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夢をデザインする―夢の世界の住人―

[最終回] あなたがデザインするあなたの夢と生活

現実世界で若者たちを待ち受けているのは少子高齢化、増税、物価高騰……本当に年金はもらえるのか、子供を産み次世代につなぐ余裕なんてあるのか…。未来について思いを馳せるとつい鬱屈した気持ちになってしまいがち……。頑張れ!自分らしく生きろ!と暑苦しく言われても、もう十分頑張っているよ……。でも大丈夫、現実世界では自分の力だけではコントロールできなかったとしても、寝ている間は自分の思うままになるかもって考えたらどう?なんてたって人間は1日の3分の1をベッドの上で過ごしているのだから。

   ―――夢の専門家が心の奥に潜む感情と夢の関係について優しく綴る。


さて2019年の秋から始まった連載もいよいよ最終回となりました。2019年の春に、編集部の仁科さんが東洋大学にある研究室にいらしてからちょうど2年たちました。連載の間、思いもよらなかった新型コロナウイルスの世界的流行、それに伴う東京オリンピックの延期など、大きな出来事が沢山ありました。ここ1年は皆さんも在宅時間が増え、人とのつながりや働き方・学び方も見直すターニングポイントとなり、新しい時代の風を何となく感じていらっしゃるのではないでしょうか。

きっとこれら一連の出来事は、読者の皆さん一人ひとりの睡眠や夢に影響を与えてきたことと思います。新型コロナウイルスが全くの未知のウイルスであって、ワクチンもできていなかった頃には、感染者数と死者数が多い欧米地域の研究者たちが報告した「コロナパンデミックドリーム現象」についてもご紹介しました。

今の若者が現実の世界の中で夢を抱きにくいので、せめて睡眠中の夢を楽しむことはできないのか、というテーマがきっかけでスタートしたこの連載。第一夜は「あなたは毎晩見る夢を楽しんでいますか?」でした。“夢は見させられるもの”と思っていた方は、さぞ意外だったことと思います。夢を覚えているかどうかには個人差あって、私が大学の卒業論文で取り組んだテーマもここからでしたが(第六夜「覚えている夢と覚えていない夢」)、普段夢なんかほとんど覚えていない人は、毎晩実はいくつも夢を見ていたことに加え、世の中には夢を見ている状態を認識できる明晰夢を見る人がいることにさらに驚かれたことと思います(第二夜「今、夢を見ていると分かっていながら見る夢」)。

先行き不透明な世の中で、これ以上どう頑張ったら良いのかわからないという人に、せめて楽しく満足のゆく夢を見ていただきたいという願いがあるのですが、しかしここまで連載を読んでくださった皆さんはお気づきのように、私たちは、現実の世界とそれに反応する夢の世界の両方を生きているため、現実生活が苦しい場合には、夢も苦しいものになりがちです。

第三夜の「知らないものは夢には出てこない」でお話ししたように、私たちの記憶のライブラリーから夢の内容は構成されるのです。つまり夢はまるで人のいない映画館で上映されている自分史を自分だけが見ているかのようです。夢を見ているときは、脳内で記憶の整理と固定、および記憶にまつわる感情の処理を行なっていると考えられています。工学系の夢研究者が夢をみている脳の活動と起きているときの脳の視覚イメージをマッチングさせることにとても頑張っていらっしゃるので、そう遠くない将来に他者の夢を映像化して見られる時代が来るかもしれません。そうなれば、主観的な言語報告に頼るしかなかった夢の内容に関する研究が飛躍的に進むことでしょう。私もとても楽しみです。


その上で、どの程度自分の夢をコントロールできるのか、果たして明晰夢は見られるのかに挑戦するため、連載では様々なテーマでこれまでお話ししてきました。一つは睡眠を整え、たっぷり眠ること(第四夜「夢を見やすい眠りの長さ」第十夜「眠りの深さと長さが夢の中身を形づくる」)。明晰夢を見るためには、目覚まし時計をセットしない二度寝もお勧めでした。

次に、夢見る人の性格との関係(第五夜「明晰夢を見やすい人はどんな人」第六夜「覚えている夢と覚えていない夢」)についてご紹介しました。芸術家や発明家のように創造性の高い人や、様々な出来事に敏感に反応してしまう人が明晰夢を見やすい人でしたね。明晰夢はなかなか見られない人の方が多いけれど、協調性の高い方は楽しい夢を多く見ます。自分の性格をすぐに変えることは難しいかもしれませんが、日々の出来事の中で性格は変わりうるので、もっと年を重ねてから自分の夢の変遷を振り返ってみることも面白いと思います。

さらに、夢に出てきやすい典型的テーマ(第八夜「国や文化が違っても見る夢は同じ」)には、皆さんもこれまでに体験したことのある夢のテーマがたくさん上がっていたと思います。夢に見られる万国共通の通文化性には、原始のヒトが脅威事態を反映して、夢イメージの中でシミュレーションして準備してきたからだと、長い進化の歴史の中で睡眠と夢が残ってきたことからも考えられそうです。私たちが思い出す夢に、「焦る」「逃げる」「戦う」などの夢が一般的に多いこともその説明の一つになるかもしれません。

夢のテーマには通文化性がありますが、夢のディテールはその時代の現実の生活に即していることも面白いですね。『通販生活』の編集部が行なった夢の調査で、「連絡しようと思うが、電話がつながらない夢」の例に登場する電話機の進歩についてもご紹介しましたね。私が行なった小学生への夢の調査では、外遊びに関する夢のみならず、ゲームの素材やテーマが多く出現していますし、大学生もゲームやツイッター、オンライン授業など、ICTツールの発展が夢に反映されています。

第七回では、夢の中でも感覚が鋭敏になること(第七夜「夢を見る、夢を聞く、夢を触る」)をお話ししました。明晰夢者は、夢の中での体験を時には“現実の体験を超えるような”鋭敏な感覚で楽しめるので、うらやましいような気もしますが、毎日のように生々しい夢を見ることや、長い夢を見て覚えていることも、案外疲れるかもしれません。私は、感情的にニュートラルで淡々とした夢や、断片的なイメージや思考の夢に関しては、睡眠中の記憶情報の処理が無事完了したととらえています。むしろ夢など見ないくらいぐっすり眠る日が多くて時々夢を楽しむくらいがちょうど良いのかもしれません。

そして、睡眠の健康と病理から夢の機能を再考していきました(第九夜「眠っている時のあたまの中とからだ」第十一夜「悩みは夢でシミュレーションする」)。たとえ覚えているのが悪夢であったとしても、ネガティブな感情を伴う夢は現実世界での奮闘の現れなので、ネガティブな自己成就的行動、つまり、嫌な夢を見た時にそれを予兆と捉えて、現実の生活での行動が消極的になることは、嫌なことを実現する可能性を増すので、客観的に夢を捉え、現実的な行動をとることが重要です。

夢によって、現実生活をより良くしようとする自分をセルフモニタリングし、そんな自分を認め、より良い未来をつくるための手掛かりとしてほしいと思います。逆にポジティブな感情を伴う夢を見た時には、自分自身のより良い将来のために行動もより積極的になるでしょう。夢に見る(イメージできる)ということは実現可能性があることだと思いますので、ポジティブな自己成就予言を起こすきっかけとして、夢を利用して行動してほしいと願っています。



最終章では、明晰夢を見るために使われているテクニックや、研究者の飽くなき探求心について時系列でお話ししました(第十二夜「明晰夢を見るためには―入眠前」第十三夜「明晰夢を見るためには―睡眠中」第十四夜「明晰夢を見るためには―覚醒後」)。皆さんはトライしてみていかがでしたでしょうか? 時々、明晰夢を見られるようになったという人はおめでとうございます!特別な睡眠を味わって楽しんでいただければと思います。

明晰夢を見られるようになった人の中で、現実生活が辛いからと逃避的に夢を書き換えている方もいらっしゃるでしょうか。その場合、一瞬の満足感は得られるかもしれませんが、現実生活が変わらないといずれその夢は続かなくなることでしょう。

くり返しますが、我々は夢と現実の両方の世界を生きているのです。自分自身が生活者であり、dream makerでもあります。夢を自分から自分へのメッセージととらえ、夢があなたの心と体の健康のバロメータとしてあなたとともに有り、かつ将来の生活に役立つ指針としてあなたの人生に活用できるように行動することを私は期待しております。

ここまで連載をお読みくださった皆様に心より感謝して、終わりにいたします。

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著者略歴

  1. 松田英子

    東洋大学社会学部教授博士(人文科学)/公認心理師・臨床心理士
    お茶の水女子大学 文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。専門は臨床心理学・人格心理学・健康心理学。著書に『夢と睡眠の心理学―認知行動療法の立場から』(風間書房)、『眠る』(二瓶社)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)など。睡眠の改善から心の健康を高めることに関心がある。

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