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ドイツに行かなきゃ知らない!? ドイツ語 -Part 1 知ってる? こんなドイツ語―

Aus der Tiefe des Raumes「深いスペースから」

ドイツ語学習者でも、日常生活では知らない? そんなドイツ語をピックアップして、Part毎に10回ずつご紹介します。今ドイツ語を学習している、あるいは、むかし学習したみなさん、そして、もちろんドイツ語を知らない方にも! 日本ではあまり知られていないドイツ語単語・表現とともに、その奥に潜むドイツの文化に触れてみませんか? 興味を持った方には、より詳しい内容が読めるようにドイツ語原文と対訳もご用意しました。この機会に、新しいドイツに触れてみましょう!


 

「深いスペースから」ってどういうこと?

Tiefeは「深淵」、Raumは「空間」で直訳すれば「領域の深いところから」という意味なのですが、これじゃあ何のことだかまったく見当がつきませんよね。ところがドイツのサッカー好き、特にオールドファンなら「思いもよらぬ意表をついたプレー」のことだとすぐにピンと来ます。実はこの表現は、1972年サッカー欧州選手権ベルギー大会で、イギリス・ウェンブリースタジアムにて行われたドイツ対イングランドの試合で目撃されたスーパープレーにルーツがあります。

 

ネッツァーはボランチ生みの親

ギュンター・ネッツァーはドイツ代表のゲームメーカーでした。当時の常識ではこのポジションは攻撃ラインのすぐ後ろで、ここにボールを集めてプレーを組み立てました。ところがネッツァーはディフェンスライン近くの後ろからプレーを組み立て、自分の前方に意識的に広いスペースを開けて攻撃参加するという、今ならボランチという新しいポジションを作り出したのです。そうしてイングランドの猛攻をかわし、再三にわたり得点チャンスを生み出しました。

 

誰が言い始めたの?

このスーパープレーはサッカーの常識を覆し、衝撃を与えました。試合後、フランクフルター・アルゲマイネ紙のカール・ハインツ・ボーラーが「ネッツァーは深いスペースからやって来た」と言い、聞いた人が「意を言い当てた絶妙な表現」と感心して皆が使いだし、いつしか慣用句になったということです。ところがボーラー自身は、この表現を一度も自分の記事に使っていません。ネッツァーのプレーもボーラーの言葉も伝説になりました。

 

Aus der Tiefe は聖書の言葉

Aus der Tiefeという言葉を敬虔なキリスト教徒が聞けば、間違いなく聖書を思い浮かべます。旧約聖書詩篇130は冒頭“Aus der Tiefe rufe ich, Herr, zu dir“「主よ、私は深い淵からあなたを呼びます」で始まり、バッハも有名なカンタータ(BWV131)を作曲しています。想像ですが、ボーラーは文芸部の編集長ですから当然そのことを知っており、聖書の言葉をサッカープレーに使うのをためらって記事にしなかったのでしょう。

 

サッカーは労働者のスポーツだった?!

ひと昔前までドイツでは「サッカーは労働者のスポーツ。知識人は観ない(もしくは隠れて観る)」とされていました。サッカーは格闘技だからです。ルール工業地帯の炭鉱夫たちの何よりもの楽しみは、土曜日にスタジアムへ出かけ地元クラブを応援することでした。翌週職場での話題はその試合のことでもちきり、次の土曜日の観戦を待ちわびるというライフサイクルだったのです。今では老若男女誰もがサッカースタジアムを訪れます。

 

チャレンジ!! ー より詳しい内容を、ドイツ語で読んでみよう!ー

→ ドイツ語文と対訳を見る

 

 

Part 1はこれでおしまい。次回、Part 2をどうぞお楽しみに!

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著者略歴

  1. 石井 寿子(いしい・としこ)

    学習院大学修士課程卒。ミュンスター大学留学時代(1986-89)に島田氏と知り合う。1993年から約30年間Randolf JesslおよびAndrea Raabと共著で年度版のドイツ語中級読本『時事ドイツ語 Neuigkeiten aus Deutschland』(朝日出版社)を執筆した。訳書に『サッカースポーツの役に立つトレーニング理論 ―サッカースポーツの一般・特殊コンディション』(朝日出版社)、『ジェレミーと灰色のドラゴン』(小学館)などがある。複数の大学でドイツ語非常勤講師をつとめ現在に至る。

  2. 島田 信吾(しまだ・しんご)

    1957年大阪生まれ。1972年渡独。ミュンスター大学修士課程卒。エアランゲン・ニュールンベルク大学にて博士号及びハビリタチオン(社会学教授資格)獲得。ハレ・ヴィッテンベルク大学比較文化社会学教授を経て2005年よりデュッセルドルフ大学現代日本学科社会科学系教授。著書に『Grenzgänge – Fremdgänge. Japan und Europa im Kulturvergleich(Campus),『Die Erfindung Japans. Kulturelle Wechselwirkung und nationale Identitätskonstruktion』(Campus)など多数。

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