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大人のための詩心と気心の時間 ~アメリカ詩を手がかりに~

第9回:夫婦愛の詩⑤:夫婦愛は死を超越するか?  

この連載は、良い言葉の宝庫である詩作品、とりわけ著者の深く精通するアメリカ詩を中心に読むことで「詩心を知り、気心の滋養を図る」すべての大人に贈る健康と文学への優しい案内です。


 

|夫婦愛はこの世のものであるが

はたして望みさえすれば、夫婦愛は、永遠に続くのでしょうか。

仏教用語である、生者必滅(しょうじゃひつめつ)・会者定離(えしゃじょうり)が意味するのは、この世に生を受けた者は必ず滅び、会う者同士は必ず別れる、という真理です。しかし、強く激しく持続して愛し合うような夫婦ならば、例外的に、死さえも乗り越えて、彼岸で相まみえることもできるのでしょうか。

少なくとも、アン・ブラドストリートは、死後も向こうの世界で、愛する夫とともに愛し合っていたいと強く願っていたことはわかります。

すでに、第3回で書いたように、彼女は、夫婦間の愛の強さ、激しさ、を表現していました。そして、妻から夫への単なる一方通行の愛ではなくて、「あなたの愛に私がいかにしてもお返しできぬ」(9行目)とあるように、「あなた」、つまり、夫の方も彼女を愛していることが明示されています。こういう愛があれば、この世の辛いことや苦しいことも耐えられるでしょうし、その上で、死さえも超越して、あの世で再び相見えて、さらに愛を持続させたいと望むのでしょう。「私の愛する大切な夫へ」の最終2行は、次のような言葉でした。

 

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そしてこの世のある限り愛しあい耐え抜きましょう

生命の終わる時 私たち永遠に生きられますように

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ここに現世から彼岸へと続く愛への強い希望が明確にうたわれています。

 

|この世のことはこの世で終わる

しかし、ピューリタン正統派の教えによれば、この世のことはこの世で終わります。この世の愛は、あの世へ持ち越せません。そもそも、「永遠に生きる」ことが、魂の救済を意味するのであれば、これはもう、人知を超えた神の判断であり、人間がどうこう言える立場ではないというのが、カルヴィニズムや正統的なピューリタニズムの考えでした。この点から考えると、「夫婦の愛はあの世でも続いていく」と考えていたアン・ブラドストリートは、反正統派であったかもしれないと疑われてもしかたがないでしょう。そもそも、救済対象を夫婦二人として願うことは、誇張して言えば、正統派の教えを否定しているか、あるいは、正統派への挑戦であると読むことも可能です。

 

いくら、アン・ブラドストリートが「わたしたち」と一人称複数形を主語にしようとも、いくら、「私たち永遠に生きる」ことを望もうとも、おそらく、いわゆる最後の審判では、個々に判断されますし、内容も異なるでしょう。救われるにしても、夫婦二人一緒に、ということはありえない。当然ながら、審判は、別々に、個人個人に対して行われます。

聖書の中で「永遠に生きる」を、ちょっと検索してみると、主語が単数であることは、英語を見ても明白です。

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わたしは死ぬことなく、生きながらえて、主のみわざを物語るであろう。

(「詩篇」118:17 “I will not die but live, and will proclaim what the Lord has done.”)

イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」。

(ヨハネ福音書)11:25 “Jesus said to her, "I am the resurrection and the life. The one who believes in me will live, even though they die;”)

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聖書のなかにも、「私たち」の救済を願う場合がありますが、その場合の「私たち」は、共同体全体や民族全体を意味していました。決して、夫婦ではありません。

 

キリスト教の考え方では、夫婦愛は、残念ながら、この世のものです。

実際、夫であるサイモン・ブラドストリートは、1672年にアンと死別した後、別のアン(アン・ガードナー)と1676年に再婚しています。ちなみに、われらがアン・ブラドストリートのお墓は、正確な場所がわかっていません。埋葬されたと言われるノース・アンドーヴァーの墓地には記念碑が建っていますが、彼女の埋葬地に関しては諸説あり、今も不明のままです。ちなみに、夫のサイモンは、セイレムの墓地にお墓があります。

 

 

墓に模したアン・ブラドストリートの記念碑

 

|自身の想いを、この世へ残す

アン・ブラドストリートは、若い頃から身体が弱かったこともあり、妊娠するたびに、今度の出産では自分が死ぬかもしれないという恐れと、死後に残してゆく家族のことを思ったでしょう。

以下は、米ヒューストン大学が開設している米国史に関するWEBサイト“Digital History”の「初期アメリカにおける出産」によりますが、植民地時代のニューイングランドでは、女性は成人して結婚したあと、多くの時間を妊娠に費やしていました。そして、現在とは異なり、女性の平均寿命は男性よりも短かったのですが(女性62歳、男性69歳との推計あり)、その主な原因は出産時に亡くなることが多かったようです。

17世紀から18世紀にかけては、全出産の1パーセントから1.5パーセントが、疲労、脱水、感染、出血、痙攣の結果、母親の死亡に終わっているといいます。個別に考えても、当時の典型的な母親は、5人から8人の子供を産むので、出産で死ぬ確率は、8人に1人ということになるでしょう。しかも、当時の状況を考えると、妊娠中の不安に加えて、当時の妊婦は、生まれてくる子供がすぐに死んでしまうかもしれない不安を現代以上に抱えていたと想像できます。乳幼児期の子供の死は、現在とは比べものにならないほど多く、17世紀の最も健康な地域でも、5歳までに10人に1人の割合で死亡していました。健康状態の悪い地域では、10人に3人の子供が5歳の誕生日を迎える前に亡くなっていたといいます(*1)

アン・ブラドストリートは、次の作品で、自分が夫よりも先に死ぬことを予測して、遺言のような内容を書き残しています。タイトルが「出産の前に」となっており、この作品の中で、夫の再婚を示唆しています。


作品をちょっと読んでみましょう。

 

出産の前に(*2) 

この虚ろいやすい世の中のすべてに終りがあり
苦しみはなお わたしたちの喜びにつきまとう
どんなに強い絆でも どんなに大切で優しい友でも
必ず 死という別れの一撃が やってくるのです
過去の判決は 覆せません                     5
普通のことですけれど でも ああ 避けられません
どんなにすばやく ねえあなた わたしの足下に 死がまとわりついて
どんなにすばやく あなたの友人を失う運命に あなたはあるのでしょう
わたしたち二人とも知りませんけれど 愛が わたしに
こうしたさよならの手紙をあなたへと 命じます           10
わたしたちを一つにしていた絆がほどけても
ほんとうは何ものでもないわたしが あなたのものに見えますようにと
もしも わたしが残されるべき日々の半分も 見ることができないのなら
自然が許すものを 神が あなたの日々とあなたに許しますように
あなたならよく知っているわたしの多くの欠点は           15
忘れてくれるお墓の中に わたしと一緒に埋めてください
何か優れたところや良い点がわたしにあるなら
どうか あなたの思い出に鮮やかに残してください
わたしに何の不都合もありませんから あなたが悲しみを感じず
あなたの損失が別の収益で補填されるとしても            20
わたしのかわいい子ども わたしの大切な忘れ形見の面倒は見てください
あなたがあなた自身を愛していようと わたしを愛していようと
こどもたちは お願いですから 継母の仕打ちから守ってください
そして もしも偶然 この詩があなたの目に触れるなら
せめて悲しいため息をついて わたしのいない棺を大切にしてください 25
あなたを愛した者を大切に思うなら この紙に口づけしてください
その者は 塩辛い涙で この最後のさよならを言うのですから

                                                                       A.B

 

この出産が何人目のことであったのか、詳らかにしませんが、第21行目から推測すると、すでに何人かの子どもがいるとわかります。おもしろいことに、「わたしたちの子ども」とは言わずに、「わたしの子ども」と言っています。母としての一種の執着が出ているのでしょうか。

アン・ブラドストリートの場合も、妊娠のたびに、死の恐怖に襲われたことでしょうが、結果としては、30代から40代にかけて、無事に8人の子供を出産しただけでなく、全員がつつがなく成人していることが分かっています。このことから、当時としては、非常に幸運だったとしか言いようがありません。

 

この作品で注目すべき点は、少なくとも、5点あります。

・死の予告・予感、死の予定の確かさ(4−5行目)

・「あなたの友人」とあるように夫婦関係を友人関係と捉える(6行目)

・「自然が許すもの」と神が許すことの関係(14行目)

・「損失」(loss)と「収益」(gains)のように

   経営関連・金銭関連の言葉を選択すること(20行目)

・「継母」への言及(23行目)


 
すぐには説明できなさそうな「わたしのいない棺」(25)など、この5点以外にも一緒に考えねばならない箇所があります。上記で挙げたうち、2の「友人関係」、3の「自然と神」、4の「金銭感覚」については、別の機会に触れることにして、いま、ここでは1の「死」、5の「継母」について注目してみましょう。

 

|雀が一羽落ちるのも全てが神の思し召し

当時のクリスチャンにとって、死ぬことも含めて、この世の全てが神の思し召しと考えられていました。ピューリタンではありませんでしたが、シェイクスピアの『ハムレット』第5幕第2場にも、以下の有名なセリフがあります(*3)

 

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ハムレット

心配しなくていい。おれは占いを信じないが、雀一羽落ちるにも神の特別な摂理がある。それが今なら、あとでは来ないだろう。あとで来ないなら、それは今だろう。それが今でなければ、やがて来るだろう。いかなるときにも覚悟はしておかねばならぬ。誰もが、去るときはすべて残して行くのだから、早く世を去ったからといって、何のさわりがあろう。もう言うな。

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これは、聖書の「マタイ伝」(29-30)を踏まえています。

 

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29二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。 30あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。(「新共同訳」)

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キリスト教世界では、神が天地のすべてを創造し、運営しています。あらゆるものに、神の摂理が働いています。特にピューリタンにとって、神は、すべての人の運命を定め、救済されるか否かを予め決めています(予定説)。選ばれた人だけが救われて天国で永遠に過ごすことができることは当然のことであり、他方、ほとんどの人が原罪のために地獄で永遠に過ごすことになることも、理解していました。ピューリタンが理解していたのは、神が宇宙のすべてのもの、すべての人を支配し、すべてのことを予見・予断しているという神の摂理なのです。

17世紀のアメリカン・ピューリタンたちは、当然ながら、夫婦の別れは、死別、つまり、いずれかが死ぬ時と考えていたと思われます。では、その死別は、いつ訪れるのか、いつ、どちらか死ぬのか。それを、誰が決めるのだろうか。おそらく、決めるのは、神なのでしょう。しかも、生まれる前から決まっている、と考えるのがカルヴィニズムの予定調和が示す基本的考えだったはずです。なので、ピューリタンの正統派の教えに従うなら、生死に加え、結婚や結婚の行末を含めて、全ては、神が決めるはずです。

17世紀のアメリカン・ピューリタンたちは、自分が神を喜ばせるような何をしたか、あるいは、神を怒らせるような何かをしたかと毎日、自省していました。神は、自分の人生に密接に関わっており、罪を犯したときには罰し、善を行ったときには報いる、ピューリタンにとって、神とは、非常に明確な判断を行って、怒りと慈悲の両方を適切に用いていると考えました。彼らは、原罪を信じ、死はエデンの園でアダムが犯した「原罪」に対する罰であり、ほとんどの人は堕落していて、救いを受けるに値しない、と考えました。

人間は基本、原罪があるので、悪なのです。

そして、救済は、ごく少数の人に与えられる神からの贈り物でした。彼ら、彼女らは、救済を信じているので、天国と地獄もまた強く信じていました。神は、両方の死後の世界を用意している、と考えていたのです。しかもそれは、夫婦単位、家族単位、ではもちろんなくて、全て、個人への判決です。それは、アン・ブラドストリートにも分かってはいたのです。

 

第10回 夫婦愛の詩⑥:病気と仲良く暮らすには...

 


(*1) “Childbirth in Early America,” Digital History. https://www.digitalhistory.uh.edu/topic_display.cfm?tcid=70 02/10/2022閲覧。

(*)2日本語訳は拙訳です。原典は、Anne Bradstreet, “Before the Birth of One of her Children.” Poetry Foundation.

All things within this fading world hath end,
Adversity doth still our joyes attend;
No ties so strong, no friends so dear and sweet,
But with death’s parting blow is sure to meet.
The sentence past is most irrevocable,  5
A common thing, yet oh inevitable.
How soon, my Dear, death may my steps attend,
How soon’t may be thy Lot to lose thy friend,
We are both ignorant, yet love bids me
These farewell lines to recommend to thee,  10
That when that knot’s untied that made us one,
I may seem thine, who in effect am none.
And if I see not half my dayes that’s due,
What nature would, God grant to yours and you;
The many faults that well you know I have  15
Let be interr’d in my oblivious grave;
If any worth or virtue were in me,
Let that live freshly in thy memory
And when thou feel’st no grief, as I no harms,
Yet love thy dead, who long lay in thine arms. 20
And when thy loss shall be repaid with gains
Look to my little babes, my dear remains.
And if thou love thyself, or loved’st me,
These o protect from step Dames injury.
And if chance to thine eyes shall bring this verse, 25
With some sad sighs honour my absent Herse;
And kiss this paper for thy loves dear sake,
Who with salt tears this last Farewel did take.

                                                                 A.B.

(*3) Shakespeare, William. Hamlet. http://james.3zoku.com/shakespeare/hamlet/hamlet5.2.2.html 02/10/2022閲覧。

  https://www.poetryfoundation.org/poems/46450/before-the-birth-of-one-of-her-children 02/02/2021閲覧。

  ※文中の写真については、全てwiki commonsより引用

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著者略歴

  1. 渡辺 信二

    アメリカ文学研究者、詩人、翻訳家。立教大学名誉教授。北海道札幌市出身。専門はアメリカ詩、日米比較、創作。著書に『荒野からうた声が聞こえる』(朝文社、1994年)、『アン・ブラッドストリートとエドワード・テイラー』(松柏社、1999年)など、詩集に『まりぃのための鎮魂歌』(ふみくら書房、1993年)、"Spell of a Bird"(Vantage Press、1997年)など、翻訳に『アメリカ名詩選』 (本の友社、1997年)などがある。

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