった。さらに40代も半ばをすぎて、おや、これはいいんじゃないかなと、自分で思えるまでたどりついた。

 今では私は、作文がむちゃくちゃうまい。自分でも信じられないくらいうまい。信じられない、というのは、だいたい作文というのは、自身の認識以上のものが勝手に書けてしまうものだからだ。自分のうまさは、いつもそんなわけないのに目の前にある。成果物になぜか自分がついていっていない。なにしろ自分でもびっくりしちゃうくらいよく書けるから、特技は間違いなく作文だ。誰がなんと言おうとも、私だけの納得により、そういうことになっている。

 だからたった今の私の特技は、からまったひもをほどくことと作文で、いや、子どもの頃のように今はもうひもの細かい状態を視認する自信がちょっとないから、からまったひもをほどくことに代えて、作文、ということにしておいたほうがいいかもしれない。特技は作文、そっちのほうが、おさまりもいい。

優秀なクラスメイトのおかげで、英検が苦手だと私は言おう

 作文以外にも、大人になってからできるようになったこと、得意なことはそれなりに増えた。子どもの頃にこの世のすべてが苦手だった分、大人からの伸びしろが大きかった。ただ、あの頃すべてが苦手だった記憶はびちびち新鮮で、いまだにどこか私のなかに「ぜんぶ苦手」な自意識もきっちり保存されている。そんな私にとって、一番苦手なものは何だろう。

 苦手に優劣をつけるチャンスはこれまでなかったのだけど、強いて言えば英語ではないかと思う。

 というのも、英語については苦手であることに自信があるのだ。これが苦手だと声高に言うには、それはそれで自信が必要になってくるものだ。英語には苦手の実績がある。私は中学生の頃に、100点満点の定期テストで5点を取った。クラスで唯一、英検4級に落第した。

 とにかく単語が覚えられないし、どう覚えたらいいのかわからないし、それにとにかく意欲がわかずやりたくない。努力の才能のなさを発揮に発揮した私は、明日は曜日の単語をテストします。必ず覚えてくるようにと言われたその夜、

 Sunday、Monday、Tuesday、Wednesday、Thursday、Friday、Saturday

 と、書いた紙をベッドの頭の上の部分、ヘッドボードに貼って寝た。

 なぜだ。そんなことして覚えられるわけ、ないだろう(いまだに自分で書けないため、上記も「英語 曜日」と検索してコピー&ペーストした)。

 クラスでただひとり英検4級に落第したというのは、他の子らはみんな合格したわけで、つまり優秀なクラスメイトばかりだったということだ。なかには3級や準2級の合格者もいた。私立の学校などではない、街の市立中学校である。そんな優秀なクラスだったからこそ、苦手としての自信を私はいっそう深めて、堂々と息を吸って大きな声で「英語が苦手です」と今なお言えるわけだ。

 5点というひどい点が、高い平均点により、よりいっそうひどめいて強く輝く。優秀で勤勉なクラスメイトのみんなには、重々お礼を言わねばならない。ありがとう。

 私はこれから、「にがてしりとり」をしようと思う。にがてしりとりとは、こんな遊びだ。

(1)ある人が特技について語る

例(私の特技は作文です。いつでもどこでも、うまく書けます。

(2)続いて、苦手なことについても語る

例(私は英語が苦手です。とりわけ、英検は4級に落第するほど苦手です。

(3)その人が苦手だと言ったことを特技とする人を探してくる

例(英検が得意な人を探してくる。

(4)探してきた人に特技について語ってもらう

(5)その人の苦手なことについても語ってもらう

 これを繰り返していく。私の苦手な英語が得意だという人がいて、でも、その人にも苦手なことがあるはずだ。そうしてどこかには、それが得意な人がいるわけで、そんな人にもまた苦手なことがきっとある。

 得意と苦手が、磁石のS極とN極みたいにくっついて、それがどんどんつながっていく。それがなんだと言われれば、意味はぜんぜんないんだけれども、どういうわけか、妙に豊かな感じはする。

 作文が得意な私は、英語、とりわけ英検が苦手です。英検が得意なあなたの苦手なことは、なんですか。

 苦手と得意の地平をながめる。人間の力について、見学したい。

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著者略歴

  1. 古賀及子

    1979年東京都生まれ、エッセイスト。2018年よりブログ、noteで日記の公開をはじめる。『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』『おくれ毛で風を切れ』(ともに素粒社)、『好きな食べ物がみつからない』(ポプラ社)、『5秒日記』(ホーム社)、『忘れたこと、忘れないままのこと』(シカク出版)など、著書多数。

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