第6回 「語順」の話
ブルボン小林さんの新連載、「グググのぐっとくる題名」。小説や演劇、映画、音楽、漫画や絵画……あらゆる作品の、「内容」はほとんど問題にせず、主に題名「だけ」をじっくりと考
第6回は、題名の語順について。”長寿”に対するうんざり感を率直に綴った大ヒットエッセイ集と、コロコロコミックの人気連載、美少女”スライム”との日常ラブコメディ漫画の題名を取り上げます。(編集部)
Suicaなどのカードで、スムーズに改札を通れるようになってもう随分たつ。
今はすっかり慣れたが、はじめのうちは皆、おっかなびっくりの気持ちがあったはずだ。あの改札機の、カードを触れるところの下には「一秒タッチ!」と大きく目立つように記されていた。
通り過ぎる度、筆者にはわずかな違和感があった。
いや、いいんだが、そこは「タッチ一秒!」じゃないか? とつい思えてしまったのだ。
どちらが正しい正しくないということでなくて、なんかこう、おかしいな、と。
この場合の筆者の把握は「商品」としてのものである。
湯沸かしポットに「ワンプッシュ」とか、詰め替え洗剤に「大容量」って、その本体に文字が書いてることがあるが、そういう感じで把握したとき、「一秒タッチ」では、一秒(ちゃんと)タッチしろ、になる。「たった一秒タッチするだけ」とウリを言いたいのなら、語順が逆だろうよ、と(それまでの紙の切符式の改札に比べて著しく「便利」になったせ
でもここでの自動改札は「商品」のウリを言ってるのではないのだった。「タッチ一秒」だと、簡単ですよー感が強すぎて、実質一秒どころか一瞬しかタッチしてくれない人が出てきてしまいそう。
そうでなく、トラブルを避けるための言葉だ。
読み取りのミスが起こらないように、しっかり実質的に一秒タッチしてほしいのだから、この語順であってるのだ(通れない人が続出する際の、駅員の労力を思えばなおのこと、ウリなんかでなく警句として言いたいわけである)。
ということで(?)今回は題における「語順」の話!
1.『九十歳。何がめでたい』
佐藤愛子のエッセイ集の題名
近年の大ベストセラーだが、買ってない人、読んでない人、90歳の誰かの言葉に興味のない人にまで覚えさせ、なんなら口にのぼらせる、すごい題名である。
長生きというものはめでたいこと。それはそうだ。だが「それはそうすぎる」。
長生きしてる人は、誰からも無思考に、一からげにめでたがられるのだろう。
「まあ、90歳? それはそれはおめでたいですねー」と、赤ちゃんに「でちゅねー」というのに似た語尾伸ばしが、誰彼の口からほとんど自動的に出てくる。
実際には誰の人生も平坦なばかりではないだろうし、現状が不調なしの快適人生とも限らないのにだ。
長生きする当事者のいら立ちが無遠慮に吐露されて、大勢の気持ちを立ち止まらせる。
長生き側からするとウンザリした気持ちを言ってもらえた「共感」に満ちている。
年寄りは賢く、慎みを知っているものだ(=べきだ)という決めつけへの反駁も心地よいのだろう。
これ、語順を変えてみせるまでもなく、今の語順が良いと大勢が分かるとは思うが、あえて言葉を入れ替えてみる。すると意外なことを感じさせた。
a『九十歳何がめでたい』
b『何がめでたい九十歳』(ここではあえて「。」を取った)。
後者の方が「語呂」と「調子」がはるかに良い!
まずどちらも九十「歳(sai)」とめで「たい(tai)」で「ai」の韻を踏んでいて、よい調べを生んでいるのだが、bの語順の方がリズムにぴたりと収まる。
「あ、なにーがめーでたいきゅうじゅっさい!」アラヨット、と合いの手まで入りそうだ。
aも七五調ではあるが五七で止まってしまって、つっかかりが生じている。
c『三十歳先は長いよ』
d『先は長いよ三十歳』
という題の本ならどうだろう。語呂や調子からして、abの比較よりもさらに、cに対してdがリズミカルで良いと思えるのではないか。
それはなぜかというと、「三十歳」と「先は長い」の二者が、意味的に順接な接続だからだ。
e『九十歳何とめでたい』
f『何とめでたい九十歳』
同様に、年寄りに対して順接なイメージの「何とめでたい」にしてみたら、調子のよいfが、めでたさにドライブをかけてくれているようにみえる。絶対にfを選ぶべきだ。
「九十歳」「何がめでたい」に限っては、語呂は「良くない」ほうが伝わる。
「。」の挿入でリズムを崩してまで注意をひき、ある意味で念入りに「良くなく」しているのである(……この「。」の効きもいい。調子のよさを少しも発生させず、後半の強さを増している)。
そして、不機嫌な(ネガティブな気配の)言葉で終わりながら、そのパワーでもって、誰かが長生きすることの尊さや喜び(一からげに生じるところの、ポジティブな気配)をもうっすらまとっているのでもある。
もちろん、題ではない、内容が順接でないからこそ意外性を持ち、興味をひいて売れることにつながっているわけだが、「(語呂の)良さ」を捨てても揺るがない、盤石の語順の題名がときに生じるのだ。
2.『ぷにるはかわいいスライム』
まえだくんの漫画の題名
児童向け漫画の世界で、近年ではかなりのヒット作だ。
……え、これって児童向けなのか? という玄人(?)もいよう。連載もWebだし、最近始まったアニメは深夜枠の放映だ。
でも、ちびっこファンも大勢いる(小学校低学年のうちの子もドはまりしている)。中で描かれるギャグも往年のコロコロコミック的な、もろに小学生向けのものだ(まあ、この連載は中身を問題にしないのだが)。
「ぐっとくる」といえるほど良い題か? という意見もあろうが、とても覚えやすく親しみやすい上、明るさを感じる題だ。秘密は「かわいい」の「わざわざ感」にある。
ペットショップでヨークシャーテリアとかペルシャとか品種の書いたプレートに「かわいいヨークシャーテリア」「かわいいペルシャ猫」などとわざわざ添え書きしてあることはない(……それにしても品種の例示が古いなブルボン)。
ペットショップにペットを買いにきた客に対し、「かわいい」は言わずもがなだからだ。
漫画やドラマのキャラクターの場合「かわいい」「かっこいい」「おもしろい」のは割と普通のことで、言わずもがなだ。
題名も、『ウソつき!ゴクオーくん』『あぶない刑事』とか、特筆すべきこと、際立ったことでない限り、特に修飾しなくてもいいはずだ。
いや、スライムといっても『ドラクエ』や『転スラ』における、グミに目がついたようなものとは限らない、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』とかに出てきそうな、鎧から骨まで溶かしてしまう本気スライムを想起する人もいるかもしれないから、「かわいい」という修辞は必要という意見もありうるか……でもさー、名前が「ぷにる」だよ?
単に「ぷにるはスライム」で(かわいいキャラの絵が表紙にあればなおさら)十分なところだ。
そこをわざわざ言った、「かわいい」と。
その「わざわざ」が、(キャラにというより)題名自体に性格を宿らせている(しれっとした性格を)。
ところで、この漫画には一つ、面白い逸話がある。
最初は読み切り短編で、読者アンケートでの人気はなんと最下位だったという(単行本のあとがきによる)。
少しあとになって、主人公の造形をペンギンから美少女に変えてリトライしたら今度は大ヒット(注・「主人公をペンギンから美少女に変えた」のではない、なにせスライムだから、造形を変えられたのだ。なんつうテコ入れだ)!
で、その、読み切りのときと、あとのリトライとで題名にも変化があった。
読み切りの際の題名は『かわいいぷにるはスライム』だったのだ。
a『かわいいぷにるはスライム』読み切り時(人気最下位)
b『ぷにるはかわいいスライム』連載時(大ヒット)
aとbで語順が違うわけだ。
いや、ヒットしたのは、題名の違いのせいではないだろう。
もちろん、主人公の造形の変更が大きいはずだ。また、そのときのストーリーの出来や、連載媒体など、いろんな要因の違いでヒットする・しないが分かれた。題名はよく似ているのだし、別にどっちでもよかったかもしれない。
……果たしてそうかな?
たしかに「どっちでもよい」かもしれない。でもそれは「どっちでも同じ」ではないこともたしかで、題名を考える人なら、ここは立ち止まってみていいところである。
ヒットに関わったというほど大きな作用ではないかもしれないが、この語順によって、ちゃんと「味の変化」はある。そして筆者は個人的にだがbを支持する。
さて、語順で検討するとき
c『ぷにるはスライムでかわいい』
d『スライムのぷにるはかわいい』
e『スライムのかわいいぷにる』
f『かわいいスライムぷにる』
といったものも考えられる(c~eには意味が通るように助詞の「で」「の」を補い、fは語呂の観点から助詞を省いた)。
cdはあまりよくないと誰もが思うだろう。たどたどしいし、体言止めが失われたせいでパンチが弱い。
eは意味が取りづらい(一瞬、スライムが名詞でない、なにかの
fはどうだろう。体言止めだし、意味も取りやすくなったが、abに比べ、ぷにるがずいぶん「おとなしく」感じないだろうか?
それはなぜでしょう。
abにはなかった「スライム」から「ぷにる」へと連続する並び。種族名(?)に続けて固有名の並びということになるが、そうすると「スライム『属の中の』ぷにる」という風に聞こえる。
つまり、生物を表す際の「〇〇目〇〇科〇〇属」に似た「所属」にいっけん、みえる。
生物でなくても、『従妹ベット』とか『王妃マルゴ』とか『課長島耕作』のように、「スライムぷにる」も、なんらかの所属の中の存在に聞こえる。……王妃や課長とはかけ離れてるとしても、そのように(なかったはずの)枠の中に収まりよく(=おとなしく調和して)「みえてしまう」。
それでfの場合は、絵本や児童文学などでその題ならむしろ収まりの良さが効いている並びと思うが、漫画の題としては元気が少し足りない。
やはりaとbに絞られよう。それで、二つの違いは「は」の効き方だ。
「は」は、その後が強調される(体言止めにつながるとさらに)。
aは「スライム」を、bは「かわいい」を強めている。
「は」は、「なんと~である」というニュアンスが付加される、ともいえる。
a「かわいいぷにるは(なんと)スライム(である)」
b「ぷにるは(なんと)かわいいスライム(である)」
なにしろ「スライムである」ことが漫画のアイデアの根幹、主成分なのだとしたら、aのように強調したほうがいい。
……そうかもしれないが、逆じゃないか?
スライムは漫画の主成分として必要な要素で、かわいいは先述の通り「わざわざ」言っている(言わなくても成立する)要素。
そっちを強調することで、わざわざの悪ノリの楽しさがさらに積みあがったと筆者は思うのである。また「かわいいスライム」の二語のテンポもよく、「は」の強調はちゃんと遠くのスライムまで及んでいるとも思える。
これがストーリー漫画ならa、ギャグ漫画だとしたら悪ノリのbを選ぶべきではないか、などと(微差ながらも)考える。
また、この作品が30年前、1990年とか(スライムがやっとゲームなどで広まり始めたころ)だったら、aが採用されただろうとも想像する。そのころはまだ『奥さまは魔女』くらいに、スライムなだけで意外だからだ。
……「スライム少女ぷにる」あたりだったかも(……短命に終わり
・『ウソつき!ゴクオーくん』 吉もと誠(小学館)の漫画の題名。
・『あぶない刑事』 日本テレビ制作(1986~1987年放送)のテレビドラマの題名。
・『ダンジョンズ&ドラゴンズ』 アメリカで制作・販売(1974年)されたテーブルトークRPGの題名。
・『従妹ベット』 オノレ・ド・バルザック・著/山田登世子・訳(藤原書店)の小説の題名。
・『王妃マルゴ』 アレクサンドル・デュマ・ペール・著(現在絶版)の小説の題名。
・『課長島耕作』 弘兼憲史(講談社)の漫画の題名。
・『奥さまは魔女』 アメリカ・ABC放送(1964~1972年放送)のテレビドラマの題名。
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