白雨に浮かび上がる15篇の詩(25年5月)
今月はご投稿いただいた作品の中から15篇選び、お届けいたします。空気が湿り気を帯び始める今日この頃、果たして言葉の世界の風景はどうなっているでしょうか。ぜひご一読ください。
白雨に浮かび上がる15篇の詩 ・小さな楽園 ・想い ・ラッキー ・バカンス ・櫻花 ・私たちは稀にあった方がいい ・wings ・影、雨 ・かけがえのない私の草原 ・ひとつの、ロマン ・いろ ・神戸の夜 ・去るもの ・春惜しむ ・黄砂 |
小さな楽園 高山千歳
紅い林檎の木をかける子猫の後を追い 緑けむるその庭で 水仙の葉踏まぬよう腰をおろす 金の巻髪踊らせる少女は となりの爺が描いた絵を褒め 甘いシュガーパイを頬張った お気に入りの歌を歌えば そこは楽園 幼いイヴはいつかアダムと出会う アダムとなりし少年は この地のどこか 同じように微笑んでいるでしょう 作られたばかりの葡萄酒をこっそり飲んで 母親にしかられているかもしれない |
想い 高山千歳
ふと見上げれば 紫色の雲 頬撫でる風も どこか色めいて 貴方を想う この心の 行き先は 一体 何処なのだろう 日ごと 温度を変えて 日ごと 色彩を変えて ゆっくりと熟す 果実のように やがて 土に還るのだろうか あまりに大きな想いでは きっと すぐに 落ちてしまう だから 胸に 抱えきれるだけ 貴方を そっと 想うの |
ラッキー 倉橋謙介
ラッキーの総量が ひとりひとり決まっているなら 僕は今まで3回当たった 自販機の分は返して欲しい その時は1本飲めればそれで良いし 当たるなんて思ってないから この後飲みたくなるやつなんか すぐには決められないのに 消えるはずのライトが またついて 僕を追い詰めている気がして 無糖のブラックコーヒーを 毎回押してしまうのだ 使いたい時に使えなかった ラッキーは すでにアンラッキーじゃないか |
バカンス 小村咲
季節の順番を 一つ飛び越える旅に出た ビタミンカラーはふんだんにある プラスチックの蛙の色のような鞄を見つけて 肌色の砂の粒子に白い水着を染めて 手足を日光に晒す 水上を潮風と共に走り抜けたり 櫂から滴る水滴に光を見つけたり 経験の全てを溶かして呑むような シンガポールスリングは 暖色に強めの甘さを放っている 数センチ先で氷がカタンと 私達の視線を誘う ミントの仄かなグリーンのモヒートは あなたの指を濡らして傾く なんでもない初夏に 空はいつでも 開け放たれているようである |
櫻花 槻結糸
びらを落とし蕊だけを残すその樹の葉陰 咲く櫻花 ひとつふたつみつ
さわさわと若い葉揺れの音 空につんざくひよどりの声
蕊に何を想う 行く末の姿に何を想う 散り落ちた花びらに何を重ね見る
指先に集まる冷たい風 揺さぶられる花 ひとつふたつみつ まだ散らぬ まだ散らぬ 花びらに風を拾って咲く櫻花
行く末の姿がそこに在る 散り落ちた花びら 残された蕊 何を想う 何を見る
花は花として 只花として今を咲く 潔く今を咲く |
私たちは稀に会った方がいい yasui
悪 よ、 い い か、 対・対 立・立 この世界のありとあらゆるところ ドッカン、バッタン、鞘とさやの鍔ぜり合い あー言えばこー言う、明日の話をしたら昨日のことだ 呪いのろられはりはられ どれだけ有るのか知らせてくれ その時はパトカーに救急車、野次馬集りの大騒動だ 老若男女あつまって皆がやがやガヤガヤ 戦車を凱旋門でドライブだ ドリフトでもしてくれたら見物かもな こんな自分と言えばそんなことをわざわざ詩に載せて あらゆる事象が対照たりえて 後ろに気をつけ前に行け。前にゆくなら気をつけて 右から来れば左に流れろ。左を見たら意味がない 天は不動と時を刻む。針よ刻むな、地が動け 種が弱けりゃ、粉足せばいい 甘けりゃからめりゃいいし、辛けりゃうすめれい 混ぜてまずけりゃ分けれれい なんの話か、いつの話か、いつまで話すか ただ生きていると感覚。 |
wings 南野 すみれ
ぶらんこがゆれている
高台の校庭は境界のフェンスが遠くに見える 春日(はるひ)を隠す雲が 伸ばした手の先でたわわに広がっていた 日曜日 ひとりきり 私はぶらんこをこぎながら 鳥になる
羽を広げた 風にのる 銀鼠色の沖では 白波がざわついている グイッ 頸を上げた
天を射る 水と闇の乱層雲が邪魔をする 斜角で飛び込んだ 耳が目に代わる 雲を、 突っ切る
ズンッ
広がる青と光のせかい 穴だらけになった羽を 風がぬけていく |
影、雨 七海独
僕の影は どこにも映らない。
ぽつん、 ぽつん、
雨粒が 僕の肌を濡らす。
その時、 僕は生きているのだと 確信する。
僕の影は どこにもないけれど、
この頸動脈の温もりと、 雨粒の冷たさが、
僕の存在を 証明してくれる。 |
かけがえのない私の草原 SilentLights
旅立った あなたのあとを追うよりも 私は 胸の中の草原を 歩きたい
立ち去った あなたへ手を伸ばすよりも 私は 胸の中の草原で 横たわりたい
あなたではなく あなたの 心を知るために
私は まず じぶん自身の心のふかみへ おりていかなければなりません
かけがえのない私の草原に たどり着くことができたら
やさしい風が きっと
あなたの 居場所を 教えてくれるでしょう
あなたの 大切なうたを 届けてくれるでしょう |
ひとつの、ロマン 鏡ミラー文志
OH!! 朝 朝はなんと、眩しいのだろう 誰にでも訪れる、この光 小鳥が鳴き始め、電車が走り始めると 風は響きを変え、川の流れはスピードを上げる 洗濯機も、踊り出す OH!! 朝 朝はなんと、眩しいのだろう OH!! ママ ママはなんと、優しく暖かいのだろう パンケーキの膨らみと、シロップの味 良く出来た刺繍製品や、編み物 絵本の中の物語は、魔法の宝箱 OH!! ママ ママはなんと、優しく暖かいのだろう OH!! パパ パパはなんと、誇り高いのだろう 海の向こうに聳え立つ、大きな山 人前で泣く野暮を一笑して、粋に尽くす 頑丈な赤煉瓦で、心に壁を作る 屈強なる意思で、物事を最後までやり遂げる OH!! パパ パパはなんと、誇り高いのだろう |
いろ とし
すいせん の き
すみれ の むらさき
すいれん の うすもも
すいかずら は しろとき |
神戸の夜 Yuji Amitani
永遠なんてなくていいから、ただ一晩中、手をつないで神戸の夜を散歩できるようなあなたが欲しい。
私が死んだら、きっとあなたは私を忘れることがないように私の名前を体に彫ろうかと一度は考えるのでしょう。
私はそうしてくれたらとても安心するのだけれど、でもあなたは少し悩んで、そこまではしないでいいや、と私を突き放すのです。
それでいいよ。死後のわたしは、あなたを縛ることなんてできない。永遠なんてないのだから。
つないだ手。交わした言葉。全速力で逃げながら、でも決してはぐれないようにと願った二人。あなたの足が速くて、追いつくのに精一杯なわたし。
これらすべて神戸の夜。 |
去るもの 倉橋謙介
少し肌寒い朝に 引っ張り出した 5月のカーディガン ポケットに隠れていた 色褪せない 桜の花びら見つけて 忘れている大切なこと 思い出しそうな気がしてきている それはたぶん みんなが背中を向けて 去っていってしまう前に 僕がいつも 見落としたフリをしてきた 色褪せていて欲しいものだ |
春惜しむ 七海独
テニスコートに、 響くテニスボールの音。 体育館から、 聞こえる剣道部の叫び。
揚羽蝶が、 目の前を飛んでゆく。
私は見つめる。
全ての青春を忘れて、 自由の象徴だけを見つめる。
揚羽蝶。 私。 太陽。 風。 緑。
もう桜は散っている。
でも私はまだ、 散っていない。 |
黄砂 南野 すみれ
昨夜は春の嵐が一晩中吹き荒れていた 澱んでいた黄砂がなくなっている 明け方 春らしくない雨が 屋根を大叩きした 洗いあげられた山が、木が、家が 陽をはじいている
楽しいはずのランチが だんだん愚痴に塗り染められる 早く終わらせたいと 私の顔がカタマッテいく 石膏のような顔を 見えない鏡が映しだす 鏡の中の顔に 面白くないと漏らした ティーポットの最後の一滴を垂らす
夕べ取り残された風たちが 傍らを通りゆく 山道にはみだした枝から 桑の実がくるりと落ちた 枝先の実をひとつ 口に 薄雲のひろがる空の 青も呑みこんだ
複式呼吸を二回 私の中にも黄砂が積もっていたらしい |
世話人たちの講評
千石英世より
小さな楽園
宮崎駿のアニメ映画の雰囲気を感じさせる可愛さ、あたたかさがあるなとおもいました。
想い
蕗谷虹児、高畠華宵ら、大正ロマン、昭和モダンの時代のイラストのゆったりとした雰囲気を感じました。
ラッキー
発想が魅力だし、気持ちのこだわりが面白いとおもいました。このとんがった気持ちをおとなしくさせずに、詩のなかの素直で荒々しいことばとして、グイッと衝き出す道を探るのも手かも。
バカンス
3行目以降、素晴らしいなと思いました。そして最後の3行目直前まで、ここも好きになれるなとおもいました。ということは、出だしとまとめで、何かシチュエーションを作っているので、物語をつくっているので、そして最後の3行でキメが入っているのですが、この作の魅力の核心はそこではなく、直なこころの動き、ことばのストレートな出現にあると思ったのですが、どうでしょうか。
櫻花
メロディーが聞こえてきそうななめらかな見事なながれがあります。そのながれに自分の、作者のこころの思いをのせている作ですが、「蕊に何を想う」と、その思いは何か痛烈な思いなのですが、最後の3行で、「蕊」から詩想が「花」に移っているのが惜しまれます。痛烈さを維持して、耐えていくという手もあるように思うのですが。
私たちは稀に会った方がいい
ことばにリズムがあり力があるように思います。「あらゆる事象」のなかみを具体的に数え上げていくと、列挙していくと、そして、それら列挙のなかのいちいちに遠慮なくコメントしていくと、リズムがパンチになり、力が力の連打になるように思いますが、どうでしょう!? 前へ! 前へ! です。
wings
ただ一言、スゴイです。
影、雨
ただ一言、じわっときました!
かけがえのない私の草原
シンガーソングライター的なソングになっているのではないでしょうか。せつないところ、いいとおもいました。シンプルで深いです。
ひとつの、ロマン
冒頭6行、力強く、いいですね。その後、パパ、ママが登場してきて、これが「絵本の中の物語」、「魔法の宝箱」のなかのパパ、ママなのだと解しました。そこから、パパ、ママが「箱」の外へと踏み出てくるところ、ロマンの外へ踏み出てくるところ、そこを見たい、見せてほしいとおもいました。でも冒頭の力強さは魅力です。
いろ
「枕草子」のようで、好きです。「しろとき」が何となくわかるような、わからぬような、です。
神戸の夜
シチュエーションの理解がむずかしかったですが、この切なさ、なぜか好感しました。「神戸」なる地名の力でしょうか。
去るもの
タイトルがいいなと思いました。たんにいいのではなく、本文の込み入った微妙な事情を支えているのですね。
そんな微妙な凸凹の追いかけ方、それは、「それはたぶん」の行以降ことですが、そこが分かりにくそうで、しかし分かります。その微妙さ、よく分かります。ちゃんと分かります。となると全体、いいのですね、この詩。そう! いい作なのですね、本作は! あらためていい作くだと言いたいです。
春惜しむ
シチュエーションの提示部、冒頭4行、を伏せて何度も読みました。するとこれは素晴らしい作だと思えて来ました。ストレートに自分の心を自分でわしづかみにしているということでしょうか。そこが素晴らしい!4行を伏せて読みましたというのは、言い過ぎかもしれませんが、それほど素晴らしい作だということでもあると思っています。妄言多謝です。シチュエーションの提示は時間の流れをつくってしまう、でも、詩は、時間の流れをせき止める。せき止める以上に、切断する、瞬間へ熱く凍結する、といったものじゃないかなと思っている私なのですが、どうでしょう。
黄砂
1連目いいですね。2連目いいですね。3連目もいいですね。4連目がシチュエーションの提示、時間の流れになっていて、反省が入って来てしまって、惜しいです! 「薄雲のひろがる空の 青も呑みこんだ」という驚くべき1行、ここで切断するのはどうでしょう。そうすれば、詩も作者もすっくと自立する! のではないでしょうか。
請う御一考。上記「春惜しむ」へのコメント後半を参照してください。
平石貴樹より
小さな楽園
きれいな色のまぼろしですね。
想い
発想が洒落てます。
ラッキー
不満の趣旨よくわかります。
バカンス
カタカナ名詞がわかりませんでした。
櫻花
花芯に注意をむけた珍しい詩です。
私たちは稀に会った方がいい
混乱の感覚は伝わります。
wings
雲を突き切る幻想は迫力です。
影、雨
雨の日は影ができないのでは?
かけがえのない私の草原
そこにはどうやって辿り着けるのでしょう。
ひとつの、ロマン
パパが少しわかりにくかったです。
いろ
そうですね…。
神戸の夜
微妙でリアルな関係なのでしょうね。
去るもの
もうすこし続きませんか。
春惜しむ
自由を実感したのですね。
黄砂
観察と寓意のバランス素敵です。
渡辺信二より
小さな楽園
言葉とイメージで遊ぶ点が初々しい。同時に、危うい。
例えば、イヴとアダムの関係、古語混じり、「どこか」は名詞止め?それとも質問?
何と「同じように」なのか? もう少し読者に親切にしてほしい。
想い
例えば、翻訳アプリを使って、この作品を英訳し、その英訳をもう一度、
日本語に訳してみると、最後に訳出された日本語が、多分、この作品の良い点と改善点を教えてくれるでしょう。
ラッキー
行替えはあるが、散文的です。
なお、ラッキーは、形容詞です。
バカンス
よくできている。
よくできているので、なおさら、一つ飛び越える作品を見せてほしい。
櫻花
繰り返される「何を想う」という問いに関して、
それぞれ、問う物と問われる物を明示しないことが、どういう効果となるのだろうか。
私たちは稀にあった方がいい
いいタイトルなのだが、この作品を読んで想うのは、
さて、私たちは、いつ会って、何を話して、どう別れるのか、気になる。
wings
「鳥になる」感覚を表現しようとする試みは、挑戦的で、好感がもてます。
で、その成否ですが、冒頭「ブランコに乗っていること」は、
結末「穴だらけになった羽」で、どう決着するのか。
影、雨
肌で感じることはとても大切です。
かけがえのない私の草原
以心伝心って、可能なのだろうか?
いや、そもそも、心って、どこにあるのでしょうか?
ひとつの、ロマン
6つの「OH!」、4つの「朝」と「ママ」と「パパ」、そして、1つの「ロマン」ですね。
語り手の視点に明確な言及はないが、「子ども」なのか。
いろ
「す」で始まる花ばなをうたう。
8行目の助詞は、「は」なのですね。
偶数行全てが「「き」で終わると、さらに良いかも。
神戸の夜
いくつか、疑問が湧く。
「永遠」はなくていいのか、そもそも、ないのか?
「わたし」は、「私」と違うのか?
語り手は、この作品の現在、神戸の夜にいるのか、思い出しているのか?
去るもの
最後の6行、語り手の気持ちは読者に伝わるが、表現が散文的です
詩的驚きが欲しい。
春惜しむ
「春を惜しむ」のなら、もう少し、詩的論理を整理して明確にすべきかも・・・。
特に、「自由の象徴」が、苦しい。
黄砂
最後の2行から、何か新しいロマンができそう。
なお、腹式呼吸ですかね。
あさひてらすの詩のてらすでは、
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