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母語でないことばで書く人びと

第6回:グレゴリー・ケズナジャット

 


 

「鴨川ランナー」という中編小説がある。作者は、新鋭の日本語表現作家であるグレゴリー・ケズナジャット。「鴨川」と聞くと、韓国学研究者である私は、植民地期の詩人・鄭芝溶チョンジヨンを喚想するが、本作は現代の京都に生きる「アメリカ人」が、苦悶しながらも、日本語との関係を淳熟させていく様相を細緻に写照した物語である。「きみが初めて京都を訪れたのは十六歳のときだ」という一文から始まる、2人称主語=〈きみ〉に貫かれたこのテクストは、小説という形態を取ってはいるが、ケズナジャットの履歴を顧慮すれば、フィクションをまぶしつつも、自身を客体化した追思の物語のようにも見えてくる。母国で日本語と出合った高校時代、英文学を学びつつ日本語に淫した大学時代、京都市郊外の公立中学校に勤めた英語指導助手時代、京都市内の英会話学校での講師時代、そして谷崎潤一郎の小説、師との会遇。東京、再び京都。米国の少年が日本で大学教員となるまでの、日本や日本語をめぐる様々な体験と内的変移の軌跡が明鬯めいちょうなる文体で綴られた傑作である。

グレゴリー・ケズナジャットは、1984年、アメリカ合衆国サウスカロライナ州グリーンビル市に生まれた。イラン出身の父親は、英語とペルシャ語を話す。2007年、クレムソン大学を卒業し、外国語指導助手として来日。その後、同志社大学大学院に学び、2021年に「鴨川ランナー」で第2回京都文学賞を受賞してデビュー。同年、それに書き下ろし作品「異言タングズ」を加えた『鴨川ランナー』が発兌はつだされた。本年2023年には『開墾地』が刊行され、第168回芥川龍之介賞の候補作となった。法政大学で准教授を務める日本語文学者でもあり、就中なかんずく、谷崎潤一郎を専門とする。「アメリカ」や「法政大学」からリービ英雄を、「京都」や「谷崎」から『いちげんさん』を著したデビッド・ゾペティを連想する読者も多いと思われるが、ケズナジャットもまた彗星の如く日本語圏に現れた不世出の作家である。本稿では、「鴨川ランナー」を俎上そじょうに載せつつ、非母語を学ぶことがもたら休戚きゅうせきについて思考を傾けてみたい。

まず、本作は「名前」の物語であると言ってよいだろう。主人公は高校時代、日本語に初めて触れたとき、学習ノートの余白に自身の名前をカタカナで繰り返し書くが、その文字が自分の一部だという実感が随伴しない(p.9)。次の一節から見取れるように、日本語学習がある程度進んだ段階においても、それは同断だった。

「今でもカタカナで書かれたきみの名前を見ると、そこに自分のことを見出せない。そもそも最初からそこになかったのではないかという気がしてくる。そこにあったのは、もう一人の新たな自分だ。そして日に日に身につけている音と文字と会話例で、そのもう一人は着実に養われている」(p.19)

名前とはその人の表象そのものであるが、その表記がラテン文字からカタカナに転ずるだけでそこに「もう一人の新たな自分」を見出せるというのは興味深い。これは、本連載第2回で取り上げたグカ・ハンの名前をめぐる考察とも相通ずるところがある。作家の平野啓一郎は「個人(individual)」ならぬ「分人(dividual)」という概念を提唱し「私」の分割可能性を指摘したが1、それをさらに敷衍ふえんすると、私とは複数の〈わたし〉が輻輳ふくそうしている場であって、別の言語は新たな自分を出来しゅったいさせる機縁になるものだと言いうる。

一方で、名前の表記は、「日本人」として生まれた者との隔たりを鮮明に浮き彫りにもする。部屋の高さやドアの幅、洋服の丈や椅子の作りが、主人公の身体と微妙に合わないように(p.59)、名前が日本語向けにデザインされていないことも、彼に自らが「部外者」であることを強制的に意識させ、紛然ふんぜんたる情動を招来するのである。

「この人には漢字表記の名前があるんだ。生まれてからそんなものを持つのは、どんな感じなんだろう。美しくてバランスもよく、きみの長いカタカナの名前とは全然違う。その二文字を見て、きみは嫉妬と欲望の混じったものを感じる」(p.53)

そして、こうした詮方せんかたなき問題とはまた別に、「日本人」側の短慮さが主人公を困惑させることも少なくない。例えば、彼がいくら日本語で話そうとしても、相手は頑迷固陋がんめいころうに英語で反応する場面に幾度となく逢着する2。英語に通達した者ならまだしも、「オー、ユー・アー・ベリー・勤勉。勤勉、わかる?」のように日本語と英語を交える「理科の小谷先生」の浅膚せんぷな話しぶりなど(p.33)噴飯ふんぱんものとしか言いようがない。多少戯画化された描写なのかもしれないが、既視感のある光景である。ピジンのようなかかる口跡がいかに日本語を真摯に学ぶ者への敬意を欠いているか、その自覚のなさも、読みながら狂おしくなる。

「日本語で話しかけてくれたら、たとえ幾分の意味が伝わらなくても、きみはなんとか対応できるはずだ。しかし今まで読んできた教科書の中に、この英語交じりの日本語への対策はどこにも載っていなかった」(p.34)

このスマートな諧謔かいぎゃくは、屈託なき魯鈍ろどんな「日本人像」を剔抉てっけつしており、快哉かいさいを叫びたくなる。なぜならば、私自身も韓国でこれと類似した経験をしたことがあり、その不快感を非常によく理解できるからである。このような「日本人」の態度は、社会言語学者の鈴木孝夫の言う「日本語は外国人に分かるはずはないという偏見」3が未だに跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていることの顕現でもある。何をどう話すかだけでなく、そもそも何語で話すかの選択もポライトネス(言語的配慮)の一種だが、そのことにあまりに無頓着な人が多い。また、どこに行っても、主人公は周囲の視線を浴び、どう対応すべきなのか分からない。さらに、「外国人」として集合的に束ねられることへの疎外感も感じ続ける。言ってみれば、どんなに日本社会に順応しようと努力を重ねても、消費対象の記号としての「外国人」としか見做されず、匿名的な闖入者ちんにゅうしゃとして〈モノ化〉される。宗教哲学者マルティン・ブーバー風に言えば、〈われ-なんじ〉ではなく、〈われ-それ〉の関係しか「日本人」とは築くことができない4。こうした失望は、次の一節に集約されている。

「インターナショナルパーティーに参加したら話し相手はいくらでもいる。英語を練習したい人、海外の文化に触れたい人、外国人と一夜を過ごしてみたい人。だがきみのような存在を進んで自分の生活に取り入れようとする者はいない。きみは常に一個人ではなく、英語なり海外なり漠然とした概念の代表とされてしまう」(p.60)

しかし、怜悧れいりな主人公は、種々の違和感をいつつ、自己省視も怠らない。そして、もしかすると、自らの無意識の中に「御伽噺の世界」、「東洋の神秘」、「人形のような女子」といった、オリエンタリズムやエキゾティズムに起因する一種の欲望が攙入ざんにゅうしているのではないかという考えも脳裏をぎる。とすれば、彼の無意識も、実は「日本人」たちの「外国人」への眼差しと本質的には選ぶところがない。これは来日前に付き合っていた恋人アリシアの鋭利な予示でもあった。また、彼は、英語の勉強を強いられた日本の生徒たちを目睹もくとし、誰にも強制されることなく、自由に日本語を探究できた英語母語話者としての特権にも気づくことになる。〈英語母語話者の特権性〉や〈日英語の非対称的位相〉といった問題も、ケズナジャット文学の重要な主題だと目してよい5。それでも、日本語にこだわり、日本語で書くケズナジャットの〈言語的生〉は、英語母語話者による、英語帝国主義的な趨勢への抗いなのかもしれない。

こうして、主人公は京都でいろいろな経験を積み重ね、あるときは「この街に飽き」(p.60)、酔漢にからまれて赫怒かくどしたりもするが、結局のところ、京都に留まり、まるで運命のように、谷崎潤一郎の小説に引き寄せられる。そして、文字空間に身を浸しているときのみ、彼は真の〈日本語世界〉を賞翫しょうがんすることができる。何となれば、彼の存在自体が巧まずして自然な日本語の言語場を大きく変形させてしまうからである。

「日常生活では、きみが見る表情も、きみが聞く言葉も、あらゆる場できみ自身の存在によって歪められてしまう。きみの身体、きみのままならない発音、その異質性が常に邪魔になる。だが文字の世界だと、そのような異質性は綺麗に取り除かれ、自分がいない日本語の世界を楽しめる」(p.75)

何とも切ない記述だが、こうした状況も、私には容易に想像がつく。疎外感を与える「日本人」に苛立ちながらも、「自分のいない日本語のほうが、やはり美しい」(p.78)と断じてしまわざるを得ない異邦人の矛盾した悲しみに、私は肺腑はいふえぐられそうになる。

その後、彼は大学院で本格的に谷崎潤一郎研究を志し、勉励の末、東京の大学に就職する。そして、学会で再び京都へと赴く。ホテルのフロントで案の定、英語で話しかけられるが、彼はもう瞋恚しんいを覚えない。これはある種の成熟なのだろうか。

「このようなやり取りが気になっていた時期もあった。英語を頼りにせず、必死に日本語を喋ろうと努力していたのに、相手がきみの顔を見て英語で喋りかけてくると、侮辱されたような気持ちになった。しかしそんな若々しい情熱はもはや、きみの胸に湧いてこない。考えてみると、良くも悪くも、いろんなことがどうでもよくなったような気がする」(p.95)

「手渡された領収書を取り出して、確認する。上の欄にきみの名前は全角のローマ字と、その上にカタカナで記されている。どちらもシステムに長過ぎたらしく、途中までしか印刷されていない。残りの文字はその隣にフロントスタッフの手で書かれた。さまざまなパーツが合わない、継ぎ接ぎの名前だ。それを見たきみに違和感はない」(p.96)

「きみは橋の真ん中辺りに立ち、北を見る。この眺めがまるで御伽噺の世界のように見えた時期は確かにあった。だがあの頃きみの想像を搔き立てた空白は今や無数の記憶に充たされている」(p.98)

かくしてテクストの筆路を丁寧に辿っていくと、彼は長い日本生活の中で大きな内面的変化を遂げてきたことが分かるだろう。この意味において、本作はビルトゥングスロマン的な色彩を帯びている。畢竟、言語学習とは、諦念と喪失の過程である。自身の精神衛生のために市井の母語話者の鈍感な言動を躱開たかいする術を会得すること。目標言語世界を確知することでいつしかその秘儀性が滅却しベールの中の現実が剥き出しになっていくこと。かつては美しい音楽のように聞こえていた音が後景化し意味に繋縛されていくこと。これは喜びでもあるが、やはり悲しみでもある。人生を賭して非母語を真剣に学んだことがある者であれば、誰もが共感するリアルな境地であるにちがいない。

主人公はホテルのフロントで、差し出された用紙に東京の現住所を書き込みながら、次の如く内言する。

「それは今の住所だけど、十年間この街に住んでたよ。出町柳辺り、豆餅のふたばの近くにな。本当は、ここは僕の街でもあるんだよ」(p.95)

ここ(京都)は僕の街でもある――このくだりを読んで、私は不覚にも落涙らくるいしそうになった。ソウルに対する私の思いと似ているように感ぜられ、その心理が「内側」からよく分かる気がしたからである6。追憶が堆積した街は、産土うぶすなのように愛着を持ちうる〈場所〉――人文地理学者のイーフー・トゥアンの図式で言えば〈空間〉ではなく〈場所〉7――となる。あまたの葛藤を抱え、谷崎の「春琴抄」を素読し、「教科書に到底収まらない世界」(p.10)を少しずつ我が物にしてきた主人公は、達観とも読み取れる地平に到達した。しかし、その実、この物語はまだ終わっていない。最後に「目の前にある百メートルだけに集中する」(p.98)と宣する彼はこれからも、それが幻影だと悟りつつも、「壮大な結末」(p.91)に向かって走り続けていくだろう。この未完の物語は、そのリアリティゆえに私を唸らせ、彼に伴走するように、私も他者の言語=韓国語とさらに深く付き合ってみようという気にさせてくれる。本作は、『開墾地』――これもまた別のパースペクティブから言語や文化の「あいだ」に生きることを思念させる秀作――と併せて、いま私がことばを学び考える方々に最も強く推薦したい作品である。  


・書誌情報
『鴨川ランナー』、グレゴリー・ケズナジャット著、講談社、2021年

『開墾地』、グレゴリー・ケズナジャット著、講談社、2023年

 

・注
1 平野啓一郎(2012)『私とは何か:「個人」から「分人」へ』、講談社

2 こうした「日本人」の態度は、「異言」にも描かれている。例えば、主人公のマイケルが同棲している百合子に対して「ねえ、百合子、僕が日本語を喋ろうとするとき、なんでいつも英語で答えるの?」「でもさ、こうして一緒に住んでるし、僕はやっぱ、もうちょっと日本語を使いたくて、僕は、百合子と日本語で喋ってみたいなって思ってて」と訴えるシーン。それに対して百合子は次のように答える。「あなたにはボクが似合いませんよ」「わたしは、英語を喋るあなたが好きです。かっこいいです」(pp.147-148)。百合子自身にも海外留学経験があるにもかかわらず、この無神経な応答に私は驚く。これは後述する「外国人」の〈モノ化〉にも直結する問題である。なお、「ボク」のような人称代名詞の問題も、ケズナジャット文学の大切なテーマのように思われる。英語ではすべて「I」や「you」に回収されてしまう、日本語の豊かな人称は、英語とは異なり、文法範疇ではなく、どこまでも語彙的要素である。「鴨川ランナー」の中で、英会話学校の生徒のイマムラさんについて、「日本語だとどの一人称を使っているだろう。私? 俺?」と主人公が想像を巡らせるシーン(p.72)などは、人称の問題にとどまらず、〈翻訳〉の問題とも関わる。本稿で詳しく触れる余裕はないが、ケズナジャット文学にとって〈翻訳〉も重要な論点だろう。例えば、「オマモリがアミュレットになるとき、何かが失われてしまうのではないか」(p.14)という問題提起はそれ自体が〈翻訳〉なるものの営みへの根源的懐疑の表現である。

3 鈴木孝夫(1975)『閉された言語・日本語の世界』、新潮社。「鴨川ランナー」は小説とはいえ、1970年代に書かれた同書とさほど状況が変わっていない21世紀の日本社会を描出しており、私は愕然とせずにはいられない。

4 ブーバー、マルティン(1979)『我と汝・対話』、植田重雄訳、岩波書店

5 例えば、「異言」には、百合子とマイケルの次のような対話が出てくる:「その意味で、あなたがとても羨ましいです」、「羨ましいですか? なんで?」、「もとから英語が話せたからです。世界のどこに行っても、話が通じます。どこでもありのままの自分でいられます」(p.139)。さらに『開墾地』でも、イラン出身の父親が、ペルシャ語を習いたいという息子ラッセルに対して、こう言い放つ:「ラッセルは英語が話せる。きみはまだ分かってないだろうが、それは実はとても幸運なことだよ。外国語を勉強しなくてもどこにでも行ける。どこに行っても、言いたいことを言えない苦しさはない。だから、ペルシャ語なんか学ぶ必要はない。きみは自由だから」(pp.76-77)

6 臨床心理学者の東畑開人は、「わかる」には2種類があるとし、ひとつは「知識に当てはめて、相手をパターンに分類していく「わかる」」、もうひとつは「内側から、相手がどのような世界を生きているかを「わかる」」だと述べている(東畑開人(2022)『聞く技術 聞いてもらう技術』、筑摩書房)。文学を読む快楽は、そのどちらにも跨っているが、「鴨川ランナー」を読みながら総じて私は後者のほうをより強く感じた。

7 トゥアン、イーフー(1993)『空間の経験:身体から都市へ』、山本浩訳、筑摩書房

 

Illustration: Maiko Suzuki


 

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著者略歴

  1. 辻野 裕紀

    九州大学大学院言語文化研究院准教授、同大学大学院地球社会統合科学府准教授、同大学韓国研究センター副センター長。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。誠信女子大学校人文科学大学(韓国)専任講師を経て、2012年に九州大学へ着任。専門は言語学、韓国語学、言語思想論。文学関連の仕事も。人文学一般、教育、医療、幸福、アートなどにも幅広く関心がある。著書に『形と形が出合うとき:現代韓国語の形態音韻論的研究』、共編著書に『日韓の交流と共生:多様性の過去・現在・未来』(いずれも九州大学出版会)がある。東京の神田神保町にある書店PASSAGE by ALL REVIEWSに「辻野裕紀の本棚」を展開中。音声プラットフォームVoicyで「生き延びるためのことばたち」という番組も配信している。

    Twitter:@bookcafe_LT
    Instagram:@tsujino_yuki

    Photo ©松本慎一

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