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大人のための詩心と気心の時間 ~アメリカ詩を手がかりに~

第3回:夫婦愛の詩①~愛について語るときに妻が語ること~

この連載は、良い言葉の宝庫である詩作品、とりわけ著者の深く精通するアメリカ詩を中心に読むことで「詩心を知り、気心の滋養を図る」すべての大人に贈る健康と文学への優しい案内です。 

いよいよ本格的な英詩の読解が始まります。今回取り上げるアメリカ最初の女性詩人、アンブラッド・ストリートの作品は夫婦愛がテーマ。妻が夫への愛を情熱的に語る内容と思いきや、読み解いてみると…なかなか奥深い読みができそうです。
前回の連載分は、こちらから。 


 

|質問が世界を開く

 先回は、「私の愛する大切な夫へ」という題の詩作品を紹介して、質問をたくさん作っておいて下さいとお願いしました。その際に質問の基本的な作り方5W1Hを紹介しました。これを利用して質問を列記してみると、次のようになります。

Q1. いつ書かれた作品か? 【作品背景】

Q2. どこで書かれた作品か? 【作品背景】

Q3. 作者は誰か? 【作者】

Q4. なにを主題にしているか? 【作品内容:主題】

Q5. なにを伝えたいか? 【作品内容:メッセージ】

Q6. なぜ、こうした作品を書いたか?誰に向けて書いたか?【作者の意図】

Q7. どのような表現方法を用いているか? 【技法】

Q8. どういう背景があるか? 【作品背景】

Q9. 現在の評価はどうなっているか? 【文学史】

 

 これらは、どの詩作品にも応用できる基本的な9つの質問と思われます。さらに別の質問を用意した方もいると思いますが、まずは、この9つの質問への答えを一緒に考えてみましょう。

 

|まずは作品そのものを読む

 まず最初にお断りしておかねばなりませんが、この連載で作品を読むとき、まずは作品を読むことを強く勧めます。これは当たり前のことだろうとお考えの方も多いでしょう。でも、作品を一つの自立した存在とみなすような新批評の立場ではありません。

 新批評とは、1940年代から50年代にかけてアメリカ批評界で一世を風靡した批評方法で、作品を自立し自己完結した完成品であり、一つの有機的な世界とみなしています。この方法により、かなり緻密に読解がなされたり、ある言葉の分析によって作品の秘密が示唆されたりするので、作品の読みにかなり貢献してきたと思います。ですが、この方法でも、切り捨てられる要素が多すぎました。例えば、新批評では、作家の伝記や作品が生まれてきた社会的・政治的背景、その文学史的な関連などは切り離して作品を読みます。その作品の形式や表現、言葉の選択などのみから、作品を厳密かつ客観的に分析しようと試みるのです。言い換えれば、作品のメッセージや思想、社会的・歴史的な意味よりも、作品としての構成美や形式美、言語選択を重視するので、良くも悪しくも審美主義的な批評態度だと言われます(*1)

 この連載では、作家の伝記や作品の社会的政治的背景、文学史的な意味なども決して切り離しません。ですが、やはりまずは作品を、作品の中から、作品のなかで、考えるのを基本とするのが良いと思います。質問への回答にあたっても、すぐに参考書を開いたり他の批評を検索したりせずに、作品で使われている英単語に関して地道によく辞書を引き、意味を考えてゆくことが王道です。必ず、作品そのものが回答の根拠であったり、回答へのヒントとなっていることは確かなのですから。

 では、対象作品をもう一度、掲載します。

................................................................

To My Dear and Loving Husband 

1.   If ever two were one, then surely we.

2.   If ever man were loved by wife, then thee;

3.   If ever wife was happy in a man,

4.   Compare with me, ye women, if you can.

5.   I prize thy love more than whole mines of gold

6.   Or all the riches that the East doth hold.

7.   My love is such that rivers cannot quench,

8.   Nor ought but love from thee, give recompense.

9.   Thy love is such I can no way repay,

10. The heavens reward thee manifold, I pray.

11. Then while we live, in love let's so persever

12. That when we live no more, we may live ever.    

                                                                   (Poetry Foundationより)

 

【日本語訳】

私の愛する大切な夫へ

1.   もしも二つがひとつなら それは まさしく私たち

2.   もしも夫が妻に愛されるとしたら それは あなた

3.   もしも妻が夫と暮らして幸せだというのなら

4.   ご婦人方よ 比べられるものなら比べてみて

5.   私はあなたの愛を世界中の金鉱よりも

6.   東洋にあるすべての富よりも尊びます

7.   私の愛は 大水でさえ消すことは出来ないし

8.   あなたからの愛だけがその報いになるのです

9.   あなたの愛に 私がいかにしてもお返しできぬので

10. ただ天が何倍にもして償って下さることを祈ります

11. そしてこの世のある限り愛しあい耐え抜きましょう

12. 生命の終わる時 私たち永遠に生きられますように

 ................................................................

 

|Q1. いつ書かれた作品か? 【作品背景】

 作品の書かれた年の特定や年代の断定はすぐにはできませんが、作品の使われている英語がとても古いことに留意する必要があります。例えば、夫という意味で使っている“man”(2)、二人称単数の“thee”(2)、呼びかけの“ye”(4)、“ought”(8) 、“persever”(11)などは、17世紀のシェイクスピアの頃を思い出させます。

また、「世界中の金鉱」(5)や、「東洋にあるすべての富」(6)といった言葉は、大航海時代、イギリス、オランダやフランス、スペイン、ポルトガル、イタリアの白人たちが大西洋へと乗り出していった頃を思い出させます。ただし、この作品は、そういう一攫千金で手に入るような富よりも、「愛」の方がずっと大事だと主張していますけれど。

 

|Q2. どこで書かれた作品か? 【作品背景】

 最初は大まかな答えとなりますが、作品が英語で書かれていますから、当然ながら、英語圏のどこかで書かれたはずです。Q1への答えから考えると、あの頃の英語圏と言えるのは、イギリス本国であり、強いて言えば、プラスして、北米のイギリス植民地でした。もちろん、このてらすの名前に「アメリカ詩」とある通り、この作品は、アメリカで書かれてアメリカ文学の作品として扱われているのでしょう。でも、アメリカという国はいつどのようにして成り立っていったのか思い出してみて下さい。言い換えれば、大航海時代、国家としてのアメリカは存在していませんでした。そう考えてみると、果たして「アメリカ」と言って良いのかどうかも、一度は問う必要があります。

 

|Q3. 作者は誰か? 【作者】

 これは調べるほかありません。ご存知の方もすでに調べた方もいるでしょうが、作者はアン・ブラドストリート(Anne Bradstreet 1612? – 1672)という女性です。彼女はピューリタンとして父母や夫と共に、1630年アーベラ(Arbella)号で大西洋を航海し北米に上陸しました。

 彼女が属する移住団は、このアーベラ号を含めて5艘立てで、総勢700名前後。2ヶ月ほどの渡航期間でしたが、その間に総計100名から200名前後が死亡したといいます。当時、船で大西洋の荒波を渡る決意というのは相当なものだったでしょう。

Anne Bradstreet の肖像画(wiki commonsより)

Anne Bradstreet の肖像

 

 彼女の父はトマス・ダドレー(Thomas Dudley 1576-1653)と言い、マサチューセツ湾岸植民地の総督に4回選ばれています。総督というのは、今の知事のようなものだと一般的には言われています。彼はイギリスの有名な詩人サー・フィリプ・シドニー(Sir Philip Sydney 1554 – 1586)と血縁関係があるらしく、また、死ぬときにも書きかけの詩作品がポケットに入っていたと伝えられます。アン・ブラドストリートが詩を書いたのも、父からの励ましがあったためでしょう。 

Sir Philip Sydneyの肖像

 

 彼女の夫はサイモン・ブラドストリート(Simon Bradstreet 1603-1687)といい、彼もまた植民地経営に常に関わりました。彼女の死後、彼は1679年にマサチューセツ総督に選ばれました。その後マサチューセツ湾岸植民地がイギリス国王の直轄領となったことで、最後の総督として名を残しています。

 

  

   Simon Bradstreetの肖像

 

 彼女は、1633年から1652年の間に8人の子供を生んでいるので、家事と育児で大変だったと推測できるのですが、同時に、詩作も続けていました。

1冊目の詩集『最近アメリカに現われた十人目の詩神』(*2) は、ロンドンで出版されましたが、彼女が知らない間に持ち出されて印刷されたと言われています。この詩集は、アメリカのみならず英文学史上でも最初の女性による詩集とされています。もちろん、女性詩人はイギリスにいました。エリザベス女王も詩を書いています。ただし、本が出版された女性詩人は英米では彼女が最初でしょう。

2冊目の詩集は、『ニューイングランドの婦人として喜び溢れる様々なウイットと教養で編集されたいくつかの詩』(*3)です。この詩集はボストンで死後出版されました。1650年版の作品に加えて、家族や家庭、信仰とそれへの疑いなど、個人的な感情を赤裸々に綴った作品が加えられています。そして今、彼女の詩作品で高く評価されているのは、主として死後出版の方に掲載された作品です。ここで取り上げている「私の愛する大切な夫へ」も、この死後出版のほうに含まれます。

 

|Q4:なにを主題にしているか? 【主題】

 読んでみるとわかりますが、主題は夫婦愛です。夫婦愛が主題である作品は、大きく言えば、恋愛詩のジャンルに入るのでしょうが、恋愛詩のほとんどは、男が若くて美しい女性を讃えつつ近づこうとする作品、それも結婚前の女性を口説こうとする作品ですので、ここで紹介した作品は非常に珍しいと言えます。特に結婚した女性が、結婚相手をなおも慕って愛を告白すると言うのは、当時としては、稀でしょう。

 日本だと、つま恋の歌と言われるジャンルがあるようですが、たぶん、結婚という定義や恋愛の実態が違っているので、比較対照はできないと思われます。けれど、妻となったのちもなお夫を慕うだけでなく、それを歌にすることはなかなかのものでしょう。なお、2006年に亡くなった詩人の茨木のり子は、亡き夫を慕う作品を遺稿集『歳月』に多く残しています。

 この夫婦愛という概念が生まれたのはいつ、どの国、どの地域なのでしょうか。また、英詩の主題として、「夫婦愛」はどういう位置を占めていたのでしょうか。女性への人権意識の問題がありますが、そもそも、夫婦が愛し合うというのは、当時の英語圏で常態であったのでしょうか。

 言い換えれば、「いつ?」という質問とも関連しますが、イギリスは、夫婦の愛を大切にするような地域というか、民族だったのでしょうか。タイトルから考えて、既婚女性がじぶんの夫への愛をうたった詩ですけれど、そもそも、女性詩人は英文学の世界にいつ頃から現れたのでしょうか。

 

|Q5. なにを伝えたいのか? 【メッセージ】

 夫婦間の愛の強さ、激しさ、を表現しようとしており、しかも、妻から夫への単なる一方通行の愛ではなくて、「あなたの愛に私がいかにしてもお返しできぬ」(9)とあるように、「あなた」も私を愛し返してくれていること、夫の方も彼女を愛していることが明示されています。さらには、最終行を素直に読めば、死後も向こうの世界で二人一緒に愛し合っていたいというメッセージが伝わります。これが、実はあとでちょっと問題になるのですけれど。

 日本では「心中物」というジャンルがあります。国柄や宗教、民族の違いで決まるといってしまえば、それで終わりですが、元禄期に近松門左衛門によって書かれた『曽根崎心中』以来、歌舞伎や浄瑠璃、歌謡では心中物が空前のブームとなりました。この心中とは、思いの叶わぬ男女が互いに手を取りあって死出の道を選ぶものです。世俗化された仏教思想が背景にあるのでしょうか。心中は、相愛の男女が合意の上で一緒に死ぬことですが、その場合、あの世で一緒になると誓い合うことが習いとなっています。以後、幕末まで多くの心中物の作品が作られたと言われています。それにしてもなぜ、心の中、と書くのでしょうか。この場合の「心」とはどう言う意味なのでしょうか。非常に気になります。

 

|Q6. なぜ、こうした作品を書いたか? 誰に向けて書いたか? 【作者の意図】

 タイトルからすぐにわかりますが、夫に向けて、また、じぶんに向けて書いたのです。ただ、4行目に「ご婦人方よ 比べられるものなら比べてみて」と、あからさまに他の女性へ挑戦とも思える呼びかけをしています。これはどう考えるべきなのでしょうか。そもそも、愛は他者へ自慢するものなのでしょうか。たぶんこれは単なる自慢ではないと思われますが、次回以降に考えてみましょう。

 

|Q7. どのような表現方法を用いているか? 【技法】

 表現方法は、英詩の伝統的な書き方にのっとっています。すなわち、全体12行から成り、各行の基本が10シラブル、弱強5歩格の構成であり、また、2行ごとに脚韻を踏むカプレットという形式で書かれてています。

 

 分からないことも少なくありません。突き詰めていっても、どこかで推測になる可能性が高いのですし、また、社会学的な知見はどなたかに補ってもらうほかないでしょう。また、どうも質問に回答するというよりは、質問が質問を呼ぶような回答もありました。新しい質問への回答も含めて、次回に持ち越しとなります。

 

 


(*1) 「新批評」コトバンクhttps://kotobank.jp/word/%E6%96%B0%E6%89%B9%E8%A9%95-82467 21/02/27閲覧参照。
(*2)  英文原題The Tenth Muse Lately Sprung Up in America 1650.
(*3)  英文原題Several Poems Compiled with Great Variety of Wit and Learning, Full of Delight, as "a Gentlewoman in New-England" 1678.

 ※文中の写真については、全てwiki commonsより引用

 

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著者略歴

  1. 渡辺 信二

    アメリカ文学研究者、詩人、翻訳家。立教大学名誉教授。北海道札幌市出身。専門はアメリカ詩、日米比較、創作。著書に『荒野からうた声が聞こえる』(朝文社、1994年)、『アン・ブラッドストリートとエドワード・テイラー』(松柏社、1999年)など、詩集に『まりぃのための鎮魂歌』(ふみくら書房、1993年)、"Spell of a Bird"(Vantage Press、1997年)など、翻訳に『アメリカ名詩選』 (本の友社、1997年)などがある。
    近著に、「不覚あとさき記憶のかけら」(シメール出版企画、2021年)がある。

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