朝日出版社ウェブマガジン

MENU

家ごもりヘロヘロ日記

時間の流れに追いつけない。半ノラ顔デカくんと、いくら撮っても飽きぬキー坊。同士と出会った気持ちになる『ほんのちょっと当事者』。ザワザワが伝わってくる『個人的な三月』。70日ぶり美容院でスッキリ!

  5月24日(日)

 7時半ごろ起きて、外を見ると晴れていたので嬉しくなった。このところ、曇りや雨の日が続いていたので憂うつだった。

 日記のために、3日前から(つまり5月21日から)のことをメモをしておこうと思ったが、何も思い出せない。3日間タイムスリップしたような感じだ。

 3日や1週間はあっという間に過ぎていく。なぜ年を取ると時間が早くなるのか、その理由を昨年亡くなった池内紀さんが『すごいトシヨリBOOK』(毎日新聞出版)という本で書いている。

 

老人が多くの過去を持っているといっても、過去は終わった時間です。

終わったものは極端に言えばゼロ。未来もほとんどないわけだから、未来に関しても限りなくゼロに近い。そのうえ、現在は社会性をなくしていて、その現在は刻々と過ぎていく時間に過ぎません。

だから、あっという間にひと月が終わったりする。「年を取ると月日の経つのが早いねえ」なんて言いますが、多くの過去を持っていると思い込んでいるだけで、それは何の足しにもならず、未来は非常に乏しくて、それをケチケチ使おうとするから余計、早々と日が経っていくのでしょう。

 

 時間というものはその中身、出来事によって伸縮するもので、老人の時間は物理的には長いのだけど、実質は非常に短い。それに対して、子どもの一日は限りなく長い。幼稚園から親と帰っていくとき、友達に「また遊ぼうね」と、ものすごく真剣に言ったり、絶叫したりする子がいるのは、幼い子には明日がないからだと池内さんは言う。

 

幼い子にとって、今日がすべてです。明日なんかないのです。「明日がある」というのは大人の判断で、子どもは自分の精一杯の時間を生きて、それが終わるのだから非常に悲しい。僕の家の近所に幼稚園があって、午後になると、やっぱり子どもたちが叫び交わしています。泣きそうになっている子もいる。年寄り同士が呼び交わしている光景なんかないでしょう? まる一日一緒にいたって、せいぜい「また来週」。

 

 時間の流れに追いつけなくなっているのは、気力、体力が衰えているからだと自分では考えていた。

 何かやろうと思っても、気がつけば1年経っていたりする。この日記だって書いている今は6月26日で、だいぶ過去のことを書いていることになる。

 なんでこんなに時間が経つのが早いのか、このままでは何もしないうちに死んでしまう······と思うこと自体が老人の証拠なのだろう。子どものように、明日のことなんか考えないで、その日を精一杯生きることができれば、時間に追われることもなくなる。

 今日は青空が広がっているし、精一杯一日を生きようと思いながら庭を見ると、キー坊がチョコンと座ってこっちを見ている。猫はどうなのだろう。少なくとも、精一杯ということは猫にはない。あるとすれば喧嘩のときぐらいか。などと考えながら、レトルトのキャットフードを皿に入れて、キー坊の前に置く。すると、それを察したかのように、うちの猫たちが寝室から出てくる。皿を2つ用意し、うちの猫たちの朝ゴハンを用意する。ネズミさん用にはテンカンの薬を混ぜる。

 続いて2つある猫トイレの掃除。今日は天気がいいから干してあげようと、陽の当たるところへ持っていく。

 

 天気がいいので猫トイレを干す。ネズミさんもタバちゃんも光が眩しそう

 

 風呂に入ってサッパリしたあと、朝食の支度。起きてきた美子ちゃんと朝食を食べ、2階に布団を持って上がりベランダに干す。

 続いて洗濯だ。洗濯物をネットに入れ、洗濯機を回すのは美子ちゃん、洗濯物を干すのは僕の役目だ。晴れた日に洗濯物を干すのは気分がいい。

 それから寝室を片づけ、掃除機をかける。そして、ちょっと一休み。コーヒーを飲みながら新聞を読んだりしていると、もう12時になっている。

 午後は、美子ちゃんが出かけたあと散歩に出る。頭はボサボサなので帽子を被り、マスクをして砧公園へ。日曜日だから親子連れが多い。芝生でサッカーボールを蹴り合ったり、ドッジボールをしたり、キャッチボールをしたり、ボールを使って何かしている人が多い。

 僕はスポーツ(特に球技)が嫌いで、ボールというものに縁がないけど、公園ではボールは必要不可欠なものかもしれない。家族で芝生に座っているだけでは、煮詰まってしまって気まずい雰囲気になるのかもしれない。

 僕は人を避け、みんながあまり通らない林の中を、マスクを外して歩く。鼻からいっぱい空気を吸い込んで、植物の匂いを嗅ぎながら歩く。人間を怖がらないカラスの子どもが、僕の前をチョンチョンと飛ぶように歩いている。かわい〜。砧公園を一周して家に戻る。

 

 マスクをして帽子を被り散歩に出かける

 

 3年前まで、ネズミ、タバ、タビ、キキの4匹の猫を飼っていて、3年前にタビちゃんが死んで、2年前にキキちゃんが死んだ。ということは、4月29日の日記に書いたのだけど、2匹とも樹木葬で、家の裏にある木の根元に埋めている。

 その木は20年ほど前に花屋で買った鉢植えの小さな木だったけど、家の裏に植えたら、陽当たりが悪いのにどんどん大きくなった。キキちゃんはその木に登って昼寝をしたり、タビちゃんもその木の下でまどろんだりしていたから、その木の下に埋めることは自然の成りゆきだった。  

 

 タバの木の上で昼寝するキキちゃん(2107年10月10日撮影)

 その木の名前がわからないので、タビちゃんを埋葬してから、タビの木と呼んでいた。キキちゃんを埋葬してからは、キキの木っていうのがおもしろいかなと思ったけど、タビちゃんが可哀想だから、タビキキの木ということにしている。

 2匹の猫を埋葬したら、タビキキの木はさらに勢いがつき、2階のベランダより高くなった。根元のほうで二股に分かれている片方の幹が、ブロック塀に被さり塀にヒビが入ってきたので、その幹を切ることにした。切れないノコギリでゴシゴシやって、直径15センチほどの幹を汗だくになって切った。枝を切り落とし、幹は短く切ってゴミ袋に詰めた。それからベランダの掃除。

 久しぶりに晴れたので、精一杯やり過ぎてちょっと疲れた。ソファにもたれて青山ゆみこさんの『ほんのちょっと当事者』(ミシマ社)を読んでいたら、いつの間にか眠ってしまった。

  

5月25日(月)

 昨夜は疲れて早く寝たので、6時に目が覚めた。今日も晴れている。

 寝室を出て外を見るとキー坊がもう来ていて、座布団で寝ているタバちゃんを見ている。こういうとき、人間の考えで「家の中で飼われて、座布団の上なんかで寝られていいなぁ」と、羨ましがっているのではないかと思ったりして、キー坊に引け目を感じてしまう。

 

 座布団に寝ているタバちゃんをジッと見るキー坊

 

 急いでキー坊に猫缶をあげる。食べたら眠そうな顔をしているキー坊とガラス1枚隔てて、ソファにもたれて新聞を読む。ノラでも飼い猫でも、猫がそばにいると安らぐ。

 朝日新聞が23、24日に実施した世論調査では、「内閣支持 最低の29%」だったそうだ。まだ29%も支持されている。ちなみに不支持は52%。

 午前中、近くの関東中央病院へ緑内障の定期検診を受けに行く。

 3年ほど前、目がかすむようになったのだが、単なる老化現象だと思っていた。美子ちゃんが「目は大事だから病院に行って調べてもらったら?」と言うので、関東中央病院の眼科に行って、視野検査や眼圧測定などをしてもらった。

 担当は、美子ちゃんのお母さんの白内障の手術をしてくれたヒトミ先生だった。そのヒトミ先生に「緑内障ですね。左が進んでますね」と言われたときは、かなりショックだった。目が見えなくなったらどうしようと(ミュージシャンに転向できるだろうかとも)冗談ではなく思ったりした。

 緑内障は視界に見えない部分ができると聞いたことがあったので、昔のヌード写真のヘアーを隠す黒ベタみたいなものが、突然視界の中に現れると本当に思っていた。10年ほど前、人間ドックのとき、緑内障の兆候があると言われたことがあったのだけど、黒ベタみたいなものは現れなかったから、そのままにしていた。

 ヒトミ先生から、緑内障は眼圧が高くなって視神経を圧迫するのが原因で、症状は改善できないけど、眼圧を下げる目薬で症状が進まないようにはできると聞いて、少しほっとした。それ以来、3ヶ月おきに定期検診に通っている。

 関東中央病院に行くと、救急車が出入りする人目につかないところに、テントが2つ設置されていた。近づいて見ると「発熱外来」と書いてある。なんとなく、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。(あとで関東中央病院のサイトを見たら、「当院は、地域のみなさんのために新型コロナ検査外来を開設しており、また、4月22日より新型コロナウィルス陽性患者さん〈疑い患者も含む〉の入院治療を開始しましたが、この入院棟は、一般の入院患者さんとは構造的に隔離されております。この独立した病棟で専門の医療スタッフが診療を行っており、外来、入院ともに一般の患者さんと院内で接することはありません」と書かれていた)

 1階で自動受付をして2階の眼科へ。いつもは診察室前のベンチが8割方埋まっているのだけど、今日はその半分ぐらいだ。1時間ぐらいは待つことが多いので、本を持ってきたが、読む間もなく順番がきてしまった。

 ヒトミ先生は病院を移られたので、今年から担当がリサコ先生に代わった。

 左右の眼圧を検査すると12と13だった。「いいですね〜」と、リサコ先生が元気よく言ってくれるから、気持ちが明るくなる。目薬の処方箋を書いてもらって診断は終わり。

 午後は、青山ゆみこさんの『ほんのちょっと当事者』を読む。第1章は読んで、早く次を読みたいと思っていたのだが、延び延びになっていた。

 第1章「暗い夜道と銀行カードローンにご用心」には、青山さんが自己破産しかけたことが書かれていた。それを読んで、ちょっと嬉しくなった。

 実は、僕も自己破産を考えたことがある。バブル末期のころ、銀行がどんどんお金を貸してくれるから、100パーセント借金で不動産を買いまくっていたら、すぐにバブルが弾けてしまった。不動産価格がどんどん下っていくのだが、また上がるだろうと思ってローンを払い続け、数年経って物件を売っても残債が2億円近く残るというところまできたとき、自己破産しかないと思ったことがある。

 青山さんが自己破産しかけたのは、クレジットカードだ。クレジットカードで欲しいものを買いまくり、その結果、当然だけど、普通預金の残高がどんどん少なくなっていく。

 

欲しいものが手に入っても、現金が手元にないというのはなかなか不便なものだ。

思案してひらめいたのが、別の会社のクレジットカードをつくることだった(おいおい!)。正社員で毎月のカード支払いに滞りがなく、同居する親は不動産(実家)を所有しているという条件のわたしは簡単に審査に通り、新たに二枚のカードをもつようになると、三枚のカードを手裏剣のように切りまくった。クレジットカードは無尽蔵に湧く油田のようにも思えた。しかし再び徐々に資源は枯渇した。

 

 そんなとき、マイバンクからカードローンの案内がくる。カードローンを申し込んでおけば、預金残高が不足した場合、口座から自動融資されるという、青山さんが言うところの「夢のようなシステム」だった。

 「夢のようなシステム」とか言っているのだから、自己破産を考えるところまでいくのは、時間の問題だったのだろう。

 自分では返せない額の借金を背負い、追い込みをかけられたときの気持ちを、青山さんは「胃が締め上げられるような嫌な苦しさ」と書いているのだが、確かに僕もそういう状態になったことがある(もっとすごいのは、魂がスーッと抜けたこともある)。

 借金のことは、恥ずかしくてなかなか人には言えないから、ものすごく孤独になる。だから、同じような体験をした人がいると、同士に出会ったような気持ちになって、嬉しくなってくるのだ。

 自己破産から始まり、難聴、児童虐待、性暴力、終末期鎮静、夜尿症、障害者差別、派遣社員、親との葛藤とテーマが変わっていく。それらのことの「ほんのちょっと当事者」である青山さんが、自分に問いかけながら、自分にツッコミも入れながら、ちょっと大変なことをおもしろおかしく書いている。

 同士と出会ったような気持ちになって、嬉しくなってしまう人もたくさんいるのではないだろうか。

 6時からテレビで安倍総理の会見を見る。緊急事態宣言を全面解除するらしい。「日本ならではのやり方で、わずか1ヶ月半で、今回の流行を収束させることができました。日本モデルの力を示したと思います······」と自慢気に話している。「日本ならではのやり方」とはどんなことなのか。本当に流行を収束させることができたのだろうか。

 

5月26日(火)

 朝5時ごろ、カタカタという音で目が覚めた。

 それより1時間ほど前、ネズミさんが襖を爪研ぎのようにガリガリやって外に出たがっていたので、玄関横の猫穴を開けたのだが、そのまま眠ってしまった。その猫穴からノラが入ってきて、うちの猫たちの食べ残しを食べているようだ。

 面倒くさいと思いながらリビングに行ってみると、キー坊だった。キー坊は驚いて逃げようとするのだが、玄関の方には僕がいるので、開けっ放しの寝室に逃げ込んで走り回っている(それでも目を覚まさない美子ちゃんはすごい)。僕が寝室に入るとリビングの方に逃げ、そのまま玄関横の猫穴から外に出て行った。

 もう十何年も前の話だけど、うちによく来る半ノラのオス猫がいた。その猫は首輪をしていて、その首輪が替わったことがあった。ということは、飼主がいるということだ。うちに来る目的は、ネズミちゃん(♀)が目当てだった(まだタバちゃんもキキちゃんも生まれる前のこと)。顔のデカい猫なので、顔デカくんと呼んでいた。

 

 愛嬌がある顔デカくん(神藏美子撮影 撮影年月日不明)

 

 あるとき家を留守にして戻ったら、顔デカくんが家の中にいた。家の主みたいにドッシリしていて逃げようともしないので、ちょっと懲らしめてやろうと思って、ドアを閉めて逃げられないようにして、新聞紙を丸めて叩いたら、ものすごい勢いで部屋の中を走り回り、キッチンに逃げて醤油などの瓶を倒したから、その片づけをしている間にいなくなった。

 部屋から出られないはずなのにおかしいと思って、ソファーの下などを探したがいなかった。そのうち出かけていたネズミちゃんが帰ってきたので、ドアも開けっ放しにしていたから、いつの間にか逃げたのだろうと思っていた。

 次の日の朝、「押入れの中で音がする」と美子ちゃんが言うので、押入れを開けてみたら、そこに顔デカくんがいた。顔デカくんは咄嗟に飛び出し、ガラス戸を開けたら、そこから外に逃げて行った。押入れの襖が細く開いていたのでそこから入り、一晩中隠れていたのだろう。

 押入れの中が臭いので、顔デカくんがオシッコでもしたのかと思い、襖を外して中を見ると、置いてあった座布団の上に2段重ねの下痢便をしていた。抗議の下痢便だと美子ちゃんは言っていたが、逃げられないストレスで下痢便になったと僕は思っている。

 ネズミさんはペットショップで貰ったのだが、砧公園近くの道路脇にいるところを拾われたそうで、おそらくノラの子どもだ。ノラの習性なのか外が好きで、ネズミさんの子どもたちもみんな外に出たがる。

 そのため、猫穴を開けっ放しにすることもあって、そこからノラが入ってくる。残り物を食べるのはいいとしても、オシッコ(マーキング)をあちこちにされるのは困るということで、首輪につけた磁石で入口が開閉するマグネット・キャットドアを通販で買ったのだが、うまく作動しないので、取りつけもしないでそのままにしている。いい方法はないものか。

 二度寝して7時半ごろ起きて庭を見ると、数時間前に追い出したキー坊がこっちを見ていた。なんとなく気まずい思いをしながら朝食を持って行く。

 

 キー坊が見ている。なんとなく気まずい思いがする

 

 今日はヨガの日なので、9時半ごろから美子ちゃんとグチャグチャになった部屋を片づけて掃除する。

 11時にミセス・ヨガO先生が来てくれてヨガ開始。首と肩が痛いと言うと、首と肩のストレッチをしてくれた。いつもソファにもたれて本を読んでいるせいで、昨日から首と肩が痛い。そのため、昨日は何もやる気が起こらなかった。

 12時50分までストレッチヨガをやって、首と肩の痛みが軽くなった。

 ポストを見たら、植本一子さんから封書が届いていた。開けてみると、『個人的な三月 コロナジャーナル』という冊子が入っていた。植本さんが自主制作した日記本だ。

 植本さんが「コロナ日記」を自主制作したことは、ツイッターで知っていた。自分も「コロナ日記」を書いていることもあって、ぜひ読みたかった。

 そういえば、植本さんの日記本『かなわない』も自主制作で、面識もなかったのに送ってもらった。植本さんの夫は石田さんことラッパーのECDさん(2018年1月24日没)で、植本さんはECDさん以外にも恋人がいた。そういうことを包み隠さず書いている日記で、読み出したら止まらなくなり、夫婦で奪い合うようにして読んだ。

 それが加筆されて、タバブックスからハードカバーの『かなわない』が出版されたのが2016年の2月で、それから『家族最後の日』(2017年1月・太田出版)、『降伏の記録』(2017年10月・河出書房新社)、『台風一過』(2019年5月・河出書房新社)と、3年間に4冊の日記文学が本になっている。

 『個人的な三月 コロナジャーナル』は、2020年2月27日から3月31日までの日記で、コロナ騒動が始まったころのザワザワした感じが伝わってくる。主な登場人物は、植本さんと2人の娘さんと、「彼氏」「彼女」ということではなく、関係性には名前をつけずに一緒に住んでいる(2018年10月5日の日記『台風一過』)ミツさんの4人。

 『かなわない』の日記は、2011年4月23日から始まる。そのころ、上の娘さんは保育園に通っていて、下の娘さんはまだ赤ちゃんだった。『かなわない』『家族最後の日』···と続いていく4冊の日記本から、娘さんたちが成長していく様子がわかる。  

 『個人的な三月 コロナジャーナル』にも、当然娘さんたちのことが出てくる。たとえば、2020年3月17日の日記には、こんなことが書いてある。

 

 昨日の夜、食事を終えて元気になったミツが急に、僕はよく生きようと思って、と言い出した。

「人のためになることをしたい。それには、世の中に良いことをしたらいいと思うんだよね。でも、世の中に良いことってなんだと思う?」

 そんなこと考えたこともなかったので、しばらく考えて、納税とか······?と答えた。ミツ自身もどうしたらいいのかわからないものの、これまで自分のことばかり考えていたと反省したのだと言う。

 いまいちその問いが掴みきれなかったのだが、娘に話の流れをしてみた。どう思う?と聞くと、うーん、としばらく考え込み、うまく言葉にできないけど、と前置きして話し始めた。

 「誰かからもらったエネルギーを、また他の誰かが生きるエネルギーにしたらいいんじゃない?······ここにある植物も一緒だよね。誰かに生かしてもらってるから······自分も誰かを生かしてあげたいって思う。生きるって······返さなきゃいけないから。いつのまにか返せてるのかもしれないけど、結局人それぞれ。ミツは······生まれてきただけで、お母さんとお父さんを救ったんじゃない?

  お母さんとお父さんと言われ、私と石田さんのことかとハッとしたが、ミツの両親のことだ。〔中略〕

  娘に言われるまで、自分の存在が、親を救っているなんて考えたこともなかった。ミツの両親は不仲だと聞いているし、ミツ自身も夫婦というものに対していい印象を持っていないのは知っている。でも、ミツが生まれたことで、ミツのお母さんもお父さんも嬉しかったはずだし、ミツの存在は二人を救っているのだとたしかに思う。どんなふうにかはわからないし、救うという言葉で合っているのかもわからないが、本当にそのとおりだと思ったのだ。

 それは自分自身にも言える。娘が生まれたことで、私は救われた。そして、私が生まれたことで、お母さんとお父さんも何かしら救われたのでは。そして、生きているミツに会えたことで、私は救われている。

 

 『かなわない』の書き始めは、東日本大震災の直後からで、4冊の日記本が立て続けに出たあと、日記はしばらく発表されていなかった。

 『個人的な三月 コロナジャーナル』は、新型コロナウイルスで、初めての美術館(広島市現代美術館)での写真展示が、途中で中止になるところから始まる。その後、日記は「note」で継続されている。偶然かもしれないけど、植本さんにとって、人間が逆らえないようなことが起こったときが、書き始める、つまり何かを考えるきっかけになっているように思う。

 

5月28日(木)

 6時半起床。首と肩がまた痛くなったので、憂うつな気分になる。あと1時間ほど眠りたかったけど、目が覚めてしまったから仕方がない。庭を見るともうキー坊が来て踏石の上に座っている。

 

 朝6時半なのにもうキー坊が来ている

 

 8時ごろ美子ちゃんが起きてきて、入れ替わりに寝室に入って11時まで眠った。

 午後、ペーソスのリモート無駄話「単調ネ日乗」の5回目の収録があった。ゲストは放送作家のKさんだ。

 Kさんのお父さんは、ペーソスのライブにいつも来てくれていて、マネージャーみたいなことまでやってくれていた。ペーソスが北海道ツアーや大阪ツアーができるようになったのも、みんなKさんのお父さんのコネクションのおかげだ。

 そのお父さんが2017年1月に突然亡くなり、そのお葬式でペーソスが演奏させてもらった。結婚式にはたまに呼ばれるけど、お葬式で演奏するのは初めてだった。司会のスマイリー井原が、MCの途中で泣きだして、何を言ってるのかわからなかった。

 放送作家のKさんは、お父さんが亡くなったあと、ペーソスのライブにときどき来てくれるようになった。というわけでゲストに出てもらうことになったのだけど、「ちょっと用意してきたものがあるんですけど」と言って、「ペーソスの曲の一部分で曲名当てクイズ!」というものを作っていた。歌詞の一部分を見て、曲名を当てるクイズだが、だんだん難易度が上がっていくようになっていて、「さすが放送作家!」と言いたくなった。

 収録が終わり、遅い昼食のあと、美子ちゃんとサミット砧環八通り店の2階にある無印良品に行く。

 ソファにもたれて本を読んでいると首が痛くなるので、「心地よく読めるカウチみたいなものが欲しい」と美子ちゃんに言ったら、無印良品のカタログで「くつろぎの形に合わせて自由に変形する、体にフィットするソファ」というものを見つけてくれたので、それを見に行くことにしたのだ。散歩がてら歩いて行ったらかなり遠かった。

 無印良品に行くと、大きなクッションのようなソファが展示されていた。「人をダメにする椅子」とも言うらしい。座ってみると体が沈み、体の動きに合わせて変形してくれる。これなら長時間座っていても疲れないかもしれない。値段もそんなに高くないので注文することにした。

 ついでにTシャツなどを買い、1階に降りてサミットで買い物をし、外に出たら雨が降っていた。傘を持ってなかったので、サミットに入ってビニール傘を買い外に出る。環八沿いに歩くのは嫌だと美子ちゃんが言うので、桜丘の方へ歩く。首と肩がまた痛くなり、雨まで降ってきたので、気持ちは沈むばかりだ。美子ちゃんのあとをトボトボ歩いて帰ってくる。

 家に帰ってロキソニン(鎮痛剤)を飲んだら、痛みがスーッと消えた。薬の力はすごい。夕食を食べて、「家ごもりヘロヘロ日記」の4回目を書く。

 夜、朝日新聞の中島さんから連絡があって、5月13日の朝日新聞に載った『新型コロナ それぞれの「要と急」』の末井の発言(5月6日13日の日記参照)に対する読者からの反響を教えてくれた。

 テレビの報道で、パチンコ店は悪、並んでいる客は不謹慎という考えが国民に植えつけられたが、自分もその1人だったという主婦の方から、「一言で〝不要不急〟といっても、さまざまな価値観があることを思い知らされた。報道では多数派の価値観ばかり取り上げられるので、それが正しいという印象を持ってしまう。怖いことだ」という感想があったとか。

 パチンコにはまったく興味がないという、これまた主婦の方から、「パチンコは叩きやすいからか、目のカタキのようにみんなで叩く。そんな中で、パチンコに救われたという話にほっとした」という感想があったらしい。叩きやすいものを袋叩きにする人がものすごく多いのは、どうしてなのだろう。

 記者の人たちからも評判がよかったそうだ。反体制的、反世間的なことを言うと、批判されるんじゃないかとビクビクするけど、こういう感想をもらうと励まされて元気になる。

 

5月29日(金)

 6時半起床。今日は晴天。首と肩の痛みもほぼなくなったので調子がいい。

 午前中は布団や洗濯物を干したり、午後は「家ごもりヘロヘロ日記」を書いたりしたあと、緊急事態宣言解除後初めての外出だ。

 2ヶ月以上髪を切っていなかったので、いつも行くヘアーサロンを4時に予約した。用賀からそのヘアーサロンがある代官山までは、渋谷回りが早いのだが、二子玉川、自由が丘経由の方が、沿線の景色が見えて楽しいから、下り電車に乗る。電車に乗るのは1ヶ月ぶりぐらいだろうか。

 空いている電車で二子玉川に着いて、時間があったので、駅を出て町をぶらぶら歩いてみる。人出も通常に戻ったようで、サラリーマン、主婦、子ども、学生たちが、みんなマスクをして歩いている。マスクをしてないとジロッと睨む人がいるので、もちろん僕もマスクをしている。

 銀行の入口には、フェイスシールドをつけた女性の行員が両脇に立って、密にならないようにお客さんを誘導している。このマスク&フェイスシールドは、いったいいつまで続くのだろう。

 青空に白い雲。もう夏の雲だ。

 

 二子玉川をぶらぶら歩く。全員がマスクをしているのがすごい。

 

 二子玉川から大井町線に乗り、自由が丘で東横線に乗り換える。間違って急行に乗ってしまい、中目黒で各駅停車に乗り換え。駅のホームから山手通りを見下ろすと、たくさんの車が行き交っている。町が動いている感じがする。

 

 中目黒駅のホームから見る山手通り

 

 各駅停車に乗り、代官山に3時26分に着く。少し早く着いたので、駅前のカフェに入った。普通に営業しているけど、お客さんはみんな1人で来ている。コーヒーを飲みながら歩いている人たちをぼんやり眺めていたら、4時5分前になった。

 いつものOOYY(オーオーシカシカ)に行き、マスクしたままカラーリングしてもらい、マスクしたまま髪を洗ってもらい、マスクしたままマミさんにカットしてもらった。髪を切るのは70日ぶりだったのでスッキリした。

 

 OOYYで70日ぶりに髪を切ってもらう。ああ、さっぱりした

 

 OOYYを出たあと、どこかに行きたいと思うのだけど、家ごもり癖がついてしまったのか、どこに行きたいかが思いつかず、渋谷回りのコースで帰ってきた。

 家に帰ると、特別定額給付金の申込書が届いていた。

 

5月30日(土)

 6時半ごろネズミさんに起こされ、少しウトウトして、7時半に正式に起きる。今日もいい天気だ。

 キー坊が庭先で待ち構えているので、猫缶をあげて、食べ終わったところで写真を撮らせてもらう。キー坊はスマホを向けるとポーズを取るので、いくら撮っても飽きない。

 

 食事が終わった後のキー坊。顔がちょっと怖い

 

 朝食を作ったり、布団を干したり、洗濯物を干したり、食器を洗ったり、天気がいいと家事が多くなる。というか、天気がいいと家事をしたくなる。

 午後は掃除や、美子ちゃんの料理の手伝いをする。夕方から、江本純子監督の『愛の茶番』の0号試写があるのだ。「マスク着用で」ということで、7時ごろまでに5人の方々が集まった。

 

 左から、小林麻子さん、江本純子さん、金子清文くん、千木良悠子さん、金子優子さん、美子ちゃん

 

 壁にかけたスクリーンにプロジェクターで、本編約2時間半、メイキング27分の上映だった。台本なしで上演した演劇を、お客さんも巻き込んで撮った映画で、喧嘩で怪我をして救急車が来るシーンもあるスリリングな映画なのだが、おかしくもあった。

 江本さんが劇団「毛皮族」をやっていたころは、毎回観に行っていたけど、「財団 江本純子」になってからはあまり観ていない。美子ちゃんはほとんど観に行っているので、どんな芝居だったか話だけは聞いているのだが、結局は江本さんの存在そのものがおもしろいということになっていく。

 江本さんは女性が好きなのだが(『股間』という小説で、相手の女性のことを書いて問題になったことがある)、恋愛しているときの江本さんはやたらテンションが高い。そして別れるのも早い。そのすったもんだが演劇に昇華されていく。江本さんの演劇は、基本は「私演劇」で、演劇を観ることは、江本さん自身を見ることになる。江本さんがおもしろいんだから、おもしろくなるに決まっている。

 みんなが帰ったのが1時過ぎ。そのあと、眠いのを我慢しながら食器洗いなどして、3時半に布団に入る。

(つづく)

バックナンバー

著者略歴

  1. 末井昭

    1948年、岡山県生まれ。工員、キャバレーの看板描き、イラストレーターなどを経て、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『ウィークエンドスーパー』、『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を創刊。2012年に白夜書房を退社、現在はフリーで編集、執筆活動を行う。
    『自殺』(小社刊)で第三〇回講談社エッセイ賞受賞。主な著書に『素敵なダイナマイトスキャンダル』(北栄社/角川文庫/ちくま文庫/復刊ドットコム/2018年に映画化・監督 冨永昌敬)、『絶対毎日スエイ日記』(アートン)、『結婚』(平凡社)、『末井昭のダイナマイト人生相談』(亜紀書房)、『生きる』(太田出版)、『自殺会議』(小社刊)などがある。令和歌謡バンド・ペーソスのテナー・サックスを担当。
    Twitter @sueiakira

ジャンル

閉じる