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大人のための詩心と気心の時間 ~アメリカ詩を手がかりに~

第11回 夫婦愛の詩⑦:病気と仲良く暮らすには...

この連載は、良い言葉の宝庫である詩作品、とりわけ著者の深く精通するアメリカ詩を中心に読んでいきます。作品そのものを味わい、作品から読み取れるテーマについて思考を深めていきます。

「詩心を知り、気心の滋養を図る」すべての大人に贈る、健康と文学への優しい(?)案内です!


 

|夫の在宅が妻の病を癒し、夫の不在が悪化させる

先回示したアン・ブラドストリートの年譜の中で、注目したいことが2つあります。彼女が残した文章を詳しく見ていくと、夫の存在の有無が病いの症状に大いに関係するようなのです。

ひとつは、1656年7月8日の記述です。原文では、以下のように書かれています。

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私は、ひどい失神の発作に見舞われ、それは、2~3日続いたが、最初に私を襲ったような極度のものではなかったけれど、私にとっては、愛する夫が家を離れていた(彼は、地上で私の最も大きな慰め手である)ので、よりいっそうひどいものとなった…(*1)

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夫が「地上で私の最も大きな慰め手」であり、その夫が不在であるために、病が亢進(こうしん)すると書いています。ただし、この後すぐに、神が見捨てずに助けてくれた、と文章が続きますが。

もうひとつは、1661年1月16日の詩作品「愛する夫の不在のなか私の孤独な時間に」からの引用ですが、そこで、「身体も心も 弱くて/私は この世界で何の慰めもありません」と弱音を吐いていますけれど、その原因は、このタイトルでわかる通り、夫の不在でした。

逆に言えば、彼女が病気を克服するにあたって、神への信仰に加えて、夫サイモンが近くにいること、つまり彼との夫婦愛が必須だったのでしょう。アン・ブラドストリートは、たとえ病で床に臥せっていても、夫がそばにいることで精神的に安定し、養生に専念できたのではないでしょうか。

この辺りの事情が、ほのかに読み取れる文章が残っています。先に言及した詩文抄と並んで有名な、彼女のエッセイ「聖にして善なる瞑想」です。

この「瞑想」は、1664年3月20日の日付と署名があり、全体が77篇の短い断章からなりますが、以下はその【54】です(*2)

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【54】病気や怪我がどういうことなのか感じたことのない人は、医者とか外科医へは何も関心を払わないでしょう。しかし、死が迫るような病だとすれば、彼は、これまで軽んじていた医者を大事にする。同様に、罪の病いや、やましい良心の疼きを感じたことのない人は、そうした傷の直し方を知っている人からどんなに遠ざかっていても気にしない。しかし、病がじぶんを苦しめ、その治療をしなければ必ず死ぬのだと知ったなら、傷に膏薬(こうやく)や、失神に気付け薬を持ってきてくれる人を大切にするだろう。

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ここにある「傷に膏薬や、失神に気付け薬を持ってきてくれる人」という描写に、夫サイモンの姿を重ねることができるかもしれません。

あるいは、次に紹介する作品においても明白に、夫がずっとそばにいて、もう決して自分を一人にしないで欲しいと願っています。夫は、植民地経営に関わっており、よく家を空けてボストンへ出張に出かけています。時には、ロンドンまで行くこともありました。

 

|夫婦愛は、性愛を含む

以下の作品は、まだ、アンドーヴァー移住前、イプスウィッチに在住時に、夫サイモンがボストンへ出張していた時の作品だと言われています。「やはりこの作品でも、「二人がひとつ」という主題が示されるだけでなく、ピューリタンにしてはかなり際どいセクシャルな表現を読むことができます。

 

公用で不在の夫へ宛てた手紙(*3)

 

わたしの頭、わたしの心、わたしの眼、わたしの命、いえ、更に、

わたしの喜び、わたしのこの世の貯えよ、

もしも二人がひとつなら、確かに わたしたちがそうでしょう

そちらでいかがお暮らしでしょう わたしがイプスウィッチにいるのに?

心から頭を引き離すには 多くの段階が必要でしょうが         5

でも首だけならばすぐわたしたち 一緒になれるでしょう

わたしは この季節の大地のようです 黒い服を着て悲しみ

わたしの太陽が黄道遠く行ってしまったので

太陽が側にいた時は 嵐も 霜も わたしは感じなかった

太陽の温かみは どんな厳しい冷たさも 解かしてしまった       10

今 わたしの冷えた足が マヒして 途方に暮れて 横になる

戻って、わたしの素敵な太陽よ 山羊座のほうから戻ってきて

この死んだ時間の中で 悲しいかな あなたの熱でわたしが産み落とした

これらの果実を見る以上の何が わたしに出来るでしょうか?

その甘い実が わたしに ある余裕を与え                      15

彼らの父の顔を 真に 生き写しに見る

おお、奇妙な話だ! いま あなたは 南へ行ってしまい

わたしは そんなにも長い退屈な日々に飽き飽きします

でも いつ あなたは 北にいるわたしの方へ戻るのでしょうか

わたしの望むのは わたしの太陽が 決して 沈まず                 20

わたしの輝く胸のうち 蟹座のなかに 燃えることです

その歓迎する家での もっとも大切なお客様

そこにずっと ずっと とどまって でかけないでください

ええ 少なくとも 自然の悲しい定めが来るまでは

あなたの肉の肉 あなたの骨の骨                        25

わたしはここに あなたはそこに でも 二人はひとつです

 

あなたの熱でわたしが産み落とした果実」とは、夫婦の性生活への婉曲な言及であり、21行目は、文字通り、夫との身体的な接触でしょう。


 

1893年のマサチューセツ州イプスウィチ全景 

 

|正統と生活実感の狭間で作品を紡ぐ

では、なぜ、アン・ブラドストリートがここまで大胆にセクシャルな表現を行なったのかというのは、考察に値するテーマです。今のところは、これに対して考えられる3つの理由を上げておきたと思います。

まずは、彼女が結婚していることが挙げられます。結婚していることで、夫への愛を強く激しく表現できたように、その内実の強さを訴えるためにも、フィジカルでセクシャルなものへのほのめかしも行ったのでしょう。これは、彼女の生活実感です。

2つ目の理由としては、作品を公表する意思がなかったことも、大いに関係していると思われます。自分の手元に残してはいるが、草稿の形が多かったと推測されます。

3つ目の理由としては、この作品を枠取る異教的な雰囲気が関係しているのかもしれません。星座への言及は、占星術を思い出させますし、夫を太陽に喩えて讃えるのは、一種のアニミズム※的な様相を呈しています。ただし、彼女の名誉のために付け加えるならば、当時はかなり、占星術が重んじられており、公式行事にまで利用されていたようです。例えば、エリザベス女王戴冠式の日程を決定する際にも、占星術が用いられたと漏れ聞きます。この時の占星術師ジョン・ディー(John Dee 1527-1608)(*4)は、エドワード6世やエリザベス1世の公式占星術師でした。ただしメアリ1世の治世中、彼は魔術師の嫌疑で投獄もされていますが。
※無生物もアニマ(anima)すなわち霊魂をもっているという世界観のこと(ブリタニカ百科事典より)

 

 

1650年刊行の「アメリカで最近生まれた10番目のミューズ」の扉

 

アン・ブラドストリートは、英詩の歴史の中で、女性詩人としておそらく最初に詩集を出した詩人でしょう。しかし、その最初の詩集には、現在高く評価されている作品がほとんど入っていませんでした。

1650年に発行の『アメリカで最近生まれた10番目のミューズ』(The Tenth Muse Lately Sprung Up in America)は、義理の弟が作者に無断でロンドンに持ち出して公刊したと言われていますが、中には読者を意識したような作品もあるので、このエピソードはどこまで本当なのだろうかと密かに思っています。この詩集中の作品には、叙事詩を念頭に置いた長詩が多く収録されています。中には、途中で力尽きたように思える未完の作品もあり、その最後に未完の言い訳も何やら付されています。この辺り、ちょっと首を傾げますけれど。

 

1678年刊行の「智恵と知識に溢れた作品いくつか」の扉

 

彼女本来の詩人の姿と力量が発揮された作品集は、死後に刊行された『智恵と知識に溢れた作品いくつか』(Several Poems Compiled with Great Wit and Learning 1678)でしょう。

ここには、1650編の詩集を拡大編集した形で新たな作品が加えられていますが、ほとんどが私的な思いを吐露する作品になっています。この連載で取り上げてきた彼女の作品も、こちらの作品集に掲載されています。ただし、誰がどういう目的で公刊したのかなどは不明です。詩人が自分自身を一人称で呼ぶ作品もあれば、タイトルに明らかに第三者の手が加わっているのではないかと思われる作品もあります。

 

|ホリスティックな夫婦愛

サイモンとアン・ブラドストリートの夫婦愛とは何であったのか。

性的・肉体的な表現までも含めて考えると、この二人の愛は、信仰も理念も肉体も包含する、非常にホリスティック( holistic: 全体論的な、全身の )なものだったのではないかと推測できます。ここで言う「ホリスティック」とは、現代医学でよく言われる「ホリスティック医学」のことを念頭において使用しています。

もともと「ホリスティック」とは「全体的な」という意味のギリシア語“holos”に由来します。「ホリスティック医学」とは、1960年代頃に出てきた考え方で、西洋医学だけでなく、「祈り」などの霊的なものも含めてあらゆるものを活用しながら、患者自身の生命力を引き出し、治癒に結び付けることを目的とするものです。この症状にはこの対処方法・この薬、といったマニュアル対応ではなくて、患者によって一人ひとり異なる対応が行われます。そして、ここには明示されていませんが、中国古来の養生術である房中術までも含むのかもしれません。

日本ホリスティック医学協会名誉会長の帯津良一はしばしば、健康維持の重要項目の一つに「異性へのときめき」を挙げていますが、この房中術はこれよりも踏み込んでおり、健康維持は男女の身体的接触に基づくとしています。これは東洋医学だけでなく、古代マヤ文明やヒンズー教、仏教の理趣経などに同様の発想を見ることのできる概念です。

また、閨房術とも言い、『コトバンク』によれば「閨房の中での男女交合によって陰陽二気を調和させる実践法で、生命の延長を求める養生術・医術」とあります。本来、非常にまじめなものですが、淫猥に思われやすく,一般の士人や仏教から攻撃の的となったと言います。

ですから、アンとサイモンの二人の関係は、西洋的な文脈で言うなら、アガペー(神への愛)、エロス(性愛)、フィリア(友愛)が渾然一体となった、アメリカでも稀に見る夫婦愛の姿だと言えます。東洋的な考え方も加えるのならば、この愛は病いをも治癒させるのでしょう。そして、このあり様こそが、アン・ブラドストリートの詩やエッセイに表現されていると言えるのではないでしょうか。

なお、フィリア(友愛)の面に関しては、次回以降に検討していきたいと思います。

 



(*1) Bradstreet, Anne. The Poems of Mrs. Anne Bradstreet (1612-1672): Together With Her Prose Remains ; With an Introduction by Charles Eliot Norton. The Duodecimos, New Rochelle, N.Y., 1897.
(*2) 渡辺信二「アン・ブラドストリート詩文抄: 聖にして善なる瞑想」『山梨英和大学紀要』第19号。2021年.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yeiwa/19/0/19_40/_article/-char/ja/, 2021/08/28閲覧。
(*3) Bradstreet, Anne. “A Letter to Her Husband, Absent upon Public Employment.” Poetry Foundation. https://www.poetryfoundation.org/poems/50288/a-letter-to-her-husband-absent-upon-publick-employment 2020/02/13 閲覧。日本語への翻訳は筆者が行なった。
(*4) 中島末治「イギリス演劇とピューリタンとの対立 (1)」https://rissho.repo.nii.ac.jp KJ00000189645.pdf 2022/05/12 閲覧。
“John Dee,” Britannica. https://www.britannica.com/biography/John-Dee 2022/05/12 閲覧。

※文中の写真については、全てwiki commonsより引用

 

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著者略歴

  1. 渡辺 信二

    アメリカ文学研究者、詩人、翻訳家。立教大学名誉教授。北海道札幌市出身。専門はアメリカ詩、日米比較、創作。著書に『荒野からうた声が聞こえる』(朝文社、1994年)、『アン・ブラッドストリートとエドワード・テイラー』(松柏社、1999年)など、詩集に『まりぃのための鎮魂歌』(ふみくら書房、1993年)、"Spell of a Bird"(Vantage Press、1997年)など、翻訳に『アメリカ名詩選』 (本の友社、1997年)などがある。

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