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音声学者とーちゃん、娘と一緒に言葉のふしぎを見つける

世界一ほっこりする音声学入門へようこそ

みなさま、はじめまして。私は川原繁人。研究者であり、とーちゃんでもあり、サブカル好きの言葉マニアでもある。社交辞令でもいいから「ご専門は?」と聞いてくれれば嬉しい。しからば、「専門は言語学で、特に音声学を研究している」とお答えする。

大半の人が「言語学? 音声学? それって何を研究するの?」と思ったかもしれない。
心配しないでほしい。その反応には慣れっこだ。
 
音声学に身を捧げる覚悟をして早20年、何度その怪訝な表情と出会ってきたか。今は妻となった彼女の実家に結婚のご挨拶に伺った時にも、義理の父から「音声学とは、何を研究しているのかね」という質問を頂いた。人生の分岐点とも言えるあの状況で、相手に伝わらない答えを出すわけにいかない。正座しながら、頭をフル回転させ、必死に正解を探し求めたあの瞬間は、今でも忘れられない。

音声学は楽しい学問

音声学は、世間にはあまり実態が知られていないマイナー学問かもしれない。しかしきっと、みなさんの人生を豊かにしてくれる。第一に、楽しい。身近な言葉の現象を分析してみると、想像もしえないような発見で溢れている。例えば20年以上前、渋谷で「コギャル」の方々を対象に「コギャル語」の聞き取り調査を行った。彼女たちは、「ちょべりば」のように面白い新語を沢山造っていたが、このような新語造りの背後には、アラビア語やヘブライ語と同じ原理が働いていることが判明した。

「日本語ラップ」の韻の踏み方も、音声学の観点から分析すると非常に面白い。日本語の韻は「美学(bigaku)」と「磨く(migaku)」のように「母音が揃った単語を合わせる」とされている(ここでは、i, a, u)。しかし、プロのラッパーたちは、実は子音も音声学的に似たものを選んでいることが判明した。例えば、「美学」と「磨く」の最初の子音であるbmは、音声学の観点から考えると、とても似ている。ラッパーたちは意識的にせよ無意識的にせよ、音声学の知識を韻の踏み方に応用している!

また、アメリカの大学で教鞭をとっていた頃、日本に一時帰国したおりに「メイド喫茶」に出会い、「萌え萌えキュン」をどこまでも追求した独特の世界観に感動。この文化を言語学的観点から分析しなければという使命感に駆られ、通い詰めたこともある。ツンデレオプションとやらでナプキンを投げつけられながらも、そこからインスピレーションをもらい、メイドさんの名前を音声学的に分析したところ、なんと、「ツンデレキャラ」のメイドさんと「萌えキャラ」のメイドさんの名付けには、規則性があることがわかった。つまり、名前からメイドさんの性格が予想できてしまうのだ。同様に、「ポケモン」の名前を統計的に分析すると、その「強さ」や「大きさ」が、ある程度予想できることもわかってきた。しかも日本語だけでなく、英語やロシア語、ドイツ語、韓国語など様々な言語のポケモン世界でも同じような法則が成り立つ!

音声学はあなたのお役に立てますか?

音声学の目標は「我々が音声を使ってコミュニケーションを取っているとき、そこで何が起こっているのか」を解明することだ。そして、音声学の知見は意外とみなさまの生活の中でお役に立っている。例えば、外国語学習。日本人が苦手とする と の区別だが、これらの発音は医療機器の MRI を使って動画を撮影し、分析するとよくわかる。下図の静止画は、r(左)と l(右)の発音時の口腔内の様子だ。「英語の は巻き舌で発音される」と言われるが、その舌の動きが目で見て実感できる。

左が “ r ”、右が “ l ” 発音時の口腔内の様子

また、英語を学ぶ際に「発音記号」というものを見たことがある人もいるだろう。例えば「cat」の発音は[ˈkæt]と書く(発音記号は[ ]で括るお約束だ)。この記号のおかげで、アルファベットで表せない発音も書くことができ、さらには、日本語と英語の違いを明確にすることもできる。日本語の「ふ」の子音部分は、英語の[f]に似ているが、少し違う。英語の[f]は上の歯が下唇に当たるが、日本語の「ふ」は両唇が丸まるだけである。よって、後者は[ɸ]という記号を使って厳密に区別する。

本連載のテーマの一つには「音から直接喚起されるイメージ」もあるのだが、この知識は、商品名や文章のタイトルなど、様々な名付けに携わるお仕事をしている人に役立つこともあろう。もしかしたら、みなさまのお子さんの名前を考える時の参考にもなるかもしれない。このような音声学の社会的実利は、この連載の中でもおいおい明らかになっていくだろう。

言葉の不思議を一緒に探そう

ただ、実利にこだわりすぎると学問は世知辛くなる。実利も大事だが、私の目標はみなさんの知的好奇心の扉をノックすることだ。

普段当たり前のように使っているので気づかないかもしれないが、「言葉」は不思議で満ちあふれている。

我々はどうやって音声を発しているのか?
赤ちゃんはどうやって言葉を身につけるのか?
私たちはものの名前をどうやって決めた(ている)のか?
ヒトの進化の過程において言語はどのように生まれてきたのか?
 
改めて考えてみると不思議なことばかりだ。これらの問題は古代から哲人たちを魅了してきた。ソクラテス、ウパニシャッド、旬子、ルソー、ロックにフッサール。東西問わず、言語に関する考察を残してきた偉人は多い。言葉の分析は、みなさんの知的好奇心をくすぐる力を持っていることを、私は知っている。

音声学そのものも魅力に満ちているのだが、この連載では、私が子育て中に出会った言葉のおもしろさや、子どもの言語獲得を見守るなかで再発見した言葉の不思議を中心にお話したい。例えば、プリキュアの名前には「ある特定の種類の音」が多く含まれていて、その「特定の音」はキャラクターの「可愛さ」を感じさせることが判明した。プリキュアのデザイナーたちは、名前を通してその可愛さを表現しているようだ。

また、お母さんたちの赤ちゃんへの話し方は、声が高くなったり、「あんよ」や「くっく」など独特の単語を使ったりと色々な特徴があるのだが、音声学の観点からすると、それらはすべて理にかなっている。「高い声だして恥ずかしい」などと思うなかれ、お父さんもお母さんも、どんどん高い声で赤ちゃんに話しかけてほしい。上で述べた「コギャル語」に潜む原理は、アラビア語だけでなく、お母さん言葉にも潜んでいることが明らかになった。こんな風に、音声学者としての研究人生は20年以上になるが、子育てをしなければ絶対に出会わなかった発見が多くある。

ここで、本連載の主な登場人物を紹介しよう。まずは、いつも好奇心旺盛な上の娘。現在 6 歳で、絵心のない私に代わってときどきイラスト担当もしてくれる予定だ。下の娘はもうすぐ 3 歳。人見知りしない性格で、いつも川原家の友人の輪を広げてくれる。二人とも歌と踊りが大好きで、時にプリキュアに変身して私に戦いを挑んでくる。そして、なにより二人揃って常に「なぜ? どうして?」の疑問を投げかけてくる。学者として彼女たちから学ぶことは多い。もちろん、人間としても。

そして最後に控えしは妻、何を隠そう彼女も言語学者で、川原家の食卓は言語学的な話題で持ちきりだ。夫婦で学者をやっているが故に、お互いの言うことに例外を見つけることは日常茶飯事である(けっして喧嘩ではない、議論だ)。上の娘も妻にならって、私の言うことに例外を指摘しだしたので「将来、いい学者になるぞー」と言ったら「アイドルになるからいい」と一蹴された。本連載の執筆者は私だが、家族全員が著者である。娘たちのかわいいエピソードの力を借りて、「とっつきにくい音声学」の壁を打ち壊したい。そんな想いがこもった「世界一ほっこりした音声学入門」がこれから展開される。

6歳の娘はイラスト担当として登場予定
6歳の上の娘の力作!!

また本連載は、2020年春から始まったコロナ禍で、なんとか楽しく、子育て・授業・研究すべてを両立させようとした努力の結晶でもある。ご紹介する発見や研究の多くは、自粛中に得られた洞察が元になっている。絵本で読んだ少女パレアナ曰く、「どんなことにでも幸せを見つけることができる」。辛い時代だからこそ得られる発見がある。クイズなども取り入れたので、わが愛しき家族と一緒に、音声学の世界を観光する気分で、気軽にお付き合い頂ければ嬉しい。

さて、前置きは十分だ。次回からは、私が音声学の最初の授業で使うネタから始めて、皆さんを音声学の世界に招待しよう。題材は「プリキュアの名前に潜む規則性」だ。「プリキュア」は言わずと知れた、中学生の女の子たちが伝説の戦士・プリキュアに変身して悪と戦う人気シリーズである。みなさんの気持ちをハートキャッチするのでお楽しみに!

本日の妻からの一言

我が家の平凡な日常を題材にした連載なんて大丈夫?

今回のクイズ

1999年に私が調査したコギャル語に「ちょばちょぶ」という表現がありました。これはどういう意味でしょうか? ヒント:「ちょ」「ば」「ちょ」「ぶ」は、それぞれ何かの頭文字です。

追伸

本連載でしばしば取り上げることになる「名付けの分析」だが、大学生の卒業論文のテーマとして人気が高い。自分の好きなジャンルの名前を分析できるのだから、純粋に楽しい。 

しかし、分析に挑戦できるのは大学生だけではない。その気になれば小学生でも研究できる。実際に、友人の小学生のお嬢さんが私の前著を参考に研究を行ってくれた。その結果、なんと学研の自由研究コンテストで審査員特別賞を受賞して、図書カードまでゲットしたそうだ。

「ドラクエ」「FF」「あつまれ どうぶつの森」「アイドルマスター」「競走馬」「プリキュアの妖精たち」などなど、分析を待っている名前のジャンルは沢山ある。英語名を分析してみれば英語の勉強にもなって一石二鳥だ。興味がある方は是非自分なりの分析を行ってみてほしい。ということで、連載の至る所に研究のヒントを散りばめておこうと思う。アイコン のアイコンが目印だ。

あまり長くなってもいけないので、ある現象を説明するにしても、色々と語りたいけれども語り切れなかった例がたくさん存在する。自分なりにさらなる例を考えることで、新たな発見があるかもしれないので、ぜひ能動的に読んで、楽しさを倍増させてもらえたら著者としてもうれしいかぎりである。

 

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著者略歴

  1. 川原繁人

    1980年生まれ。1998年国際基督教大学に進学。2000年カリフォルニア大学への交換留学のため渡米、ことばの不思議に魅せられ、言語学の道へ進むことを決意。卒業後、再渡米し、2007年マサチューセッツ大学にて言語学博士を取得。ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て、2013年より慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在准教授。専門は音声学・音韻論・一般言語学。研究・教育・アウトリーチ・子育てに精を出す毎日。著書に『音とことばのふしぎな世界』(岩波科学ライブラリー)『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』(ひつじ書房)など。

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