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音声学者とーちゃん、娘と一緒に言葉のふしぎを見つける

とーちゃん、娘の命名に関し妻にプレゼン 〜そして却下〜

やよいちゃんとさつきちゃん

今回の記事には、タイムマシンがあると便利なのでレンタルしておいた。まずは、2014年の年末まで時をさかのぼろう。あの頃、家族は私と妻だけだった。妻のお腹の中に娘はいたが、名前はまだない夕食後、真剣な家族会議が開かれていた。議題は「娘の命名について」である。夫婦で話し合い親族からの意見も取り入れながら慎重に議論が進む。我が子の一生を決めるかもしれない大事な決断だ。 

会議の前に20ほど候補が挙げられていたが、議論を経て少しずつ削られていく。しかし、却下されたはずの名前がいつのまにか復活していたりして、なかなか先に進まない。1回で結論が出るはずもなく、何度となく会議は開催されることとなった。私が選んだ最終候補は「やよい」ちゃんである。私はこの名前が音声学的に魅力的であることを知っていた。

ついに妊娠生活も佳境を迎え、妻は実家に戻った。私も同行し、妻と義母の前で堂々とプレゼンさせて頂いた。

私:「やよいは(音声学的に)魅力的な名前です!!」 
妻と義母:「なんだか、頼りない名前だね」 

自信満々のプレゼンむなしく却下とあいなったそして実際についた名前は「咲月(さつき)」である。これも素晴らしい名前だ。しかし、純粋な音声学的な観点からは、少し気になることもあったのだ……。 

音声学者とーちゃん、学者としてメイド喫茶に通う 

私はなぜ「やよい」を推したのか。再びタイムマシンに乗り込む時が来たようだ。妻と出会う前まで時代を遡ろう。

時は2011年、アメリカの大学で教鞭をとっていた頃のこと。一時帰国の折友人が神田の蕎麦屋に招待してくれた。日本食の素晴らしさを再認識しながら食後のひとときを楽しんでいると、彼が言った「なぁ、お前メイド喫茶って知ってる?」 

知らないが興味はある。行ってみたい、行きたい、行こう。さいわい、神田から秋葉原まで急げば10分だ。すぐ行こう。

そして
「萌え萌えキュン」をどこまでも追求するあの異世界に一発で魅せられた……だけでなく、学問的な好奇心も大いにそそられることとなったそう、メイド喫茶に通うためには、研究という言い訳が必要だ。私の言い訳は「魅力的な名前の探求」であった。

ケーラーの不思議な図

これで最後だから、もう一回タイムトラベルにお付き合い頂きたい時は1929年に遡る。ケーラーというドイツの有名な心理学者が以下のような実験を行った。下のような2つの図形があるとしよう一方は「マルマ」[maluma]、もう一方は「タケテ」[takete]という名だ。どちらがどちらの図形の名前にふさわしいだろうか。


ケーラーの二つの図形

おそらく多くの読者が同じ感覚を持つだろう。[maluma]は「丸い」、[takete]角ばっている。日本語には「丸」という単語があるからあたりまえだと思うかもしれない。そういう方は、[maluma]を「モルナ」 [moruna]と置き換えても、まだ丸い感じがするはずだ。そして今度は、「やよい」と「さつき」の音の響きを、 [moruna][takete]と比べてみてほしい。今回のタイムトラベルの意図が見えてくるだろう

ケーラーの実験により「人間は知らない図形に名前をつけることができる」ということが判明した。しかも、そこには法則性が潜んでいる。ここで、説明のために「阻害音」と「共鳴音」という音声学用語を紹介させてほしい。

阻害音:パ行、タ行、カ行、バ行、ダ行、ガ行、サ行、ザ行、ハ行 
共鳴音:マ行、ナ行、ヤ行、ラ行、ワ行 

「これを覚えろと?」と思われるかもしれないが、心配はいらない。「阻害音」と「共鳴音」の区別は「濁点をつけられるか、つけられないか」で判断ができる。 

阻害音=濁点をつけられるもの+濁音半濁音
共鳴音=濁点をつけられないもの 

または、音声学入門を済ませたみなさまは、以下のように考えてもよい。 

阻害音=破裂音+摩擦音
共鳴音=鼻音+はじき音+接近音 

さて、先ほどのケーラーの名付け実験を振り返ってみよう。共鳴音を含んだ名前は丸く、阻害音を含んだ名前は角ばった印象を受けるこのような音と意味のつながりを「音象徴」と呼ぶ。ちなみに、プリキュアの記事で語った「両唇音=可愛い」も音象徴の一例だ。 

名前で魅力が変わる!? 

ケーラーの知見に基づいて、様々な研究がなされた。これは英語話者を対象にした研究だが、[takete]よりも[maluma]のほうが「優しく」「平和的」で「友達になりやすそう」かつ「のんびり」と判断されるまた、女性名は共鳴音を含んだ名前が魅力的であり、逆に男性名は「阻害音を含んだ名前が魅力的とされるこの傾向は、リトルツインスターズ(「キキ」と「ララ)」)にも如実に表れている。 

さて、ここまで来れば、私が「やよい」を推した理由がわかってもらえるだろう。「やよい」は共鳴音しか含んでいない[j]。一方「さつき」は阻害音のみである[s],[t],[k])。音象徴の観点だけから考えれば、「やよい」のほうが魅力的な名前と言える。 

しかし、音象徴のみで名前を決めるべきかと言うと、それも極論と言わざるを得ない。「さつき」には「さつき」に込められた思いがある。「咲月」は、妻の「朋子」の「月」を1つ受け継ぎ、花がく時期に生まれたというよろこばしい意味がある妹の「実月」も、もう1つの「月」を受け継ぎ、木がをつける頃に生まれたという家族の大切な記憶が込められている。しかも連濁までしている。どちらも共鳴音に溢れているわけではないが、素晴らしい名前ではないか。私は妻と義母から大切なことを学んだ。音象徴が名付けの全てではない。魔女の宅急便の「キキ」は阻害音ばかりだけども、やっぱり魅力的な女の子だ。

とは言いながらも、私の授業では「共鳴音」と「阻害音」の違いを学んでもらうために、学生に自分の名前を音象徴の観点から分析してもらうみなさまも、自分の名前に含まれる子音がどれくらい魅力的か考えみてはいかがろうかきっと「共鳴音」と「阻害音」の区別を学ぶ良い練習になるはずだ。ところで、リモート授業は学生のご家族が私の授業を後ろで聴いていることがある。ある日、私の名付けに関する講義を聴いていたある学生のお母様が、「私があなたの名前に込めた思いは、それなのよ!」と小躍りしてくれたことがあった。光栄の至りである。 

川原繁人のメイド名研究 

さて、日本人の名前の音象徴的分析は当時ほとんどされていなかったこともあり、私なりにケーラーの結果を膨らませてみたいと思っていた。まずは明治安田生命がデータとして公開している日本人の人気の名前トップ50の分析からだ。結果、女性名に含まれる子音のうち67%が共鳴音で、逆に男性名に含まれる子音は64%が阻害音だった。この分析結果は、上の英語話者を対象に行われた魅力度研究の結果とも一致する。

そんな研究をしている時に、偶然にもメイド喫茶に出会ってしまったわけだ。メイドさんには「メロ」だの「ユララ」だの、珍しい名前が沢山あった。分析しなければ失礼にあたる。ちょうど私のお気に入りである@ほぉ〜むカフェでは全てのメイドの名前をホームページで公開していた。よし、分析だ。 

当初私はこう思っていた。「メイドさんは女性らしさを押し出している。だから、メイド名に含まれる共鳴音の率は普通の女性名よりもっと高いだろう。メロちゃん、ユララちゃんは良い例だ」そこで、当時在籍する133名の名前を全て分析してみた。しかし蓋を開けてみると、残念。メイド名の共鳴音率は58で、一般女性名の共鳴音率67%よりも低かった 

仕方がない、これでメイド喫茶にさらに通いつめる大義名分ができたというものだ。私の仮説がなぜ間違っていたのか検証せねばならない。こうして私のメイド喫茶巡りが始まり、運命のあの日がやってきた。当時、妹カフェ」というところがあり、そこでは500円追加すればツンデレオプションをつけられる500円を対価に、冷たい言葉で冷遇されるばかりか、ナプキンを投げつけられたりストローに切れ目を入れられたり、トイレから帰ってくると席にぬいぐるみが置かれていて座れなくなったりと、誰得な特別な体験をさせてもらえる。

しかし、そこで閃いてしまった。「メイドは女性的である」という前提が間違っている! メイドには「萌えメイド」と「ツンメイド」がいるのだ。だとすれば本当に検証するべき仮説は、「萌えメイド」=「共鳴音」、「ツンメイド」=「阻害音」だったのだこの閃きの瞬間エピソードは時々Twitterでバズる。 



さて、もうそのころにはすっかりメイドさんと仲良くなっていた。しかし、それでも秋葉原のメイドさん全員に「貴女の名前を教えて下さい。萌え系ですか、系ですか?」と聞くほど心理的距離が近くはなかったので、実験をすることにした。「ソタカ」のような阻害音に溢れる名前と、「ヨモナ」のような共鳴音に溢れる名前をたくさん用意し、秋葉原で働くメイドさん10名に聞いてみた。どっちが「萌えメイド」でどっちがツンメイドですか? 



実験結果はもちろん「共鳴音名=萌えメイド」「阻害音名=ツンメイド」であった。また後の実験で、メイドさんだけでなく、メイド文化に聡くない日本人、はたまた英語話者まで同じ感覚を持つこともわかってきた。

後日談:とーちゃん、娘がいながらメイド喫茶を貸し切る

上の話は2011年のことだ。しかし、2019年に思わぬ発展を見せることになる。とある番組のプロデューサーが私の論文を発見し、番組で取り上げてくれるというのだ。しかも現地ロケをするという。「@ほぉ〜むカフェを貸し切り、メイドさんたちをその場で「萌え系」と「ツン系」にわけ、名前を分析させてもらった。 


@ほぉ~むカフェでの撮影。許可を得て掲載

リハーサルなしに、一発取りで実験。結果は私の仮説通りで、「ゆにゃ」さんは「萌え系」で、「かしま」さんは「ツン系」だった。

今日の妻の一言 

メイド喫茶には私も連れて行かれました。萌え萌えキューンさせられた時には変な汗が出ました。 

今回のクイズ

来週は濁音も取り上げます。「濁音で始まる女性の名前」というのは、非常に数が少ないのですが、例外もあります。それはなんでしょうか? 答えは本文の中で。

 

●本連載は大幅加筆、改題のち書籍化いたしました(編集部) 

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著者略歴

  1. 川原繁人

    1980年生まれ。1998年国際基督教大学に進学。2000年カリフォルニア大学への交換留学のため渡米、ことばの不思議に魅せられ、言語学の道へ進むことを決意。卒業後、再渡米し、2007年マサチューセッツ大学にて言語学博士を取得。ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て、2013年より慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在准教授。専門は音声学・音韻論・一般言語学。研究・教育・アウトリーチ・子育てに精を出す毎日。著書に『音とことばのふしぎな世界』(岩波科学ライブラリー)『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』(ひつじ書房)など。

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