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家ごもりヘロヘロ日記

スイカでもキュウリでも企画になると教えてくれた秋山道男さん。爽やかな気持ちになったり笑ったり『誤作動する脳』。キー坊と偽ホルちゃんの早朝喧嘩。

 

5月6日(水)

 朝から、昨日届いた『Spectator 46号』を読む。特集のタイトルは「秋山道男 編集の発明家」で、本文の90%ぐらいが秋山道男みちおさんの特集になっている。編集したのは『Quick Japan』や『団塊パンチ』などを創刊した赤田祐一さんだ。

 

 『Spectator』の秋山道男特集

 

 秋山さんは2018年9月に亡くなった。僕と同い年だった。

 秋山さんと知り合ったのは、70年代の終わりごろだ。それよりだいぶ前に、若松孝二プロダクションの映画『ゆけゆけ二度目の処女』や『セックスジャック』などに、笑わない少年の役で出ていて、僕はファンになった。テロリストのようなニヒルな感じがカッコよくて、秋山みちお(秋山さんの俳優名)という名前がずっと頭に残っていた。

 若松プロの映画は、ピンク映画館で上映される映画だったが、映画のストーリーはピンク映画とかけ離れたものが多かった。女性の裸はたくさん出てくるけど、根幹にあるのはエロではなくテロで、革命の映画だった。

 僕が若松プロの映画を観ていたのはピンク映画館ではなく、アートシアター新宿文化の地下にあったアンダーグランドシアターさそり座だった。そこでよく若松プロ映画特集をやっていて、最初に観たのは『処女ゲバゲバ』(監督・若松孝二)だったと思う。

 若松プロの映画は、蠍座でかけるときタイトルが変わるものもあった。ピンク映画館で『モダン・夫婦生活読本』(監督・沖島勲)というタイトルで上映されていた映画が、蠍座では『ニュー・ジャック・アンド・ヴェティ』になっていたりする。ピンク映画として興行収入を上げながらも、ピンク映画に媚びることなく、作りたい映画を作っているところがカッコよかった。資金を回して、継続して作り続けることが力になるのだ。のちに僕はエロ雑誌を編集することになるのだが、エロ雑誌のように見せかけながら、僕がやりたかったサブカル的要素の強い雑誌を作っていたのは、このころ観た若松プロの映画手法がお手本になっている。

 秋山さんは若松プロを出てから、カッコいいもの、かわいいもの、おもしろいものをたくさん作ってきた。歌劇団・天象儀館のポスター、西友ストアの『熱中なんでもブック』、チェッカーズのプロデュース、YMOの仕事、無印良品の仕事、小泉今日子の仕事など、アングラから超メジャーまで多岐に渡っているので、その全貌を捉えるのは難しいのだけど、『Spectator』はかなりのところまで網羅している。僕も「〝愛情西瓜すいか読本〟の頃」というタイトルで、70年代に編集していた『ウィークエンドスーパー』で、秋山さんにスイカの特集をやってもらったときのことを書いている。

 1978年の夏のある日、秋山さんに「何か企画はありませんかねぇ」と言ったら、「スイカはどう?」ということで、「愛情西瓜読本」という雑誌内雑誌を考えてくれた。その中に、スイカに人生を賭けた男4人をインタビューした「西瓜人生劇場」というページがある。スイカ畑に捨てられた私生児で、学校で「スイカっ子」といじめられ、その恨みを晴らすがごとく、頭でスイカ割りをするようになった芸人。スイカが大好きで、食べやすいように歯の矯正まで(出っ歯に)したヤクザ。スイカを愛するようになって、日々スイカと変態プレイをするスイカ変質者。成田空港をスイカ畑に取り戻す活動をしている、革命的暴力西瓜主義者。みんな秋山さんが考えた人物で、架空のインタビューが載っている。僕が編集した雑誌の中で一番バカバカしい企画だったけど、みんなおもしろいと言ってくれた。スイカでもキュウリでも、なんでも企画になることを教わった。

 『写真時代』を創刊するとき、この雑誌が売れるのか売れないのか、おもしろいのかつまらないのか、自分でもまったくわからなかったので、創刊号の校正刷りを秋山さんに見てもらったことがある。

 そのとき、秋山さんは一言だけ「えらいものつくちゃったねぇ~」と言った。それがすごいということなのか、ひどいということなのかわからないのだが、自分ではひどいということだと思って、かなり落ち込んでいた。ところが創刊号が完売になって、落ち込んだぶんだけものすごく嬉しかった。「えらいものつくちゃったねぇ~」という秋山さんの謎の言葉を思い出したりしながら、ほぼ一日秋山さんの特集を読んでいた。気がついたら、外は激しい雨になっていた。雷も鳴っている。

 

 タトゥー情報を満載した雑誌『TATTOO BURST』(現在は廃刊)の編集長だった、川崎美穂さんの家に行っていた美子ちゃんが、11時ごろ「お腹が空いた〜〜」と言って帰ってきた。夕方、川崎さんの家でタイ料理の出前を頼んだら「10分で行きます」という返事だったそうだが、1時間過ぎても来なかったらしい。店に電話をしても出なかったので、どうしようと思っていたら、2時間ほどして、雨の中ドロドロになったタイ人が出前を持って現れたそうだ。川崎さんが「どうしたの?」って聞いたら、従業員が休んでいると言うので、「コロナですか?」と聞いたら、「コロナじゃありませんよ!」とキッパリ言ったとか。おそらく、コロナが怖くて従業員が出てこないので、その人が1人で料理を作って、1人で土砂降りの雨の中を出前していたのだろう。2時間待たしても持ってくるところが律儀でおかしい。「憔悴しきったようだった」と美子ちゃんは言う。「それ食べたんじゃないの?」と訊くと、車で行っていたので、食べると眠くなるから少ししか食べなかったとか。

 夜になって、朝日新聞デジタル版に、先日中島さんにインタビューされた記事がアップされていた。見出しは〈ぼくはパチンコで救われた 編集者が語る「不要不急」〉。

 コロナ緊急事態宣言で、「不要不急」なことは自粛するようにと言っているが、「不要不急」は人によって違うし、それがエスカレートして、「不要不急な人間」という分けられ方をされるかもしれない。僕がやってきたことは、世間的には「不要不急」なことばかりだから、自分も不要な人間として見られるんじゃないかという恐怖がある。

 テレビのニュースを見たり、小池都知事の発言を聞いたりすると、今もっとも「不要不急」なものはパチンコだ。自粛しないで営業しているパチンコ店も、他県から来て並んでいるお客さんも、まるで犯罪人のように扱われている。

 僕が初めてパチンコをしたのは39歳のときだ。『写真時代』が発禁になり、いろんな人に迷惑をかけたので、人と話すのもつらいほど落ち込んでいた。そんなとき、吸い込まれるようにパチンコ店に入り、パチンコを打って少し勝った。久しぶりに充実感があった。

 パチンコ店の中は誰とも話す必要がなく、パチンコに集中していると嫌なことも忘れていく。それから、ほぼ毎日のようにパチンコ店に通うようになり、そのおかげでうつが治った。

 『写真時代』のあと、どんな雑誌を作ったらいいのかわからなくなっていたが、パチンコをやったおかげで『パチンコ必勝ガイド』という雑誌を出すことができ、それが爆発的に売れた。

 パチンコ店の人やメーカーの人やパチプロの人とも知り合った。取材に行ったパチンコ店の店長に雑誌を渡したら、パンチパーマでスモークのサングラスのその店長は、いきなり「なんやこれは? こんなもん作られたら店が困るやろ!」と怒鳴り声で言う。「怖いなぁ、取材は無理かなぁ」と思っていたら、空いた時間にいろんなことを教えてくれ、缶コーヒーを買ってきてくれたりもした。パチンコ業界は怖そうな人も多いのだが、見かけによらずみんな優しい。

 東日本大震災のあとパチプロをインタビューしていたら、自分もボランティアで東北に行くと言う人もいた。みんなとは言わないが、僕が会ってきた人たちに限っては、みんないい人だったし、おもしろい人たちだった。だからパチンコが悪者になっているのは忍びない。僕と同じように、パチンコでうつが治ったという人だっているだろうし、パチンコ店しか居場所がない人もいる。

 ということで、パチンコを擁護する話をしたのだが、SNSは誰でも叩けることを叩く人が多いから、どんなことを書かれるかちょっと不安。

 

5月7日(木)

 8時ごろ起床。今日は快晴だ。ベランダに布団を干す。

 ガラス戸を開け放つと心地よい風が入ってくる。庭の木々の新緑がキラキラ光っている。きれいに見えるのは、緑内障で目にしゃがかかっていることもあるのだろうが。

 家ごもりをしだしてから、風の心地よさや、新緑の美しさが身にしみるようになった。おそらく、大多数の人が時間に追いまくられ、木々の緑や、野の花や、雲の流れなどに目を向ける暇もなかったのではないか。

 それほど忙しくない僕も、コロナ前は「何かしないといけない」と思って、時間が過ぎていく早さに焦っていたように思う。キラキラ光る新緑を見たり、心地よい風に当たったりすることは、安上がりだけど、本当はすごく贅沢なことだ。

 今日は朝日新聞が休みなので、朝食後は読書。3日前から読み始めた樋口直美さんの『誤作動する脳』を、心地よい風に当たりながら読む。読みやすくてすごくおもしろい本だ。

 著者の樋口直美さんはレビー小体型認知症の当事者で、日々の生活も大変だと思うから「おもしろい」と言ったら怒られるかもしれないけど、樋口さんは自分のレビー小体型認知症の症状を観察しながら、どこか楽しんでいるようなところもある。だから読んでいて爽やかな気持ちになったり、笑ったりできる。

 レビー小体型認知症は、認知症患者の20パーセントを占め、アルツハイマー型認知症に次いで患者数が多いといわれている。症状としては幻視、幻聴、幻臭、時間感覚の低下、記憶が消えるなど人によって多種多様で、初期には記憶障害が目立たないので、違う病気に診断されることもある。

 樋口さんも41歳のときうつ病と誤って診断され、服薬治療で症状が悪化した6年間があった。この6年間のことは読んでいてもつらくなってくるけど、幻視、幻聴など、レビー小体(脳の神経細胞に蓄積されるタンパク質)が原因であらわれる症状のエピソードは、どれもみなおもしろい。

 樋口さんが最初に人の幻視を体験したのは、レビー小体型認知症と診断される12、3年も前のことだ。車を駐車場にバックで入れピタッと停めた瞬間、隣の助手席に見ず知らずの中年の女性が前を見据えて座っていた。思わず声を上げそうになった瞬間、その女性はパッと消える。その見ず知らずの女性は、樋口さんの記憶の奥のほうにあったのだろうか、あるいは、記憶にない人が出てきたのだろうか。怖いような、おもしろいような、不思議なエピソードだ。

 樋口さんは座敷童子のことも書いている。1人で居間にいたとき、隣室からガサガサと物音がし、せわしなく引き出しを開けたり、物を動かし続ける音がする。泥棒かと思っておそるおそる扉を開けると、人影も物色された跡もなく、物音は消えていたそうだ。柳田國男の『遠野物語』に出てくる座敷童子の証言が、自分の症状(この場合は幻聴)と似ていると思ったそうだ。その後、『遠野物語』の座敷童子の証言と、レビー小体型認知症の症状とは類似点が多いという論文も発表されたそうだ。

 幻視、幻聴といえば統合失調症の症状もそうだけど、それも脳の誤作だ。レビー小体型認知症は脳の障害、統合失調症は精神の障害と分けるのは、実際は違うのではないかと、この本を読んで思った。

 僕も最近、人の名前が出てこなかったり、物を置き忘れたり、何をしようとしていたか忘れたり、頭がボーッとして何も考えられなかったりすることがときどきある。それは年齢のせいなのだけど、それを悲観するのではなく楽しめばいいと、この本は教えてくれている。

 10時前に美子ちゃんが起きてきて(前にも書いたが、僕と美子ちゃんは睡眠の時間が2、3時間ズレている)、庭を見て「今日はキー坊が来てないね」と言う。このところ毎朝ノラのキー坊が来ているのだが、そういえば朝から見ていない。天気がいいからどこかに遊びに行ったのだろうか。来るたびに「ゴハンをあげなきゃ」とか「寒くないだろうか」という気持ちになるので、1日か2日おきぐらいに来てもらいたいのだが、来なければ来ないで心配になる。

 昼食後、天気がいいので、美子ちゃんと自転車で三軒茶屋まで行ってみることにした。世田谷通りではなく、住宅街の路地を通って行く。おいしいパンの濱田家の近くに出たが、パンはあとで買うことにして、だいぶご無沙汰している三茶スニーカーに寄ることにする。

 

 天気がいいので美子ちゃんと三軒茶屋までサイクリング。

 

 三茶スニーカーで最初にスニーカーを買ったのは、20年ぐらい前だったと思う。たまたまそこに入ったのか、そのころ美子ちゃんがトータス松本さんの女装写真を撮ったりしていたので、トータスさんに教えてもらったのか忘れたけど、最初に行ったとき、店長さんに「あ、末井さん」と声をかけられてびっくりした。店長さんは、精神状態がよくないころパチンコをやっていたそうで、『パチンコ必勝ガイド』も読んでくれていた。それで急に親しくなり、パチンコの話をしたことを覚えている。

 あれからずいぶん経つのに、店長さんはまったく変わっていない。「これどうですか?」と、ナイキの黒のスニーカーを見せられたので、「あ、それにします」と言ったら、美子ちゃんが「もう少しほかのも見てみたら?」と言う。僕は買い物が苦手で、服を買いに行っても「これ、お似合いですよ」とか言われると、すぐそれを買ってしまう。美子ちゃんは何を買うときも即決はしない。あれこれ履いてみて、やっと薄ピンクの可愛いスニーカーに決めた。

 帰りに濱田家でパンを買った。コロナ対策で店内には2人しか入れないので、先客がいるかもしれないから、僕は遠慮して外で待っていた。帰りも住宅街をスイスイ走り、途中から緑道に入った。なんという緑道かわからなかったが、周りの家並みがいい感じで、今度は散歩で来てみようと思った。

 うちに帰って、昨日の朝日新聞デジタル版の記事についてのツイートを、おそるおそる検索して見てみた。目についた批判はいくつか。

 「バブル崩壊後に数億円の借金を作るもギャンブルで返済しようとしたり、結局踏み倒したりと金にルーズな伝説の編集者・末井昭氏」

 「パチ雑誌を買うパチ中毒者に救われたのであって、パチで救われた訳じゃない」

 「医者行け♪ 治療しましょう パチンコ行くより病院に」

 「パチ屋もパチカスも社会の毒、末井昭と朝日は毒を拡散するテロリスト」

 反論したいような批判は1つもなかったけど、やっぱり············ムカつく。

 

5月8日(金)

 7時半に起き、庭を見るともうキー坊が来てじっとこっちを見ている。猫缶を開けてかなり多めにあげる。

 

 庭を見るともうキー坊が来てじっとこっちを見ている。

 

 9時過ぎに美子ちゃんと昨晩の残りのホワイトスープとパンと紅茶の朝食を食べ、美子ちゃん運転の車で榊原記念病院へ。前回美子ちゃんと車で榊原に行ったのは4月21日だったけど、あのときに比べると車も歩いている人も多い。やはり町に人がいると心もウキウキする。

 

 美子ちゃん運転の車で榊原記念病院へ。人も車も前より多くなった。

 

 榊原記念病院に着き、車を駐車場に入れ、入口で感染チェックシートを書き、手を消毒して中に入る。前回のとき担当になってもらったS先生の診断だ。

 ほとんど待つこともなく美子ちゃんと診察室に入り、S先生の話を聞く。ホルター心電図検査(24時間の心電図)は、ところどころ不整脈が現れているが、エコー検査も異常がなかったので、緊急に治療が必要なことはないと言われた。不整脈が起こるのは、臓器に問題があるのではなく、神経の電気信号に異常があるからだとか。美子ちゃんは熱心に先生の言うことを聞いている。頼もしい。

 帰りはどこに寄ることもなく真っ直ぐ帰ってきた。そういえば、2人で外食をしたのはいつだったのだろうか。家にこもって47日になるからそれ以前だ。最近は外食したいという気持ちもなくなってしまった。

 家で昼食を食べたあと、昨日買ったスニーカーを履いて散歩に出る。桜丘中央薬局で、S先生に作ってもらった処方箋を渡し、薬を出してもらう。何年も前から飲んでいる薬だ。そのあと桜丘4丁目の方に向かい、無人の野菜販売で野菜を買い、桜丘3丁目の住宅街をウロウロ散歩する。

 家に帰って、美子ちゃんお薦めのドキュメンタリー映画『シークレット・ラブ 65年後のカミングアウト』をNetflixで観る。

 シカゴで暮らすテリー・ドナヒューさんとパット・ヘンシェルさんは、1947年に出会って恋に落ち、以来いっしょに住んでいる。知り合ったころは、同性愛ということだけで暴行されたり、レズビアンバーが摘発されたりしていた時代で、2人の関係はずっと秘密にしてきた。その2人が80歳を過ぎてカミングアウト。そして結婚する。2人とも、とてもチャーミングなお婆さんだ。

 

5月9日(土)

 猫が喧嘩している声で目が覚めた。時計を見ると6時過ぎだ。

 今のキー坊と同じように、以前毎日のようにうちに来ていたノラがいた。白地に黒のホルスタインのような模様のオス猫で、ホルちゃんと呼んでいた。そのホルちゃんが半年ぶりぐらいに現れ、昨日キー坊と喧嘩をしていた。今朝は、ホルちゃんが先に家に入って、うちの子たちの食べ残しを食べていたようで(あとで見たら皿が洗ったようにツルツルになっていた)、そこへキー坊が現れ、玄関あたりで喧嘩になった模様。朝早くからご苦労なことだけど、こっちはたまったもんじゃない。早く起こされて眠い。

 午前中は新聞を読んだり、本を読んだりして過ごし、昼食後は「家ごもりヘロヘロ日記」を書く。日記だけど現実と日にちがズレてきて、書くことがだいぶ過去のことになってきた。早く今に追いつきたいのだけど、だいぶ端折らないとどんどん遅れていく。

 夕方散歩に出たついでに、馬事公苑のTSUTAYAに寄り『週刊プレイボーイ』を買う。連続インタビュー「死ぬな、エンタメ!!」に出ている、ロフトグループ創業者の平野悠さんと、アップリンク社長の浅井隆さんの記事を読むためだ。「新宿ロフト」や「ロフトプラスワン」や「アップリンク渋谷」では、ライブやトークイベントをやらせてもらい、お世話になっている。ロフトもアップリンクも、潰れないでほしいと願っている。

 浅井さんは、アップリンク吉祥寺に続いて、アップリンク京都を4月にオープンする予定だった。それがコロナ禍で6月に延期になってしまった。「映画館で映画を見るおもしろさは、オンライン配信の技術がどんなに発展しても絶対になくならないと思う」と話しているが、同感だ。配信はただ映画を観るだけのことだけど、映画館で観る場合は、映画館に行くところからワクワクする。映画を観たあとは町の景色も変わるし、自分が映画の主人公になったような気持ちで町を歩いていることもある。

 平野さんは「不謹慎だけれど、今回のコロナ禍も俯瞰してみると、世界が変わっていこうとしているわけだから、僕たちは今とてつもなくおもしろい時代に生きていると思うんです」と話している。これも同感だ。

 新型コロナウイルスが世界を変えようとしているのだ。変わらないと思っていた世界が、変わらざるを得なくなっている。どう変わっていくかまだわからないけど、それを見ることができるだけでも、おもしろい時代に生きていると思う。

 

5月11日(月)

 7時起床。タバちゃんはまだ寝ているが、ネズちゃんは起きていて、僕の目をじっと見ている。タバちゃんはよく鳴くけど、ネズちゃんはほとんど鳴かない。いつもアイコンタクトで要件を伝えてくる。今の要件は「ゴハンを出せ」だ。

 睡眠中のときは、寝室の襖をガリガリやって音をたてる。おかげで襖はボロボロだ。今朝も5時ごろガリガリするので目が覚めた。夜はノラが入ってくるので、猫の出入り口を塞いでいるのだが、それを開けてくれと言っている。ネズちゃんは、いつも5時ごろ外に出たがるのだ。もう少し(2時間ほど)遅くしてくれれば、睡眠不足にならなくて済むのに。

 今朝もキー坊が来た。キー坊と喧嘩していたホルちゃんは、ホルちゃんでないことが昨日判明した。美子ちゃんが間近で見たら、ホルちゃんとは顔が違うし柄も違っていたらしい。その偽ホルちゃんとキー坊が縄張り争いをするので、体の小さいキー坊にいっぱい食べさせて、体を大きくする方針だとか。

 

 キー坊とタバちゃん(知らん顔)

 

 今日は植木屋さんが来てくれるので、美子ちゃんも起きてきて一緒に朝食。8時ごろ植木屋さんが2人来て、鬱蒼と茂った庭木を剪定してくれている。風通しがよくなり、陽当たりもよくなる。

 1時からペーソス・リモート無駄話「単調ネ日乗」3回目の収録。今回のゲストは、ペーソス大阪ツアーのとき対バンしてもらっているシンガーソングライターのすどうみやこさん。性別は不明、年齢も不明だけど、すごく女の子っぽい。ペーソスの歌もカヴァーしてくれている。

 大阪は今どういう感じになっているのか訊こうとすると、スーパーに買い物に行くぐらいで、外に出てないからよくわからないそうだ。そのぶん「コメが減るのがものすごいスピードで大変」だとか。

 夕方6時ごろ、美子ちゃんと砧公園を散歩。マスクをしないで公園の芝生を歩いていると、横から来た中年の女性が、僕の顔を見て後ずさりし、僕らが通り過ぎたら再び歩き出した。僕がマスクをしていなかったからだ(持ってたけどね)。あまりルーズになってもいけないけど、公園ぐらいはマスクなしで歩いて新鮮な空気をいっぱい吸いたい。

 

 三茶スニーカーで買ったスニーカー

(つづく)

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著者略歴

  1. 末井昭

    1948年、岡山県生まれ。工員、キャバレーの看板描き、イラストレーターなどを経て、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『ウィークエンドスーパー』、『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を創刊。2012年に白夜書房を退社、現在はフリーで編集、執筆活動を行う。
    『自殺』(小社刊)で第三〇回講談社エッセイ賞受賞。主な著書に『素敵なダイナマイトスキャンダル』(北栄社/角川文庫/ちくま文庫/復刊ドットコム/2018年に映画化・監督 冨永昌敬)、『絶対毎日スエイ日記』(アートン)、『結婚』(平凡社)、『末井昭のダイナマイト人生相談』(亜紀書房)、『生きる』(太田出版)、『自殺会議』(小社刊)などがある。令和歌謡バンド・ペーソスのテナー・サックスを担当。
    Twitter @sueiakira

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