第4回 人前で歌うのが得意な私は絶叫マシンが苦手です 〜最初に大きい声を出したい気持ちがあって、技術をつけて、最後に気持ちで大きな声を出す〜
苦手なことが多い人生を送ってきたというエッセイストの古賀及子さんが、すごい特技を持つ人と、その人が苦手なことをつなげる「にがてしりとり」。今回は「待つこと」が得意な人の苦手→「人前で歌う」ことのプロのお話を聞きました。(編集部)
待つことが得意な人として、保育士のよしのさんことよっちゃんが聞かせてくれたお話は、待つとは一体どういうことなのか、それ自体に迫る内容だった。
よっちゃんは時間が過ぎるのを恐れない。意味がないことも怖がらない。そうして、待ちながら待つ対象を興味深くまた注意深く、見ていた。お話を聞きながら、待つという種類の優しさにも触れた思いがする。
そんなよしのさんが苦手なことは人前で歌うこと、だった。音楽の独唱のテストは歌わずに通し、カラオケも好きじゃないんだそうだ。聴衆を前にして話すことならむしろ得意だけれど、歌うのはどうしても緊張してしまってできない。「なぜですか」と質問することがはばかられるくらいの、断固として苦手な様子に、私はちょっと感動してしまった。苦手だという主張に理由なんて必要ないもんなと、すかっとするほど。
しりとりを続けよう。では、人前で歌うのを得意とする人とは、どんな人だろう。普通に考えると歌手ということになるけれど、よりつっこんだ話に答えてもらえる方がいたら……。と、考えて、お話を聞かせてほしいとお願いしたのが、アイドルグループ「アイドリング!!!」の元リーダーの遠藤舞さんだ。
現役時代から歌唱力に定評があり、卒業後はソロアーティストとしても活躍したばちぼこの実力者である。現在はボイストレーナーとして、アイドルのみなさんを中心に一般の方にも指導をしている。これまでとこれからを書いたエッセイ集『若いカワイイからの卒業』を読むと、ご自身とその周りの世界を冴え渡った目で見通してきたことがわかる。人前に出るということを職業として自覚的に体験し、体系化して理解して、とことんまで身につけた人の文章だった。
お会いした遠藤さんは、ううっ、やっぱり輝いている。いきなりすてき! と目をむいてしまうのは、遠藤さんのお力か、それとも私のちょろさか(どっちもです)。
音楽を体現する、再現することが得意な育ち方をした
“父親がピアノの先生で、調律師でもあったんです。ピアノが家にあって、勝手に弾いていいよという状態でした。父は私がまだかなり幼い頃に一度教えようとしてくれたそうなんですが、教えるうちに身内に指導するのは無理だと気がついたって聞きました。本人がやりたいように音楽をやったらいいんじゃないっていうことになったそうで、子どもの頃は誰かに教えてもらうこともなく、耳で曲をコピーしてピアノを弾いていました。
音楽に対して自主的な触れ合い方をしていたから、入ってきた音楽を体現する、再現するみたいなことが割と得意な育ち方をしたんですよね。父親からの遺伝的なものもあるのかなと思います。”
音楽といえば、そもそもの素養、そして早期教育が重要だというイメージが、特に楽器(ピアノとバイオリン!)にはいかんともしがたくある。遠藤さんは根源的に得意の要件を満たしながら、けれど人に習ったわけではないのが意外だ。この頃は、お父さんの影響で聴く曲といえば歌のないクラシック音楽が中心だったそうで、しかもそのお父さん、ピアノがどれだけ上手でも、歌は苦手だったという。
歌というものに意識的に触れるのは小学校の合唱からで、しかもここで早くも挫折を経験するというのだ。なんと!
歌を始めた年に、もう挫折しました
“通っていた小学校に、カリスマ性のある音楽の先生がいらっしゃったんです。先生が赴任するとどの学校もNHK全国学校音楽コンクールで金賞を取るくらいすごい方で。音楽に対する興味はあったので、4年生のときに先生が指導する合唱部に入部したんです。
コンクールには、4年生は部内で合格しないと出られないことになっていました。私、合格できなかったんです。歌のポテンシャルがないんだとここで1回、歌を始めたその年に挫折しまして。自分が歌を歌うということ自体がまったくわからないまま小学校時代を終えました。”
しかもこの後、中学校のクラス合唱でも、全員強制参加で行われたソロパートのオーディションで落選してしまう。担当の教諭に言われたのが「遠藤、惜しかったんだけど、ちょっとビブラートが甘くて」。……き、きびしい!
苦手なことの多い私だからわかる。早い挫折は、下手をすると……というか、多くは「挫折」として認識されない。なぜなら、そこで手放して物事を「苦手」の箱に入れてしまうから。遠藤さんもきっと危ないところにいて、だからこそこの二度の落選を色濃く覚えているのだろう。踏みとどまれたのはやはり、自主的なピアノとの触れ合いが幼い頃にあったからではないか。
このあと高校に入ってアルバイトなどで忙しくするうちに、3年生の時に偶然、芸能事務所にスカウトされることになる。若いころから活躍している方の
ということはつまり、遠藤さんは歌に対して挫折を続けて自信をなくしたまま、芸能の世界に飛び込んだということなのか。表現って、自信がないと相当難しいんじゃないですか⁉︎
あまりにも素人だから、受かった
“スカウトのあと、オーディションがあって、そこで1曲歌わなきゃいけなくて、歌ったんです。合格をもらったあとで「なんで受かったと思う? 遠藤があまりにも素人だからだよ」って言われて。そんな受かり方ある?って。
ただその頃、カラオケにはちょこちょこ行くようになってて、友達に「なんか上手いね」って言われて、「え?」って驚く、みたいなことは何度かあったんです。一般的な評価ではないですよね、友達のおべっかもあったとは思うんです。でも自分でも「 もしかして上手いかもな?」とは思えた。
私、aikoさんがめっちゃ好きなんですよ。それで、高校生の頃によく完コピしてたんです。もともと耳コピは得意だったから。今思うと、それが良かったんですよね。”
難曲揃いのaikoさんの楽曲を「めっちゃ好きで完コピ」していた。なんとなく重ねた経験が、カラオケで友達に評価される素地になって、結果的に挫折に一矢報いることになっている。挫折を経験しながらも、その裏で自信を積み重ねられたことは、体験としてきっと大きい。
歌を自分で歌いにいく感じになってきた
“それで、素人だと言われて入ったわりには、歌に関しては周囲に比べたら多少うまいほうではあったんです。ソロパートを任せてもらうことも増えて、任せてもらえたのならって、探求心も生まれてきて。それまで受け身だったのが、歌いたい、歌おうと、自分で歌いにいく感じになってったなと思います。歌が面白いと思えたことで、だんだん上手になっていった……ということなのかもしれないです。”
「そんなでもない自分」を立て続けに経験し、素人だと言われながら仕事を始めた。それでも歌に対する積極性をつかみ、上手さをもつかんだのは、歌を苦手ということにしなかったし、苦手ということにできなかったからだと思わされる。やっぱり「得意」の話は誰から聞いても感動的だ。
ところで、「歌が上手い、カラオケが得意」という言葉を気軽に使ってお話を聞いてきたけれど、そもそもどういう状態が歌が上手いことをさし示すかというと、表現の世界の話だ、ひとことでは言えないだろう。なんなら雰囲気とか迫力みたいな条件も入ってくる。
ここからは、歌唱力を上げるために、遠藤さんが普段どういう指導をされているかというところから、歌というものの上手さについてもぜひ、聞いてみたい。
没入しきれない俯瞰型と、うっかり粗が出る憑依型
“最終的に、音程とかリズムとか抑揚とかの緻密なコントロールが、すべて無意識下に入りながら、その上で没入できる人が上手なのかなと思ってます。
歌ってる子を見ると俯瞰型と憑依型に二分されてるんです。俯瞰型は繊細なコントロールっていうのができるんですけど、どこかちょっと冷めてしまうから、歌ってる自分も、観客も、一枚ベールをかぶっているというか、没入しきれない、集中しきれない。 逆に憑依型は感動を生みやすいんだけれど、コントロールから外れてしまうと粗が目立つことになる。 自分が今、どっちなのかを見つけるのは大事かなと思います。
私は俯瞰型で、冷静な状態で歌ってしまうので、どうしたら没入できるか、環境だったりとか、頭の使い方だったりとか、そういうものを工夫していくことになります。”
没入しきれない俯瞰型と、うっかり粗が出る憑依型……! 歌唱は生の表現だから、その塩梅もいよいよ試されようものだ。お話を聞きながら、強く「なるほど」を体から湧き出させてしまった。
“生徒さんには、上手に歌うためのタスクを、オートパイロット下に置くために練習するんだよって伝えてます。本番で、音程が……みたいなことをやってたらもう終わり、お客さんが冷めちゃうから、それはダメだよって。私は歌唱に対して割とロジカルに向き合っているほうだと思うので、いろいろ分析していって、因数分解して、その人の足りないものを見つけて訓練していくっていう感じです。”
「おお……」とか「ふむ……」しか声が出なくなっていく。この人についていけば、もしかしたら自分も歌えるかもしれないと思えてきたのだから、先生というのはすごい。
俯瞰と憑依という言葉は、テクニックやロジックとパッションのバランスの話としても語りなおせる。クリエイティブにかかわるすべての人が、どこかで直面する問題だ。この点についても鋭い話が聞けた。
パッションがあって、ロジックがあって、最後にパッションが帰ってくる
“ロジックとパッションでいうと、私は層になってるんじゃないかなと思うんです。まずパッション、次にロジック、最後はパッション。 間はグラデーションになりながら、サンドイッチになっている感じですね。
最初にパッションが来ないとやっぱりだめなんです。パッションがない子にいくらロジックを説いてもまったくうまくならないんです。
大きい声を出したいっていう要望があるじゃないですか。 声量を上げたいっていう。 どうやったらいいかはロジックで全然説明できるんですけど、本人が大きい声を出したいっていう気持ちがないと無理。意欲があって身につけたロジックで、最後にパッションでまた大きな声を出す、という流れです。”
言われてみればその通りすぎて、「わは!」と声が出てしまった。パッションは、私のような素人でもそれなりに持ち得る。やるぞ! とは思う。でもそれだけだとやっぱりつまずくのだ。そこで、勉強したり、教わったりしてロジックを搭載する。方法がわかることで、またパッションに乗って走り出すことができる。
遠藤さんは、教わりにやってきた生徒さんから、まずは「何を求めているか」をとことん聞き取るのだそうだ。その上で、少し上を攻めに行くのだそう。生徒さんに考えを開示してもらえるように、「雑談の時間も大事にしてます。歌はフィジカルであって、メンタルでもあるから」というのだから歌を教えることへの考えが深い。心を開いてもらったところから、レッスンが始まるのだ。
歌の得意な人としてお話を聞いていたら、いつの間にか歌を教えるのがむっちゃくちゃ上手い人に、話を聞いていたのに気がつく。体が芯からしびれた。
歌が上手くなりたい人へ「情報を取りにいく聴き方をする」
ところで、苦手だし好きじゃないから歌わないよっちゃんとは違い、私はカラオケに行けば歌いはするけれど、ごく普通に歌が上手くない。遠藤さんからは、生徒さんによく話す上達のためのひとつの手立てとして、こんな話を聞いた。
“まずは聴けるようにならないと上手くなれないから、とにかく耳を鍛えなさいっていう話をよくしてます。ある曲を聴いてその歌でどんなテクニックが使われているか考えてきてもらったり、レイヤーで聴くようにしてもらったり、情報を取りにいく聴き方をするように伝えます。
歌が苦手な生徒さんは、歌だけを聴いていて、楽器隊のほうはほぼ聞こえてないっていうことがすごく多いです。レイヤーで聴くというのは、ドラム、ベース、ギター、ピアノ、その他楽器と歌っていう、層で聴くことで、これができると音楽の解像度がぐっと上がるんですよ。
これは訓練だから、一気に全部聴こうとしなくていい、まずは歌とドラムだけ聴いてみようかなとか、歌とギターだけ聴いてみようかなとか、段階を経て、最終的には、レイヤーで聴けるようにしようねっていうようなことは話してます。”
実は私は、テレビで音楽番組を観た時に、たまになんとなくそれを試していたのだ。というのも、ギターを弾いている人が映っていても、その人が鳴らすギターの音がどこで鳴ってるのか、いつも分からないのが不思議で仕方がない。ずっと頑張っているつもりなのだけど、いまだにギターの音は聞こえないまま。今日のお話を聞いて、もうちょっとちゃんと、訓練として取り組んでみようと思えたのでした。
苦手なものは、団体行動と、絶叫マシンと、球技です
さあさあ、得意の話を聞いたら、苦手の話も聞いてしりとりを次に繋げたい。遠藤さんの苦手なことはと伺うと、「考えてみたら、3つ出ちゃったんです」とのこと。その3つとは、「団体行動と、絶叫マシンと、球技です」。
意外だ。遠藤さんはアイドリング!!!のリーダーだった人じゃないですか。活動中はど真ん中の団体行動をしていたのでは。結束力で繋がったり、ライブではフォーメーションで動いたり、心の上でも体の上でもまさに団体行動という感じがするけれど……。
“あれは団体戦だけど個人戦というところがあって、信頼関係さえ成り立っていたらコミュニケーションはあんまり取らなくていいんですよね。グループでは私がリーダーで一番年上だったから、傍若無人に振る舞ってもわりと大丈夫だったみたいな感じで(笑)。メンバーがみんながいい子で、わがままを聞いてくれたのもあったかもしれないです。団体行動というか、大人数での会話が苦手なのかも。五人以上になると喋れないです。大人数の飲み会とかが全然だめで。”
大人数での会話は確かに難しい。あれが上手い人ってどんな人だろうと、考えるだけでもうその人が頼もしい。一方で、絶叫マシンが苦手なのはわかりやすい。私は得意でも苦手でもないけれど、いずれにせよ怖いものは怖い。
“みんなをドン引きさせるエピソードとしては、ディズニーランドのトゥーンタウンっていう子ども向けのエリアにある「ガジェットのゴーコースター」っていう、小さくて可愛いコースターにすら乗れないんです。大丈夫かなって一回乗ってみたら怖くて。速いのも、落ちるのも嫌です。バイクに乗ったり、高いところだったりはそれほど苦手ではないんですけどね……。浮く感じとか、滑り落ちるのが怖くて。小さい頃は滑り台も滑れなかったんです。”
「命の危険を感じるとだめなんですかね」と聞いたら「そうです」ときっぱりうなずいた。冷静に考えてみたらスリルを求めるって、そっちのほうがどうかしてる感性ではあるなあともちょっと思わされる。
“怖がりなんです。球技が苦手なのもまったく同じで、ただただボールが怖いんですよね。学校の球技大会もサボってたんです。球技って、できたらちょっとモテるじゃないですか。得意な方に、どうしたらよかったのかをぜひ聞いていただきたいです。”
ということで、団体行動が得意で複数人での飲み会もウェルカムな人、もしくは絶叫マシンが大好きな人、それか、球技のスペシャリスト……に、続いてお話を伺いたい。ちなみに私は3つのなかではやっぱり、球技が苦手です!
◎お話を伺った人
遠藤舞(えんどう・まい)
1988年生まれ、東京都出身。


