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大人のための詩心と気心の時間 ~アメリカ詩を手がかりに~

第7回:夫婦愛の詩③~夫婦愛は公言すべきか、秘め事であるべきか①~

この連載は、良い言葉の宝庫である詩作品、とりわけ著者の深く精通するアメリカ詩を中心に読むことで「詩心を知り、気心の滋養を図る」すべての大人に贈る健康と文学への優しい案内です。 

今回は、アン・ブラドストリートの「私の愛する大切な夫へ」を引き続き参照しつつ、イギリスの詩人ジョン・ダンの作品と比較してみることで、両者の考える夫婦愛のあり方について探っていきます。


 

|夫婦愛を声高にうたう

前回取り上げた作品「我が愛する大切な夫へ」で、作者のアン・ブラドストリートは、夫婦愛を公然とひけらかしていました。

ここで、その翻訳を思い出しましょう。

 

私の愛する大切な夫へ

もしも二人がひとつなら それは まさしく私たち

もしも夫が妻に愛されるとしたら それは あなた

もしも妻が夫と暮らして幸せだというのなら

ご婦人方よ 比べられるものなら比べてみて

私はあなたの愛を世界中の金鉱よりも       5

東洋にあるすべての富よりも尊びます

私の愛は 大水でさえ消すことは出来ないし

あなたからの愛だけがその報いになるのです

あなたの愛に 私がいかにしてもお返しできぬので

ただ天が何倍にもして償って下さることを祈ります 10

そしてこの世のある限り愛しあい耐え抜きましょう

生命の終わる時 私たち永遠に生きられますように

 

とりわけ、第4行目に「あなたがた ご婦人方よ 比べられるものなら比べてみて」とあるように、じぶんたちの愛をあからさまに自慢して、二人の夫婦愛を声高に強調しているように聞こえます。しかし、愛というもの、とりわけ夫婦愛というものは、公言するものではないと思う人も多いでしょう。国民や民族といったレベルで考えても、そういう傾向があると思われます。

ではなぜ、アン・ブラドストリートは、夫婦愛を声高にうたったのでしょう。それは、彼女だけの特殊な傾向なのでしょうか。これを考えるために、当時のイギリスについて、まずは、探ってみましょう。

 

|イギリスの宗教改革とジョン・ダン

以下に紹介する「別れ、嘆くのを禁じて」(“A Valediction: Forbidding Mourning”)は、イギリスの詩人ジョン・ダン(1572-1631)の有名な詩作品のひとつです。彼は、この中で、若者たちの将来的なことを考えず、目先の事にとらわれた肉体中心の恋愛関係と比べながら、「離れていても愛が持続する、真に愛し合う夫婦」をうたいました。

その大前提として、明らかに、「夫婦愛は二人だけの大事な秘め事である」という認識を示しています。この認識は、全く、アン・ブラドストリートと正反対です。実はこの二人、同じイギリス人であるだけでなく、生存した期間が20年ほど重なっています。では、こうした認識の違いを生んだのは、一体何なのでしょうか。

 

ジョン・ダン(John Donne 1572-1631)は、イングランドの詩人、著作家であり、カトリックの家に生まれましたが、後半生は、イングランド国教会の司祭となります。

のちのち、北米に移住するピューリタンとも関係するので、簡単に、歴史的な経緯を説明すると、イギリスの宗教改革は、ヘンリ8世(在位1509~1547)に端を発します。

ヘンリ8世は、イギリス・チューダー朝の王ですが、当時ヨーロッパの弱小国に過ぎなかったイギリスを後の大国に発展させる基礎を作ったと言われています。もともとは、カトリック教会と協調しており、ルターの「95カ条の提題」(1517)にも強く反論しています。ところが、1527年、王妃キャザリン(スペイン国王の娘)との離婚をローマ法王クレメンス7世に拒否され、1533年には破門されました。そこで、1534年に「首長法」を議会で制定させ、ローマ教皇にかわってイギリス国王を教会の首長とする宗教改革を行い、イギリス国教会としてカトリックから独立させました。同時に、離婚を非難したトマス=モアを処刑するなど、カトリックの反対派を厳しく弾圧し始めました。ただし、彼自身は、ルターへの憎悪もあって、カトリックのままに留まったと言われています。実際、イギリス国教会も教えの内容や形式に関して、カトリックとあまり変わりませんでした。

 

 

ヘンリ8世(1491-1547)

 

このため、逆に、非国教派である長老派やピューリタンたちが、カトリックの残滓の精算、「純化」、を国教会に求めはじめます。

ヘンリ8世の死後、エドワード6世(在位1547-53)となりますが、短い治世に終わりました。次のメアリ1世(在位1553-58)は、イングランド初めての女王ですけれど、国教をカトリックに戻し、「血のメアリ」と呼ばれるように、カトリック以外を弾圧したために大混乱となります。メアリの妹エリザベス1世(1558-1603)の50年近くに及ぶ治世のあいだに、やっと、ヘンリ8世の作り上げた国教会体制が完成することになります。しかし、この間、カトリックとピューリタンへの弾圧は同時並行でおこなわれていました (*1)

こうした激動の時代、ダンは、優れた教養と詩の才能を持ちながらも、宗教的迫害を経験し、貧困の中にいました。イングランド国教会に改宗して、1615年に国教会の司祭になり、1621年にセント・ポール大聖堂の首席司祭(Dean of St Paul's)に任ぜられました。こうした経歴を反映して、彼の作品は、恋愛詩・風刺詩、晩年の宗教的ソネットと幅広い作風が特徴です。

 

|「秘め事」としての夫婦愛

ダンは奇想(Conceipt) を駆使する形而上詩人(Metaphysical Poets)の先駆者とされています。彼の奇想は、まったく似たところのない2つの概念を1つに結合させる比喩であり、いわゆる「形而上的奇想(Metaphysical conceit)」の達人と評されています。

 

ジョン・ダン(1572-1631)

 

彼は20世紀になって、T・S・エリオットらにより再評価されました。なお、E・ヘミングウェイがスペインの内戦への従軍を元に書いた『誰がために鐘は鳴る(For Whom the Bell Tolls)』(1940年)のタイトルは、ダンの説教の一節から取られています。また、アメリカの現代詩人アドリエンヌ・リッチ(1929−2012)は、ここで引用する作品と同じ「別れ、嘆くのを禁じて」という題名で、夫との別れを題材にした詩作品を作っています。リッチの詩についても、あとあと、連載で触れることになると思いますが、まずはダンの作品を見てみましょう。

 

別れ、嘆くのを禁じて(*2)

人格者は 穏やかにこの世を去る

 じぶんの魂に逝けと囁くだけだが そのそばで

友人らが何人か 悲しみながら

 「今息絶えた」とか「まだだ」とか言う        4

 

まさにそのように わたしたち 穏やかにして決して騒がず

 涙の洪水や溜息の嵐は 起こさないようにしましょう

もしも わたしたちの喜びを汚すつもりなら

 俗人たちに わたしたちの愛を語っても良いが     8

 

大地の揺れが害と恐れを引き起こせば

 人は揺れが何をし 何を意味したかを考える

しかし天球(宇宙)の振動は

 かなり大きい出来事のはずだが 無害なものだ          12

 

鈍感で世俗的な恋人たちの愛は

 (彼らの魂が単なる感覚なので)認められないのだ

相手の不在を だって 不在だと

 愛を構成する必須のものがなくなると思うためだ

 

けれど わたしたちは 愛によって洗練されているから

 不在とは何か ちっとも判らない

互いに互いの心を確信しているから

目や唇や手がそばに無くても 気にしない                    20

 

わたしたち二つの魂は したがって ひとつである

 わたしが行かねばならないとしても 裂け目を

許すわけがない むしろ広がり

 金箔のように空気のような薄さへと打ち広げる            24

 

もしもわたしたち二つの魂がふたつだとすれば

 確かに硬いコンパスの脚のように ふたつだが

あなたの魂が固定された脚であり ちっとも

 動揺の気配ないが もうひとつの脚が動けば動く        28

 

ひとつが中心にしっかりと座り

 もうひとつがずうっと遠くへ出掛けると

それは傾き その声へ耳を傾ける

 そして戻れば また 真直ぐひとつになる                  32

 

そういうものなのだ わたしたちの関係は わたしは

 もうひとつの脚のように 斜めに走らねばならないが

あなたの確かさが わたしの描く円を正しく美しく導き

 わたしは始まったところで最後 閉じることが出来る     36

 

これは、1611年、ダンが公用でヨーロッパ大陸へ渡る際に妻へ与えたと言われていますが、第2連でわかる通り、ダンにとって、愛は秘めるべきもの、ふたりだけの慎ましいものであって、決して人前で自慢するようなものではありません。他者に愛を語るなら、「わたしたちの喜びを汚す」(7行目)ことになるのです。

 

|比喩で伝える「愛している」

面白いことに、第6連(21行目)で、アン・ブラドストリートと同様に、「二つはひとつ」と指摘しています。夫婦愛は厳然として存在しており、その比喩に、ダンは、「金箔」(24行目)という言葉を用いています。

また、第7連では、ブラドストリート以上に「もしも二つが二つだとしたならどうなのだろうか」と問うことで、詩的イメージをさらに広げ、二人の愛の確かさをコンパスの比喩でうたいます。それは、二つであるとしても、コンパスの2本の脚のようなもので最後は一本となり、「始まったところで最後 閉じることが出来る」という詩的ロジックを展開していきます。

英詩の教科書では、この金箔やコンパスの比喩が「奇想」として、よく指摘されます。なお、この奇想の観点を厳密に考えると、ちょっと戸惑うのは、作品冒頭に、死にゆく者が自分の魂に行けと別れを命じる場面を導入している点です。この場面は、アナロジカルに、夫婦の別れの場面と重ねてよいのかどうか、ちょっと考えねばならないでしょう。

 

|万葉時代、禁忌の愛を歌で表現

ダンと同じように、愛は秘めておくべきものであり、他人にひけらかしたり自慢したりするものではない、というのは、日本人の伝統的な感性と共鳴します。

日本文学研究者の岡部隆志は、万葉の相聞歌(恋人同士の間で詠みかわされた歌のこと)についてこう語っています。

................................................................

恋愛は共同体の内では「人目・人言」を気にするような禁忌性を持っていたから、親和的恋愛に対してはその禁忌性を歌で表現することで、その恋愛が異界との交通を持つものであることを示す。そのことで、その恋愛が第三者には触れられぬ神聖なものであることを自ずと告げるのである。(*3)

................................................................

つまり、短歌は恋を歌にしますが、それは基本、世間には触れさせない二人だけの関係性であったと指摘しています。そして、相聞歌の中にわずかですが、夫と妻の間で詠われたものがあり、それは家にいる妻が旅先の夫を気遣うか、旅先の夫が家にいる妻を思いやるというパターンが主であるとのことです。

次回ももう少し、「秘めた愛」と「公言する愛」のことを考えてゆきたいと思います。

 

第8回:夫婦愛の詩④~夫婦愛は公言すべきか、秘め事であるべきか②~ 

 



(*1) この辺りの記述は、以下を参照しました。
Henry VIII, king of England,” britannica. https://www.britannica.com/biography/Henry-VIII-king-of-England 2022/03/26閲覧。
"How Henry VIII’s Divorce Led to Reformation," HISTRY. https://www.history.com/ news/henry-viii- divorce- reformation-catholic-church 2022/03/26閲覧。
"Mary I Queen of England," britannica.https://www.britannica.com/biography/Mary-I 2022/03/26閲覧。
"Elizabeth I, Queen of England,” britannica. https://www.britannica.com/biography/Elizabeth-I 2022/03/26閲覧。
(*2) Done, John. "A Valediction: Forbidding Mourning" Poetry Foundation.
https://www.poetryfoundation.org/poems/44131/a-valediction-forbidding-mourning 2/4/2022 閲覧。日本語訳に関しては、湯浅信之編集『対訳 ジョン・ダン詩集―イギリス詩人選〈2〉』岩波文庫 – 1995年、76-81頁参照、改訂あり。
(*3) 岡部隆志「呼応する歌-旅生活における問答歌-」『文芸研究』59: 87-105,1988。https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/1177/1/bungeikenkyu_59_87.pdf  02/08/2022 閲覧。

※文中の写真については、全てwiki commonsより引用

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著者略歴

  1. 渡辺 信二

    アメリカ文学研究者、詩人、翻訳家。立教大学名誉教授。北海道札幌市出身。専門はアメリカ詩、日米比較、創作。著書に『荒野からうた声が聞こえる』(朝文社、1994年)、『アン・ブラッドストリートとエドワード・テイラー』(松柏社、1999年)など、詩集に『まりぃのための鎮魂歌』(ふみくら書房、1993年)、"Spell of a Bird"(Vantage Press、1997年)など、翻訳に『アメリカ名詩選』 (本の友社、1997年)などがある。

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