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文士が、好きだーっ!!

室生さん家の犀星の、かわいさの秘密はねっ!

「本おや」店主・坂上友紀さんによる、めくるめく文士の世界。「乙女」「変態」「生活」の3つのキーワードで紐解く「かわいい系文士」の室生犀星、今回はその「乙女」編の続きです〜!

 

「幼年時代」は「自伝的小説三部作」のひとつとも言われる小説で、主人公は自他ともに認める暴れものでガキ大将な少年(実際の犀星もそうだった)。先生に目をつけられているので、ちょっとしたことでもすぐに怒られ、授業が終わった後もいつもただ一人、教室での居残りを命じられます。「みな愉快な、喜ばしげな、温かい家庭をさして」帰っていくのに、いつまで経っても自分だけが(理不尽に)家に帰れない。どんどん辛さ悲しさがその身に募っていく。暴れものというだけに、すわガラスでも割っちゃうのかしらん!?と思いきや、彼が悲しみの果てに何をしたのかというと、教室の黒板に「姉さん」と書いては消し、消しては書く、をひたすら延々と繰り返していた(だけ)……。しかし、その行為は少年・犀星にとって、「その文字が含む優しさはせめても私の慰めであった」というのです。

……か、か、かわいいやないかーいっ!!!


なんでしょうかこの犀星の、人としてのかわいさたるや……! これぞ、乙女チックで繊細にすぎる心映えと言うしかありません! この乙女さは、実際の乙女(うら若き女性というくらいの意味)たちは持っていないかもしれないです。いや、ある人にはあると思うのですが、私が若かった頃にはこんなかわいさは持っていなかったぞ!と、自分にはないそのキュートな感性にキュン!ときてしまったのがきっかけで、犀星を好きになっていったのは本当の話です☆

ところで、ここで触れておかなければならないことは、「犀星はその幼少期に養子に出されている」という事実です。養母はおよそ優しいとは言い難い性格の人で、同じ家で暮らしていたのは他に、血の繋がらない兄・姉・妹。実際の血の繋がりのあるなしにかかわらず、もし幼少期の犀星に「身近な女性の存在」があれば、犀星の考え方や文学のあり方もまた違っていったのではないかと思われます。

しかし実際のところ「絵にかいたような意地悪な養母」と、その養母に対する存在としての「血の繋がらない優しい姉(庇護者)」がいれば、その「義姉」は普通の姉弟においての「姉」よりも、どうしたって優しい存在になる。そのもろもろの経緯が、犀星文学における「(養母以外の)女性」をまるで女神であるかのような、神聖なものの位置に置いてしまったのではないかしらん?と考えられるのです。そしてまた、リアルな人間ではない「実母という(虚)像」に、大いなる夢を抱き続けることを可能にした。それらのことごとくが、この作品以外も含めたあまねく室生犀星の作品群(や実生活)において、「女性礼賛」をベースとした「フェミニスト的な感覚」を培っていったのではないでしょうか。

もしも犀星が幸せな家庭(と簡単に言いきれてしまう「幸せな家庭」が世の中に存在するのかどうかはさておいて)の子であれば、怒られて悲しくなっても「姉さん」とは書かなかったでしょうし、書くだけでこれほど慰められることもなかったのではと思います。「姉さん」は、単なる姉ということではなく、他の子供と同じように手に入れることができたかもしれない「優しさの象徴」としての女性像であり、だからこそ「幼年時代」の「姉さん」のくだりを人々が読むとき、なんとも甘やかでかわいらしい空気感が生み出されてくるのだと思います。誰もが本来当たり前に持っているはずの「幼年時代」そのもののような甘やかさです。

ところで犀星による「女性の神聖視」は「フェミニスト」という一言ではちょっと言い表しきれないくらいで、一生を通して、女性を「美しいもの、素晴らしいもの」として見ておられた節があります。(女性の身としては、そんなに「良いもの」って思ってくれて、そして褒めてくれて本当にありがとう!と言いたくなる気持ち……)

処女詩集(※)『愛の詩集』の中の「女人に対する言葉」の中に、
(※少し前述しましたが、犀星は詩人の第一詩集にあたる「処女詩集」のその呼び方にも思い入れがあり、「まだ誰にも読んでもらわない、初めて出版されるというほどの、ご念のはいった美しい愛称なのである」と述べたり、「小説集なぞはこれをひと口に初版本といい、処女小説集とは言われていない。詩集をまもりつづけて来た美名が未だに、ふくいくとして匂いこぼれている所以である」とも。『我が愛する詩人の伝記』 「ふくいくとして匂いこぼれている」という表現の素晴らしさですっ!!)


ああ いそしめ いそしめ
そして君たちはどんなに喜〔び〕多い
家族の中心となれることか!
どんなに此の世間を段々に
よくしてくれることか
君たちの
幸福でない時は世間がくらくなる


というものがありますが、犀星にとっての女性とは、まさに「幸せ」そのものであり、長じてからは「自分が守るべきもの」ともなり、それらは幼年時代から欲していた家庭への「憧れ」そのものでもあったのではないでしょうか。男だけでは作ることができなかった、幸せや憧れ。だから、ときに乙女チックな空気感が犀星からは醸し出されるのではないかと思うのです。そして、この「手が届かないものに対する渇望」こそが、犀星を文学に向かわしめたひとつの理由だったのではないかしらん、と感じているのでありました☆★☆


復刻本のいいところは、初版の雰囲気を味わえるところと、躊躇なくフセンを貼りまくれるところ……! とはいえ、いつかは欲しいオリジナルは恩地孝四郎装幀の素敵な一冊です☆(画像は日本図書センター刊) 序にあたる北原白秋の文中に犀星について「君の感情は蛮人のように新鮮で……」などと表されている箇所があり、なんとも強烈な印象を放っています。文明人と自然人を併せ持つ犀星の感性よ……!!

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著者略歴

  1. 坂上友紀(さかうえ・ゆき)

    2010年に大阪の中崎町で「本は人生のおやつです!!」(通称本おや)という名の、新刊書籍と古本と雑貨の店をオープン。2012年に堂島に移転し、現在に至る。2019年の1月号から『本の雑誌』で「本は人生のおやつです!!」というタイトルの連載をしています。

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