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グググのぐっとくる題名

第1回 今、それをいうということ

ブルボン小林さんの新連載、「グググのぐっとくる題名」。小説や演劇、映画、音楽、漫画や絵画……あらゆる作品の、「内容」はほとんど問題にせず、主に題名「だけ」をじっくりと考察します。
20年前に発売された前著『ぐっとくる題名』以降、令和の今にいたるまで、新たに生まれた題名や、発見しきれていなかったタイトルを拾い上げる予定。第一回目は、今年25周年を迎えたシンガーソングライターのニューアルバムと、「バンド漫画」のすぐれた後続作品についてです!(編集部)


少し前のニュースだが、ロレックスなどの高級時計を他人に貸し出す、仲介サービス「トケマッチ」の取締役が指名手配された。スマホ時代ならではの詐欺をよく思いついたもんだ、と感心してしまったが、「サービス名」にも感じ入るところがある。
時計をマッチングさせるからトケマッチ。なんつう安直さだろう。
数百万円からする貴重品をやり取りする際の、白手袋や深紅の絨毯敷きのありがたい気配が少しもない。雑踏で金とブツを素手でやり取りしてるムードだ。

我が子供の通っていた保育園が、あるとき保護者への連絡手段としてアプリを採用した。
「キッズリー」というのだ。
違う園に通わせているパパ友に聞いたら「うちのは『コドモン』です」と。
子供が関わるから「キッズ」リー。「コドモ」ン。

これ、少し前までのセンスなら「スマイルなんとか」とか「キッズほにゃらら」とか、名前になにがしかの装飾をしていたと思う。そういう装飾がぐっとくるわけでもない。むしろ「キッズリー」「コドモン」で十分だ。覚えやすいし、分かりやすい。

安直だが、かまわない。トケマッチでいいのと同じだ。

小林製薬の「ケシミン」とか「ナイシトール」のように、効用をそのまま品名ぽくする安直なやり方は、もちろん昔からある。だけど令和の今、あらゆるジャンルにおいて、その安直さで全然かまわないことになった。

凝った命名、ひねったフレーズ、思いや願いを込めた名というのは、人の名前にだけ過剰にキラキラと注がれ、その他の物品や作品からは希薄になった。

今から20年近く前に題名についての本『ぐっとくる題名』を刊行したら案外、大勢に読まれた。今も末永く読まれ続けている。
2014年に「増補」版を刊行したものの、題名がどんどん新たに生み出され続ける中で、どうしても本の中での例示が古くなる。
新規に続編を、という声をもらってはいたが、なかなか書き出せずにいた。
生活の多忙さなどいろんな理由があるのだが、一つに「題名にぐっとこなくなった」のは、どうしてもある。
自分の感性が鈍った可能性も含めてだが、書店でさまざまなタイトルをみても、そそられない。映画なども、配信などの手段が増え、コンテンツは——言い換えると——題名は昔より格段に増えているはずなのだが、ぴんとこない。

そんな中での新連載である。どこまでぐっとくるだろう。手探りで始めていきたい。

1.『SCIENCE FICTION』
  宇多田ヒカルのベストアルバムの題名

             
                               『SCIENCE FICTION』宇多田ヒカル
      

連載初回に間に合わせてくれたかのようにすごいのが来た!
「これぞ題名だ!」そう思った。

いやいや、待て待てという声があがるかもしれない。
サイエンスフィクション。
つまりそれは、SF小説とかSF映画の「SF」だ。
めちゃくちゃ普通。普通に、これまであった言葉じゃんか、と。それも、とっくに人口に膾炙しきったものだ。
言葉を分けてみたとしてもだ。「サイエンス」も「フィクション」もよく知られた一般的なもの、その組み合わせだ。斬新な二単語を引き合わせて新たに示したわけでもない。既存の、手あかのついた言葉だ。なにを興奮することがあるんだ、という人もいるだろう。
また、調べるとすでに、同タイトルをアルバムに冠していた先例はあった。
「宇宙からの物体X」のアルバム名が『SCIENCE FICTION』。これは1978年の作(「宇宙からの〜」はムーンライダースの変名だそう)。
08年には、アルバム名ではないがアジカンことASIAN KUNG-FU GENERATIONが「サイエンスフィクション」というカタカナの曲を発表している。

このうち、78年のアルバムの命名には、僕はぐっとこない。
映画『スター・ウォーズ』『宇宙戦艦ヤマト』がヒットしたころ、誰もが未来や宇宙に思いを馳せ、SFは身近になっていた。もちろん、悪い題名というわけでもない。よくSF小説やSF映画とはいうが「SF音楽」と呼ばれることはなかったはずで、そこを新規に「言ってみる」機知は、当時のリスナーにも自然に受け入れられたのではないか。

今回の題名は、同じ言葉でも「いつ」そういったかで色合いが変わってみえる例にもなっている。
アジカンの同題名へのアプローチには、これから語る「意味合い」がすでに含まれていただろう。

SF小説とかSF映画というときのSFはジャンル名だ。
SCIENCE FICTIONと題された小説や映画も、僕は寡聞にして知らない。
SF好きであればあるほど、それを題名にしよう(それも題名になる)と思わなかったんじゃないか。好きなジャンルの内側で考えてしまうからだ。
(ヘビメタの曲名で『ヘビーメタル』は、あるかもしれないが。純文学の小説で『純文学』は、やはり聞いたことがない)。

また「手あかのついた言葉」と先に書いたが、本当にSCIENCE FICTIONは手あかにまみれていただろうか?

皆が実際に口に出して「言い」続けてきた言葉は「エスエフ」ではなかったか。

SCIENCE FICTIONは長いのでSFと略された。SFブームの時代に皆が熱く語り合う中、「今度のサイエンスフィクションは」とか「サイエンスフィクション映画の傑作だ」と、いちいち言わなかったろう。長いから。
皆が「エスエフ」とそれを呼び、本来のSCIENCE FICTION(サイエンスフィクション)はほとんど音読されず、フルに書いてもらえたことも、あまりなかったんじゃないか。

SFは半世紀以上前からあるジャンルだ。かつて、SF小説では直木賞を取れないと筒井康隆が嘆いたこともある、傍流の扱いだった。だがその後アニメや漫画、テレビゲーム、インターネット上の表現にまでSF要素は浸透し身近なものとなり、小難しいサイエンスの知見のない人でもカジュアルに楽しめる自然なものになった。

宇多田ヒカルは「皆が知ってるけどすっかり言わなくなった」昔の言葉を2024年に拾い上げ、ジャンルから題名に置き場所を換えてみせた。すごい感覚の発揮だ。

アジカンも同様の手付きで、言葉を「転用」した。すでにぐっとくるセンスが発揮されていたわけだが、その言葉をある一曲の世界にまとわせること以上に「ベストアルバム」につけることで、ここでは破格の効果をあげたと感じさせる。
複数の、選抜された曲群に大きな「ジャンル」の言葉がついたら、単独の曲同士にも相互的に言葉が作用しあうように思えてくるはずだ。

最近のテレビのインタビューで彼女は、自分の歌の(特に作詞の)世界を「過剰にノンフィクションと思われるか、あるいは完全なフィクションと思われてしまう」という主旨の発言をしていた。「どっちでもないんだよなー」と思っていたという。
もちろん彼女の描く世界がSF的なサイエンスなのかというと、そういうわけでもないだろうが、四半世紀前のデビュー作において恋する気持ちを「自動的(automatic)」としてみせた感覚に、サイエンスと銘打つ行為は十分にかなっている。
 

2.『ふつうの軽音部』
  クワハリ・出内テツオの漫画の題名

     

   『ふつうの軽音部』原作・クワハリ/漫画・出内テツオ(集英社)

書店で久々に「題名で」立ち止まってしまった。

漫画(戯画)というのはデフォルメ、誇張こそがその特性だ。普通じゃないものをみせるのが得意な表現形式である。
「普通の」というのは、だったら言うな、という修飾だ。なんか、危うい修辞にも思える。
でも、そうそう言わない。それだけで実は目立つことに成功している。

『けいおん!』『バンドリ!(BanG Dream!)』『ぼっち・ざ・ろっく』などなど、(主に少女たちの)バンド活動を描いたアニメや漫画のヒット作は既にたくさんある。

この題名(「ふつうの軽音部」)を構成する「ふつうの」の前に、まず「軽音部」の方を考察したい。

軽音部を描いたかつてのヒット作『けいおん!』という題名をみてほしい。

軽音部のことを描いているけど軽音部という呼称をそのままには用いていない。
「軽音部」という単語から「部」を外し、全体をひらがなにし、感嘆符をつけたのが「けいおん!」だ。

「軽音部」という語のままだとどうしてもともなう現実っぽい気配を、「語を省く」「ひらがなに開く」「!をつける」という三つの改編によって軽く、弾んだものに誇張してみせたわけだ。いわば、題名化がなされた

(軽音部を描いたわけではないが、少女たちのバンドものである)『バンドリ!』『ぼっち・ざ・ろっく』といった題名にも同様のテクニックが発揮されている。省略とひらがな化や感嘆符で、軽さ、弾んだテンポを保持し、テーマである「音楽性」を担保している。

さらなる後続(というほど似た内容ではないのだが、素材としては比較されうるという意味での後続)は、題名にもなんらかの差別化がないと、それこそ普通にみえてしまう
頭のひねりどころだったのではないか?

あるピッチャーが強打者を前に一打席、二打席はなんとか打ち取ったが、三打席目で「投げる球がなくなった」という話を聞いたことがある。
僕は野球の醍醐味をそんなには知らないが、強打者というのは、一度見た球筋を二度は打ち損じないものだとも聞く。
つまり、打席を重ねるごと「投げる球」がなくなるのだ。そのピッチャーはどうしたか。
「ど真ん中に放った」ら、意表をついて見逃し三振!

……そういう第三打席の棒のような投球がミットに収まった。観客も投手も驚く。

本書の題名の「ふつうの」に、そういうミラクルを、(書店で)出会ったときに僕はたしかに感じ取った。
先行のヒット作が技巧として迂回してみせた「軽音部」という単語そのままの使用も、後続しか辿れない「今」だからこその、その手があったか、の一手だ。
手ではあるが、非常に度胸のいる投球でもあり、見事なストライクに拍手したい。

 

『けいおん!』 かきふらいの漫画、およびそれを原作としたアニメの題名

『バンドリ!(BanG Dream!)』 原作・中村航/漫画・石田彩の漫画、およびそれを原作としたアニメやゲームの題名

『ぼっち・ざ・ろっく』 はまじあきの漫画、およびそれを原作としたアニメの題名

 


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著者略歴

  1. ブルボン小林

    1972年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。
    00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。
    著書に『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』(ちくま文庫)、『ゲームホニャララ』(エンターブレイン)、『マンガホニャララ』(文藝春秋)、『増補版 ぐっとくる題名』(中公文庫)など。
    『女性自身』で「有名人(あのひと)が好きって言うから…」連載中。小学館漫画賞選考委員を務める。

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