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London Calling ──イギリス英語に耳をすませば

新卒採用のないイギリス

イギリスでは中途採用や転職が当たり前なので、雇用は「何ができるか」が前提になります。従って、日本では当たり前の「新卒採用」というのが多くはありません。その代わりイギリスの学生は、学生のうちから internship(実務研修)もしくは job placement(職業紹介)を体験し、せっせと経験を積んで「若い経験者」として仕事を得る仕組みになっています。

(写真:Joe Dyer / Flickr)

internship job placement と呼ばれることがあり、大学の学位の一部や卒業後に体験する on the job training(業務を体験しながらの職業訓練)です。

placement には「配置」という意味がありますが、「斡旋」という意味もあります。 job placement service は「職業紹介」という意味になります。I have placed a new telecom engineer to the development team.で「新しい電気通信エンジニアを開発チームに配置しました」となります。実務で頻出する表現です。また、日本では働きながらの訓練は「OJT」と略されてしまいますが、イギリスでは通常略さずに on the job training と呼びますので注意して下さい。

イギリス人はケチで実証主義で経験主義ですから、雇用者はすでに訓練を受けていて、本当に仕事ができる候補しか採用しないわけです。学校さえ出ていれば、新卒でもひょいと雇ってくれる日本の会社はまだまだ「甘い」と言えるかもしれません。

仕事が欲しい若者たちは、何とか仕事を得ようとさまざまな job placement を経験して履歴書に書き連ねます。しかし、どこも景気が悪いため、企業も簡単に「場」を提供してくれるわけではありません。数カ月間オフィスに滞在する若者の席やPCを用意したり、仕事を教える「コスト」がかかるからです。多くの企業では、この job placement の間はお給料が出ませんので、お昼代も家賃も交通費も自腹です。数カ月間は働かなければ経験になりませんから、job placement に参加できる学生は親にお金がある人となってしまいます。

無給の job placement を悪用して学生をこき使う会社も多く、大問題になっています。しかし、そこは黙っていないイギリスの若者たちです。「インターンで搾取するな!」と主張する pressure group (圧力団体)を結成して、マスコミや国会議員に対して大々的なキャンペーンを行い、Access to internships is unequal and unfair.(インターンの採用のされ方は、不公平で不公正だ)と主張しています。 job placement は無給なので、お金のある学生しか参加できない。これは機会の均等を奪い、公正ではない、という意味合いです。

イギリスは近代議会制度の発祥の国ですから unequal(不公平)で unfair(公正ではない)なことは、最も不名誉なことであります。イギリス人をぎゃふんと言わせたければ That is unfair!(それは公正ではないわ!)という決め台詞を吐きましょう。

日本でも最近は internship が人気のようですが、イギリスでは「体験の有無」が「仕事の有無」を左右するほどシビアなわけです。日本で新卒採用がなくなったら、イギリスのようにお金のある家の学生は仕事にありつけ、それ以外はずっと「非正規雇用」という恐ろしい世界がやってくるかもしれません。

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著者略歴

  1. 谷本真由美

    神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院修士課程修了。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連食糧農業機関(FAO)などを経て、現在はロンドン在住。その傍ら、ロンドン大学教授である夫とともに日本人の英語指導にもたずさわっている。
    趣味はハードロック/ヘビーメタル鑑賞、漫画、料理。
    著書に『添削!日本人英語 ─世界で通用する英文スタイルへ』、『ノマドと社畜 ~ポスト3.11の働き方を真剣に考える』
    (ともに小社刊、http://goo.gl/4KLPHQ)、『キャリアポルノは人生の無駄だ』(朝日新聞出版)など。
    ツイッター→http://twitter.com/May_Roma
    ブログ→http://eigotoranoana.blog57.fc2.com/archives.html

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