朝日出版社ウェブマガジン

MENU

家ごもりヘロヘロ日記

キー坊の体が大きくて豹の子どもぐらいありそう。銃弾足に13発腹に12発『世界でいちばん貧しい大統領』、6時間12分『水俣曼荼羅』。愛情こもった「タマ、帰っておいで」展。一日早いおせち料理などなど

 

10月9日(金)

 7時半ごろ起きると、キー坊がリビングにいて、タバちゃんがグルルルグルルルと色っぽい声で鳴いている。僕が行くと、キー坊はトットットッと外に出て、いつもの庭石の上に座って外からこっちを見ている。外は雨だ。キー坊にスマホを向けると、いつもの尻尾巻きポーズをしようとする。そうすると僕が喜ぶことを知っているのだ。健気で可愛いけど、雨の中なのでちょっと可哀想。

 

 

 雨の中、尻尾巻きをしようとするキー坊。

 

 夕方6時過ぎに家を出て、渋谷のロフト9へ。「Over70歳の恋は文学になりうるか? 高齢者恋愛実録小説のジャンルを切り開いた平野悠さんに聞く!」というトークイベントのゲストに、愛妻家代表として呼ばれている。

 ロフトブループの創始者の平野悠さんが、今年6月に『セルロイドの海』(ロフトブックス)という本を出した。1944年生まれの平野さんが3度目のピースボートで、北極圏を巡る世界一周の旅に出て、その船上で人妻と恋に落ちるという実録恋愛小説だ。

 コロナ禍でロフトグループも毎月巨額の赤字を出して入る。ベストセラーを出してロフトを救おうという気持ちで書いた本で、宣伝を兼ねてトークイベントを無料生配信するそうだ。

 会場のロフト9に行くと、平野さんと司会担当の中島麻美さんがビールを飲んでいた(中島さんは、岡映里という名前で『境界の町で』という、素晴らしい本を書いている。『自殺会議』では、自殺された岡さんのお母さんのことや、自殺について考えていることなどを聞かせてもらった)。簡単な打ち合わせをして楽屋に移動。しばらくして、作家の本橋信宏さん(Netflix配信の連続ドラマで評判になった『全裸監督』の原作者)が現れ、みんなで壇上に出る。知り合いばかりなので、人見知りしないで話せた。

 

 左から本橋信宏さん、中島麻美さん、末井、平野悠さん。ロフト9の楽屋にて。

 

 トーク中に本橋さんから、『東京の異界 渋谷円山町』(新潮文庫)という本をいただいた。そういえば、ロフト9は渋谷円山町にあるのだ。我々は、円山町という異界にふさわしい人間ではないかと思ったりした。トークで話したことは、さっぱり思い出せない。

 

10月10日(土)

 知り合いの金子清文くんが出演している、庭劇団ペニノのVR演劇『ダークマスターVR』を観に、美子ちゃんと東京芸術劇場シアーターイーストに行く。

 VRで鑑賞する観客20人限定の演劇と聞いていたので、客席で間隔を空けて観るのかと思っていたが、20個の個室が作られていた。劇場の中は暗闇になっていて、白いレーンに沿ってそれぞれ個室に入って行く。個室は正面と左右がアクリルのマジックミラーになっていて、VRを装着しヘッドフォンをつけると、その姿がマジックミラーに映っているのが見える。何か宇宙にいるような感じがする。

 やがてVRに「キッチン長島」の入口が映り、演劇が始まる。「キッチン長島」のドアが開いて中に入ると、この店のマスターがカウンターの中にいて、マスターに睨まれながら物語は進んで行く。マスター役の金子清文くんの一人芝居の形を取りながら、観ている自分がマスターから話しかけられる客の役にいつの間にかなっている。

 原作は狩撫麻礼・作、泉晴紀・画の『ダークマスター』という漫画だ。客として入った青年は、対人関係が苦手なマスターから、給料50万円出すからこの店をやってくれと頼まれる。店内に何箇所か小型カメラが設置されているので、それを見ながら、超小型イヤホンで料理の手順をすべて指示すると言うのだ。青年はそれを引き受ける。店は繁盛して月の売り上げが6百万になる。しかし、店の二階にいるはずのマスターの姿を見ることはない。

 脚色・演出のタニノクロウさんは、ダークマスターとは実態のない支配者の総称で、その支配者からリモートで自分が動かされている。その状況がコロナ禍の今にフィットしているのではないかと言っている。

 この演劇にはいろんな洋食が出てくる。ステーキが出てくるときは匂いまでする(あとで聞くと、玉ねぎをフライパンで炒めて観客のうしろからウチワであおいでいたとか)。それに感化された美子ちゃんが、帰りがけに「洋食、洋食」と言い出し、新宿の三平食堂に行きたいと言うので、副都心線の新宿三丁目で降り、雨の中を歩いて三平食堂へ行く。

 三平食堂の名前が変わってレストランはやしや(林家三平ということか?)で、アルミの皿にエビフライ、サーモン、豚肉、ハンバーグ、ハヤシライスが乗った「昭和のプレート」を頼んだ。その名の通りの昭和の味だったけど、僕は違うものを食べたかった。

  

10月18日(日)

 6時22分起床。お茶を飲んでいたら、キー坊が来た。キー坊の体がすごく大きくなった。歩いているところを横から見ると、豹の子どもぐらいはありそうな気がする。ゴハンを食べたあとも、じっとこっちを見ているので、入りたいのかなと思ってガラス戸を開けたが、入らないでどこかに行ってしまった。野生の猫として生きている自信を感じた。

 

 大きな体でたくましくなったキー坊。

 

 朝日出版社の鈴木さんが、美容院で見つけた『サンデー毎日』の記事をスマホで撮って送ってくれた。高橋源一郎さんの連載「これは、アレだな」の6回目。死にたいと思っている人がいたら、もう一日待ってゆっくり本を読んでほしいと書いて、その本の候補をあげている。

 鶴見済の『完全自殺マニュアル』、寺山修司の『青少年のための自殺学入門』、末井昭の『自殺』、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』、坂口恭平の『苦しい時は電話して』の5冊。タイトルは「死んだらあかん」。岡山弁で言うと「死んだらおえん」。死なないでほしい。

 桐生にいる昔からの友達の近松さんから、「『自殺会議』を再々読しています。初めから読み直してます! じっくりと。20分が限界なんで一気には無理でも再読だから…と思いましたが、何か改めて「凄いな」って感じる!! 末井さんはつまり底抜けに淋しいんじゃないか!?(御免な)。でも、末井さんって暖かいんだよ昔から!! 仕方ないよな…でもしっかり生きてくれ!」というショートメールをもらった。僕が自殺しそうに思ったのだろうか。でも、嬉しいメールだった。

 美子ちゃんから、下高井戸シネマで上映している『世界でいちばん貧しい大統領』を観に行かないかと誘われ、自転車で4時ごろ出発。下高井戸シネマに着くと長い行列ができていた。すごい人気だ。

 第40代ウルグアイ大統領(任期は2010年〜2015年)のホセ・ムヒカを、巨匠エミール・クストリッツァが追いかける感動のドキュメンタリー。収入の大半を寄付し、公邸に住むことを拒み、愛妻と愛犬と小さな農場で質素に暮らす大統領。チャーミングな風貌だけど、都市ゲリラのころは銃弾を足に13発、腹に12発受けている。革命戦士なのだ。

 

10月21日(水)

 7時半ごろ起きる。20分ほどしてキー坊が現れた。

 先日、編集者の立花律子さんとサイゾー書籍部の穂原俊二さんと話し合って〝知的好奇心を刺激するサイト「TOCANA」〟で、春日武彦さんと往復書簡の連載をすることになった。テーマは「猫と母」だ。

 その第1回目は僕が書くので、猫のことをどう書こうか昨日から悩んでいる。美子ちゃんにそのことを言うと、「最初、猫に話しかけられないと言ってたじゃない。それがどうして話せるようになったか書けばいいんじゃない?」と、的確なご指導をいただく。

 美子ちゃんは外を見て「布団干した方がいいね」と言う。ということは、僕が布団を二階のベランダに持って行って干すということだ。いつか布団を抱えたまま、階段から転げ落ちるような予感がしている。

 布団を干したあとは、寝室の掃除。そうこうしているうちに洗濯物が洗い上がり、それもベランダに干さなければならない。家事は忙しい。

 午後、山本政志監督の『脳天パラダイス』の試写を観に行く。家を出たら、名刺を忘れたので取りに戻る。二階の自分の部屋に入ったら、パソコンの電源を切るのを忘れていた。パソコンの電源を切ったら、何をしに二階に来たか思い出せなくなった。「まあいいや」と思って階段を下りたところで、名刺を忘れたことを思い出し、また二階へ。玄関を出て300メートルぐらい歩いたところで、スマホを忘れたことに気づいて取りに戻る。何をやっているのだ。玄関のドアに「エアコン、床暖、ガスの火、ケータイ」と書いた紙を貼ってあるのに、それを見ることを忘れている。

 ロフト9で打ち合わせしていた美子ちゃんと合流して、映画美学校で『脳天パラダイス』の試写を観る。

 東京郊外にある豪邸で、引越しの荷物整理をしている3人。不甲斐ない父親(家を手放すことになったのは父親の借金が原因)、引きこもりの息子、父親にイラついている娘のあかねだ。あかねは「今日、パーティをしましょう。誰でも来てください」と、地図つきのツイートをして疲れて眠ってしまう。そのツイートが瞬く間に拡散して、次から次へと得体の知れない連中が集まってくるという映画だ。

 恋人を作って出て行った母親、結婚式の場所を探していたインド人と日本人のゲイカップル、あかねの友達、親戚、自転車で日本一周をしている泥棒、酔っ払い、ジャンキー、ホームレス………豪邸はどんどんカオス状態になって行き、屋台は出るわ、盆踊りが始まるわ、曲芸は始まるわ、ダンスが始まるわ、ヤクザが賭場を開くわ、コーヒー豆の怪物が出るわ、あの世から霊まで出てきて大狂乱になる。山本監督ならではのハチャメチャ感がすごかった。「頭をパラダイス状態にして、コロナ鬱など吹っ飛ばせ!」というような映画だけど、撮影したのは2019年の8〜9月だそうだ。

 編集者の萩原収くんが来ていたので、美子ちゃんと3人で駅まで歩く。萩原くんもこの映画に出ていたそうだけど、ものすごい数の出演者なので、どこに出ていたかわからなかった。

 途中で萩原君と別れて、美子ちゃんと「駒形どぜう」に行く。お客さんは年老いた男性1人のみ。店員さんが常連らしきその人に、来月15日に閉店すると話しているのが聞こえた。こうして日本中の食べ物屋や飲み屋が次々に閉店していく。

 

10月31日(土)

 12時15分に美子ちゃんと家を出て、第21回東京フィルメックス特別招待作品、原一男監督の『水俣曼荼羅』を観に、日比谷のTOHOシネマズ・シャンテへ行く。

短い原監督の挨拶があり、6時間12分の『水俣曼荼羅』が始まった。たぶん僕が観る最長の映画になると思う。

 原さんたちが、長年水俣病を撮っているということは知っていたので、それがついに完成したのだという感慨があった。撮影に15年、編集に3年かかっている。

 映画の主題は、水俣病と闘う人々と、チッソや国を相手取った裁判だが、それだけで終わらないのが原一男監督のドキュメンタリー映画だ。水俣病であることを人に知られないように、日々体を鍛えて努力している男性とか、好きになった男性にいつもフラれてしまうけど、まったく懲りないで次々と恋をする水俣病患者の女性とか、人間の可笑しさや哀しさにも目を向けて、観る者を重苦しさから解放してくれる。

 ぼくが一番可笑しかったのは、水俣病になった人の脳を研究している医師が、遺族から提供してもらったホルマリン漬けの脳を、ユニクロのビニール袋に入れて、ウキウキした感じで電車に乗って帰るシーンだ。こういうシーンは原監督にしか撮れないのではないか。

 6時間12分は長いのでお腹が空くから、食料はどうするか前日から考えていた。食べやすい赤飯をスーパーで買って持って行くのがいいと美子ちゃんが言っていたが、出がけにモタモタしてしまってスーパーにも寄れず、家から持ってきたバナナ2本しかなかった。しかも、お茶が入った水筒を僕が忘れてしまい、飲み物もない。休憩2回はバナナでしのぎ、3回目の休憩で、美子ちゃんがコンビニに行っておにぎりを買ってきた。場内で食べてはいけないのだけど、こっそり音を立てずに食べた。

 映画が終わりかけたころ、浪花の歌姫・大西ユカリさんから美子ちゃんのスマホに、これから虎児さんと一緒に我が家に来るというメールがあった。2人ともうちに来るのは初めてだ。映画は8時に終わるけど、そのあとのトークショーも見たいので、美子ちゃんがその旨をメールで送る。

 

 映画『水俣曼荼羅』終了。これからアフタートーク(TOHOシネマズ シャンテ)。

 

 結局、家に着いたのが10時近くになった。それと同時ぐらいに、ユカリさんと虎児さんが車で来たので、しばらく車の中で待ってもらい、10分ほどで部屋を掃除する。

 新宮虎児さんはクレイジーケンバンドのギターで、昨日は武道館公演だったらしい。疲れているところを待たせて申し訳ない気持ちになる。お酒は飲まないで『水俣曼荼羅』の話や、大西さんの今後の展開など話していたら、12時になってしまった。ユカリさんが「そろそろ帰らんと」と言って2人は車で帰って行った。ユカリさん、元気で良かった。

 

 左から新宮虎児さん、大西ユカリさん、末井、美子ちゃん(帰り際、家の前でユカリさんがスマホで撮る)。

 

11月5日(木)

 今日は胃の内視鏡検査だ。このところ、出かける用事の半分は病院だ。

 4ヵ月前の人間ドックのとき、胃の内視鏡検査をしたのだが、胃がただれていたので再検査することになった。大好きな全身麻酔をまたしてもらえる。

 朝は水を飲んだだけで8時ごろ家を出る。30分ほど早く新宿に着いたので、Mクリニックの近くの新宿中央公園に行ってみたら、昔の面影がまったくないくらいに変わっていた。

 昔は小高い山があって、周りは森のように木々が繁っていた。夜になると抱き合っているカップルがいて、それを覗く「のぞき」の人が多かった。僕も覗かれたことがある。世界的に有名になった吉行耕平さんの「のぞき」を撮った写真『The Park』(写真集にもなっている)も、主に新宿中央公園で撮影されている。

 その公園がガラッと変わり、木々は伐採され、山もなくなり、芝生が植えられ、スターバックスなどの店もでき、あの怪しい雰囲気はまったくなくなり、明るい公園になってしまった。芝生の広場を一周して出てくる。

 Mクリニックに行くと、すぐ病院着に着替えるように言われ、まず心電図を取られる。続いてエコー検査をして、点滴チェアーへ。看護師さんが「血圧測りますね〜」と言って、腕に血圧計を巻く。「上が83、下が44。随分低いですねぇ」と言うので、「えっ、低過ぎないですか?」と言うと、「思春期の女の子みたいですね」と言われる。思春期の女の子って、そうなのか。昨日から調子が悪かったのは、血圧が低かったからか。

 点滴を装着され、「これ飲んでください」と言われて、胃を膨らませる薬をグイッと飲む。続いて喉の麻酔薬を含んで3分経ったら飲み込む。気持ちが悪くて吐きそうになる。内視鏡検査のベッドに移動して横になると、内視鏡担当のT先生が出てきて「麻酔が入りますから、眠くなりますよ」と言う。いよいよ全身麻酔だ。今年はこれで3回目になる。いつものように気持ち良く意識がなくなり、気がついたら終わっていた。ベッドで1時間半ほど眠る。

 家に帰って『本の雑誌』から頼まれていた「私のベスト3」を書いて送る。今年の私のベスト3は、『相模原障害者殺傷事件』(朝日新聞取材班)、『誤作動する脳』(樋口直美)、『おやときどきこども』(鳥羽和久)。

 

12月10日(木)

 美子ちゃんは、今撮っているドキュメンタリー映画の撮影で、朝早く福島へ出かけた。僕も9時40分に家を出て、10時45分から新宿のシネマカリテで『メイキング・オブ・モータウン』を観る。

 モータウンが大好きで、関連の映画はだいたい観ている。今回の『メイキング・オブ・モータウン』は、そのタイトルから「どうかなぁ〜」と思っていたのだけど、これまで観た中では一番面白かった。

 モータウン創始者のベリー・ゴーディ(なんと91歳でバリバリ元気)と、作曲家で歌手で副社長のスモーキー・ロビンソン(ゴーディより10歳下、やっぱり元気)の会話が中心となって映画は進んで行く。この2人、本当に仲が良さそう。お互い白い歯を見せて(インプラント?)大笑いしながら昔を語る。

 ゴーディは若いころ、地元フォードの自動車工場の生産ラインで働いていて、この生産ライン方式をモータウンは取り入れている。才能の発掘、育成、行儀教育、制作、品質管理、宣伝などの工程がまさに組み立てラインのようになっていて、次々にヒット曲が世に出ていく仕組みになっている。

 僕は昔、友達とやっていたリズム&ブルースのコピーバンドでサックスを吹いていたことがあって、テンプテーションズが歌って大ヒットした「My Girl」をよく演奏していた。その曲の成り立ちも披露されていた。

 モータウンに所属するメアリー・ウェルズに「My Guy」というヒット曲があって、「My Guy」があるのなら「My Girl」もあっていいだろうと、単純な発想でこの曲はできたそうだ。どちらもスモーキー・ロビンソンが関わっている。あの印象的なベースとギターのイントロは、その場で適当に弾いて「いいんじゃない?」みたいな感じでできたそうだ。制作会議では売れないという人が多かったが、ゴーディが売れると断言し、発売したら大ヒットしてテンプテーションズも一躍有名になった。生産ラインというと、きっちり計算されたイメージがあるけど、かなりいい加減なところもあって、そういうところが面白い。

 そのあと、日本橋の西村画廊へ横尾忠則さんの「タマ、帰っておいで」展を観に行く。タマちゃんが、2014年に亡くなった日から描き続けた91点の絵画。可愛い猫の絵とは違う独特の横尾忠則風の絵で、猫がうしろを向いている絵もある。どの絵も愛情がこもっていてすごく良かった。僕のところと同じように、横尾さんもタマちゃんをご自宅の庭に埋めていて「タマ霊園」と呼んでいるそうだ。

 

  西村画廊へ横尾忠則「タマ、帰っておいで」展を観に行く。

 

12月18日(金)

 目が覚めたのは8時前だった。美子ちゃんが「キー坊が来てるよ」と言うので庭を見ると、毛を膨らませたキー坊が、いつものように庭石に座っていた。このところキー坊が来てなかったから、なんだかすごく嬉しくなる。

 

 寒いから毛を膨らませているキー坊。

 

 どうして来なくなったかは、オスとして放浪の旅に出たとか、可愛がってくれる人が他にできたとか美子ちゃんと話していたが、来ているのにこちらが気がつかなかっただけではないだろうか。11月から原稿の仕事が忙しくなって、仕事部屋にこもることが多くなった。仕事部屋からは庭が見えないので、来ても気がつかないことが多かったかもしれない。監視カメラをつけた方がいいのだろうか。

 朝食を作って美子ちゃんと食べたあと、書きかけていた「猫コンンプレックス 母コンプレックス」を書こうとするのだが、どうも気持ちがざわざわしていて集中できない。

 洗濯物を干すことを忘れていたことに気づき、ベランダで干す。すると、ねず美さんがベランダに出てきて「ブラッシング!」と、目で言う。「はい、はい」とブラシを持ってきてねず美さんの毛をとかすと、気持ち良さそうに目を細める。そのあと一緒に日向ぼっこ。横尾さんのタマの絵を観てから、キー坊の写真ばかりではなく、ねず美さんの写真も撮らなければいけないと思う。いつ死ぬかわからないから。

 原稿が書けないからサックスの練習。昼食は美子ちゃんが作ったキノコのパスタ。ああ、時間が経つのが早い。もう3時だ。

 

12月24日(木)

 朝早く起きて年賀状を50枚書く。朝食を作って食べ、サックスの練習。

 12時半ごろ美子ちゃんと車で、和子さん(美子ちゃんのお母さん)がいる介護つき老人ホームへ行く。中には入れないので、昼食が終わった和子さんと入口のベンチで会う。ほのちゃん(美子ちゃんの姪)夫妻に、お母さんから預かった結婚祝いを渡す写真を見せてあげる。元旦にはうちに来て、おせち料理を食べることを楽しみにしているみたいだ。

 

 和子さんと老人ホームの入口で面会。メリークリスマス!

 

 遅い昼食を食べ、サックスの練習を少し。4時半にサックスを背負って家を出て、郵便局で用事を済ませ三軒茶屋へ。三軒茶屋駅からバスで下北沢へ。バス停で20分もバスを待った。5時半集合だったけど5分遅刻してラ・カーニャへ。今日は毎年恒例になったペーソス・クリスマスLIVE(今回は『クリスマスの夜』発売記念)だ。哲平さんは遅れて来るので、島本さん、尚人くん、僕の3人でリハをする。7時開演。お客さんは20人限定だったけど8人だった。コロナでなければガッカリだけど、今は少ないほうがホッとする。

 

 ペーソスのクリスマスLIVE in La Cana(たかはし(ひ)さんのツイッターより拝借)

 

 ライブの終わりごろ美子ちゃんが来て、みんなと簡単な打ち上げをして、美子ちゃんの車で帰る。東京都のコロナ感染者数888人。8のゾロ目だ。末広がりでコロナ収束か、はたまた、横にして、無限大に広がるコロナ感染か。

 

12月26日(土)

 午前中、美子ちゃんが「これから砧公園に行かない? 気持ちいいよ」と言うので、砧公園まで散歩。土曜日なので人が多い。砧公園を一周して、美子ちゃんは買い物へ行く。

 家に帰って「猫コンプレックス 母コンプレックス」を書き始めると、あんなに悩んでいたのが嘘のようにスラスラ書けた。便秘が治ったような爽快感がある。

 美子ちゃんと夕食を早めに食べ、19時からの「銀杏BOYZ 年末スマホライブ2020」を観る。無観客だから会場のクラブチッタの客席全部をステージにして、ドローンまで飛ばして、スマホ6台で撮っている映像が迫力あった。峯田くんには無観客という意識がまったくない感じで(実際なかったと思う)、ニューアルバム『ねえみんな大好きだよ』の全曲を歌っていた。スマホだけでもこれだけ熱量が伝わってくるんだと思った。

 銀杏BOYZのライブが終わったころ、和子さんがいる老人ホームから、和子さんが誤嚥で肺炎になって熱が出ているという電話があった。酸素吸入までしたとか。心配だけどコロナで面会禁止だから会いに行けない。美子ちゃんは「死ぬかもしれない」と言って泣いていた。

 

12月31日(木)

 和子さんの熱はまだあるみたいだけど、一段落したようでほっとした。でも、元旦に我が家に来るのは無理だ。

 大晦日だけど、大晦日という感じがしない。ベランダから空を見上げると、雲ひとつない青空。空気が澄んでいるから、空の青が濃い。吸い込まれそうな青。

 

 吸い込まれそうな澄んだ濃い青の空

 

 美子ちゃんは千歳船橋まで、車でおせち料理を取りに行く。「明日、誰か呼ぶ?」と美子ちゃんは言うけど、コロナ感染第3波真っ只中の今、来る人もいないだろう。

 午後1時に、下北沢のピアノスタジオNOAHに美子ちゃんと車で行く。ナッちゃん(マキノナツホさん)と米内山尚人くん(ペーソス)と、ナッちゃんが作った曲を練習する。

 ナッちゃんは美容師だけど、高校のときからライブハウスで歌っているシンガーソングライターでもある。僕が行っていた美容室のアシスタントがナッちゃんと友達で、ナッちゃんのライブがあるから一緒にやらないかと誘われて、2年ほど前に一緒にステージに出たことがある。そのときから美子ちゃんは、ナッちゃんをビデオで撮るようになった。来年、尚人くんに入ってもらってライブを予定しているので、その練習だ。僕らの練習を美子ちゃんがビデオカメラで撮る。

 

 ナッちゃんと美子ちゃん。

 

 帰りに美子ちゃんと和子さんのいる老人ホームに寄って、看護師さんからリモート面会のやり方を教わる。看護師さんがiPadを持ってお母さんの部屋に行ってくれて、美子ちゃんのスマホでつないで、ベッドで寝ている和子さんと少しだけ話をする。万が一のことがなくて本当に良かった。今は救急車に乗っても、病院側が受け入れてくれないかもしれない。

 紅白が始まったころ、美子ちゃんと2人で千歳船橋・久弥のおせち料理を食べる。2人だけだったらおせち料理なんか買わなかったし、それに今日は大晦日だし、なんとなく不自然なおせち料理だけど美味しかった。 

 

 一日早いおせち料理

 

 紅白はそれなりに工夫はしているけど、やはり無観客はつまらない。

 世の中はコロナで大変だったけど、そんなに嫌な年でもなかったような気がする。家ごもりを楽しく過ごすコツもつかめてきた。来年はそれをもっと向上させたい。

 

(次回につづく)

バックナンバー

著者略歴

  1. 末井昭

    1948年、岡山県生まれ。工員、キャバレーの看板描き、イラストレーターなどを経て、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『ウィークエンドスーパー』、『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を創刊。2012年に白夜書房を退社、現在はフリーで編集、執筆活動を行う。
    『自殺』(小社刊)で第三〇回講談社エッセイ賞受賞。主な著書に『素敵なダイナマイトスキャンダル』(北栄社/角川文庫/ちくま文庫/復刊ドットコム/2018年に映画化・監督 冨永昌敬)、『絶対毎日スエイ日記』(アートン)、『結婚』(平凡社)、『末井昭のダイナマイト人生相談』(亜紀書房)、『生きる』(太田出版)、『自殺会議』(小社刊)などがある。令和歌謡バンド・ペーソスのテナー・サックスを担当。
    Twitter @sueiakira

ジャンル

お知らせ

ランキング

閉じる