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にがてしりとり

第1回 英検が得意な私はデザインが苦手です 〜口の中から変な音が出る、みたいなことが好きなんです〜

苦手なことが多い人生を送ってきたというエッセイストの古賀及子さんが、すごい特技を持つ人と、その人が苦手なことをつなげる遊び「にがてしりとり」をはじめます。初回は、古賀さんの苦手=「英語」とともに生きる人に会いに行きました。(編集部) 


 作文が得意な私が苦手なのは英語、とりわけ中2のときに他のクラスメイトは全員合格したのにもかかわらず、自分だけが4級に不合格だった英検には、確固として苦手という自負がある。

 というわけで、しりとりの第1回は英検が得意な人にご登場願いたい。となると、どう考えてもそれは1級に合格した方だろう。

 ただ、おそるべきこの世の中、1級合格者はそれなりにたくさんいる(すごい)。堂々として得意であると語ってくれる方となると、1級に合格したうえで、さらに英検の指導にあたる英語のプロにまでなった方はどうだろう。

 そうして探して見つけたのが、英語講師であり、SNSなどを通じ英語学習の情報発信にも力をいれていらっしゃる齊藤輝さんだ。齊藤さんはいわゆる英検、実用英語技能検定1級に合格した際、面接でなんと満点を取ったという。

 英検だけではなくTOEICでも満点の990点を取得、さらに「国連英検」という、私のような英検4級で脱落した者には見えない、雲の上の謎の英検である国際連合公用語英語検定試験(2025年度で事業を終了し、現在は受験ができない)にも最上位の特A級に合格し、さらにきわめて優秀な成績だった受験者に授与される外務大臣賞も受賞した。

 ちょ、ちょっと待ってもらっても大丈夫ですか。いきなりパワーインフレがはなはだしすぎる。

 畳み掛けて、齊藤さんはIELTSのOAが8.5だそうだ。

 インフレしたパワーがはじけて、もはや何の何が何? である。IELTS。読み方すらわからない。イエルツ……? いいえ、アイエルツです。強い英語の試験はもはや読み方からして、IKEAを英語圏の人が読むときの読み方(アイケア)方式だ。

 IELTSのOAが8.5とは、世界で利用されている英語力を証明する技能検定であるIELTSにおいて、そのOA=Overall=総合スコアが、8.5であるということ。

 7.0で英検1級以上のレベルと言われるそうで、かのオックスフォード大学やケンブリッジ大学の留学生の入学要件が6.5から7.5だという。その土俵で8.5である。齊藤さんは英語圏への長期留学経験はないそうだ。ネイティブに肉薄する英語力を、会話の必要に迫られることなく、純粋な興味と修練によってここまで身につけた。ばきばきだ。

 私は学校の科目としての英語の勉強や、英語の試験の類が苦手だとずっと思ってきた。英検で上の級に受かっても、受験英語にどれだけ強くても、それと生のコミュニケーションはまた別だよ、試験の沼にはまっても仕方がないよという言説はよく聞くし、あるレベルまでは確かさを含むのだろう。けれども、今はそれはどうでもいい。とにかく、試験に強い奴に会いたかった。完全に、齊藤さんのことだ。

 いったいどのように英語のテストというテストで強い結果を出しまくるに至ったのだろう。そうしてそんな齊藤さんの苦手なこととは、何なのだろう。

 都内でお会いした齊藤さんは、先生然とした落ち着きを感じさせるも、気さくで笑顔が華やかな方だった。

口の中から変な音が出る、みたいなことが好き

 “もともと人を驚かせるのが好きなんですよね。例えばよくジムに行くんですけど、体が鍛わっている人たちって、何かスポーツやってたのかなとは思いますよね。でも、そんな人の口からいきなりベトナム語が出たら意外で面白いじゃないですか。

 齊藤さんは、その道の達人だ。私には考えられないくらいの英語の能力を持つ。そういう異次元の人物を前にすると、つい自分とはまったく違う種類の生物だと思ってしまう。けれど、同じ人間であることには違いないのだ。だったら、どのあたりから齊藤さんと私は違うのか。お話を聴きながら、その分岐を聞き逃さないようにしようと私は身構えていた。日本のスポーツジムで急にベトナム語で話をし出したら面白い、その痛快さは、うん、私にもわかる。

 “それに、子どもの時から言葉に関心が強かったんです。6歳ぐらいのとき、恐竜の時代にも卵ってあったけど、この時代にも「卵」という言葉もあったのかって気になって、母親に聞いたことがあったんですよ。中学の頃には太宰治を読みながら、知らない単語があったら電子辞書で全部いちいち調べたりもしてました。

 おお、子ども時代に言語への強い興味の片鱗が。さすが! と思わせるエピソードだけど、まだ私にも理解が及ぶ。ついていける感じがする、チャーミングなエピソードだ。

 “発音にも興味がありました。「イェーイ」の「イェ」って、イとエで表記するじゃないですか。でも発音通りの「イェ」ってカタカナで書けないんですよね。この「イェ」って音はどうやって表記するのってしつこく母親に聞いて。これも小2くらいの頃です。口の中から変な音が出る、みたいなことがすごく好きで、気になっていました。

 はいっ! わかんなくなりました! 早い! インタビューがはじまってまだ450字ほどだ。原稿用紙1枚ちょっとでもう齊藤さんを見失ってしまった。

 私は発音のことを、絶対に考えたくなかったのを思い出す。なにが起こっているのかがあまりに不明で怖かった。発音記号というものの存在は知っているけれど、この世から無かったらいいと祈って願って、勉強したり、身に付けたりするよりもむしろ遠ざけるように、見て見ぬふりをしてきた。ほがらかに話す齊藤さんを目の前にして、みぞおちに鉄の球がめりこむように気付かされた。

 口の中から変な音が出るみたいなことがすごく好き。何が好きか、それこそがすでに才能であると、びりびり伝わる。

 けれど、齊藤さんはこうも言う。“僕も中1の時に英検5級落ちてるんで、古賀さんと同じなんですよ。大学も推薦入学で、受験勉強は経験していないんです。えっ、まだぎりぎり後ろ姿が見えるぞ。

普通にTOEICの勉強を始めたんです、1日8時間

 齊藤さんが勉強としての英語に目覚めたのは実は案外ゆっくりで、大学に入学してからだったのだ。中1で英検5級に落第したあと、高校でも英語は他の科目に比べたらできるようになった程度で、今のように弩級の成績を叩き出すようなことは、まだなかったという。

 “大学1年生の時に、クラスに韓国とフィンランドから来た留学生がいたんですね。その子たちの日本語がうまいんですよ。しかも英語もできる。あんなふうに話せたらかっこいいなと感じて。それで、普通にTOEICの勉強を始めたんです。モチベーションとして外発的なところもありました。TOEICで一定の点が取れたら単位がもらえる制度があったんです。

 大学2年生の時、1日8時間図書館にこもってTOEICの公式問題集をやりました。スパルタ式で勉強としてやったんです。自分で口から言えるようになるまで、同じ文章を何十回も聞いて、話の流れがわかって、トーンまで再現できるようにというのをやった。そうしたら自信になって、これ英語しゃべれてる状態だって感覚が徐々に身につきました。もちろんそれだけではまだ足りないですけどね。一般的にみんながするような勉強だと思います。参考書を見て、単語を確認して。それで大学2年、3年で徐々にできるようになったっていう感じです。

 なんと、急展開である。かねて持っていた可能性、幼少期からの言葉や発音への興味が、語学の習得に近接して結びつき、一気に発動し、開花している。ほとんど化学反応のようにぶつかって、伏線を回収した感じだ。

得意であることへたどりつく、素直だけれど複雑な経路

 “その頃はアメリカのドラマ『フレンズ』も見はじめました。地元の本屋でDVDボックスが3000円くらいで叩き売りされてて。字幕をつけて、なんでこんな音をこんなに速く話せるんだって、ドラマを楽しむより、音を聴きました。

 もともと音楽が好きで、中高生の頃から洋楽を歌うために楽曲をスロー再生で聴いて、聞こえてくる音の通りにカタカナで書き写したりってことはしてたんです。だから発音の基礎は勝手にそこで身についてたっていうのもあります。

 齊藤さんにはシンガーソングライターとしての覚えもあって、いっときは音楽事務所に所属していたほどだそうだ。なんと『NHKのど自慢』のチャンピオン大会にも出場経験がある。過去にさまざまな点が置かれて、それが強固につながっていっている。

 “やっぱり大学時代がターニングポイントだなとは思ってます。当時、勉強法の本を20冊読むっていうのもやったんですよ。東大に入る人はどんな頭してるんだろうって。賢い人への憧れも大きいかもしれない。

 素直だな、というのも齊藤さんに対する印象だ。留学生の流暢な外国語に、受験勉強のできる人に、素直に憧れて、自分もああなりたいと素直に願って、素直に勉強する。

 とはいえ、からっとわかりやすい人ではない。考えていることは複雑で、張られた伏線もどこかつながるようでつながらず、でも結局つながっていくような難しさがある。

 得意であるということが、そもそもシンプルではないのだと思わされた。ここまでの能力を身につけた背景にあるのは、単純な才能だとか、努力の形とか、もっとわかりやすい物語だろうと私は思っていたのだ。

英語をツールとして使ってお金を稼いでって、そういうことじゃないな

 さまざまな英語の試験で強い結果を出し続けていることについては、英語が齊藤さんにとって、ツールではないという話で腑に落ちた。

 “大学3年生の時、スコアとか試験上ではそれなりに英語ができるようになった頃、日本語教師アシスタントっていう活動でアメリカに行きました。

 そこで、言語の特徴が好きなんだな俺は、と気がついたんです。海外に留学して、英語をツールとして使って将来お金を稼いでっていう、そういうことじゃないなと。だからみんなで食事とかしてるときも、ある程度一緒に喋るのを楽しんだあとは、ひとりになってスワヒリ語の本を読んだりしてました。

 英語をビジネスや何かしらの目的のためのツールとして使うのであれば、キレキレにまで高める必要は、レベルが上がるほど薄まっていくのだろう。日常会話として、商談で、いずれにせよ自分の活動の場で通じればいい、書ければいい、話せればいい。その先にあるのは、純粋な語学への意欲と研究心だ。そういうことすら、英語学習門外漢の私には想像がつかなかった。

 “大学では英語の他にフィンランド語と韓国語と中国語とスペイン語をやりました。その他の言語も、白水社の入門書を2~30冊ぐらい買ったので、ほんの触りの部分だったらやってます。

 言語学者の千野栄一さんが好きで、『外国語上達法』(岩波新書、1986年)という有名な本があるんですけど、言語学習は常に皿回しみたいなものだ、というようなことが書いてあって。常時30言語話せるって人は、まともな社会生活を営めてないっていう(笑)。 たしかにそれは無理じゃないですか。だから実際にその言語を使う時に、レベルを上げればいいかと。皿回しで同時にできるのは3、4の言語ぐらいで、あとは周りに置いておく。アラビア語とか10年ぐらい置いてるんですけど、もし必要になったら回します(笑)。

 しびれた。もし必要になったら回しますと言って、「ああ、この人は回すんだろうな」と思わせてくれる。とにかく頼もしい。

 その姿は遠くになりにけり、もう私の立っているところからは砂粒くらいに小さく見えます。見失わないように必死に見つめながら、同時にまぶしさで目を細めるしかない。

歩み寄りの時に使える言葉で間を取り持てたら

 言語が好きで、言語のことをとにかく知りたいんだと自分を理解した齊藤さんにとって、その道を極めるとはどういうことなんだろう。

 “国連英検の試験では国際問題について問われます。国際問題って、かかわる地域ごとに意見があるわけじゃないですか。それぞれの視点や観点がある。その上で、言語を通じて、コミュニケーションをとるわけです。近づきすぎると絶対に人間って衝突するので、それをいかに和らげるか、お互いをいかに理解して譲歩するか、僕はそこに関心があるんです。究極のコミュニケーションですよね。

 実際、微妙な歩み寄りの時に使える言葉というのがあって、もし僕がそれを使うことで間を取り持てるんだったら、理想的だなと思うんです。

 日ごろ日本語だけを話している私にとって、コミュニケーションはどこか言語とは離れた形のないもの、自分や相手の存在と全身、それからお互いの間合いのことだと感じる。

 けれど、藤さんのように外国語のことを常に考えていると、まず言語間の差異が意識されて、とにかく言語を駆使しようと、言葉を信じて、言葉に頼って、そこに賭けることになる。

 はっとして、私の母語としての日本語と、誰かの母語としての日本語によるコミュニケーションもまた、結果的に言語のことだったのだと思い出すように感じさせられた。

齊藤さんがいると、なんか部屋が広いんだよな

 “最近僕は教育については考え方をちょっと変えています。AIの時代ですし、単に訳しましょうみたいなのって、もちろん基礎として大事だと思うんですけど、どんどん減っていくと思うんです。

 代わりに必要なのが、どんな意図を持って伝えていくか、どんな伝え方をしたら相手に伝わりやすいか。日本語ではこう考えるけど、英語の発想だったらこういうふうに考えると伝わりやすいねとか、で、それってなぜ伝わりやすいかというと、こういう背景があるんですよ、だから歴史も学ばないといけませんよね、という流れになる。

 それはひいては相手の個々人の性格を知ることにもなって……と、僕の究極の目標は、大げさですけど世界平和なんです。

 言語のことを中心にすえながら、その周囲にあるすべてを巻き込んでコミュニケーションを成立させる。私がとらわれていた、間合いのようなものも周辺にあることのひとつであって、ひとつひとつに目配せをしながら、最終地点には、世界平和があった。

 今どうしても希望が持ちづらくなっている世界の平和が、もしかしたらあり得るかもしれないと、お話を聞けば聞くほど、願うように思う。

 英語のテストに強い奴に会うって、こういうことだったのか。いや、そうなんだ。こういうこと、だった、のだ。

 会議室でお話を聞いていたのだけど、不思議と広さが2倍くらいになったみたいに感じる。そうなんだよ、齊藤さんがいると、なんか部屋が広いんだよ。

ビジュアルで表現するのが得意な人を探しに行こう

 さて、ここからは苦手なことのターンだ。これだけ周りの見える方だからこそ、苦手だと感じることも、それはそれであるだろう。

 “苦手なものはいっぱいあります。ありすぎて、残ったのが語学とギターだったんです。なかでもデザインですね。ビジュアルで伝える、絵で伝えることが苦手ですかね。

 大学では国際文化学部という学部の、文化創造学科にいました。専攻は西洋服飾史やデザインなんです。外国語大学に編入しようかなとも考えたんですけど、結局そのまま卒業しました。

 デザインの授業があって、デッサンをやるんですけど、基礎がないから下手なんですよね。かといって美大じゃないので、描き方はあまり教えてくれないんです。まわりはみんな美術部出身だったり、イラストが描けたり、すごくうまい。それにくらべると、僕はまったく描けないです。言葉を使わずにビジュアルで表現することは奥深いですよね。そこを極めてる人の話が聞きたいです。

 お父様は一級建築士としてデザインの勉強もしてきた方で、絵もお上手なんだそうだ。そうやってうまい人達に囲まれる経験があってこそリアルに感じた“苦手”だろう。

 単純に「絵が苦手」「デザインができない」というのではない、絵で“伝える”のが苦手だという言い方もまた齊藤さんらしい。まず伝えることが、いかんともしがたくそこにある。

 英検がばきばきに得意な人の苦手なことは、絵とビジュアルで伝えること。デザイン。よし、探そう。その道の猛者、言葉を使わずに、視覚表現で自由自在に語るのが得意な人を。当然、私は苦手です。

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著者略歴

  1. 古賀及子

    1979年東京都生まれ、エッセイスト。2018年よりブログ、noteで日記の公開をはじめる。『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』『おくれ毛で風を切れ』(ともに素粒社)、『好きな食べ物がみつからない』(ポプラ社)、『5秒日記』(ホーム社)、『忘れたこと、忘れないままのこと』(シカク出版)など。近刊は『暮らしの信じ方』(ダイヤモンド社)。

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