【K-POPはなぜ世界を熱くするのか/特別編】ハードルを愛着に換えるクローズドコミュニティ:ペンカフェ
K-POPではファン集団のことを「ファンダム(fan-dom)」と指すほど、ファン同士の団結やコミュニティ意識が強いように感じる。そもそも現在のようなファンコミュニティの形成が始まったのは、「オッパ部隊」(韓国では年上の男性を「오빠(オッパ)=お兄さん」と呼ぶ)と呼ばれる熱狂的なファン集団が登場した1980年代からだと言われている。特に、「チョー・ヨンピル症候群」といわれるほどブームを巻き起こしていたチョー・ヨンピル※の追っかけたちは当時すでに、現在でいうファンダムを形成していたようだ。
※チョー・ヨンピル 想像以上に自分の親世代からの知名度が高くて驚く。日本人に有名な楽曲はやはり「釜山港へ帰れ」だが、近年出しているポップソングも素晴らしく「
「オッパ部隊」は、それ以前のファンのようにアイドルの写真を集めファンレターを送るだけではなく、番組観覧やライブ観戦、ときにはライブ会場やアーティストの家の前に待機するほど熱心な集団活動をしていた。ロックバンドでいう「グルーピー(groupie)」のような存在であった。
「オッパ部隊」たちが本格的に組織化され私設ファンクラブが登場したのには、1996年のH.O.T※のデビューがきっかけだったといわれている。そのH.O.TやSechs Kies※などいわゆる韓国の第一世代と呼ばれるアイドルの場合は、ファンの中から選ばれた地域役員、そしてそれをまとめる全国会長がボランティアでファンクラブを構成していたという。現在でもSMエンターテインメントは、音楽番組の事前収録(=韓国では略して「サノク」)の観覧にを「SMサポーターズ」に任せている。「SMサポーターズ」が参加するファンの審査を行ない、観覧の指揮を取っていたりする。日本でも似たようなものに、70年代頃からアイドルのファングループが乱立したのを受けて、各都道府県の支部リーダーを束ねて作った親衛隊連合がある。
※H.O.T 90年代、
※Sechs Kies 1997年デビュー。暗い服しか着ない「ブラックキス」
日本でも話題になった1997 年を舞台にしたドラマ『応答せよ1997』では、H.O.TやSechs Kiesファンの女子高生が多く登場する。ファンクラブの地域役員になるために熱心な追っかけ活動の内容を会長にアピールしなくてはならない場面で、H.O.Tの熱狂的なファンである主人公は地域役員にどうしてもなりたくて応援ボードの裏に血文字で「トニー愛してる」と書いていたのが衝撃的だった。
その後、高速インターネットの家庭での普及が世界でも早かった韓国では、アイドルファンたちも早くから活動の場をネット上に広げ、韓国独特なファンコミュニティである「ペンカフェ」(「ペン」=ファン/韓国語で「ファンカフェ」の意)という会員制掲示板が生まれ、現在一般に広く浸透している。きっかけは1999年に、韓国の情報ポータルサイト「Daum(ダウム)」内に、各テーマに沿った情報交換や交流を目的とした「カフェ」と呼ばれる、現在のSNS の先駆けでもあるコミュニティページが始まったことによる。
カフェ内にはアイドルグループや歌手、俳優、スポーツ選手など様々なジャンルのファンの交流ページがあり、それらを総じて「ペンカフェ」と呼ぶ(アイドルだけではなくタレントやスポーツ選手など様々な著名人のページが存在する。驚くべきことに文在寅大統領のペンカフェまであり、アイドルのようにファンたちが写真や動画を共有していた)。ペンカフェには、ファンが作成したものと事務所が運営する公式のものがあり、「公式ペンカフェ」(韓国では略して「コンカ」)には、ペンカフェだけの最新ニュース、動画、メンバー本人も書き込むコミュニケーションボード、地域別の掲示板などの各種コンテンツが備わっている。
ファン層は年配の方が多い韓国で大人気のトロット
( 韓国演歌)歌手イム・ヨンウンの公式カフェページ。
メンバーから気軽に返信コメントがもらえてファンがアイドルと交流できるペンカフェは、フラットでオープンなTwitter、Instagramと違ってファンダムの中でもコアなファンだけの空間といえる、私の世代だとmixiのコミュニティページの雰囲気が思い出される。ファン同士での情報交換に加えて、今後のスケジュールがいち早く確認できるほか、ここでしか案内されないサイン会や番組観覧の募集もあり、好きなアイドルの活動を追うためには参加必須だ。
「カムバック」の期間になると、どのアイドルも連日各音楽番組に出演するのだが、日本のようにテレビ局に直接応募するのではなく、各ペンカフェが募集をかけ、ファンは指定された場所と時間に集まるのが主流だ。サイン会を体験したときも、アイドルに「サイン会は初めてです」と伝えると「ペンカフェは入った? 掲示板を見て情報チェックしたらいつでも参加できるから入ってね!」と丁寧に案内されて、オタ活の入り口が「ペンカフェ加入」なのだと再認識したのだった。
日本でいえば、有料のオフィシャルモバイルサイトもしくはファンクラブ限定ブログ同等のコンテンツ内容だが、加入さえすれば無料ですべてアクセスできるペンカフェは2017年時点で750個存在しており、BTS公式ペンカフェにおいては会員数が150 万人にものぼるという。ペンカフェには「準会員」「正会員」「優秀会員」といった会員ランクが存在し、加入しただけの「準会員」ではほとんどの記事は観覧が制限される。すべての掲示板の観覧と書き込みが可能な「正会員」になるためには、ページの訪問回数や掲示板の書き込み回数など、まずはそのカフェの基準や審査条件をクリアする必要がある。その基準をクリアすれば等級アップ用の掲示板からやっと申請ができるが、ここからが難関だ。そのグループのファン度合いを審査するテストをクリアしなくては「正会員」にはなれない。一般的にはメンバーの生年月日、過去に出演した番組のタイトル、音楽配信サービスの有料会員認証などがある。
いくつか調べてみると、歌手IUの場合は、毎週土曜と日曜にのみ正会員等級アップ申し込みを受け付けていて、IUのドラマ出演作や配役の名前などが出題されていた。BTSは、問題とは別にYouTubeでBig Hitアカウントのいいねボタンを押してそのページを送って認証してもらう必要がある。テストには歌詞書き出しクイズなどがあり、ざっと見てみたが「『ㄴㅇ ㅇㅇㄷ ㅂㅈ ㅇㅇ ㄷ ㅁㅇㅇ ㅁㄱㄱ ㅅㅇ 』を正しい歌詞にして、この曲が収録されているアルバムとこの部分を歌っているメンバーを書きなさい。」と、なかなか難しい。(まず韓国語を正確に理解していないと翻訳機にもかけられないハングル字母のみの記載なので海外のファンには相当のハードルである。)当然一問でもミスがあると等級できない。
さらに、ペンカフェで最上ランクである「優秀会員」には優秀会員向けのオリジナルコンテンツがある。有料の公式ファンクラブ会員になり、申請を行なうと一足飛びで「優秀会員」になれるので「正会員」になるより簡単なのでは?と思えるが、韓国のファンクラブは日本と違っていつでも入れるものでもない。申し込み期間が決まっていて、入会時期をファンクラブ1期、2期、3期……などと分けて不定期に会員を募集している。
このように、無料ではあれどかなりの手間と労力を費やさないと「ファンダムのコアファンの一員」(いわゆるファンクラブ会員レベルのファン)にはなれない。ちなみにファンクラブを継続しないと、ファンクラブ入会によって得た会員ランクは元に戻ってしまう。お金を払えば思い立ったときに入会できて自動更新される日本のファンクラブシステムとはかなり違う。ある程度、ファンとして活動を追っていないと答えられないものばかり出題されるので、掛け持ちしようと思っても、そもそもが気軽にはできないシステムになっている。
しかし一方で、自分の手足を動かしてファンコミュニティに所属する体験を通して、「ファンであること=本人のアイデンティティ」になり、お金での自動更新よりもアイドルと自分の関係性は強固なものとなる。あえて複雑化してある種のイニシエーションにすることで、過程が自分固有の思い出となるためである。書籍『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』では全世界の一人ひとりを対象にした「バリアフリー」がK-POPの特徴と述べたが、一方でペンカフェのようにファンになった後の「沼る」要素ではK-POPはむしろ往々にしてアナログで、ファンにお金以外のコストをわざとかけさせるシステムを採っている。ここまで苦労したペンカフェを退会するにも相当の決断が必要だ。無料ではあるものの、かえってお金を払えば容易に会員更新できるファンクラブよりも離脱が起きにくい。
東方神起、BIGBANG、少女時代などK-POP第二世代の頃になると各芸能事務所がファンマーケティング部門を設置し、ペンカフェとは別に公式のファンクラブを開設するようになった。そもそも韓国では早くからペンカフェ文化が発達し、ファンクラブの役割を果していたのでファンクラブ設立の必要性は薄かった。そのため韓国でのファンクラブの立ち位置はあくまでペンカフェのオプションである。ライブの先行販売や会員証・入会特典グッズの発送など基本的な会員特典は日本のファンクラブと同じだが、大きな特典のひとつとしてのペンカフェの会員ランクの授与と捉えられている。つまりペンカフェはファンであれば誰しも加入するものであって、そのペンカフェをより充実させるためにファンクラブがあるといったイメージだ。
とはいえ、ファンクラブ自体もサービスがお得に感じられるようにできていて、会費は入会費も合わせると初年度は5千円を超えがちな日本のファンクラブ会費より安く2〜3千円程度で、入会時に届くキットはとても豪華で、統一されたデザインのグッズが福袋のようにたくさん封入されている。等級アップの手間賃とそのグッズを購入したと思えば、大して高くは感じないだろう。その上、入会できる期間が制限されていることでかえって、(値段も値段なので)悩んだりするくらいなら入ってしまおうと踏ん切りがつく。グループの活動状況によって次期募集まで何年もブランクが空いてしまうこともあるので、入会しておくとファンとしてのステータスにもなる。
EXO(上)とBTS(下)の韓国ファンクラブ入会特典(提供画像)
ファンクラブ会員更新時に送られる特典キット。入会できる時期が決まっているので、特典自体がプレミア化することも。海外送料を払えば送ってもらえるので、韓国に住んでいなくとも加入はできる。
海外に散らばるファンをまとめる新しいオンラインコミュニティ
しかし、ネットを介したコンテンツの増えた近年になると、SNS の普及により一気にK-POPアイドルの活動範囲もファンダムも国外にまで広がり、さらにその維持をネット上で叶えないといけないようになった。というのも、韓国ファンでもあんなに苦労するペンカフェ加入だというのに、ペンカフェ上のコンテンツはコピペすらできない(=ファンサブがつけられない)ので、海外ファンにとってのハードルは一層高く、加入・等級アップの代行業者もあるほどだ。一方で、ファンクラブはというと韓国住所が必要な場合や、時期を見計らって申し込みしないといけないのでこちらも海外ファンには難しい。そもそも海外のファンにとっては、音楽番組観覧やイベントの参加が国内ファンに比べると難しく、これらは海外ファンにとってファンクラブ加入のベネフィットにならず、その国々で定期的にライブを開催できる目途がついていないと事務所側も各国にファンクラブを開設できない。そもそも世界中のファンの個人情報を管理すること自体も大きな課題になるだろう。というように、K-POPでは広域に散らばる大量のファンに対する顧客マーケティングの重要性が日に日に増してきている。
そこでV LIVEの世界のファンの一元化と、他SNS にはないペンカフェというクローズドコミュニティの親密さの、それぞれを取り入れた海外ファンのためのファンコミュニティサービスとして、Big Hitエンターテインメントは「Weverse」というアプリを2019年7月にオープンしている。現在WeverseではBTS、TOMORROW XTOGETHER、SEVENTEENなどの13アーティストのコミュニティに参加可能(2021年5月現在)で、アプリ言語の標準設定を韓国語、英語、日本語の中から選択でき、さらにWeverseから発信される全コンテンツは、中国語・スペイン語・ポルトガル語など10言語にも翻訳される。この手厚い多言語サポートにより、英語の自動翻訳しかなかった既存のペンカフェに比べると海外ファンでも負荷無く情報を追えてコミュニティ内でコミュニケーションができるので、グローバル版のペンカフェといえるだろう。投稿ができる「Feed」、メンバーの投稿に返信ができる「Artist」、MV や動画が見られる「Media」タブに分かれ、さらに有料会員(グローバルオフィシャルファンクラブ)になると特別な動画や画像が見られる。
このようにクローズドのコミュニティ強化をそのまま可視化させ、プロモーションとして昇華できた事例なのが、BTSが2019年2月に行っていた「ARMYPEDIA」だ。簡単に説明すれば、BTSがデビューした2013年6月13日からの計2080日分の思い出を「ARMYPEDIA」に書き込み、ファンとメンバーだけの記録と記憶を残すWikipediaのようなコンテンツだ。ARMY(BTSのファンダム名)なら誰でも書き込め、「HEY, ARMY! LOST THIS?」という文字とQRコードが記載されている広告がソウル、ロサンゼルス、ニューヨーク、東京、ロンドン、パリ、香港など世界7都市とインターネット上に設置されている。その広告を探し出して、QRコードを読み込むとランダムに現れる日付にのみ書き込みが可能。もちろんたまたま広告を見かけた人が書き込む可能性もあるので、リンク先では簡単なBTSクイズが出題され、正解すればロックが解除され書き込める仕組みになっている。
なかにはメンバー本人が書き込んだ日にちも存在しているので、なるべく多くの広告を探そうとファンが奔走する。公式的なスケジュールの記録だけでなく、ファンの自分だけの思い出も書き込めるので、同じ日であっても様々なエピソードが様々な言語でアップされる。さらにお互いの記録にハートをつけあうことができ、その日のトップエピソードに選ばれたユーザーにはポイントが与えられるなど、参加度により報酬があり、最終的にはランキング制でグッズショップで使えるポイントの付与がされる。「ARMYPEDIA」期間中に韓国にいたが、ヤクルトレディの自転車の荷台やバス停留所など、いたるところでこのQRコード広告を見かけた。
世界各地に広告を出す潤沢な予算があるなら普通の発想としては「さらに広く多くの人に知ってもらう広告」を作りそうなものだが、完全に「コアなファンを楽しませる目的の広告」として惜しみなく予算を割いていることに感動した。そのため広告であるのにも関わらず、一目見ただけでは非常にわかりにくいデザインで、ほとんどの広告は「HEY, ARMY! LOST THIS?」という文章でファンにしか呼びかけていない。ファン同士は伝達できるコミュニティが既に確立されているので広告自体が説明する必要はない、認められたメンバーだけが読める秘密の暗号が街中にあるということで遊び心をくすぐる。
さらにこのコンテンツはメンバーとファンがこれまでのお互いの思い出を共有しあって、ともに歩んできた歴史を作っていくためで、まさにファンの所属意識・団結力を強めるものだ。熱心に長く応援してきたファンであればあるほど楽しめるコンテンツ作りになっている。よく、携帯会社でも新規乗り換えキャンペーンは大々的にかなりお得に打ち出しているが、案外長い顧客であるファンに対する見返りというのは段々と無くなっている。
よく韓国では「強い」という形容詞がファンダムの前につくが、アイドルとファン、そしてファン同士の強固な団結を生んでいるのがペンカフェなどのコア層向けコンテンツではなだいろうか。Twitter、Instagram、YouTube、V LIVEなど多種多様なSNS で広く多くの人に拡散していくことが容易になった現在、同時にこうしたクローズド空間でしか見られないコンテンツを使い分けることでファンのロイヤリティをより高めている。
\ 好 評 発 売 中 !/
K-POPはなぜ世界を熱くするのか
田中絵里菜(Erinam) 著
BTSからBLACKPINK、NiziUまで、
Z世代を中心に世界を熱狂させるK-POP。
そのわけは、音楽でも、パフォーマンスでもなく、
5つの “バリアフリー”にあった。
定価/1700円(税別)
判型/四六判
頁数/240ページ
発売/朝日出版社