A was an apple-pie
1)
前回の数え歌 “One, Two, Buckle my shoe” を英語で覚えるのは ‘dead easy way!’ だったと言えます。(ところで、この場合の dead の意味は、「超やさしい方法」の超にあたり、若者たちの会話にもよく出てくる表現です。水泳の北島康介さんがオリンピックで金メダルを取ったとき「超気持いい!」と言ったのは、英語では ‘Dead good!’ にあたります。ちょっと俗っぽい言い方ですが、dead にもいろいろな意味があるのですよ。)
さて、2回目にご紹介するのは、言葉を覚えるための「最初の言葉」になります。英米の子どもたちは、今回の詩から楽しく言葉を学びます。何事も覚えるには、楽しくなくちゃ。それに、いかに短い文章でも、目を凝らしじっくりと考えてみる、です。すると、不思議に思いますよ、向こうの子どもたちは、動詞を過去形から覚えるの? って(大学生の時この私、フランス語の過去形がまったくだめでした)。ただしこの詩には、1か所だけ現在形が使われています。アルファベットに合わせないといけなかったからと考えることもできます。とにかく英文を読んでのお楽しみ。
どうぞ声に出して読んでください。アップルの小さいツは発音せずにです。この「りんご」の意味の英語は、いつからカタカナではアップルになったのでしょうか? ここにある小さいツは、取り除いて読んでください。読むのに勢いも出ませんし。第一、L と R の発音の問題もあります。ツの小さいのを入れて発音すると、私たちの舌先はどこにありますか……なんだか口のまんなかで宙ぶらりん、そこでッをとってください。そうすれば apple の正しい発音に近づくのです。L の発音のとき、舌先は正しく上あごのてっぺんにつき、読んでいくといい感じ。発音記号はカエルをペタンコにしたような a の変形と e を組み合わせたものが入り[ǽpl]です。さあ、皆さまはどうぞ、L の発音に気を付けて声にしてほしい。
A was an apple-pie; Aは アプル・パイだった、そこで(*1)
B bit it, Bは パイを かじった(*2)
C cut it, Cは きった
D dealt it, Dは わけた
E eat it, Eは たべ(*3)
F fought for it, Fは けんかした(*4)
G got it, Gは とってきた
H had it, Hは たべた
I inspected it, Iは じっとみた
J jumped for it, Jは とびあがった
K kept it, Kは とっといた
L longed for it, Lは まちこがれた
M mourned for it, Mは なげいた
N nodded at it, Nは うなずいた
O opened it, Oは ひらいた
P peeped in it, Pは のぞいた
Q quartered it, Qは よっつにわけた
R ran for it, Rは はしった
S stole it, Sは ぬすんだ
T took it, Tは とってきた
U upset it, Uは ひっくりかえした
V viewed it, Vは ながめた
W wanted it, Wは ほしがった
X,Y,Z and ampersand, X、Y、Z は そしてそれから
All wished for a piece in hand. みんなはひときれほしかった
【語注】
dealt = dealの過去形 / fought = fightの過去形 / inspect ~を検分する / long for ~を思いこがれる / mourn for ~を嘆く、悲しむ / nod at ~にうなずく / peep in ~をのぞき見する / upset ~をひっくり返す / ampersand = ‘&’の字の呼び名 / in hand 手元に
*1
1行目の apple-pie のあとに、セミコロンがあります。飾りについているわけじゃない、意味があります。句読点のひとつで、ピリオドより少々軽く息を切るところと言われています。むずかしい! 芝居などでは重要になるのでしょうね。セミコロンもコロンも、接続詞の and, or, but と同じように訳されます。そこで「。」にしていい場合もありますが、私はここを「そこで」と訳して、次につなげてみました。それにしても、なんて悲劇的な apple-pie でしょうか。18世紀に出版された小冊子(チャップ・ブックと言われる英国の行商人が売って歩いた安価なもの)には、25人の紳士たちに切られ、配られ食べられちゃう悲劇、と書いてあります。25人とは、A をのぞいて、B から Z までの方々です。
*2
B の bit は、悩みます。訳の冒険をしたい……暴挙かもしれないけど、「しっかりつかむ」というように。ノンセンスはセンスの上に成り立っていることを思えば、ここは、流れとして、A さんというアプル・パイを、 B さんは他の人のことも考えずにかじってしまうのだろうか。あとで食べる人も出てきますが。でも、こういう無神経な人もいますしね……。この bit の現在形 bite をどうとるかが問題です。何百年も口承で伝えられてきた英語は、もしかしたら、昔と今では、同じ言葉でも意味が違うのだろうかとも考えます。ですが、やはり「かじる、かむ」にしたほうがいいでしょう。韻を踏んだり、今回のようにアルファベットのしばりがあったりするために、ふつうは考えられないような言葉をもってきて、非常識な面白さが生まれるのも、マザー・グースの特徴のひとつです。
*3
この eat は現在形です。しかし、昔は過去形も同じ eat だったようで(辞書をみると)、エイトゥと発音していました。文字にしても E のあとに eat ですからおかしくありません。なんだか混乱します。現在形と私たちが思う eat の訳は、詩全体を過去形でそろえておきたかったのですが、少々変形にしました。
*4
何回か登場する動詞のあとの for は「~に向かって、~を求めて」などの意味を表す前置詞です。一方で、動詞は、自動詞になったり他動詞になったりと、自由に動きます。そんなこんなで、言葉をリズムに合わせて声に出して読んでいるうちに、自然と言葉の表現を覚えていくというわけです。
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もうみなさんは気づきましたね? そう、ここには約束事があります。アルファベットのあとには、それと同じアルファベットで始まる動詞が来るというところです。それぞれの行の最後にくる it は B から W まで続いていて、韻を踏む役割を果たしています。ただ、この韻を踏んでいるところを完ぺきには訳せません! それでもリズムを大切にして、この詩を訳す場合には、it、つまりアプル・パイは、もうわかっていますから、訳さないでもいいでしょう。英語はこのようにいつも、はっきりと言葉で意味を規定するのに、日本語では、何をきり、何をまちこがれ、何をほしがったか、文字には表れてなくても、日本人にはわかってしまうのです。
(文と訳=みむら・みちこ)