5. 尾道という至福の迷路
一般的な日本人が、日本の中で迷路みたいな町はどこかと訊かれて思い浮かべるのは一体どこだろう。
世の中の人は、どの町が迷路っぽいかなんてほとんど気にしていない。たまたまそんな町に出くわしても、その町が迷路だった記憶などすぐに忘れてしまうだろう。
そんななか尾道だけは、思い浮かべた人もいるのではないか。尾道といえば、言わずと知れた坂の街であり、坂の街はほぼ迷路だと思って差し支えない。なので、迷路の町を歩こうと思ったとき、尾道のことは真っ先に思い浮かんだ。
尾道に着いたのは夕方で、大槻さんとその日の宿まで歩いて向かった。
個人的に尾道には何度か来ていて、おおまかな土地勘はある。海沿いに長く続く商店街には、前回来たときより活気があるように感じた。若者向けのオシャレな店もちらほら見え、そもそも大槻さんが予約した宿もふつうのホテルや旅館でなく、古い商店を改造したアカぬけたゲストハウスで、アーケードに面した入口から長い廊下を通った先のガラスの引き戸を開けると、番台みたいなものがあって、そこがフロントなのだった。背後には居心地のよさげな畳の部屋が見えていて、若い外国人女性が座って本を読んでいた。
私はいびきをかくし、ドミトリーは気疲れするので、個室に荷を下ろし、大槻さんは女性用のドミトリーに泊まった。個室の襖にはおおきななまずの絵が描かれていて、和室だけどモダンである。個人的にビジネスホテルよりも、こういう外国人バックパッカーも泊るようなアカぬけた宿が居心地よく感じる。海外旅行に来たような気持ちになった。

ゲストハウス「あなごのねどこ」
翌朝、宿に荷物を預かってもらい、迷路探索に出発した。
事前に地図を見てどこを歩くべきか大槻さんと検討したが、尾道の町は広く、すべての路地を味わい尽くすのは不可能という結論が出ていた。そこでわれわれが考えたのは、斜面に広がる町を横に横断しようという作戦である。ちょうど観光協会が配布している『尾道市街地観光案内地図』にモデルコースが描かれていて、その「古寺めぐりコース」というのが、われわれのイメージに近かった。
われわれは海沿いの遊歩道を駅方面まで歩いていった。左手に海を挟んで向かいの島が見え、渡船が行き来していた。中央に楼閣をのっけたような左右対称の渡船がかわいい。
べつにあんな楼閣みたいにしなくてもいいところを、ざわざわそんな風にしているところに昭和の観光地っぽさを感じる。いや、それ以上に香港や台湾の風情を感じている自分がいた。中国文化圏を旅行すると、やたら赤い柱と瓦屋根が目につくが、それを思い出した。そうするとこの狭い海峡は、九龍半島と香港島の間を分かつビクトリアハーバーということになって、じわじわと非日常の味わいが盛り上がっていくのだった。
尾道水道(尾道と対岸の向島を隔てる海峡)をわたる船。
駅を過ぎて山の手方面へ線路をくぐり、少し行ったところにガウディハウスがあった。ガウディハウスは、斜面に建つ古民家で、土地に合わせて建てた結果、庇がいっぱい張り出したいびつな形になってしまったその異形っぷりが素敵である。尾道最大の見どころぐらいに思えた。改装され宿泊できるようになっているらしく、そういうことなら一度どんな感じか泊まってみたい。

ガウディハウス CC BY-SA 3.0
ガウディハウス脇には細い路地が続いていて、これを町のほうへ戻っていけば、自然に「古寺めぐりコース」に接続する。いよいよ探索のはじまりである。
傾斜に沿って曲がりくねりながら続く細い路地が素晴らしい。ときどき山側に階段が分岐していて、これを行くとどこに繋がるのか知りたくなった。行って戻るのはなんとなく癪だから、一筆書きで行けるなら、どれもこれも行ってみたいけれど、我慢して本筋と思われる路地を進んでいった。
階段のなかには、その上に両側の家の庇が張り出し、屋根のようになっている路地があり、そういう場合この道は私道と考えるべきなのか、もし私道じゃないならそこに庇がせり出すのはいいのか、そのへんの権利関係はどうなっているのかなど、考えてもしょうがないことを考えた。
やがて不思議な道に出た。山側へと折れた道の先で、堅固な3階建ての建物が、道の上に跨るように建っているのである。ますます権利関係はどうなっているのかと考えた。
昔、伊勢の麻吉旅館に泊まったとき、隣の棟とつなぐ渡り廊下の下に階段が通っていて、その階段は公道だと言われたことを思い出した。公道の上に廊下を渡してもいいらしい。公道の上に建物が建てられるとなれば、それはもういくらでも面白い町ができるだろうと思った。
尾道のその場所は、道が結構深い谷間のようになっているうえ、建物の下はトンネルになっていて少々暗く、こんな印象的な道はなかなかないと感慨にふけった。

階段が多い

道にまたがって建つ建物
道はいくつにも分岐し、可能ならばどれもこれも歩きたいけど、行って戻るのは嫌だという妙なこだわりがあり、どれか一本を選んだら、後ろ髪を惹かれつつもそのままどんどん歩いていった。
細い路地を登っているときだった。路地は途中で階段になり、その階段がまた細く、そこで道を箒で掃いているおばあさんがいた。おばあさんは登ってきたわれわれに気づき、あらかじめ道を空けておこうと考えたらしく、階段の端っこに体を寄せようとしてバランスを崩し、あっ、と思った瞬間には、階段を踏み外したようで、スローモーションで私の目の前に落っこちてきた。激しい転倒ではなかったものの、顔から倒れたので、肝を冷やした。
体が階段上に下向きに倒れたので、なかなか起き上がれないようだったので、思わず抱き起したところ、少しパニックになっていたようで、
「死ぬ、死ぬ」
とおばあさんは動揺し、物騒なセリフを連発した。
顔に擦り傷ができて、血が滲み出していたし、地面についた手のひらも擦って血が出ていたが、頭を強打したわけでもなく、死ぬような事態には思えない。
抱き起して「死ぬ、死ぬ」と言い続けるおばあさんに、家はどこか、今家族がいるか、と尋ねると、うろたえつつも、今目の前の門が自分の家であり、息子が外出中だと答えた。ということは今はおばあさんはひとりだということだ。
もしかしたら骨折しているかもしれないので、病院へ連れて行ったほうがいいと思い、かかりつけの医者はあるか、と尋ねると、
「〇〇さんに通ってる」とのことだったので、電話したらちょうどお昼休みで誰も出ない。大槻さんと、救急車を呼ぶかどうか相談した。
正直、至急病院へ連れて行かなければならないほどのことではなさそうという判断と、今ここで骨折の有無などを調べることはできないから、家で応急処置をしてから、落ち着いたら病院というのがいいと思ったが、家はおばあさん以外留守だし、どうしたものか悩んだ。
この程度の傷で救急車を呼んでいいのかという思いもあるし、なにより疑問なのは、仮に呼んだとしてこんな階段の途中の場所に救急隊員がどうやって来るのか、ということである。
悩んでいる間も、
「死ぬ、死ぬ」
とおばあさんはパニックになっていて、抱きしめて「大丈夫、そんな怪我じゃないです」となぐさめつつ、たとえ病院が開いていたとしても、この階段の町をおばあさんを背負って病院まで連れて行くのは困難と思い、結局119番することにした。
ところが、場所はどこですか、と訊かれて、よくわからない。おばあさんに住所を聞くが、パニックで答えにならない。近くの住居表示を探してなんとか答えたが、救急車はなかなか来ないどころか、逆に電話がかかってきて、指定の場所に着きましたが、どこにいますか、と訊かれる始末。着いたと言われても、救急隊員来てないんだけど。
おばあさんの顔の出血はだいぶひどくなってきていて、唇あたりも大きく腫れ始めている。
「死ぬ、死ぬ」
「こんなぐらいで死にません!」
「死ぬ」
「死にません!」
ってやってるうちに道ではない建物の背後から、救急隊員が現れた。
そっちから来るか……。
救急隊は4人も来て、なんだか申し訳ない気分だったが、お婆さんもそれで少し落ち着いたようで、われわれはおばあさん転倒の状況を説明し、いずれ帰ってくる息子さんに手紙を書いた。消防隊員の一番えらい感じの人が、そういう連絡はこっちでやりますので大丈夫ですよ、と言ってくれ、われわれはおばあさんにひとこと挨拶してその場を離れた。
その後はどうなったかわからない。でも絶対死んでないと思う。
傍から見ればいいことをしたように思えるが、われわれがやってこなければ、おばあさんは道を空けるために脇による必要はなく、それでバランスを崩すこともなかったと思われ、どちらかというと申し訳ない気持ちだった。
それから、救急隊員が姿を現した建物の背後がいったいどこに通じているのか、それも気になった。そこは本来の道ではなく、お婆さんの家の裏庭というか、家と背後の崖の間のすき間であり、そういうことならその道を行ってみたい。とはいえ勝手に歩いていい通路には思えず、涙を呑んで別の道を行くことにし、中断していた迷路の探索を再開した。
一応の目論見として「古寺めぐりコース」を進みつつ、途中で逸れて千光寺まで登ろうという狙いがあったので、上にあがれそうな路地を見つけて、それを行ってみることにした。
石垣に沿っていい感じの階段を登っていく。散策するにはいい感じだが、そんな急峻な場所にも家が建っていて、毎日ここを上り下りしている地元の人は大変だなと思う。さっきのおばあさんも、町に出るには長い階段を降りていかなければならず、車も入れないから、米を買って帰るだけで一苦労ではないのだろうか。冷蔵庫なんか買い換えた日には業者も大変なんじゃないかといろいろ余計な心配をした。
そうなのである。斜面にできた迷路の町は、引っ越しや大型家電などの運び込みが大変というか、そもそも家を建てること自体かなりの難事業であって、迷路だからといって面白がってばかりもいられない。これだけ面白がっていながら、自分が住むことを想像すると、それは無理、と即断できるぐらいであった。
やはり階段が多い ときどき猫もいる
気がつくと近代的なコンクリートの建物が見えてきて、今は休業中の千光寺山荘だった。そのあと尾道市美術館の脇を抜けると整備された道路に出て、迷路を抜けた感があった。山の上は大きな公園になっていて、ループ橋のような展望台があり、そこから瀬戸内海を眺むことができる。
海峡越しにたくさんの島々が折り重なって、そのチマチマした景観が好みだった。大海原に水平線がどーんと広がるような景色は美しいけどすぐに飽きてしまう。こういうゴチャゴチャしているほうが私にはよかった。

チマチマした景観
千光寺にお参りすると、大槻さんが売り子のおばさんにつかまり、気がつくとお守りを買っており、
「いやあ、ものを売るってこういうことなんだと思いました」
と見事にカモられて、もとい、おばさんの見事な売り口上を褒め称えていたので、うっかり私も巻き込まれないよう距離をとった。
千光寺は境内が狭くごちゃごちゃしており、そういうところが個人的に好きだった。本堂横に《くさり山》という岩があり、鎖伝いに登る行場になっていたので、ふたりで登る。私はこういうアトラクション的な行場があるとつい登りたくなる。女性はあまりやりたがらない人が多いが、大槻さんはむしろ積極的についてきて「こういうの面白いです」と喜んでいた。
千光寺通りの階段を下る途中で右に折れ、ふたたび迷路の中へ入り込む。尾道が楽しいのは、迷路の中に小さなお店がたくさんあることだ。われわれはお客さんがひとりしか入れないぐらいの小さなパン屋でパンを買い、どこかでお昼にすることにした。ちょうどおあつらえ向きの空き地があり、なぜかベンチもあったので、そこに腰を下ろす。ここは公園なのだろうか。特に遊具があるわけでもないが、ベンチとテーブルだけある。隣に古民家を改造したカフェがあり、そこの庭なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
よくわからないままパンを食べた。
ここで気になったのは隣のカフェの2階の窓である。
窓からはテーブルに座るお客さんの姿が見えていて、それが実にリラックスした雰囲気で、私は急速にその空間に惹かれていった。
あそこで仕事したい。
この頃は古民家を改造して住んだり、お店にしたりする人が増えているが、たったそれだけのことに時代の大きな変化を感じる。自分が若かった頃は、古民家など見向きもされず、新築ピカピカのモダンなカフェがかっこよく見えたものだ。それが今では、古民家を改造した店のほうが、なぜかかっこよく見える。
今の若い人は古着に抵抗がなく、古いものと新しいものを組み合わせて着こなせるのがかっこいいのだと、ある若い人に言われたことがあるが、それと同じことが建物にも言えるようだ。新築は業者に任せて建ててもらうが、古民家を改造するのは自分たちも関与して作り直していくので、それだけ主体性や行動力がある証であると同時に、自分なりの創意工夫も発揮できる。私のような古い人間は、つい水回りは大丈夫だろうかとか、土台が腐っていないかとか、気にしてしまうが、そこも含めて改造するのだろう。むしろ今の人のほうがたくましいと言える。
たまにYOUTUBEなどで古民家を改造していく行程を見せる動画があるが、ああいうのもつい見入ってしまう。もっと若かったら自分もやってみたいぐらいだ。そんなことを考えながら、窓を見ていた。じろじろ見てしまって、中のお客さんには悪かったが、釘付けと言ってよかった。
パンを食べ終わり、われわれはさらに迷路を探索。魅力的な路地がたくさんあって、どれを行こうか迷う。神社に出たと思ったらロープウェイの駅舎が見えて、神社の大きな楠の上をロープが渡っていた。神社の屋根の上をロープウェイが運航していて、神様は気を悪くしないのか、そんなことが気になったが、一方でこういう意外なものが組み合わさった光景に惹かれている自分がいた。映画『ブレードランナー』で、街の上空に巨大な広告船が浮かんでいたのを思い出す。ロープウェイに乗りたかったが、この日は運休中だった。

ロープウェイ(運休中)
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いい感じの路地が続く
「古寺めぐりコース」は、さらに東へ繋がっていて、だんだん土地も平らになって迷路の核心部は過ぎたように思えたので、適当なところで引き返した。そうして駅の方向へ戻って、しめくくりに、あの楼閣をのせたような渡船に用はないけど乗ってみることにした。
客は主に通勤通学もしくは買い物に利用している地元の人たちで、興味本位で乗っているわれわれは少々浮いた存在だったが、私はフェリー、とりわけこういう地元の人が日常的に使う短距離の船が大好きで、何でもない顔をして乗っている地元の人たちの日常を勝手に想像して楽しんだ。
大槻さんは、あちこちカメラを向けて撮りまくっており、対岸についてもずっと撮っているので、船頭さんに早く降りろと追い払われていた。
たった1日でこれほど楽しめる町は滅多にない。
宿から何からすべてが至福だったのである。

フェリー


