第6回 高いところが得意な私は、大勢の前で瞬発的に力を出すことが苦手です 〜高さが怖かった後の、豊かな感情って何なんだろうな、みたいなのがすごくあった~
苦手なことが多い人生を送ってきたというエッセイストの古賀及子さんが、すごい特技を持つ人と、その人が苦手なことをつなげる「にがてしりとり」。今回は「ジェットコースター」が得意な人の苦手→「高いところ」のプロのお話を聞きました。(編集部)
前回、ジェットコースター男さんのお話は、ジェットコースターが好きすぎて、世界からなくしたくない、増やしたいと動いた結果、ジェットコースターが「好き」を越えて「得意」にまで高まったのを感じさせてくれた。得意の対象に圧倒的な愛情がこもっているから強い。
そんなジェットコースター男さんの苦手なことは、なんと高所だ。ジェットコースターが好きなのに、高いところが苦手……? 人から苦手な物事を聞いたとき、他者としてつい「なんで?」と思ってしまうことは連載当初から感じていたけれど、その最大級のやつがきた。
高いところでは足ががくがくふるえてしまうのだそうで、ジェットコースターに乗っていればぜんぜん大丈夫だけど、整備の見学のために歩いてコースターの高い場所に登った際は怖くて仕方がなかったという。
しりとりを次へ続ける。高いところが得意な人ってどんな人だろう。しばし考え、ロッククライミングにまつわるお仕事をしている方はどうかと思いついた。足元に地面がない状態を日常的に体験しているわけで、それはもう、高所が得意と言えるはずだ。
お声がけをしたのは、クライミングカメラマンの鈴木岳美さんである。クライミングや登山の写真と映像を撮影するお仕事のかたわら、YouTubeチャンネル「TAKEMOVIE」でご自身が登る様子や情報を発信することで、山の魅力を伝えている。
チャンネルを開いて一番最初に観た動画がすごかった。高く切り立つ巨大な岩壁の途中にある“幅”みたいな場所で、なんと朝に目覚めるところから始まるのだ。もんのすごい高所だ。こんなところで寝られるって、いったいどうなってるんだ。
ギザギザしてる山に登るために
今回は、お話を聞くうちに、高いところに登ることと恐怖の関係が鈴木さん独自の目線からほんの一端とは思うけれど、見えた気がした。少しずつ話を聞いてこそ理解が深まる種類の話だ。幼いころのお話から順を追って聞いていきたい。
“僕は山岳の「岳」に「美」しいで岳美という名前なんです。そう名づけるくらいなので、父も母もアウトドアな人間で、小さい頃からスキーだったりとか、山だったりとかに連れて行かれてました。
自分の意思を持って本格的にクライミングを始めたのは小学六年生ぐらいの頃です。その年に、北アルプスの槍ヶ岳に三日ぐらいかけて家族旅行で行ったんですよね。槍ヶ岳は頂上が三角形のピラミッドみたいな岩山ですごく険しいんです。最後の二百メートルぐらいはほとんど垂直にはしごで登ります。
登ったときに、槍ヶ岳よりも険しい岩稜帯のある山とか、より上級の山に登っていくためには絶対クライミングの技術が必要だろうって思って。それで父にクライミングに行きたいと言って、三ツ峠というロッククライミングができる山に連れていってもらったんです。はじめてクライミングシューズというものを履いて、ロープをつけてクライミングをしました。”
少しずつ話を聞いてこそ理解が深まる、などとスンとしてはじめたけれど、お話を聞きはじめるなりもう大きな展開があってぐわっと引き込まれた。
上級の、難しい山を目指そうという意欲のみなもとは、純粋に登山が楽しかったからでもあるし、それに「このままではつまらない」という思いもあったそうだ。次のフェーズへ進む時というのは、「もっと上手になりたい」もあるけれど、それとは別に「ここにい続けてもつまらない」という気持ちが大きな後押しになるんだなと思わされる。能力の階段は押されるようにして受動的にのぼらされるものでもある。
すんごい怖い、でもぜんぜん忘れられない
でもってはじめたロッククライミングの最初に感じたのは、大きな恐怖だった。
“初めて器具をセットして、十メートルぐらいだと思うんですけど、岩の一番上から懸垂下降っていうロープをつたって降りるのをやったんです。今でも覚えてるんですけど、 すんごい怖くて。汗が噴き出して、足がガクガクガクガク震えちゃって、本当に生まれたての子鹿みたいな。ちょっとこれ、怖すぎてダメかもしれないなと実は思って。
終えて帰ってきた後、すごく怖かった体験が脳裏に焼き付いて、ぜんぜん忘れることができないんですよ。その忘れられないということが、いい意味か悪い意味か自分でもわからないんです。とにかく忘れられない。それで、あの体験をもう一回してみたいと、違う山に連れてってもらうというのをどんどん繰り返して、中学生、高校生になって二週間に一回とか、そのぐらいのペースでずっと行きながらハマっていったっていう感じなんですよね。”
恐怖して、でも忘れられない。この忘れられなさの裏にあるのが、いい意味か悪い意味か自分でもわからない。独特な気持ちのようでいて、ちゃんとした登山をしたことがない私にもちょっと理解できる感じがある。人には「わからない」という興奮があるのだろう。
怖かった後の、この豊かな感情って何なんだろう
とはいえ、怖いからもう行けないという人もたくさんいる。怖いけれどなぜか気になる、もう一度行ってみようと思える人との違いはいったいどこにあるんだろう。
“子供の頃から登山家の方の本を読みあさってました。 吹雪の中、こんなに危ない思いをしたとか、こんな高いところで危ない思いをしたみたいなのを読んでいたので、そこに対するちょっとした憧れみたいなものはあったと思います。
それに、小学生の中高学年くらいの頃、死ぬのがすごい怖かったんです。時間が経ってしまうことに対して恐怖があって。 毎朝同じ時間に学校に行って、同じ時間に帰ってきて、その繰り返しをしているうちに自分の一生って終わっちゃうんだ、なんか悲しいなって。死恐怖症みたいなやつですかね、本当に夜も眠れないくらい。それが、山を登ってる時、特にクライミングをしてる時に、ものすごく時間が長く感じるのに気がついたんです。 ”
なんか急に相対性理論みたいな話がはじまったな?!(違います)二回目に観る映画を一回目より短い時間に感じるように、繰り返しの日々は短く感じると鈴木さんは言う。
“クライミングをして高さが怖かった。そういう経験をした後の、この豊かな感情って何なんだろうなみたいな感覚がすごくあって。そこをどんどん追求していったら、人生長く感じるんじゃないかな、一生を楽しめるんじゃないかと思ったんですよね。”
外界から知らない刺激が入ってきて、身に覚えのない感情がわくことで、時間が伸びて感じられ、そこには幸福感も宿りこむ。怖いけど、豊かなのだ。めちゃくちゃワンダーだ。
刺激や恐怖に、技術と信頼で折り合う
憧れや、時間を豊かに味わうことへの希望、さまざまな面から高いレベルの山や岩壁に登りたいというモチベーションがある。それにしても、怖いものは怖いだろう。恐怖心との折り合いは、どのようにつけてきたんだろう。
“ロッククライミングをはじめたばかりの頃に十メートルの高さで怖かったのが、徐々に十五メートル、二十メートルと登り降りできるようになって、でもその頃はまだ普通に怖いとは感じていたんです。
大学生になって、十二メートルぐらいの高さの壁がある、ロープを使ったクライミングもできる屋内のクライミングジムで働きはじめました。多いときで週六ぐらい登ってると、だんだん高さに対しては怖くなくなってくるんです。 慣れっていうよりは、安全確保の技術が身について、道具に対する信頼感とか、自分に対する信頼感が高まったという感じです。”
ここで気がついた。鈴木さんは、刺激と新しい経験を求めている。それによって時間を長く感じたいと願っているのだ。安全を確保することは何より一番大切なことだけれど、恐怖に折り合いを付けすぎてもよくない、ということになるのか。
“有名な登山家の山野井泰史さんの言葉に、「自分がどれだけビビる登山ができたか」というようなものがあって、刺激は自分が登山をやっていく上でもやっぱり大事です。クライミングにのめり込んでいった大学生の頃、カリフォルニア州のヨセミテ国立公園にある、千メートルのエル・キャピタンっていうビッグウォールに行ったんです。登っている中で、小学六年生の時に体験した感覚と本当に同じぐらいビビることができたんですよね。もう怖くてしょうがない。胃液が上がってくるんじゃないかってぐらい。でも、頂上まで登りきったそのときが、今までの人生で本当に一番幸せな時間だったとも思っているんです。 ”
胃液! 恐怖が体の中まで支配している。鈴木さんにはこのとき巨大な岩壁に登る技術はすでにしっかりついていたわけだけど、それでも怖い、ビビることができたわけだ。技術と自信によって怖くはなくなる、けれど挑戦には恐怖も感じていて、バランスがある。
“アメリカに行く前の一カ月間くらい、どういうふうになっちゃうんだろうって繰り返しシュミレーションしていて、想像するだけで怖かったんです。 人間って何かあったらどうしようっていう想像が大好きな動物だと思います。ここで落っこっちゃったらどうしようとか、あれが外れたらどうしようとか。なんとなくのイメージで来る恐怖っていうのってすごくあると思うんですよ。それで結局怖くなる。ただ、実際に登ってみると、ここまでは大丈夫、ここまでは大丈夫っていうのが自分の中でわかっていって、それで怖くても登れるわけですよね。”
確実に技術があって自信もあるからこそ挑戦できる。けれど、自分が安全に登れるかどうかの実際の手応えは、登ってみるまで得られなくて、だからこそ想像すると怖いわけだ。これ、僭越ながらものすごくわかる。私はですね、想像上の立ち食いそば屋がすごく怖いんですよ。トレイに乗せたそばが、想像だと絶対に席まで運んでいる間にこぼれる。それが店に行って実際に食べると、まったくこぼれる様子がなくって、なんだ、大丈夫じゃんと毎回拍子抜けするのだ。例えることで、規模感が一気に小さくなったことをお詫びします。
想像しながら覚悟していく
この、想像すると怖いという恐怖の反応は、しかし危険にもつながる。
“緊張しておどおどすると、脳の判断力がちょっと落ちたりして、山の特殊な環境の中ではマイナスでしかないんですよね。落ち着いて行動ができるかどうかも、山を登る技術の部分ではすごく大切なところで、そこも今は日々訓練している感じです。年間百日から百五十日ぐらい山の中にいてトレーニングするなかで、想像しながら覚悟していくみたいなこともしてます。
今はそうやって、一年に一回、二回の大きな登山に備えてるんです。今年はパキスタンで八百メートルぐらいの岩壁を見つけてきて。ようやく自分らしい登山ができたなと思えました。一週間壁で寝泊まりしても、それでも半分ぐらいしか登れなかったんです。上手い人だったら多分一夜かとかで登っちゃったりすると思うんですよね。 今回は成功しなかったんですけど、また来年行こうと思ってます。”
なるほど……! 力を蓄えて、「ビビることができる」登山に備えるわけだ。自分の力を信じるというと言葉は平易だけれど、複雑な経緯があってこそ持ち得る自信だ。
管理できる内側の危険と、管理できない外側の危険
そうして経験を積んで、安全確認の勘所がつかめて、度胸もつく。すると、恐ろしさはセンサーのようにもなってくる。
“自分の中である程度の恐怖量のキャパみたいなのがあって。それの外にちょっとでも出てしまうと、もうやめとこう、降りようかっていうことになるわけです。
古賀さんがご覧になった動画は、それまでにすでに何本か登っている場所で、想定できる不確定要素は大体わかってる場所なんです。 事前に動画の撮影のためのカメラを仕込めるくらい、安全がコントロール可能な中でやっていて、もう自分にとっては怖い場所ではないわけです。そういう所でも、たまに意図しないところで、セットした器具が外れちゃったりするとちょっと怖くはあって、でもその怖さはコントロールできる範疇なんですよね。トレーニングは、コントロール可能な範囲をどんどん広げていく作業なんです。”
自分で安全確保できないものは怖い
力を付け、自分を知って、山のことも知る、コントロール可能な範囲を広げると、できることも増えていく。それでも、制御不能なことが山にはある。
“いくら熟練して、慣れてる人にもコントロールできないものはありますよね。例えばこんだけ気温が上がって、なんか雪崩そうだなって思っても雪崩が起きなかったりとか、逆にすごい冷え込んでるのに、偶発的なものが積み重なって雪崩が起きてしまったりとか。そういう要素を自分で判断して、これ以上危なそうだったらもうやめとこうとか、これは大丈夫とか、登山を進めていくのが面白い部分ですよね。
コントロールできない部分も、山に対する理解力だったりとか、自分の技術力とか体力によって、正常な判断ができる。どんどん成長していけるのが登山のいい部分です。ゆくゆくは、六千メートル、七千メートルぐらいの綺麗な山に登って、自分がビビる壁を探しに行きたいです。今後もトレーニングしながら高めていく、終わりなき旅を続けていくのかなと思います。”
ちなみに、鈴木さんはむしろジェットコースターが怖いそうだ。「人に命を任せることに対する恐怖が大きいんです」という。安全確保を日々自力でやる、それが板につきまくっているからこそそう思うのだろう。工事現場でも、なんか落ちてくるんじゃないかと、山で落石にあわないようにするように歩いてしまうのだそうだ。
動画を見て、すごい、これは大変な人だ! と今回お話を聞かせてもらったけれど、現在にいたるまでの経験がそれは細かくあって、小さな段階をひとつひとつ越えて現在の鈴木さんがある。
私は料理番組の「三十分煮たのがこちらです」をいきなり見せてもらったわけで、そりゃ初手から仕上がっていればびっくりもするわけだ。怖いから苦手とか、怖くないから得意とか、そう単純なことではなかった。登ることへの希望と恐怖、その奥深さに触れさせてもらうお話だった。
数万人の前で瞬間ですべてが決まるのがすごい
さて、ここからは苦手の話だ。持てるもののすべてを使ってパフォーマンスを上げるお話を聞いた後だけに、なにか苦手なことがあるのだろうかと思ってしまう。
“カメラに向かって一人で話すのは大丈夫なんですが、人前で話すのは緊張するんですよね。最近はイベントをやらせていただくことがあって、でも緊張しがちです。そこはまだ準備も技術も経験も足りてないのかもしれないです。
あとは、一週間山に入って動くことはできるんですけど、瞬発力がほとんどないというか、一発で力を出すっていうのが得意ではないです。百メートル走の選手みたいに、パッと瞬間に力を凝縮するのが難しいですね。瞬間ですべてが決まるじゃないですか。ここを逃してしまうとメダルが取れないみたいな状況で力を出すのはすごい。子どもの頃も短距離走はやっぱり緊張しちゃって。何万人って観衆の前で走るわけですよね。尊敬します。”
走るのが苦手という話はよく聞く。堂々として私がそうだ。とにかく短距離走が遅かった。百メートル走で二十秒を切ったことは無い。走るというだけですでに苦手すぎて、大きな大会に出場する短距離走の選手が人前で走る緊張や、一瞬で結果が決まる刹那までを含めて自分にはできないことだとは考えたことがなかった。確かに、すごいことだ。偉業すぎる。
人工の壁を登るスポーツクライミングは瞬発力が必要なものの(大会ともなると観客の前で登ることもあるだろう)、登山のロッククライミングだと、瞬発的に大きな力をまとめて出すということはあまり無く、それよりも長時間の活動に耐えられる体作りをすることになるのだそうだ。
高いところが得意な鈴木さんの苦手なことは、大勢の前で瞬発力を出すこと。にがてしりとりは勇んで次へ続きます。百メートル走のタイムが二十秒の私としても、大変に楽しみであります。
◎お話を伺った人
鈴木岳美(すずき・たけみ)
1994年東京生まれ。幼少期より山や自然に親しみ、自然に対峙する人々を自らの視点で残したいとの思いからカメラの道へと進む。自身が登山をテーマに発信するYouTubeチャンネル「TAKEMOVIE」は現在、登録者約11万人。
https://www.youtube.com/@TAKEMOVIE


