朝日出版社ウェブマガジン

MENU

K-POPはなぜ世界を熱くするのか+

【K-POPはなぜ世界を熱くするのか/特別編】思い出と交換日記を共に作るイベント:ファンサイン会

 5つのバリアフリーによって、見事K-POPに入門したファンたちを待ち受けるイベントに「ファンサイン会」がある。韓国のアイドルは新しいアルバムを出すと、ほとんどの場合ファンサイン会(韓国では略して「ペンサ」という)を行なう。日本はCD ジャケットにメンバーのサインだけと決められた形式のサイン会が多いが、K-POPのCDには40~50ページもある写真集といっていい厚さのブックレットが必ず付いていて、サイン会では自分の好きなページに、推しにサインやメッセージを書いてもらうことができる。日本ではアイドルが駆け出しの頃に頻繁に開催されるが、韓国ではBTSのような世界的なグループになってもサイン会は行なわれている。また、AKBに代表される握手会文化の影響か、K-POPアイドルが日本でプロモーション活動をするときもハイタッチ会(当選式)が主流で、韓国式サイン会は日本ではあまり馴染みが無い。

 1対1で自由にアイドルと会話できる機会とあらば、希望者は殺到するが、一般的に当選人数は一度につき100人。一度に2万人参加するといわれるAKBの握手会は、CDを購入すればほとんどの場合参加することができるが、人気K-POPアイドルの場合は宝くじを当てるよりも難しい。

 では、そのサイン会にはどうしたら行けるのかといえば、代表的な方法は新しいアルバムの発売後、所属事務所の公式サイトや「ペンカフェ」(日本でいうファンクラブ会員向けページ)が指定した期間中に所定のCDストア(オンライン注文も可能)で購入し応募する。その後、購入したストアのHPで当選者リストが公開される。幸運な100人は、「箱に入った応募券を手で引くくじ方式」、「購入者と購入枚数をエクセルに入力して行なうコンピューター抽選」(基準は明らかにされていない)、「購入数順に上位を当選させる方法」、と大きく三つの方法によって選ばれる。いずれも購入枚数が多ければ多いほど当選確率が高まる点については同じだが、くじ引き抽選の場合は完全に「運」次第といえる。

 購入枚数順の場合は、とにかく枚数が多ければ当選を見込めるため(逆にたくさん買わなければそもそもスタートラインにも立てない)、その分ファン達はCDを大量購入する。このような大量購入のことをファンの間では「積む」と表現するが、人気グループの場合文字通りCDを積み上げるほど購入しなければならない。ファンの間では、積みの競い合いを「札束の殴り合い」とまで表す。

 また、当選者と落選者の境目となる購入枚数をファンの間では一般的に「ボーダー」(韓国では「ペンサカット(=ファンサイン会カットラインの略語)」)と呼んでいる。このボーダーラインは誰かが口外してしまうと次回のそのグループのラインが上がるので、およそであっても絶対に当選した購入枚数を口外してはならないのがファン間での暗黙の了解だ。誰もが知っているような有名なアイドルグループは最低でも100枚ともいわれている。


サイン会用の積みアルバムを積んだ図(提供画像)

 グループのCD売上に貢献したいという純粋なファン心も当然あるが、何がファン達にここまでの「積み」行動をさせるかというと、ステージ上の手の届かない存在であるアイドルとの、唯一の「接触イベント」がサイン会なのである。わずか机一つを隔てて友達や恋人のように1〜2分もの間好きな会話を自分だけとできる、という価値がサイン会にはある。そのため、ファンは何十万円もの大枚をはたいて、「数分間推しを独占する権利」を購入する。ちなみに、前述したハイタッチ会も接触イベントではあるが、列に並んで前に進みながらアイドルとハイタッチするため数秒の間にこちらから一声掛けるので精一杯だ。

 サイン中は聞きたかった質問だけでなく、プレゼントを直接渡すこともできる。手紙やデコ色紙などの一般的なプレゼントの他に、持ってきた猫耳・うさ耳などの可愛いカチューシャや花かんむり、アクセサリーを推しがその場で身につけてくれる。ファンはせっかく手に摑んだ推しとの時間を、少しでも自分だけのオリジナリティ溢れた思い出として残すために、工夫を凝らしたデコレーションアイテムを用意する。

 2018年頃韓国では、垂れ下がった耳に付いたポンプを押すとピョコピョコ動く「耳が動くうさぎ帽子(토끼모자:トッキモジャ)」が、オンラインモールで月500万円を記録するほど大ブームになった。サイン会でファンがプレゼントし、TWICEのナヨンが着用したことからブームに火がついたようで、韓国だけでなく日本でも輸入販売され、TikTokで学生を中心に人気を博した。

.

 

 このようにサイン会で被り物文化が定着するにつれ、可愛いカチューシャだけでなく、動くチキンや鯛焼きなど他のファンと被らないようなユニークなアイテムをファンは探してくるようになり、SNSを通して話題になることもたびたびあった。それにはK-POPアイドルのサイン会ならではの、「ファンによるサイン会撮影」が関係する。韓国のサイン会は撮影が可能で、自分の番が来るまでの待機中にファンが自分の推しの映像や写真を一眼カメラで撮っており、サイン会の様子の写真がSNS上に大量に投稿される。

 そして、韓国のサイン会ならではの面白いコミュニケーションにもう一つ「ポストイット(通称「ポイ」)」の文化もある。あらかじめ質問やメッセージを書いたポストイットをファンは事前にサインしてもらいたいページに貼っておくのだが、限られた時間内に少しでも多く聞けるだけでなく、言語の壁がある海外からの参加者にとってはメッセージを確実に伝えるために有効な手段だ。たとえば、「今回のアルバムで一番気に入っている曲は?」という質問と回答が選択方式で事前にポストイットに記入されていて、アイドルに該当するものにチェックしてもらう(選択肢以外にも自由記述欄が用意されていることもある)。

 ポストイットであれば口頭では聞きにくい質問(書かれているメンバーを「食いしん坊順に並び替えて」など)や少し気恥ずかしい質問を聞くことが出来るうえ、自分宛のメッセージをリクエストすることもできて、推しの筆跡のまま思い出として残すことができる。そして韓国のサイン会では、このやり取りをグループのすべてのメンバーと行なうことができるので、サイン会を終えた頃にはブックレットには自分の宛名が入ったメンバー全員分のサインと自分だけのオリジナル付箋で埋められていて、CDアルバムの歌詞カードがたちまちアイドルとの「交換日記」に様変わりする。もちろん、一緒に来ている友達にカメラを托しているので自分が持ってきたオリジナルカチューシャを付けて自分と会話している推しの写真もゲット済みだ。自分だけの推しの時間が思い出として残るだけでなく、きちんと物としても見返せるため、数分であってもその満足度はとても高い。


アイドルグループ「Seven O'clock」のファンダム名「ROSe」にちなんで、「私に合う花言葉をつけてください」と、ふせんでお願いしたところ「永遠に一緒に」と書いてくれた。すぐにメンバーのページが開けるように、細いふせんにメンバー名を書いてインデクッスのようにサイン会前に貼っておく。(著者撮影)

ネット上で拡散される「神対応」

 実は『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』を書くにあたって、編集さんに付き合ってもらって韓国の新人アイドルグループのサイン会に参加してきた。新人アイドルの場合は、当選者を発表した後でも当選枠に余裕がある場合は現地でCDを購入すれば参加できることがあるので、急遽当日参加した。

 サイン会がどのようなものか知った上で参加していても、面食らう暇さえ与えられずに、会場の雰囲気にあっという間に呑まれてしまった。アイドルが横一列に並んだ長机に対面するように参加者の椅子が並べられており、順番に呼ばれたら、アイドルの座る長机の前を横にスライドしていってメンバー一人一人からサインをもらっていくという一般的なシステムだった。

 自分の番が来ると、背後ではファンたちが見ている訳で粗相はできない緊張感と会場の熱気で具合が悪くなりそうだった。グループのことは勉強して行ったものの何を話していいやら困惑したまま向かいあっていると、言葉に詰まった私にアイドルたちは「ご飯食べた?」(韓国は挨拶の一つとしてご飯について聞く文化がある)と何気ない会話を広げてくれ、会話をしている最中には自然と両手を繋いでくれたのに驚き、サイン会中はされるがままだった。一見さんにもこれくらいフレンドリーに対応してくれるので何だか罪悪感を抱くほどだったが、何度も通っているファンに対してはちゃんと名前を覚えていて、「久しぶりだね」「髪色変えた?」なんて声かけしてくれることもあるというのだ。日本の「握手会」や「個別チェキ会」など本人とコミュニケーションが取れるアイドルイベントと比べても、より密なコミュニケーションをとっている印象だ。

ソウルの汝矣島(ヨイド)で行なわれたSeven O'clockのサイン会(著者撮影)

 さらに、ファンによる参加レポートだけでなく当日の写真もSNSに積極的に上がるのもK-POPサイン会の特徴だといえる。公開ファンサイン会と呼ばれるものは、参加者以外も会場に行けばサイン会の様子を見られるため、新人グループの場合は話題性のために一般の人たちが通る屋外や百貨店内で行なうこともある。写真だけではなく、自分がしてもらった会話や質問の回答もファンがSNSで共有していくことによって、宿舎での過ごし方から使っているスキンケアまで、雑誌のインタビューだけでは知れないファン目線の知りたい情報を、行けなかったファンや海外にいるファンもキャッチできる。サイン会でのファンサービスが神対応だということがファンによるレポ―トで拡散されて、そのメンバーやグループの知名度が上がるケースもあり、広報的役割も果たしていることから事務所側もSNS上でのアップについては厳しく規制していない。

 サイン会というコミュニケーションの場から生まれる親近感と熱狂がファンの応援エネルギーに変換されているのは間違いなく、商業的にもCDの売り上げに大きく影響している。当選するかも分からずに渡韓するファンも数多く、新型コロナウイルスによって開催が難しくなっても、韓国ではサイン会が淘汰されることなく、すぐにオンラインの形式に切り替わって続いていた。ファンとの強固な関係を結ぶために、サイン会がどれだけ重要視されているかは、アイドルがどれだけ売れっ子になっても開催され続けていることが証明している。


コロナウイルス流行以降にK-POPで普及したオンラインサイン会「ヨントン」(映像通話の略)。カカオトークを使って2~3分間ほど会話する。参加にかかる金額は対面式と変わらないが、画面収録して推しとのコミュニケーションを保存するファンが多い。STAYCはヨントン中のビハインドを公式YouTubeで公開している。


DONGKIZはヨントン疑似体験コンテンツも公開


\ 好 評 発 売 中 !/

K-POPはなぜ世界を熱くするのか
田中絵里菜(Erinam) 著

BTSからBLACKPINK、NiziUまで、
Z世代を中心に世界を熱狂させるK-POP。
そのわけは、音楽でも、パフォーマンスでもなく、
5つの “バリアフリー”にあった。


定価/1700円(税別)
判型/四六判
頁数/240ページ 
発売/朝日出版社

バックナンバー

著者略歴

  1. 田中絵里菜(Erinam)

    1989年生まれ。日本でグラフィックデザイナーとして勤務したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受け、2015年に単身渡韓。最低限の日常会話だけ学び、すぐに韓国の雑誌社にてデザイン・編集担当として働き始める。並行して日本と韓国のメディアで、撮影コーディネートや執筆を始める。2020年に帰国してから、現在はフリーランスのデザイナーおよびライターとして活動。過去に『GINZA』『an·an』『Quick Japan』『ユリイカ』『TRANSIT』などで韓国カルチャーについてのコラムを執筆。韓国・日本に留まらず、現代のミレニアルズを惹きつけるクリエイティブやカルチャーについて制作・発信を続けている。 Instagram: @i.mannalo.you

ジャンル

お知らせ

ランキング

閉じる