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家ごもりヘロヘロ日記

痙攣するネズちゃんとノラのキー坊。「不要不急」インタビュー。ユリイカ『総特集 坪内祐三』のこと。

 4月27日(月)

 5時半に目が覚めてしまったので、昨日から書いている「家ごもりヘロヘロ日記」の続きを、メモを見ながら書く。そのあと、風呂に入ったり、朝食を食べたり、新聞を読んだり、家事などしていたら時間はあっという間に過ぎ、気がつけば午後1時半。テレビを見ながら、美子よしこちゃんが作った肉そぼろ丼を食べる。「ひるおび!」も「ミヤネ屋」もコロナのことばかり。

 美子ちゃんはPCR検査が少ないことに腹を立てている。外国に比べて日本の感染者が少ないのは、検査数が少ないからだという意見だ。その裏には、潜在的にどのくらい感染者がいるのかわからないという不安がある。肉そぼろ丼を食べながら、テレビに向かって「マスク2枚配ったりしないで、PCR検査増やせばいいんだよ! バカじゃない!」と大声で怒るので、宮根が何を言ってるのかわからない。怒ることでストレスを発散しているのではないだろうか。

 雨が降りそうなので、いつでも戻れるように家の周辺を40分ほど早足散歩したあと、美子ちゃんがおもしろいと言っていた、2017年にカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したリューベン・オストルンド監督の『ザ・スクエア 思いやりの聖域』をNetflixで観る。

 周囲から信頼を得ている現代アート美術館のキュレーターは、離婚して2人の娘を育てるよき父親でもある。ある日、携帯電話と財布が盗まれ、犯人を探すためにあることをしたことで、予想外の窮地に立たされる。また、美術館での新しい展示「ザ・スクエア」の広告を人任せにしたため、とんでもない非人道的な広告がネットで流され、周囲からの信頼をなくしてしまう。

 美術館の支援者たちが集まったディナーパーティーの会場を走り回る「モンキーマン」がすごかった。人間なのに猿にそっくり、いや、猿なのに人間にそっくりなのか一瞬わからなくなる。このシーンは見ものだ。

 

4月28日(火)

 8時に起きて入浴・朝食を済ませ、美子ちゃんを起こして2人で家の掃除。

 先週の火曜日は病院に行ったので出来なかったが、毎週火曜日はミセス・ヨガのO先生に来てもらってヨガをやる日だ。それとともに、お掃除の日でもある。家の掃除は誰かが来ないとなかなかやる気にならないので、O先生のおかげで週一で家がきれいになっている。

 ヨガを始めたのは2年ほど前だったと思う。それまでは、美子ちゃんが隣町のO先生の自宅でやっているヨガ教室に通っていた。O先生はヒップホップ・ダンスからヨガの先生になった人で、体がすごく柔らかい。美子ちゃんは、O先生から体を柔軟にする方法をいろいろ教えてもらって、体が固い僕に教えてくれていたのだが、「私が説明するよりも、O先生に習ったほうがいい」ということになった。しかし、O先生の生徒は全員女性なので、そこに僕が入っていいものかどうか、というより入れてくれるのか、というより恥ずかしい。

 ということで、美子ちゃんがO先生に出張で来てもらえないか頼んだら、毎週火曜日だったらいいということになった。

 11時ピッタリにO先生来宅。ヨガをするのは8畳の部屋だけど、3人だと結構「」になる。O先生はマスクをしているけど、僕らは苦しいからしていない。自分たちが100パーセントコロナじゃないとは言い切れないから、本当はしたほうがいいんだろうな。

 O先生は、僕らの体を上から順番にほぐしていくメニューにしてくれている。ヨガというよりストレッチなのだが、かなりきつい。手を抜こうとしてもマンツーマンだから抜けない。頑張ってやっているだけあって、前よりは姿勢がよくなったし、腰痛もほとんどなくなった。

 終わったあとはグッタリ疲れる。でも、背筋が伸びたようで気持ちいい。

 昼食後、疲れたので寝室で横になっていたら眠ってしまい、目が覚めたら5時だった。

 6時からペーソス・リモート無駄話「単調ネ日乗」のテスト。コロナ自粛のため、4月・5月に入っていたペーソスのライブはすべて中止になったので、ファンの皆様への近況報告を兼ねて、会議ソフトのzoomを使って雑談でもしてみよう、演奏もしてみようということになった。といっても、zoomを使ったことがないので、ギターの米内山よないやま尚人くんから使い方を電話で教えてもらいクリックしたら、おおお、みんなの顔が映った。みんな元気でよかった。が、ボーカルの島本さんがいない。

 島本さんは自宅にパソコンがない。事務所に行けば古いパソコンがあるけど、ワープロも打てないほどパソコンに弱いから、本日は欠席ということだ。久しぶりにみんなの顔を見たけど、あえて話すこともないので、つながることを確認して終了。30日に米内山くんが島本さんの事務所に行って、2回目のテストをすることになった。 

 

4月29日(水)

 8時半起床。美子ちゃんはまだ眠っている。2匹の猫、タバちゃん(本名はタバサ)とネズちゃん(本名はねず美)にゴハンをあげる。ネズちゃんのゴハンはお薬入りだ。

 ネズちゃんは半年ほど前、突然痙攣しだした。足を激しくバタバタさせて、ヨダレを垂らしオシッコも漏らしていた。それを見たとき「ああ、死ぬんだな」と思って覚悟していた。

 保護子猫としてペット屋さんにいたのを引き取ってからもう18年経つ。その間に10匹ほど子供が産まれ、いろんな人に貰ってもらったが、2匹が売れ残り、1匹が出戻ってきて、ネズちゃん、タバちゃん、タビちゃん、キキちゃん(全部メス)の4匹がいたのだけど、3年ほど前にタビちゃんが死んで、2年ほど前にキキちゃんも死んだ。ネズちゃんが一番年上だから、もう死んでもおかしくはない。

 ネズちゃんの痙攣は、5分くらいでおさまったのだが、それからときどき痙攣するようになった。美子ちゃんが動物病院に行って先生に訊いたら、テンカンだと言われたそうだ。猫にもテンカンがあるのだ。発作が起きているときは、全速力で走っているのと同じ状態らしい。先生に調合してもらった薬を食べ物に混ぜてあげるようにしてから、発作はおさまっている。でも、だいぶ元気がなくなってきた。ときどきよろよろしたりする。今は風邪をひいているみたいで、ときどきクシュンとやっている。ネズちゃんに元気がないと、こっちも元気がなくなる。

 

 テンカンがおさまったネズちゃん

 

 風呂に入って出てきたら、珍しく美子ちゃんが起きていた。外を見たら、最近よく来るようになったノラのキー坊(オス。毛色が黄色っぽいのでキー坊と呼んでいる)が来ていた。裸で踊ったら、しばらく見ていたけど近寄ると逃げた。美子ちゃんに「怖がらせちゃダメだよ」と言われた。

 

 キー坊のために裸おどり

 

 朝食を食べ、家事を済ませ、コーヒーを飲みながら朝日新聞を読む。

 コロナの感染拡大を防ぐため、自治体がパチンコ店を休業させる取り組みを強めている。東京都は休業要請を続けた結果、営業している店はゼロになったと小池知事が昨日言ったが、まだ4店営業していることがわかった。西村経済再生相は「強制力を持つ形で検討せざるを得ない」と語り、特別処置法の改正の必要性に言及した。

 米国カンザス州にある「サバイバル・コンドー(コンドミニアム)」に、裕福層から問い合わせがくるようになったという記事もあった。大草原の中にある深さ60メートル、地下15階の高級シェルターで、米軍がミサイルを格納するために作った縦穴を購入して作った。食用の淡水魚を育てたり、野菜を水耕栽培する設備や、ジムやプールやシアター、教室、武器庫もある。新型コロナウイルスも排除できる高性能フィルターで空気は清浄に保たれている。開発者のラリー・ホールさんは、2001年9月の米同時多発テロが契機になって「生き残りビジネス」を始めた。今また「サバイバル・コンドー」が注目されているのは、ウイルスへのパニックと経済崩壊による社会不安からだ。分譲価格は150万ドル~500万ドルだとか。

 パチンコ店に休業要請を出すことと、カンザス州の地下シェルターが注目されていること。どちらも新型コロナウイルスからの生き残りに関係した話だが、普段なら絶対重ならない話題だ。家ごもりになってから新聞をよく読むようになった。新聞はいろんなことが俯瞰して見えるのでおもしろい。

 2時10分前に用賀駅の改札へ。朝日新聞の中島さんから4日前にインタビューの依頼があり、2時に改札で待ち合わせすることにしたのだが、2時になっても中島さんは現れない。改札近くにいるのは、用賀駅周辺案内を熱心に見ているリュックを背負った男の人1人だけ。上り下りの電車から次々に人が降りてくるけど、中島さんは見当たらない。

 日にちを間違ったかと思ったが、念のため「いまどちらですか?」と中島さんにショートメールを送ったら「いま用賀の改札口です」という返信があった。周りを見渡すと、さっきの用賀駅周辺案内を見ていた人がスマホを見ていた。前に会ったことがあるのに、お互いマスクをしているのでわからなかった。ビジネスセンタービルに移動して、横並びに座れる「シェ・リュイ」に入る。

 インタビューは「不要不急」について。ここ2ヵ月ほど、不要不急なことは自粛してほしいと言われてきたが、人によって不要不急なことはそれぞれ違う。誰もが不要だと思っていることも、人によっては必要なこともある。不要不急の最たるもののように思われているのがパチンコだけど、僕は昔パチンコに救われた経験があるので、パチンコのことを中心に話した。

 僕は人見知りするたちなのだが、中島さんにはすごく話しやすい。このところ人と話す機会がほとんどなかったので、心の便秘が治ったようにスッキリした。

 

 朝日新聞の取材を受ける。写真を撮られる。

 

4月30日(木)

 7時起床。2匹の猫たちが寝ぼけまなこでこちらを見ているので、急いで朝ゴハンをあげる。入浴・朝食後、日当たりのいいところで朝日新聞を読む。

 宇宙ステーションに4ヵ月以上滞在した若田光一さんに、家ごもりのストレスをどう発散したらいいかを聞いた記事があった。それによると、日々のスケジュールを明確にし、生活のリズムを乱さないこと、日記をつけること、運動したり植物を育てたりしてリラックスすること、プライベートの時間を持つことだとか。

 僕自身、家ごもりのストレスはないと思っていたのだけど、ここにきてちょっと怒りっぽくなっていることに気づく。ストレスが溜まっているからではないか。映画を観に行ったり、人と会ったりすることで、意識しなくてもストレス解消になっているのかもしれない。ネットで映画も観られるし、電話で人と話すこともできるけど、出かけているときにひとりの時間が持てるからかもしれない。

 2時からペーソス・リモート無駄話「単調ネ日乗」の2回目のテスト。今回はギターの米内山尚人くんが、島本さんの事務所に行ってzoomをセットした。いつもと変わらない情けない感じで、島本さんが写っている。司会のスマイリーが欠席しているので、あえて話すこともなく、米内山くんのギターで島本さんが「痩せても枯れても」を歌ってテスト終了。本番は明日の2時からだが、話すこと何もないなぁ。

 散歩に出て、砧公園園を早足で歩いていたら、体がだるくなって早く歩けなくなる。倦怠感がひどいので、家に帰って体温を測ると37.8度。やや高い。「大丈夫かなぁ」と美子ちゃんが言う。新型コロナウイルスに感染するとまず倦怠感が出るらしい。

 コロナではないことを祈り、睡眠導入剤を飲んですぐ寝る。

 

5月1日(金)

 8時ごろ起きる。体温36.8。血圧110-74、心拍数82。

 体がまだだるい。新聞を開くと「患者治療 第一線で戦い疲れ果て」という見出しで、ニューヨークの病院で新型コロナウイルスの患者の治療にあたり、自らも感染した女性医師(ローナ・ブリーンさん)が自殺した記事があった。今いちばん大変なのは、医療現場にいる人たちだろう。と、簡単に書いていいものかどうか。

 2時からペーソス・リモート無駄話「単調ネ日常」の収録。司会のスマイリーがスーツ・蝶ネクタイのステージ衣装で出てきた。僕もスーツを着ようとチラッと思っていたけど、暑いのでやめた。最近やっていることは、米内山くんはギターの練習、クラリネットの近藤哲平さんはやることないからお金になるやることを募集中とか。島本さんはいつもと同じように事務所で原稿を書いていて、酒は家で飲んでいるとか。僕はこの「家ごもりヘロヘロ日記」を書いている話をした。zoomの使い方もまだ慣れないので、なんとなく「大丈夫かな?」という不安定感がおもしろい、のかな。

 昨年公開された『ジョーカー』の主演・ホアキン・フェニックスの偽ドキュメンタリー映画『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年公開)をAmazonプライムで観た。

 この映画で、ホアキン・フェニックスがものすごくデブになっているのだが、俳優は太ったり痩せたり自由にできるのだろうか。昔、マーティン・スコセッシの『レイジング・ブル』というボクサーの映画を見たことがあるけど、ボクサー役のロバート・デ・ニーロが、ボクサー引退後にものすごく太って別人のようになっていた。イタリアに行って3ヵ月間食べまくったという記事を読んで、ロバート・デ・ニーロは役のためなら自分の体を変えてしまう、マニアックな俳優だと思ったことがある。ホアキン・フェニックスは『ジョーカー』に出演するため、81キロあった体重を3ヵ月で58キロまで落としたそうだ。1日にリンゴ1個しか食べなかったとか。それでよく車の上で踊ったり(『ジョーカー』のシーン)出来るものだ。

 僕は家ごもりになって体重が2キロ増えた。「コロナ太り」というみたいだが、家でゴロゴロしていて3食は食べ過ぎかもしれない。2食にしたいのだが、食べることが一番の楽しみなので無理だろうなぁ。

 美子ちゃんが、ご近所さんの作家でライターの朝山じつさんに会って帰ってくる。朝山さんは、今ごろのシーズンにハツラツとした人たちを見ると、自分だけ取り残されたようでウツになっていたけど、今年はみんな家にいないといけないから、ウツにならないと言っていたそうだ。10年、20年引きこもっている人も、今年は引け目を感じないですむのではないだろうか。

 昨日からの体のだるさが抜けないので横になっていると、ノラのキー坊が現れた。だるくてゴハンをあげる気力がなくキー坊をただ見ていると、向こうもこっちをじーっと見ている。何かくれということでもなく、ただじーっと見られていると、こっちが何かしないといけない気持ちになってきて、キー坊にあげるゴハンを取りに行く。

 

 キー坊にじーっと見つめられると、何かしないといけない気持ちになる 

 

5月2日(土)

 2時からペーソス・リモート無駄話「単調ネ日常」2回目の収録。司会のスマイリーに「最近どうですか?」と聞かれ、僕が体がだるいことを話すと、島本さんはオシッコが真っ赤だと言う。みんな「えーーっ!!」と驚いたあと、その話はそこまで。誰も心配しないし、本人も気にしているでもないところがすごい。

 われわれだけでは話が盛り上がらないので、今回からゲストを呼ぶことになった。最初のゲストは、ペーソス北海道ツアーのときドライバーをやってくれたり、配信をしてくれたりでお世話になっている、札幌在住の「しゅみっと」さんだ。札幌といえば、コロナ感染第2波が来ているところだ。様子を聞いてみると、第1波のときは町にわりと人がいて、ガールズバーの女の子が土下座してお客さんを呼び込んだりしていたけど、今はまったく人がいないとか。

 メンバーだけだと家族みたいで話が続かないのだが、「しゅみっと」さんが参加してくれて賑やかになった。

 3時から美子ちゃんと散歩。砧公園は人が多いのでやめて、美子ちゃんが育った桜丘を通って千歳船橋まで歩く。駅前まで行くと人が多い。オオゼキで食料品の買い物をする。一緒に買い物をしたいのだが、スーパーに入ることは美子ちゃんから禁止させられている。オオゼキの前でぼーっと立っていると、狭い路地を多くの人が通り過ぎて行く。スーパーに入ったほうが安全なのではないか。

 ぼーっと立っているのも恥ずかしくて、狭い範囲を行ったり来たり、たい焼き屋さんでたい焼きを2個買ったりして美子ちゃんを待つ。30分ほどして美子ちゃんが出てきて、すぐそばの安くて新鮮な八百屋に寄り、レタスやらそら豆やらを買い、近くの公園で2人でたい焼きを食べる。

 

美子ちゃんと千歳船橋の八百屋で買い物

 

 帰りがけに見た、いずれ公園になる予定の広い土地を覆っている塀。桜の木のシルエットが写って水墨画のようだ。

 

 倦怠感がひどくて、家に帰っても何もする気が起きない。体温を測ると36.4度。コロナじゃないだろう。風呂に入って早めに布団に入り、本を読んでいたらいつの間にか眠っていた。寝汗をかいて何回か起きる。いろんな夢をみたが、何も覚えていない。怖い夢をみなくなったからだろうか。

 

5月3日(日)

 8時半ごろ起きる。体温36.4度、血圧112ー75、心拍数83。よく寝たから体調はいい。倦怠感もなくなっていた。単なる風邪だったのか。

 朝食を食べて、いつもの場所で朝日新聞を読もうとしたら、タバちゃんが外を見ていて、外にはキー坊がいた。タバちゃんはノラが来ると追い払うのが役目と思っているようで、毎朝家の周りをパトロールして、ノラがいるとすごい声を出して追い払っている。しかし、キー坊に対しては好意を持っているようで何もしない。キー坊はいつものようにじーっとこっちを見ている。暗黙のゴハンの催促だ。

 

 タバちゃんとキー坊

 

 新聞を見ると暗い記事ばかり。練馬区のとんかつ店の店主が、油をかぶって焼身自殺した記事が悲しかった。休業を余儀なくされて、先月13日から休んでいた。聖火ランナーに選ばれていたが、オリンピックが延期になってがっかりしていたそうだ。

 新聞を読んだり、洗濯物を干したりしていると、もう昼食の時間だ。この1食を抜くといいのだが、美子ちゃんとテレビを見ながら昼食を食べるのも大事な時間だ。

 テレビでは『ザ・ノンフィクション 銀座ママの天国と地獄』をやっている。銀座で最も勢いがある「クラブNanae」のママ唐沢奈々江さんのコロナ危機。「クラブNanae」は月に1億円の売り上げがある高級クラブだが、ついに休業することになった。唐沢さんはほかにも新たな事業を次々と展開していて、そちらもコロナでストップしたままだ。見通しが立たないまま赤字だけがどんどん増え続ける······

 日が暮れかかったころ砧公園を散歩。犬を2匹連れた男性とすれ違う。その犬の1匹が、いきなりこっちに向かって吠えだす。昔、牛乳配達をしていたころ、よく犬に吠えられた。あれから犬が嫌いになった。

 

5月4日(月

 夜中に寝汗をかいて目が覚めた。着替えをしてまた寝たが、半袖のシャツ1枚だと寒いし、その上に長袖のシャツを着ると汗びっしょりになる。湿度も高くて不快だ。3回目に目が覚めたとき、時計を見ると4時だった。美子ちゃんはぐっすり眠っている。窓を開けて外を見ると、雨が降っていた。生暖かい風が入ってくる。このまま布団に入っても不快なだけだから、着替えて自分の部屋で本を読むことにした。

 エアコンを除湿にして、ユリイカ5月臨時増刊号の『総特集 坪内祐三 1958ー2020』を読む。今年1月13日に亡くなった坪内さんに所縁のある63人の人たちが、坪内さんのことを書いたり話したりしている本だ。坪内さんと気心が知れ合った人たちだから(全員ではないだろうが)坪内さんに遠慮することもなく、本当の気持ちを書いている。追悼文は故人を讃えるだけでなく、故人に対する自分の素直な気持ちを表すことなんだなと思った。おもしろくてやめられなくなり、9時ごろまで読んだ。

 風呂に入って、朝食を作って食べ、いつも新聞を読む庭に面した部屋で、朝早くから来てじーっとこっちを見ているキー坊をチラチラ横目で見ながら、ソファーにもたれて続きを読む。美子ちゃんはまだ起きてこない。

 坪内さんとは、その昔、ちょくちょく会うことがあったけど、その後は「猫目」(新宿の文壇バー)で見かけるぐらいになった。最後に会ったのは、第1回種田山頭火賞を麿赤児まろあかじさんが受賞したときの山の上ホテルでのパーティーだった。2018年9月のことだ。坪内さんが「猫目」を出禁になった噂を聞いていたので、そのとき「猫目、出禁になったんですか?」と聞くと、出禁じゃなくて自分から行かないことにしたんだと言っていた。

 そのパーティーのあと、こだまさんが『ここは、おしまいの地』で講談社エッセイ賞を受賞し、その授賞式が近くの如水会館であるので行ってみることにした。授賞式とかパーティーとか苦手なのだけど、顔出しNGのこだまさんは果たして素顔で出席するのか、素顔でなければ異様なメイクか、それとも仮面のようなものを被るのか、といった下世話な興味で行ってみることにしたのだ。

 こだまさんは素顔ではなく、華麗で不気味な青の仮面と黒のドレスで演壇に上がっていて、すごくかっこよかった。

 坪内さんは2001年に『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り』で第17回講談社エッセイ賞を授賞し、その授賞式に美子ちゃんと行った。それから13年後、僕が書いた『自殺』が第30回講談社エッセイ賞をいただき、その審査員の1人が坪内さんだということをそのとき知った。そして、こだまさんが受賞した第34回目で、講談社エッセイ賞はなくなった。

 こだまさんの受賞の挨拶が終わったので帰ろうとしていると、坪内さんとすれ違った。僕が「じゃあ」と言うと、坪内さんは「ああ」と言って片手を挙げた。それが坪内さんと交わした最後の言葉だった。

 もう少し坪内さんと会っていればよかったと思う。しかし、坪内さんと会うと気がひけるというか、緊張するというか、なんとなく会いたくない気持ちもあった。

 昼食のあとも『総特集 坪内祐三 1958ー2020』を読む。読書は知識を得たり、物語を楽しんだりするものと思っていたが、そこに書かれている人を思い出しながら、その人と会っているような気持ちで読むこともあるのだ。そういう読書は初めてだ。

 午後4時まで読んで、目が霞んできたのでやめた。緑内障なので長く本を読んだりパソコン画面を見ていたりすると、左目にしゃがかかったようになって見えにくくなる。

 空が晴れてきたので散歩に出る。目を休めるため、なるべく遠くを見ながら歩いていく。

 (つづく)

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著者略歴

  1. 末井昭

    1948年、岡山県生まれ。工員、キャバレーの看板描き、イラストレーターなどを経て、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『ウィークエンドスーパー』、『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を創刊。2012年に白夜書房を退社、現在はフリーで編集、執筆活動を行う。
    『自殺』(小社刊)で第三〇回講談社エッセイ賞受賞。主な著書に『素敵なダイナマイトスキャンダル』(北栄社/角川文庫/ちくま文庫/復刊ドットコム/2018年に映画化・監督 冨永昌敬)、『絶対毎日スエイ日記』(アートン)、『結婚』(平凡社)、『末井昭のダイナマイト人生相談』(亜紀書房)、『生きる』(太田出版)、『自殺会議』(小社刊)などがある。令和歌謡バンド・ペーソスのテナー・サックスを担当。
    Twitter @sueiakira

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