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【K-POPはなぜ世界を熱くするのか/特別編】貢献実感とグルーヴを高めるお家芸:応援法

 ファン一人ひとりが帰属意識を感じるのはペンカフェやSNSといったインターネット上だけではなく、アイドルがパフォーマンスをする現場でも可能だ。アイドルコンサートでの「コール」や「ヲタ芸」は広く認識されているが、K-POPでも日本のコールに近い曲に合わせて合いの手を入れる「掛け声」(韓国では「応援法」と呼ばれる)という応援方法がある。フレーズの合間にメンバー名を生まれ順に呼んだり、曲のポイントを一緒に歌ったりするのがポピュラーだ。掛け声が揃っているほどファンの熱狂度やグループの人気を表すだけあって、最近はメンバーによる「掛け声」直伝動画が公式から出るなど、ライブを盛り上げる上で事務所が促していることも多い。


PENTAGONの楽曲「DO or NOT」の本人による掛け声練習動画。ファン同様にペンライトを持ちタオルを身に着けたPENTAGONが、コンサート中にファンが行なう掛け声のパートを実演してくれている。

 K-POPアイドルはカムバックすると連日音楽番組に出演するが、新曲であっても収録前には既にファンたちが掛け声を習得している。まず、番組観覧についてだが、これもファンダム意識が強く感じられるK-POP独特の文化だ。日本だとテレビ局のHPから観覧に応募しテレビ局が観覧客を取りまとめることが多いが、韓国音楽番組はテレビ局ではなく、各アイドルグループの事務所が自グループ枠のお客さんをそれぞれ仕切っている。事務所により若干異なるが、ペンカフェや公式サイトに観覧情報が告知されたらファンは条件(通知から30分以内に、指定日時に現場に行って)に合わせて申請をし、「ミョンダン」(名簿という意)と呼ばれるリストで自分の整理番号と集合時間を確認してテレビ局に集合するというものだ。名簿だけでなく、この仕組み自体もミョンダンという。

 人気グループの多い大手のSMエンターテインメントの場合は、申し込み方法がどんどん複雑化していて、告知が出るとすぐに指示が書かれた紙がテレビ局付近に貼りだされ、その紙と一緒に自分の目が写るように(写してほしい身体の部位が指定されている)写真を撮りに行き、書かれている携帯番号にその認証写真をSMSで送信する。その後、整理番号が送られてきたら帰宅することができる。

 正直、自分で書いていても難解すぎて何の話をしているのかわけが分からないが、たとえば朝5時に番組観覧の告知が出て、8時から申請開始だとすると、すぐに8時にはテレビ局付近に写真を撮りに行かなければいけないので海外のファンは不可能に近く、韓国在住者でも常にヤマを張って張り付いていないと難しい。そのうえ、代行が横行しないように必ず本人が認証写真を撮りに行かなければならず、観覧のハードルはかなり高い。ちなみにミョンダンは収録前夜のことが多いので、認証写真を撮ったら次の日の早朝にまたテレビ局に来なくてはならない。急な召集にもすぐに対応できるためにカムバック期間(活動期間)はテレビ局近くにホテルを取る人も多い。

 韓国の携帯を持っていなくてSMSを送れない人(海外ファン)は、ミョンダンとは別に「等級順」に入場が可能だが、これもペンカフェなどで事前にアナウンスされるアイテムをきちんと用意して会場に行く必要がある。身分証明書・ファンカード(アルバムを買うとファンカード申請書があり、記入して収録日に持って行く)・ペンライト(応援棒)・アルバム・音源購入証明書・ファンクラブ会員証など、これらの指定アイテムを何個揃えてきたかで等級分けされ、等級順に定員に達するまで入場できる。ファンカードはゲットすると今回のカムバック期間中に何回番組収録に入場したか印をつけてもらえる。いわば夏休み中のラジオ体操のシステムだ。単純に先着順にせず信仰心の深い者が優先される世界なのがすごいと思う。よくありがちな、ファン歴が長ければ貢献してくれていると見なすわけでもなく、朝からテレビ局に張って点呼に駆けつける根性と長らく寄り添って確実に応援している証拠をもとに、ファンの入場に優先順位をつけるこの公平極まりないシステムにはただただ閉口する。

 しかもこの複雑なシステムを管理しているのが、なんと無償でサポートしているファンたちである。この人達は毎朝早く(韓国の音楽番組は早朝収録が多い……)に何百人ものファンをテレビ局の前に等級順に並ばせているのにも関わらず、当の本人達は全ファンを入場させた後に入っていて、「苦労しかないじゃん!」と言いたくなるが、そんな考え方をしてしまうこと自体、彼ら彼女らにとっては愚問だろう。実際に観覧したことがあるが、何組ものアイドルファンたちが集まっているので直前まで中に入れてもらえず、日が昇る前の冷たいテレビ局の前で、始まるまでずっとサポーターズ指導で掛け声の練習をした記憶がある。収録中誰かが写真を撮ったら入場禁止になることなども口酸っぱく注意されて、この部の名誉を損ねてはならない……という気持ちになるので、さながら部活だ。「ウチらで全国大会行こう!」じゃないけどそういう感覚に近く、各ファンダムの団結感というのは日々のこういう応援活動から生まれているのだな……と感じる。待機中は地べたに体操座りだし、掛け声の練習もファンのリーダー達の「もっと声出してくよー!」という雰囲気が本当に熱血部活という感じだった。ゴリゴリの文化系なのでちょっと心が折れそうになった。

 事務所が機械的に抽選で済ますこともできるだろうに、K-POPはこういったファンを取り巻く場面では今でもあえて煩雑なシステムを取り続けていて、推しへの愛情が無視されず切実に結果に反映されるので、ファンとしてもどれだけ辛くてもクリアしようと思えるのだろう。さらに複雑な手続きをファンの自治に思い切り任せてしまっている辺り、統制の行き届いた宝塚の私設ファンクラブを思い出す。大変だった分愛着がさらに増すし、仕切っているファンもファンとしての自我と責任感が日々強まるだろう。音楽番組側としても熱狂的なファンに観覧してもらった方が現場の雰囲気が盛り上がる。


音楽番組観覧時に必要なファンカード(左)と配られる掛け声練習用の歌詞プリント、参加すると限定シールがもらえる。(提供画像)


ファンは観覧がてら、テレビ局に来たアイドルたちの「出勤」写真を撮るために自前の脚立や椅子を持参し、近くの木に鍵でくくりつけている。

練習成果を披露するコンサート会場

 団結力でいうと、コンサート現場に不可欠なペンライトは、グループごとに決まったものがありグッズとして発売されている。ジャニーズなど日本のアイドルの場合、ツアー毎にペンライトデザインが変わるのが主流だが、K‐POPはグループのペンライトをずっと使い続ける。形も色もグループモチーフのデザインで、ファンダムを象徴するファンアイテムだ。たとえばMAMAMOOのファンダム名は「MOOMOO(무무)」で、「무(ム=大根)」からペンライトも大根の形をしていて、MAMAMOOのファンダムのオリジナリティを具現化していてかわいい。

 K-POPではデビューして少し経つと、必ずファンダム名が決まって公式からアナウンスされる。発表された日はファンの誕生日であり、その日からあなたはファンダム名で呼ばれ、ファンという意識がより強まる。番組でのMC、SNSでの投稿、授賞式のスピーチ……ありとあらゆる場面でアイドル達がコメントする際には「ウリ(私たちの)◯◯〜!」と呼びかけられる。「ファンの皆さん」でももちろん推しからの気持ちは伝わるが、特別な呼称があると、いろんなアイドルの中で自分が推しているのは彼ら(彼女ら)だ、私は◯◯だ、とより自覚する。日本のV系バンドのファン名がどれも個性的で唯一無二なのと同様で、命名することでファンのアイデンティティを増補し、掛け持ちやファン離れを抑止する効果がもしかしたらあるのだろう。

 コンサートでももちろん「掛け声」で応援するが、とにかく連帯感がすごい。同じアーティストでも、韓国で開催されるときの方がリアクションと声が大きいように感じる。やはり番組観覧での日々の声出し練習の成果だろうか。トーク中でも「かわいい〜!」とか「最高〜!」と言いまくるし、K-POPに慣れすぎるともはや普通に感じるが、アイドルが何か言ったことに対して日本の会場でも逐一「ネー‼(はい)」と相槌を打つ一体感は、さながら笑っていいとものテレフォンコーナーだ。コミュニケーションが直接的というか、たまに普通に友達か?というテンションで話しかけている(叫んでる)人もいるので面白い。日本では特に、ジャニーズファンが持つメンバーの名前でデコレーションした手作りうちわが主流で有名だが、K-POPはスローガン(メンバーの顔写真と名前がプリントされている)が主流だ。ペンライトやスローガン、掛け声など大勢のファンが一斉にピシっと揃える団体芸こそが重視されるK-POPと比較すると、ジャニーズは「ピースして」など、個人のうちわでいかに推しとコミュニケーションするかに重きが置かれているようだ。

 そして、日本では「野鳥の会」と表されるコンサートで高性能な双眼鏡でアイドルを眺めるファンは、韓国ではあまりいないように感じる。とにかく韓国では現場のグルーヴ感を体験することが重要視されている。韓国のコンサートに行くと「テバ(대박=やばい)!!!」と興奮状態の隣の子にいきなり腕を掴まれたりしたこともある。グルーヴ感といえば、アメリカでのSuperMのコンサートでも、K-POPのファンの応援方法が踏襲されていて、韓国語で掛け声もするし、ハングルのスローガンの配布なども行なわれていた。とはいえ、グルーヴ感重視は韓国以上で本人たちのこと見ているのか?というくらい皆が飛んで踊って、まさにこの空間を体感しに来た!という気概が感じられて、半分圧倒されながらもこちらまでこの場にいるだけでテンションが上がるような熱気に包まれた。アメリカのファンの間では、ディズニーランドのようにハングルで推しメンの名前を書いたカチューシャを耳につけている人が多くて、これは韓国よりもアメリカで主流になっているので、発端が気になるところだが、やはり楽しむことを重視した結果、手に何か持つわずらわしさから解放されるために行き着いたのだろうか。日本だと後ろの人から見えないだとかでケンカになりそうだ。

アメリカのコンサート会場では、うちわよりもメンバーの名前や顔写真のついたカチューシャを身に着けるファンが多かった。(著者撮影)


YouTube で「K-POP HEADBANDS」と検索すると、作り方をレクチャーしてくれる動画が多数アップされている。

 こうした韓国式の応援方法は海外だけではなく、国内でも世代を超えて伝染しつつある。サバイバル番組ブームの韓国では「明日はミスター・トロット」というトロット(演歌)歌手のサバイバル番組まで登場したが、「PRODUCE」シリーズが若者を巻き込んで国民的ブームを起こしたように、高齢者層が熱狂して話題になった。この番組の登場により、推し歌手の楽曲を音源チャートのランキング上位にするため、何度も何度もストリーミングするスミンが高齢ファンにも浸透した。ライブ会場では、携帯操作が難しいファンのために直接ストリーミングアプリで再生リストの作成方法(同じ曲のリピート再生ではカウントされないため)を教える専用ブースが設置されるなど、アイドルファンの若年層に負けない応援熱だった。

 そういえば、韓国の地方のお祭りで巡業に来ていたトロット歌手のファンのおばさん達が、皆真っピンクの服を着ていてお揃いの風船を持っていたのが可愛くて、軽い気持ちで「そのTシャツ買えますか?」と聞いてみたところ、「ペンカフェ(韓国の無料ファンコミュニティ)に加入して、現場に3回以上来ないとダメよ!」と断られたこともあった。

忠清北道のプムパ祭りにいたトロット(韓国演歌)歌手チョン・ジェウォンのファン。応援カラーはピンクのようだ。

 昨今のコロナ禍においては、そのファンダムの応援熱を直接感じることができなくなったが、オンライン上のコンサートでも工夫した試みがあった。たとえば、SMエンターテインメントとNAVERが新たに立ち上げた有料オンラインコンサートモデル「Beyond LIVE」では、家にいるモニターの前のファンのペンライトとライブ配信の映像が連動するほか、当選したファンをZoomのようにコンサート会場のモニターに映し、実際のコンサートでは難しかった世界のファンのリアルな歓声を距離や時差を越えてオンライン上に集めていた。他にも全体映像だけではなくメンバーだけを映し続けた「マルチカム」を用意し、ファンが自由に画面を切り替えられるようにするなど、コンサート中に自分の好きなメンバーだけをみるファンに向けた気遣いもあった。言い換えれば、高額なチケットの中には、ファンが一体となるグルーヴ感も大きく価値を占めていると公式も認識しているのだ。

 K-POPでは、ファンダム特有のアイテムと応援方法によって、ファンダムへの帰属意識を高め、同時にそのファンダムに所属していること自体にプライドを強く感じる仕組みになっている。いくらプロモーションツールがデジタル化しても、複雑な観覧参加システム、掛け声の練習、集団で同じものを掲げるための無償スローガンなど、ファンの応援方法は割とアナログで地道なものである。結局ファンダムのエネルギーを直接的に感じられるのは現場であり現場で味わったグルーヴ感こそが記憶に力強く残る。いかに自分達と同じファンダムに所属する人間を増やすか、こういった連帯の意識から生まれる応援方法は、アイドル戦国時代といわれるほど、次々にアイドルグループが生まれる土壌に起因するのかもしれない。



NCT公式YouTubeチャンネルで公開されているオンラインコンサートの舞台裏映像。世界中の茶の間にいるファンと繋がりコミュニケーションしている様子が見れる(3:42~)


\ 好 評 発 売 中 !/

K-POPはなぜ世界を熱くするのか
田中絵里菜(Erinam) 著

BTSからBLACKPINK、NiziUまで、
Z世代を中心に世界を熱狂させるK-POP。
そのわけは、音楽でも、パフォーマンスでもなく、
5つの “バリアフリー”にあった。


定価/1700円(税別)
判型/四六判
頁数/240ページ 
発売/朝日出版社

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著者略歴

  1. 田中絵里菜(Erinam)

    1989年生まれ。日本でグラフィックデザイナーとして勤務したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受け、2015年に単身渡韓。最低限の日常会話だけ学び、すぐに韓国の雑誌社にてデザイン・編集担当として働き始める。並行して日本と韓国のメディアで、撮影コーディネートや執筆を始める。2020年に帰国してから、現在はフリーランスのデザイナーおよびライターとして活動。過去に『GINZA』『an·an』『Quick Japan』『ユリイカ』『TRANSIT』などで韓国カルチャーについてのコラムを執筆。韓国・日本に留まらず、現代のミレニアルズを惹きつけるクリエイティブやカルチャーについて制作・発信を続けている。 Instagram: @i.mannalo.you

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